片山八幡神社は表と裏の顔があって光友で穴八幡ともつながる

神社仏閣(Shrines and temples)
片山八幡神社入り口




 ごく近い場所にありながら、片山神社片山八幡神社の成り立ちと歴史は、大きく異なっている。ほとんど共通項はないと言ってもいい。行く前は同じ系列だと思っていたら全然無関係だった。直線距離でいえば800メートルほどしか離れていない。
 場所は名古屋市東区徳川。徳川園から見て北西300メートルくらいのところだ。
 この神社も創建について正確なところは伝わっていない。
 社伝によると継体天皇の時代(511年)に建てられたというのだけど、本当のことはよく分からない。
「延喜式」に載っている春日部郡の片山神社という説もあるようだけど、片山八幡神社自体が式内社を名乗っていないようだから違うのだろう。小牧市にも片山八幡社があるから、そちらがそうなのかもしれない。
 しかしながら、かなり古い神社であることは間違いないようで(1171年という説もある)、昔は大曽根八幡社と称していたようだ。これが現在の大曽根の地名の元になっている。片山八幡神社の名前の由来はかつての尾張国山田郡片山郷から来ている。
 室町から戦国時代にかけて荒廃し、小牧長久手の戦いでも大きな被害にあったという。
 再興したのは、尾張徳川家二代藩主の光友で、たまたまこの前を通ったとき、あまりの荒れっぷりを見かねて、名古屋東照宮の神主だった吉見民部大輔に命じて、社殿を大々的に再建したのだった。
 名古屋市中の北東に当たるということで鬼門除けの神社として、以降は尾張徳川藩によって大事に保護されることになる。



片山八幡神社境内と拝殿

 神社の雰囲気はごく普通のものだった。神社らしい落ち着いた空気で、馴染みの感じだ。片山神社と両方続けて行ってみるとその違いがはっきり分かる。
 明治には村社となり、昭和に入って県社に格上げされているから、郷社だった片山神社よりもこちらの八幡神社の方が格上ということになる。
 昭和8年に本殿などを新築したものの、昭和20年の空襲でほぼ全滅してしまう。
 帰ってきてから知ったのだけど、そのときの焼夷弾の跡が鳥居などに残っているそうだ。入り口の狛犬が黒かったのはそのせいもあったのか。
 戦後復興がようやくなったのが昭和32年のことで、そのとき隣接していた神明社や末社の若宮八幡社、稲荷社を合祀している。
 昭和34年に本殿など主要な社殿が完成し、以降少しずつ建物を再建していって、昭和49年に一応の完成を見たのだった。
 現在の社殿は、平成8年から10年にかけて改修工事がなされたもので、古い様式を保ちつつ、見た目は新しい。



片山八幡拝殿正面

 光友の時代の社殿をどこまで再現しているのかは分からないのだけど、穴八幡宮を参考に建てられたそうだ。なるほど、どこかで見たことがあると思った。
 写真を比べてみると、確かによく似ている。あちらほど豪華ではないものの、屋根の造りなどはそっくりだ。
 片山八幡神社と穴八幡宮がこんなところでつながるとは思ってもみなかった。光友というキーワードによっていろんなことがつながってくる。
 早稲田近くにある戸山公園は、光友の江戸屋敷「戸山山荘」があったところで、当然穴八幡宮は馴染みだったはずだ。
 そして、片山八幡神社は徳川園のごく近くにあって、徳川園は光友が隠居所として移り住んだ大曽根屋敷が元になっている。
 私が穴八幡宮へ行ったのは偶然のことだったのだけど、こんなふうに意外なところでつながってくるのが面白い。



片山八幡の神輿

 神輿殿には二基の立派な神輿が格納展示されている。
 瑞龍みこしという名前は、光友が死後に瑞龍院と呼ばれたところから来ている。
 10月19日の例大祭も、瑞龍祭という。
 大きい方が男みこし、小さい方が女みこしで、男みこしは高さ2.3メートル、重さ600キロもあるそうだ。祭りのときにこれを担いで練り歩くのだけど、重すぎて途中で何度も担ぎ手が交代しなくてはならないという。神社で担ぎ手を募集しているから、応募すれば担げるかもしれない。



片山八幡境内の奥

 拝殿の横を通って奥へ進むと、少し空気が変わる。こちらはぐっと古い感じがする。この雰囲気が本来の片山八幡神社のものだろう。



境内社

 石組みの土台といい、境内社の感じといい、裏手は様相が一変する。さほど広くない神社で、これほど途中で変調するところは珍しい。表の顔と裏の顔が別の神社のようだ。
 祭神の主神は八幡神社ということで定番の誉田別尊(ほんだわけのみこと/応神天皇)だ。
 右神が菊理姫命(くくりひめのみこと)で、左神は天照大神(あまてらすおおかみ)となっている。
 境内社に、宗像社、秋葉社、津島社、青麻社、金刀比羅社、愛宕社がある。
 青麻神社というのは中風を治す神様らしい。



片山八幡透塀

 拝殿は透塀によって囲まれている。これも昭和に作られたものだろうけど、雰囲気は出ている。
 根津神社のように江戸時代のものが残っていたら、片山八幡神社の評価も知名度も、もっと上がったことだろう。
 名古屋も空襲で名古屋城をはじめ多くの歴史遺産が失われてしまった。



片山八幡-9

 奥に谷龍神社というのがある。
 奈良吉野の丹生川上神社から勧請したもので、尾張徳川別邸にあった姫子龍神社を、大正12年にこの場所に移してきた。
 祭神は、闇淤加美神(くらおかみのかみ)という水の神様だ。名東区の竜神社のところで少し書いた。
 龍つながりということで、毎年5月に、中日ドラゴンズの優勝祈願がここで行われる。

 このように、近くにある同じ片山神社といっても全然違う歴史を辿った二社なのであった。前を通るだけでは分からなかったことも、実際に参拝してみて、あとから調べてみるといろんなことを知ることになる。神社に参るのは、ご利益を願ってばかりじゃない。思いがけないつながりを知るのも楽しいことだ。
 近くまで行った際は、両方訪問してみることをオススメしたい。

【アクセス】
 ・名鉄瀬戸線「森下駅」から徒歩約5分。
 ・無料駐車場 あり(境内に2台分?)
 ・拝観時間 終日

 片山八幡神社webサイト
 
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