日吉神社と比叡山と日枝神社と秀吉がつながった <名東区神社めぐり> - 現身日和 【うつせみびより】

日吉神社と比叡山と日枝神社と秀吉がつながった <名東区神社めぐり>

日吉神社鳥居前




 名東区の神社巡り。今回は日吉神社(ひよしじんじゃ)を紹介します。
 ここの場所を説明するのが難しい。上社2丁目の名東区役所の西といって分かるのは地元の人くらいで、地下鉄東山線の上社駅と本郷駅の間の北側といえば名古屋の人ならある程度場所のイメージが掴めるだろうか。けっこう奥まったところにあるから、名東区民でなければこんなところまで入ってくることはほとんどなさそうだ。一方通行の細い道が多くて、ゴタゴタしている。
 駐車場はなさそうだったから、路上にとめておくことになる。そうなると、ゆっくり参拝できないのが残念なところだ。



日吉神社鳥居

 名東区の神社の特徴として、ほとんどが高台に建っているというのがある。起伏のある土地柄というのもあるのだろうけど、坂道の途中にあって、北に向かって階段を登っていくというパターンが多い。
 鳥居や拝殿は南向きが一般的で、たまに東向きとかあって、ちょっと違和感を感じたりもする。特別な理由がなければ、たいていの神社は南向きに建っている。北向きや西向きはほとんどない。



日吉神社参道

 前半は階段ではなく坂道だ。
 途中にある二の鳥居は朱塗りになっている。
 このあたりから、しんとした空気が満ちていて、なかなかいい感じだなと思った。



日吉神社狛犬

 狛犬を撮ったりしつつ拝殿を目指す。



日吉神社蕃塀

 ここにもあった、蕃塀(ばんぺい)。
 尾張地方特有のもので、けっこうあちこちで見かける。階段を登り切ったところで立ちふさがるように建っている。悪いものが入ってこないための結界の役割をしているというのが一般的な説のようだ。
 蕃塀マニアさんによると、古くは伊勢の神宮に建てられたものが始まりで、それとは別に尾張の真清田神社から発生して、国府宮神社熱田神宮津島神社などがそれに続き、次第に尾張地方全域に広がっていったという経緯らしい。
 社殿を囲む透垣の一種という見方もあるようだ。



日吉神社拝殿

 拝殿前に到着。
 昭和40年に社殿を改築したとあったから、拝殿もそのときのものだろう。古くはないけど、社殿はやはり木造の方が好感が持てる。耐久性や防火を考えるとコンクリートなのだろうけど。
 創建年数が不明というのも名東区の神社の特徴となっていて、ここも江戸時代初期ということだ。
 上社一帯の土地開拓守護神として、滋賀県大津市の日吉大社から勧請して建てたのが始まりという。
 元禄7年(1694年)にはすでにあったというのが分かっている。
 ちなみに元禄7年というと、高田馬場の決闘があった年だ。

 ここで少し、日吉神社について勉強しておこう。
 日吉神社では、大山咋神(オオヤマクイノカミ)と、大巳貴神(オオナムチノカミ)を祀っている。
 大巳貴神は、大国主(オオクニヌシ)と言った方が通りがいいかもしれない。アマテラスの前に地上を支配していた王で、アマテラスに国譲りをして、のちに出雲大社の神となった。
 大山咋神は、もともと近江(滋賀)の日枝山(ひえのやま、のちの比叡山)一帯をおさめる山の神だった。
 滋賀の日吉大社では、東本宮に大山咋神を祀り、西本宮に大己貴神(大国主神)を祀っている。最初にあったのは、それとは別の牛尾山山頂の奥宮で、東本宮は里宮として創建されたらしい。ただし、その年代は崇神天皇7年というから紀元前90年ということになる。どこまで本当なのかよく分からない。
 その後時は流れて、688年、大津京を守る神として大神神社の大己貴神を勧請して、それが大山咋神よりも格上だというので、そちらを大宮と称するようになる。
 平安京遷都によって、日吉大社は都の鬼門に当たることから、鬼門除けの神社として出世することになった。
 日吉神社の神が全国区になったのは、最澄のおかげだ。比叡山に延暦寺を建立した際(806年)、古くからこの山の神だった大山咋神を寺の守護神とした。
 比叡山の王ということで山王と呼ばれ、また、天台宗の本山に祀られていた山王元弼真君にちなんで山王権現、日吉山王や日吉権現などとも呼ばれるようになった。天台宗が興した神道の一派を山王神道という。
 天台宗の布教活動の中で、山王権現(日吉権現)も全国に広まり、日吉神社も増えていった。
 太田道灌も、江戸城の守護神として川越日吉社から大山咋神を勧請して日枝神社を建てた。
 日枝神社は、江戸時代には徳川家の氏神となり、明治以降は皇居の鎮守ともなり、ますます権威は高まっていった。もともとは一地方の山の神だったのが、大出世をしたのだった。
 現在、全国にある日吉大社系列の神社は、2,000社とも3,000社とも言われている。



日吉神社授与所

 社務所は2004年(平成16年)に建てられたものだそうだ。



日吉神社社殿

 なかなかにカッコイイ神社だ。男前な感じがする。



日吉神社境内社

 摂社、末社も並んでいる。
 近いうちに紹介する貴船社とも関係があるようで、明治44年に合祀したという説明書きがあった。



日吉神社と西日

 西日に照られる社殿。



日吉神社社殿を上から見る

 社殿の全体。



日吉神社-12

 いろいろと石碑が並んでいる。神仏習合の頃の名残だろうか。



日吉神社-13

 名東区の日吉神社については、あまりはっきりしたことが分からず、多少モヤモヤが残ったものの、日吉大社や比叡山、日枝神社が自分の中でつながったというのは意味がある。なるほど、そういうことだったのかと、話の流れが理解できた。
 比叡山は信長の焼き討ちにあって、日吉大社も一度は消失している。それを復興したのは秀吉だった。日吉大社の神の使いは猿で、自身が猿と呼ばれ、幼名が日吉丸だった秀吉にとって、日吉大社には特別な思いがあったのだろう。どうして延暦寺をそんなにムキになって建て直したかったんだろうと疑問に思っていたけど、延暦寺の僧たちを救うというよりも、日吉大社を再興させたかったのだと考えれば納得がいく。
 ただ、日吉丸という幼名はのちの創作という話もあるから、そうなると、秀吉と日吉大社とのつながりはやや怪しくなるか。

【アクセス】
 ・地下鉄東山線「上社駅」または「本郷駅」から徒歩約7分。
 ・駐車場 なし
 ・拝観時間 終日
 
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コメント
非公開コメント

路駐は怖くて出来ません

結構広そうな感じなのに、駐車場なしですか?

謎過ぎます

2009-02-21 15:10 | from ただとき | Edit

車社会ゆえ

★ただときさん

 こんにちは。

 名古屋は少し前までは路上駐車天国でした。
 でも、民間の取り締まりが始まって以来、やや少なくなりました。
 とはいえ、まだ多いといえば多いです。
 何しろ車の台数が多いから。

2009-02-22 04:40 | from オオタ | Edit

はじめまして

日吉神社敷地内の東側(名東保健所の西)に
二台分程度の参拝者専用駐車スペースがございますよ!

2010-01-30 20:03 | from きつね

東側に

★きつねさん

 はじめまして。
 日吉神社は、東側に駐車スペースがあったんですか。
 あちらには回らなかったので気づきませんでした。
 どうもありがとうございます。
 今度近くを通ったら確認してみます。

2010-01-31 00:34 | from オオタ | Edit

ぜひ!

今朝は一日(ついたち)だったからか、
境内の中までが駐車スペースとして解放されていました。
本殿脇の階段を上ったところにある石碑を先日よく見てみましたところ、すべて御嶽山の霊神の石碑でした。

こちらへは「日吉神社」で検索し辿りついた次第です。
画像も紹介文も大変興味深く読ませて頂きました。
近所であっても訪れたことのない神社についていろいろ知ることが出来て本当に楽しいです。

また、名古屋や近郊の町の様々な情景には
淡々とした語り口にも愛を感じまして きつねえらく感激し、
ついコメントを残してしまいました。
面白くて一気に読んでしまいそうになるのですが、
勿体無いので気をつけながらゆっくり繰り返し読んでおります。

これからも更新を楽しみにしつつ寄らせていただきます。

2010-02-02 00:31 | from きつね | Edit

名古屋もいいところが

★きつねさん

 こんにちは。
 日吉さんも、節分には何かイベントとかあるのかもしれないですね。
 本家の大津も行ってきたから、日吉さんには親しみが湧いてます。
 坂本の町並みはとてもいいところなんで、機会があれば訪れてみてください。

 名古屋もここ数年でけっこうあちこち巡りました。
 名古屋は見るところがあまりないと思ってたけど、探してみるとけっこうあちこちありますね。
 イタリア村みたいに、うっかりしてるとなくなってしまうところもあるから、あるときに行けるところへ行っておきたいと思います。
 今後も名古屋ネタは紹介していきますので。
 いつでも遊びに来てください。

2010-02-02 22:03 | from オオタ | Edit

秀吉様が、、?!

はじめまして。
貴船神社が氏神さまの近隣住民の者です。
富士山に8月に登るためウォーキングをしていますが、ふと、日吉神社まで足を伸ばそうと思い、検索していて、この記事を拝見させていただきました。

秀吉様が関係あるのかとビックリしていました。なぜかと言うと、6月に、ふと、思い京都にある豊国廟にお参りに行ったばかりだったのです。京都を一望できるお山の頂上にあるのですが、ほんわかと温かい優しい空気がなんとも言えなかったのです‼秀吉様はそう言う神様になられているのかもしれませんね。

名古屋は三大将軍縁の地と言うこともありますが、導かれたのだなぁと嬉しく思いました。見えない力のお働きに感謝します。
ご縁をありがとうございます。

2019-07-17 08:36 | from ゆりりん

秀吉の縁

>ゆりりんさん

 はじめまして。
 コメントいただきありがとうございます。

 名東区にお住まいなんですか。ご近所さんですね(私は守山区森孝ですが)。

 上社の日吉神社は秀吉とは直接関係ないのですが、幼名の日吉丸と日吉神社は関係があると思います。

 阿弥陀ヶ峰が葬ることを遺言で残したんですよね。
 私は豊国廟には行ったことがないのですが、ゆりりんさんは高台寺には行かれたでしょうか。正室のおねさんが秀吉の菩提を弔うために建てた寺です。
(そこのwebサイトの写真を担当させてもらいました)

 秀吉に関係する名古屋の神社としては、中村区の豊国神社や日之宮神社があります。
 名古屋神社ガイドに書いているのでよかったら読んでみてください。

 https://jinja.nagoya/top/nakamuraku/toyokuni-jinja
 https://jinja.nagoya/top/nakamuraku/hinomiya-jinja

 富士山はまだ登ったことがないのですが、機会があるかどうか。
 登山の際は気をつけて楽しんできてください。

2019-07-17 21:57 | from オオタマサユキ | Edit

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