昭和レトロ度満点の末広町商店街を歩いて撮る <フィルム5回・瀬戸編3>

フィルム写真(Film photography)
雨の瀬戸1-1

Canon EOS 620+TAMRON SP 17-35mm f2.8-4 / Canon EF50mm f1.8II +FUJI 400



 二度目の瀬戸商店街散策は雨だった。一度目は銀座通り商店街を中心に神社などを回っていたら日没時間切れになったので、もう一回出直すことになった。あえて雨降りの日に行ったのは、カメラがデジではなく銀塩だったということもある。デジは水に弱いから雨降りは持ち出したくない。銀塩なら少々濡れても大丈夫だ。レンズさえ濡らさなければ銀塩カメラ本体は壊れてもいつでも買い戻せる。このとき使ったEOS 620も、少し前に中古で2,000円くらいで買ったものだ。このブログには雨の写真がほとんど登場しないから、今回は私にしてはちょっと珍しい写真になった。実際の降りほど写真に雨は写らないのだけど。
 末広町商店街は、途中に道が通っていて大きく分断されている。西エリアが末広町1丁目で、東が末広町2丁目になるのだけど、もともとこんな広い道が通っていたとは思えない。おそらく渋滞緩和か何かのためにバイパスのようにここに道を通したのだろう。そういえば円頓寺商店街もこんなふうになっていた。これは商店街にとってはあまりいいことではない。
 上の写真は、東エリアの入り口だ。外から見ただけでも昭和が色濃い。これは期待できそうだ。早速行ってみよう。アーケードは雨降りでも傘を差さずに買い物ができるのが利点だということにあらためて気がついた。

雨の瀬戸1-2

 これはこれはと思わずうなるアーケード商店街だった。銀座通り商店街よりも更にレトロ感が強い。これが昔ながらのアーケード風景で、私の記憶の中にあるイメージ通りだった。銀座通りよりもこちらの方がより地元度が高い感じだ。
 入り口にある中央劇場という映画館はもう営業していないようだった。一階のパチンコ屋も開いていなかったから、もう閉鎖したのだろうか。
 ロマン中央というのは、かつての中高生男子の心をうずかせるようなネーミングだ。実際、そういう映画館だったのかもしれない。にっかつロマンが全盛だったのは、1970年代か80年代だったか。
 瀬戸が陶芸で賑わっていた時代は、こういう娯楽施設も当然必要だったわけで、昔は娯楽が少なかったから映画館もよく人が入った。今の時代は、こういう小さな映画館では生き残っていけない。末広町商店街だけでも2軒の映画館があったそうだ。

雨の瀬戸1-3

 円頓寺商店街へ行った日はちょうど七夕まつりで賑わっていて本来の姿を見ることができなかったのだけど、昭和レトロという点では末広町商店街の方が上回っているかもしれない。フィルム写真ということもあって、これを昭和60年の写真と言われても、新しすぎるとは思わない。当時の感覚でもこの写真を見たら古い商店街だと思ったんじゃないだろうか。
 末広町商店街と銀座通り商店街と、いつどちらが先にできたのか、調べがつかなかった。戦前のもので残っている建物や店などは少ないだろうけど、瀬戸は空襲を受けなかったから、第二次大戦前後という区別が曖昧とも考えられる。その点が大須や円頓寺とは違う。その分、区画整理が進まずに町並が非常にごちゃついているということはある。終戦の年の8月下旬か9月初旬に米軍機による瀬戸市空爆が予定されていたというから、もし空襲があったら瀬戸の町は今頃ずいぶん違う姿をしていたことだろう。
 末広町商店街は、瀬戸市で一番規模の大きな商店街で、70ほどの店がある。せと末広商店街という表記も見られるから、そちらが正式名なのかもしれない。
 他には昨日、おとといと紹介した銀座通り商店街と、宮前地下商店街、そして中央通り商店街がある。中央通りというのは、瀬戸川沿いに店舗が並んでいるあたりを指してそう呼んでいる。
 アーケード商店街も今ではほとんど姿を消してしまって、瀬戸の二つは貴重なものとなっている。名古屋市内には大須と円頓寺の二つしかなく、県内でも豊橋の常盤通商店街と花園商店街、一宮市の一宮市本町商店街だけしか残っていない。
 アーケードスタイルは大阪を中心とした関西圏で圧倒的な支持を得ている。関西の人にしたらアーケードなど珍しくも何ともないという感覚なのだと思う。少ない県では3つか4つしかないのに、大阪だけで100以上もある。これは全国でもダントツの多さだ。東京は都内には少なく、下町や郊外へ行くほど増えていく。完全な西高東低で、東北や北陸は少ない。
 日本でアーケード商店街が誕生したのは1950年代で、日本初のアーケード商店街は北九州市小倉の魚町銀天街と言われている。これが昭和26年(1951年)のことだった。

雨の瀬戸1-4

 昭和レトロで欠かせない店の一つに床屋さんがある。写真をよく見ると、白衣を着た白髪交じりのおじさんが散髪している姿が写っているのが見えると思う。これなんかも、いかにもといった感じで嬉しくなった。
 昔はハイカラな名前をつけようとして、バーバー松原みたいな名前の床屋がけっこうあった。当時の感覚として、理容店というのはもう古いと思ったのだろう。でも、一番新しいものから古くなるのが言葉で、今となってはバーバーというのはちょっと照れくさい。チェッカーズのようなナウい髪型にしてくださない、なんて注文をする人はもういない。聖子ちゃんカットも今は昔の今昔物語だ。

雨の瀬戸1-5

 こんな古いたたずまいの店にブラザーミシンと書かれると、ミシンそのものがすごく古めかしいもののように思えてくる。ブラザーミシンは今でももちろんしっかり生き残っている。最近のミシンはかなり進化しているらしい。縫い目や刺繍などをコンピューターが制御している。家で縫い物などをする人もめっきり減ったのだろうけど。
 ジャノメ、シンガー、ジャガー、ロックミシン。どれも懐かしい響きの言葉だ。土方ミシンなんていうローカルなミシンもあったっけ。

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 笑うところではないと分かっていつつも笑ってしまう婦人服の店。こういう洋服を着て歩いている人をあまり見かけないのだけど、誰が買っていっているんだろう。地元のおばさま御用達のお店ということで、私の想像を遙かに上回る売り上げを見せるのか。
 古い商店街というと、まず頭に浮かぶのがこういう店だ。商売としては大変だろうけど、できるだけ長く続けて欲しいと思う。

雨の瀬戸1-7

 せと末広亭という小さな演芸場があった。これはたぶん、最近になって始めたものだろう。商店街の空きスペースの有効活用の一つじゃないかと思う。
 名古屋や愛知県というのは、なかなかこういうお笑いや演芸などが育たない土地柄で、出身地は名古屋でも東京に出て行かないと成功しない。大阪や北海道で成功したコンビが東京進出するみたいなパターンはほとんどない。信長、秀吉、家康も、みんな成功したのは外へ出て行ってからだ。名古屋タレントになると名古屋から出られない。瀬戸出身の有名人といえば、芸名にもなっている瀬戸朝香だ。彼女も中学卒業と同時に上京しているから、名古屋(愛知)カラーはついていない。最近は、香里奈や玉木宏など、名古屋出身のタレントもだいぶ垢抜けてきた。

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 見事なまでにがらんとしてしまったアーケード内。雨降りとはいえ、夕方の時間帯でこの人の少なさは厳しすぎる。シャッターが降りている店もけっこう多い。
 私が行った何日か前まで、来る福招き猫まつりが行われていたので、その名残が少しあった。祭りの当日はこのあたりも大勢の人で賑わっていたことだろう。来年こそ行けるだろうか。

雨の瀬戸1-9

 来る福招き猫まつりの延長戦で、作家の招き猫ギャラリーができていた。しばらくはあちこちの会場で、いろいろな作家の作品が展示されていたようだ。
 瀬戸蔵のギャラリーでも展示してあるというので行ってみたら、時間が遅かったようで閉まっていて見られなかった。
 窯垣の小径での土鈴作りがとても面白かったから、また猫作りもやってみたい。次こそもっと猫らしいものを作らなくてはなるまい。

雨の瀬戸1-10

 二階に屋根神様が乗っている。これが昔ながらの本式の屋根神様だ。ちゃんと今でも大事にされている様子がうかがえる。
 以前も書いたように、二階に小さな祠を置いて神様を祀るという信仰がこの地方には昔からあって、それを屋根神様と呼んでいる。個人宅や町内の守り神のようなもので、津島の天王や火除けの秋葉山などが多い。
 この旅館は営業しているのかどうかちょっと分からなかったけど、屋根神様のお世話は町内会でやっているそうだ。昔は瀬戸にもたくさんあったという。今でも残っているのは二つというから、この写真のものと、昨日紹介したのがそうだったのだろうか。

雨の瀬戸1-11

 末広町商店街と通路とつながっているライオン食品センター。名前も店内の様子も古めかしい。
 入り口の通路に吊されている洋服は誰が売ってるのか。あげると言われても欲しくはないけど、こんなところに置いていたら誰かに持っていかれても分からない。このあたりからしても地元による地元のための商店街だということがよく分かる。観光客など最初から当てにしていない姿勢が潔い。
 しかし、これらの洋服、いつ入荷したものだろう。下手すると本当に昭和に作られたものかもしれない。あと何年かしたら、巡りめぐって最先端の服になっているかもしれないから、安売りしている今の内に買い占めて、孫の代まで取っておくというのは素敵なアイディアだ。あと30年もしたら、こんなのは買いたくても買えなくなる。

雨の瀬戸1-12

 商店街の片隅に井戸があった。まだ現役で使われているような感じだ。モップやペットボトルが転がっていたりして、生活感がある。
 井戸自体はうちの田舎でもまだ使っているから珍しくはないけど、名古屋や近郊で井戸を見かけることはほとんどない。残っているものは少ないんじゃないだろうか。

雨の瀬戸1-13

 商店街の東エリアを往復して戻ってきた。写真は東から西エリアを見たところで、あちらのアーケードはごく短い。
 この中央部分は、ちょっとした公園のようになっている。市民に憩いの場を提供するということなのだろうけど、あまり有効活用されているようには見えなかった。晴れた日の昼休みには、近くの勤め人たちがここで弁当を食べていたりするのだろうか。

雨の瀬戸1-14

 何やら大きな荷物を抱えたおばあさんがアーケードを通り抜け、向こうからやって来た学校帰りの女子高生とすれ違った。この場所におけるそのシーンを見て、時間の残酷さのようなものを思った。生き残ることの正しさと、枯れてしまったことの寂しさをも飲み込んで、時代は前に転がり続ける。昭和は遠くて近く、近くて遠い。

 明日は瀬戸編最終回。雨降りの瀬戸の町並紹介でこのシリーズ完結となる。
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コメント
  • 久しぶりの総天然色☆
    2008/10/17 13:39
    こんにちは☆
    銀塩はグリーンピア以来でしょうか。。
    やっぱいい味出ていますね(^^
    被写体が瀬戸という所も銀塩にはドンピシャのナイスセレクトではないでしょうか。
    昨年ペンタのSPを50mmのF1.4が欲しくて落札しフィルムまで買ってありましたが
    未だ使っていません(忘れているw)
    オオタ氏のお写真を拝見して使ってみたくなりました(^^
    広角がまんま17mmだとこんなに広角なのだと改めてビックリし新鮮です♪
  • 難しくも魅惑のフィルム世界
    2008/10/18 04:53
    ★mimiさん

     こんにちは。

     そうなんです、久しぶりのフィルムでした。
     5本まとめて現像と書き込みに出すと安いかったのだけど、5本撮るのは大変でした。(^^;
     いつものもったいない病が出て。
     そういえば、グリーンピアでもフィルム撮りましたね。あれは花菖蒲のときだった。去年だったかな。

     17mmも面白かったけど、難しかった。
     全部入りすぎてしまって、何をどう撮っていいものやら。

     mimiさんもPENTAX SP買ったんですか。
     それは是非使わねば。
     あれは露出計が当てにならないし、ダイヤルのシャッタースピードの刻みが大雑把ですからね(笑)。
     ほとんど勘のマニュアル撮影になるから、いい勉強にはなります。
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