名古屋駅裏風景を撮る夏の早朝 <前編> - 現身日和 【うつせみびより】

名古屋駅裏風景を撮る夏の早朝 <前編>

早朝名古屋駅裏-1

PENTAX K100D+TAMRON SP 17-35mm f2.8-4



 ちょっと日光シリーズを休んで、今日、明日は息抜きを兼ねて名古屋駅風景写真をお届けします。
 前も一度、朝5時すぎに同じような名駅写真を紹介した。あれは5月の始めだったから、今とは少し季節が違う。夜明け時間も違っているから、写真の空気感も多少違うように感じる。
 駅裏からコンコースを通って駅表へと出るコースがいつものコースだけど、それだと同じような写真になってしまう。だから今回は、駅北の則武交差点から大回りをながら写真を撮ることにした。コンコースを通らずに名駅を超えるには、北は則武、南は笹島まで行かなければならない。名古屋なんだから、地下を歩けってことだろうけど、それじゃあ写真は撮れない。
 一枚目はお馴染み、駅裏の太閤通口から見るセントラルタワーズだ。空がいかにも夏の夜明け空といった感じだった。

早朝名古屋駅裏-2

 遠くに見えているのがルーセントタワー。手前の時計のモニュメントには寝ている人がいた。飲み過ぎて家に帰れなくなったといったところか。夏だから風邪を引く心配はなさそうだ。
 昔の駅裏はホームをレスしたおじさんのたまり場で、あまり行きたい場所ではなかった。名古屋人の間ではエキニシと呼ばれることが多く、ちょっと怖いというイメージを持っていた人も多かったんじゃないだろうか。
 そういう人たちが一掃されたのは、もう何年前になるだろう。セントラルタワーズができたのが1999年だけど、それよりももっと前になると思う。気がつけば駅裏はずいぶん小綺麗で安全な場所になっていた。

早朝名古屋駅裏-3

 駅裏にビックカメラができたのは2003年だった。もともとここには生活創庫アピタがあった。昔何度か行ったことがある。
 当初は名古屋駅前店という名前にしようと思っていたそうだけど、名古屋人にそれではみんな東の桜通口を思い浮かべるからよくないと諭されて、駅西店となったという経緯があったらしい。確かにこちらは駅裏であって、決して駅前ではない。
 名古屋らしく駅から地下通路でつながっていて、雨の日でも濡れずに買い物できるのも売りの一つとなっている。
 4ヶ月遅れでソフマップも近くに出店してきて、最近は駅裏が名古屋第二の電気屋街のようになりつつある。大須もかなりお客を取られているんじゃないか。大須は特有の濃さで他の追随を許さない電気屋街ではあるのだけど。
 大須スナップも一度やりたいと思っていてなかなかできないでいる。

早朝名古屋駅裏-4

 何のビルかは知らないけど、ツインタワーがガラス面に映って面白い風景になっていた。
 ガラス建築のビルはヒートアイランドも助長するし、地球に厳しい建築物だ。見た目のインパクトはあるし、洒落てるように思うけど、時代の先端を行っているようでエコ全盛のこのご時世を逆行しているとも言える。
 22世紀くらいになったら、都会のビルは全部ツタなどの植物で覆われたジャングル状態になっているかもしれない。屋上のグリーン化だけでもかなり効果があるというから、そこだけでもやっていけばいいと思う。愛・地球博のテーマもそうだったし、実際に壁面のグリーン化を試みていたのだから、それを継承していかない手はない。
 東京の街中は意外と緑が多くて驚く。都市部に関しては名古屋の緑は東京に大きく負けている。

早朝名古屋駅裏-5

 かつて駅裏の象徴の一つが予備校だった。河合塾や代ゼミなどがあって、浪人生や受験生の姿がよく見られた。
 少子化で競争率が下がった最近はどうなんだろう。単純に塾通い人口だけを見れば、私たちの頃よりも多くなっているのかもしれない。夏休みの今はぞろぞろ歩いてるんだろうか。
 そういえば最近は受験戦争なんて言葉もあまり聞かれなくなった。

早朝名古屋駅裏-6

 上を見ながらずっと歩いていて、ふと足元を見ると変わったマンホール蓋があった。なんだこりゃ。最初、バッタかコオロギかと思ってよく見ると、どうやらアメンボウのようだ。アメンボウって、こんな顔してたかな。でもきっと、手足のところに水紋ができている感じがアメンボウに違いない。名古屋の虫はアメンボウ? そんな話、聞いたことない。
 帰ってきてから調べたところ、大正元年(1912年)に名古屋の下水道が整備されてから80年を記念して、アメンボウを名古屋市の下水道のイメージキャラクターとすることに決めたのだそうだ。
 でも、アメンボウはやっぱりこんな顔をしてない。

早朝名古屋駅裏-7

 こっちは名古屋の市章「丸八マーク」のマンホール蓋だ。人通りの多いところにあるやつだから、たくさん踏まれてすり減って絵がよく見えなくなっている。分かるのはテレビ塔と、名古屋港と、あとは何だろう。
 八は鳩が向かい合っている。鶴岡八幡宮のパクリか?
 丸八マークは、尾張徳川家に由来するとされている。江戸時代後期にはすでに尾張藩で使われていたようだ。
 どうして八なのかはいろいろな説がある。尾張藩にあった愛知、春日井、葉栗、丹羽、中島、海東、海西、知多の八郡に由来するとか、オハリ(尾張)のハの字から来ているとか。
 ちょっと気になったので調べたところ、中の絵は、名古屋港、熱田神宮、名古屋城とテレビ塔、東山動物園、国際会議場だそうだ。1989年に名古屋の熱田で開催されたデザイン博覧会を記念してマンホール蓋のデザインがこれに変えられたんだとか。

早朝名古屋駅裏-8

 清正公自転車駐車場というネーミングが笑えた。加藤清正と自転車はまるで関係がないけど、清正がこの近くの生まれということで名づけたのだろう。太閤口は豊臣秀吉から来ていて、二人は名古屋駅の駅裏生まれの幼なじみだった。少し離れたところに豊国神社があって、清正の生誕地なども伝わっている。
 清正というと熊本城が有名で向こうの人みたいになっているけど、名古屋生まれの名古屋人だ。加賀百万石の基礎を築いた前田利家も名古屋市中川区荒子の生まれなのに、こっちの人というイメージが消えてしまってる。名古屋人は昔も今も、名古屋を出ると大きくなる。そして、大物になった名古屋人は二度と名古屋に帰ってこない。秀吉も信長もそうだった。三河の家康も。

早朝名古屋駅裏-9

 則武交差点を越えて、駅表の方に回ってきたところ。ルーセントタワーをこんな間近で見たのは初めてだ。それほど超高層ではないけれど、近くから見るとやっぱり見上げる高さだ。
 高さ180メートルの地上40階。
 できたのは2007年だから、まだ去年のことだったんだ。もう3、4年経ったような気がしていた。
 名古屋駅とつながった地下道ルーセントアベニューでは様々な影絵が壁に描かれているそうだから、一度見てみたい。このときは早朝すぎて地下道がまだ開いてなかったかもしれない。

早朝名古屋駅裏-10

 駅表に出た。名駅通でこの車の少なさ。5時台といっても、そろそろ6時が近い時間帯だったのに、ここまで車が少ないのは驚きだ。人もほとんど歩いていない。

 早朝名古屋駅風景の前半はこれで終わりで、明日の後半は駅表風景の紹介になる。
 見慣れた風景も、早朝の時間帯はまるで別の表情になる。こんな時間にうろつくことは私もめったにないことだし、多くの人がそうだろうから、けっこう新鮮に映るんじゃないだろうか。光の具合も夕暮れどきとは全然違う。
 名古屋駅に限らず、早朝街撮りは楽しいからオススメしたい。都会の方が昼や夜との差が大きいから面白いものが撮れそうだ。
 というわけで、明日につづく。
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