何も知らずに迷い込んだ矢合観音と古刹の萬徳寺訪問

神社仏閣(Shrines and temples)
矢合観音入り口




 稲沢市矢合町にある矢合観音(やわせかんのん)は、とても分かりづらい場所にあった。地図で見ると、121号線を少し左に入ったところにあるようなのだけど、その入り口がよく分からない。2度通り過ぎて、3回目は車を店の駐車場にとめて歩いて確認しにいって、ようやく分かった。北側から南下した方がいいのだろうか。
 入り口は分かったものの、この道がまた狭い。対向車が来たら完全に立ち往生してしまう。前から車が来ませんようにと願いながら、ようやく裏手の駐車場にたどり着いた。ここでずいぶん無駄に時間を食ってしまった。
 けど、迷いはこれで終わりではなかった。肝心の矢合観音の場所が分からない。北へ行っても南へ行ってもそれらしい建物がない。たまたま通りかかった近所の人に尋ねてようやく分かった。駐車場から見ると、南へ少し歩いて、左の細い道を入って左手の民家がそうだ。
 民家? そう、ここはどう見ても民家のたたずまいだ。お寺じゃない。矢合観音と書かれた表札がかかってなければ、分かりっこない。隠れ家的お店というのはあるけど、隠れ家的お寺というのはあまり聞かない。
 実際ここはお寺ではなく、観音様を持った民家で、住職もいないという。にもかかわらず、稲沢を代表するお寺ということになっている。私が今回寄ったのは、ここだけは重要文化財巡りではなく、稲沢の有名なお寺だというぼんやりとした情報によるものだった。何で有名だったのかという肝心な情報が私の中で抜け落ちていたため、単なるおっかなびっくりの訪問に終わってしまい、ここを有名にしている万病に効く井戸水というものをいただいてくることもなく帰ってきてしまったのだった。
 このときはもう日没も近い時間ということで私以外に人はいなかったのだけど、昼間はおばあちゃん、おじいちゃん、病気の人がひっきりなしに水を求めてやってくる超人気スポットらしい。みなさん、ペットボトルや水筒なんかを持参して、井戸水をいただいていくんだとか。
 そんな話も知らないものだから、井戸の写真さえ撮ってない。上の写真の右側に少し写ってるのがそれで、ちらっと見て、今どきめずらしくこんなところに井戸があるんだと思っただけだった。境内にはここの家の人と思われるおばさまが掃除をしていた。井戸には見向きもしない私を見て、不思議に思ったことだろう。こいつ、何しに来たんだと。迷い込んでたまたま訪れるような場所じゃない。今にして思えば、惜しいことをしたもんだ。



矢合観音-2

 これが矢合観音のほぼ全景だ。民家としては広めの庭を持っているけど、お寺と思って見ると狭く感じるかもしれない。
 毎月18日の縁日は、参道から境内まで中高年で埋め尽くされるらしい。そういう意味では、ちょっと巣鴨に似たところと言えるかもしれない。
 井戸水はただ汲んで持ち帰ればいいというわけではなく、祈祷を受けて初めて霊水となる。上の写真でいうと、左側の建物が観音様がいる本堂に当たる場所で、右側の建物でまず申し込みをする。祈祷料は1,000円ほどだそうだ。病気が治るというなら1,000円は安いし、井戸水と思えば高い。
 本堂で祈祷を受けた水を持ち帰って、飲んだり悪いところに塗ったりすると病気が治るといわれている。
 ペットボトルは500ミリリットルくらいにしないといけないらしい。2リットルの大きなやつで持ち帰ろうなどとすると怒られる。灯油のポリタンクなどもってのほかだ。ここはただで水が汲めるとかそういうところではない。
 井戸水が万病に効くといって大勢が訪れるようになったのは最近のことではなく、話は江戸時代までさかのぼる。
 江戸時代後期、諸国を巡礼していた一人の行者がこの村を通りかかった。日も暮れて泊まるところを探して民家を訪ね歩くも、みすぼらしい身なりをした行者を警戒した村人はなかなか泊めてくれない。何軒目かでようやく泊めてくれる親切な家があって、翌朝、行者が泊まった部屋を主人が見ると小さな箱が置かれていて、中には観音像が入っていた。あの人は高貴な人だったに違いないと、この観音像を祀ったのが矢合観音の始まりだという話だ。泊めてあげるのを断った家はことごとく不幸が続いて滅びてしまったというオマケもつく。
 その行者の観音様と井戸水が病気に効くという話がどこでどう結びついたのかはよく分からない。評判を聞きつけた近所の人が観音様を見に来て、ついでにもらっていった井戸水で病気が治ったりしたことで、噂が噂を呼んで広まっていったということかもしれない。
 行者うんぬんの話は、あとから作られたお話という可能性も高い。他の説として、一色城主橋本道一の弟で矢合城主・橋本大膳がこの地に観音菩薩を祀ったのが始まりというのもある。



矢合観音-3

 私が境内に立ち尽くしてどうしていいものか途方に暮れている姿を見かねて、奥さんが本堂が開いているからよかったらお参りしていってくださいと声をかけてくれた。せっかくだからそうさせていただきますということで、中に入って挨拶だけしてきた。
 写真を撮っていいものかどうか迷って、一枚だけ撮らせてもらった。焦って傾いて、手がぶれた。観音様(十一面観世音菩薩)も、遠くて小さいからよく見えない。
 それでも、一応お参りだけはできてよかった。それをしなかったら、民家の外観の写真を撮っただけで終わってしまったところだった。



矢合観音-4

 駐車場がある方は裏参道ということになるのだろうか。道ばたに観音様だか地蔵様だかを祀った祠がある。サビ猫が中に入ってなにやごそごそ探っていた。私を見ても逃げないところをみると、近所のノラで人に慣れているやつだろう。こっちを見て、ニャーとひと声鳴いた。
 どうやら水を飲んでいたようだ。供えられた水はきっと矢合観音の井戸水だろうから、この猫も病気知らずで長生きすることだろう。



矢合観音-5

 121号線から徒歩で矢合観音に向かう場合は、右に見えている道の向こうからこちらに向かうことになるのだと思う。この道は車は通れない。参道はちょっとした門前町のようになっていて、みやげ物屋や団子屋、植木屋などが並ぶ。
 有名なのは、さかえや菓子舗の矢合観音饅頭で、全国菓子博名誉金賞を受賞した名物まんじゅうだそうだ。もう一つ有名なのは、参道入り口に100年続く老舗の小玉屋食堂だ。参拝の行き帰りにまんじゅうを食べたり、食堂に寄ったりするのも、矢合観音の楽しみになっているのだろう。

【アクセス】
 ・名鉄名古屋本線「国府宮駅」から名鉄バスで「矢合観音前停留所」下車。
 ・無料駐車場 あり
 ・拝観時間 不明



三島社

 道を隔てた向かいの林の中に、小さな神社がある。どういういわれのある神社なのかはよく分からない。説明書きらしいものもなかった。
 あとから地図で見たら三島社とある。



萬徳寺-1

 この日の稲沢神社仏閣巡り最後に訪れたのは萬徳寺(まんとくじ)だった。
 日没間際で写真は厳しかったのだけど、せっかくここまで来たのだから多宝塔だけは撮っておきたかった。
 山号は長沼山。真言宗豊山派。
 一見するとさほど由緒のある寺に見えないから、多宝塔ばかりに心を奪われていた。けど、帰ってきてから古い歴史を持った名刹だということを知って、申し訳ないような、もったいないことをしたような気持ちになった。

 始まりは768年というから奈良時代後半、称徳天皇の勅願によって慈眼上人が創建したとされている。
 その後、木曽川(鵜沼川)の氾濫で一時荒廃したものを、834年、弘法大師空海がこの地を訪れたときに再興して、真言宗に宗旨替えして道場として再興した。
 その際、空海は本堂裏に如意宝珠(霊験あらたかな宝の玉)を埋めたとされている。空海が如意宝珠を埋めたのは、奈良の室生寺、山形の恩徳寺と、ここの三ヶ所しかないことから、何らかの理由でこの寺を重要と考えていたようだ。
 しかし、950年前後には火災、989年には強風で伽藍は壊滅してしまう。
 1254年に後深草天皇が常円上人を招いて、勅願寺として再興したのちは、鎌倉時代から室町時代にかけて繁栄し、一時は尾張国真言宗の本山となって53の末寺を持つほどになった。
 しかしながら、その後も度重なる水害と火災で伽藍を失い、現在は本堂と多宝塔などが残るだけとなっている。
 上の写真に写っている山門は、清洲城の通用門を移築したものだそうだ。
 災害慣れしていたのが幸いして、多数の文化財は消失を逃れて、現在も国や県、市の指定文化財34を持っているという。



萬徳寺-2

 本堂はかなり立派なものの、まだ新しい。昭和44年に火災で失われて、その後建て直されたものだ。



萬徳寺-3

 多宝塔は、本堂の左手に建っている。これが見たかった。
 非常にシンプルというか、あっさりとした味付けの多宝塔だ。飾りっ気がない。
 室町時代中期に建立されたもので、同じ稲沢市内にある性海寺の多宝塔との類似点が多いことから、あちらを参考に造られたのではないかといわれている。
 ただし、こちらの屋根は上下ともに檜皮葺(ひわだぶき)になっている。銅板葺よりもこちらの方が渋くて好きだ。
 塔内部には金剛界大日如来が安置されている。



萬徳寺-4

 多宝塔の向こうに見えているのが鎮守堂で、こちらも多宝塔同様、室町時代の建立で重要文化財に指定されている。こちらは1530年と、建てられた年数がはっきりしている。
 流造(ながれづくり)の檜皮葺で、小さいながらもなかなかの存在感を見せる。

【アクセス】
 ・JR東海道本線「稲沢駅」から徒歩約13分。
 ・無料駐車場 あり
 ・拝観時間 終日



萬徳寺-5

 今回の稲沢神社仏閣巡りシリーズはこれで完結となる。本編には入りきらなかった写真が残っているから、どこかで他のものと抱き合わせの二本立てで紹介したい。
 稲沢の魅力にも少し触れることができて有意義な散策となった。稲葉宿を中心に、もう一回は必ず行きたい。清洲と絡めれば一日コースにもなるから、県外の方にもオススメできるスポットだ。
 
 国府宮神社について紹介するついでに国府のことを勉強しよう
 稲沢名所といえば一に国府宮神社で二番目はアジサイ寺の性海寺
 稲沢寺社巡りは長光寺から始まり、稲沢の魅力を知るきっかけともなった
 稲沢番外編は神社仏閣、花、虫、思い出話などの雑多ネタ
 
 稲沢市観光協会webページ
 
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