月別:2019年12月

記事一覧
  • 大掃除が続く中のサンデー料理

     10月から始めた大掃除はいまだ続いていて、かれこれ2ヶ月近くになる。一日2時間とかだから、少しずつしか進まない。数年に一度の大大掃除といったふうで、目につくところや気になったところを片っ端からやっている。今日は風呂の壁塗りだった。 まだパイプ掃除やら襖の張り替えの残りやら、細かい部分のペンキ塗りやら、配線のやり直しやら、HDDレコーダーの修理やら、いろいろある。12月一杯で終わるだろうか。大掃除だから28...

    2019/12/08

    料理(Cooking)

  • もうひとつの定点観測

     もうひとつの定点観測をお送りします。  ...

    2019/12/07

    日常写真(Everyday life)

  • 途中の人

     今は歴史の上に成り立っている。 我々が立っている地面の下には過去が積み重なっている。 歴史は私たちが向かうべき方向を示してくれる地図のようなものだ。 人は時間から独立して存在しているわけではなく、連続する時の流れの中にいる。 過去を生きた人たちの願いや希望を引き継ぐ役割があり、未来を生きる人たちにそれらを託す使命がある。 歴史も知らず、未来に思いを馳せることもなく、今だけを切り離して自分勝手に生...

    2019/12/06

    言葉

  • 手力雄神社の余った写真

     手力雄神社本編に漏れた写真をお送りします。 各務原の手力雄神社と和解した  ...

    2019/12/05

    神社仏閣(Shrines and temples)

  • 各務原の手力雄神社と和解した

     岐阜県各務原市の神社巡りの終盤に手力雄神社(地図)を訪れた。 どうしても行っておきたいという気持ちが強くて日没前になんとか辿り着いたのだけど、第一鳥居をくぐる手前で、おおおっ、となった。 なんというか、非常に重たい。気が重く、足取りも重い。手前まで行って急に入りたくなくなった。憂鬱だ。 稀にそういうことがあるのだけど、めったにあることではない。霊感のたぐいは持ち合わせていないと自覚している。それ...

    2019/12/04

    神社仏閣(Shrines and temples)

  • 苦手が得意に

     苦手なことから逃げずに立ち向かい続ければ、一番苦手だったことがいつか一番得意なものになる。 得意なことも磨かなければ錆びついてしまう。 費やした時間の量は裏切らない。  ...

    2019/12/03

    言葉

  • 普通の人間

    「おれは自分のことをずっと、かなり普通の人間だと思って生きてきたんだがな」「それはあるいは危険思想かもしれない」「自分は普通の人間だと考えることが?」「私は普通の人間ですと自己申告するような人間を信用してはいけないと、スコット・フィッツジェラルドがどこかの小説に書いていた」 村上春樹『騎士団長殺し』 このやりとりに大笑いした私の感覚は普通なのだろうか。 私は普通の人間であることを目指していないから...

    2019/12/02

    言葉

  • 12月も普段通りのサンデー料理

     12月最初のサンデー料理。 今年も残り少なくなった。サンデー料理でいうと、今回を入れてもあと5回だ。無事に完走したい。 だいぶ寒くなってきて冬を実感しているのだけど、食欲は特に変わらず、サンデー料理にも変化はない。冬らしい料理を作ろうとか食べたいとか、そういう意識がそもそもない。 というわけで、今回も普通に作って普通に食べた。普通が一番といえばそうだ。「マグロの大葉添え」 マグロステーキ風といえば...

    2019/12/01

    料理(Cooking)

大掃除が続く中のサンデー料理

料理(Cooking)
サンデー料理

 10月から始めた大掃除はいまだ続いていて、かれこれ2ヶ月近くになる。一日2時間とかだから、少しずつしか進まない。数年に一度の大大掃除といったふうで、目につくところや気になったところを片っ端からやっている。今日は風呂の壁塗りだった。
 まだパイプ掃除やら襖の張り替えの残りやら、細かい部分のペンキ塗りやら、配線のやり直しやら、HDDレコーダーの修理やら、いろいろある。12月一杯で終わるだろうか。大掃除だから28日までに終わらせないといけない。

 サンデー料理は掃除とは関係ない。普段通りだった。そもそも普段通りじゃないことは年に数回しかない。
 カレンダーの関係で、年末最終週も年始の最初の週もサンデー料理を休む理由がない。クリスマスにも三が日にも週末がかからないのは珍しいんじゃないかと思う。



サーモン

「いつものサーモン」
 天ぷらがあるときは切り分けるだけのサーモンにすることが多い。



カボチャとジャガイモの天ぷら

「カボチャとジャガイモの天ぷら」
 冬至は再来週の22日だけど、先取りしてカボチャを食べることにした。
 煮物はそんなに好きではないのだけど、カボチャの天ぷらは好きだ。
 天ぷらのコツをようやく少し掴めてきた。



野菜の卵とじ

「野菜の卵とじ」
 オムレツ風にするつもりがスクランブルエッグ風になってしまった。
 具材はトマト、ニンジン、ブロッコリー、シーチキン缶。タマネギを入れ忘れた。
 味付けはコンソメの素と塩、コショウで。
 山芋のすり下ろしととろけるチーズも入っている。
 時間の余裕があればトマトソースを作ったのだけど。
 
 

もうひとつの定点観測

日常写真(Everyday life)
別定点観測

 もうひとつの定点観測をお送りします。



別定点観測2




別定点観測3




別定点観測4




別定点観測5




別定点観測6




別定点観測7




別定点観測8




別定点観測9




別定点観測10

 
 

途中の人

言葉
墓と小学校と紅葉

 今は歴史の上に成り立っている。
 我々が立っている地面の下には過去が積み重なっている。
 歴史は私たちが向かうべき方向を示してくれる地図のようなものだ。
 人は時間から独立して存在しているわけではなく、連続する時の流れの中にいる。
 過去を生きた人たちの願いや希望を引き継ぐ役割があり、未来を生きる人たちにそれらを託す使命がある。
 歴史も知らず、未来に思いを馳せることもなく、今だけを切り離して自分勝手に生きていいはずがない。
 我々は途中の人だということを自覚しなければならない。
 
 

手力雄神社の余った写真

神社仏閣(Shrines and temples)
手力雄神社

 手力雄神社本編に漏れた写真をお送りします。

 各務原の手力雄神社と和解した



手力雄神社鳥居扁額




手力雄神社拝殿の注連縄




手力雄神社社務所




手力雄神社渡り廊下




手力雄神社稲荷社前




手力雄神社稲荷鳥居




手力雄神社稲荷社の社




手力雄神社おみくじ




手力雄神社絵馬




手力雄神社子護薬師




手力雄神社晩秋に咲く桜

 
 

各務原の手力雄神社と和解した

神社仏閣(Shrines and temples)
手力雄神社

 岐阜県各務原市の神社巡りの終盤に手力雄神社(地図)を訪れた。
 どうしても行っておきたいという気持ちが強くて日没前になんとか辿り着いたのだけど、第一鳥居をくぐる手前で、おおおっ、となった。
 なんというか、非常に重たい。気が重く、足取りも重い。手前まで行って急に入りたくなくなった。憂鬱だ。
 稀にそういうことがあるのだけど、めったにあることではない。霊感のたぐいは持ち合わせていないと自覚している。それにしてもここは久々に重かった。
 人によってはそこで引き返すということもあるのだろうけど、せっかくここまで来て入らないという選択肢は私にはなかった。もったいないという思いの方が勝った。



手力雄神社入口

 感情を抜きにすれば立派でいい神社なのはすぐに分かった。同じ岐阜県の岐阜市にある伊奈波神社(web)を思い出した。




手力雄神社二の鳥居前

 社伝では、5世紀末に現在の各務原市那加地区(古くは佐良木郷と呼ばれていた)を支配していた豪族が山の中腹の磐座(いわくら)を祀ったのが始まりとしている。
 しかし、『延喜式』神名帳(927年)には載っておらず、『美濃國内神明帳』にある真幣明神がそれに当たるとされる。
 真幣(みてぐら)はいわゆる神札のことなので、漠然とした社名だ。いつ現在地に移されたのか、祭神を手力雄神としたのがいつなのかなど、分からないことが多い。
 672年の壬申の乱で活躍した村国男依(むらくにのおより)が各務を領地として与えられたので、村国一族も何らかの関わりを持ったかもしれない。ただし、東にある村国神社(地図)とは直線距離で7.7キロほど離れている。
 2キロほど西南の岐阜市蔵前(かつての厚見郡)にも手力雄神社(地図)があり、そちらは平安時代前期の860年に各務氏が氏神として創建したとされる。
 村国氏はほどなく衰退して、代わって各務をおさめたのが各務氏なので、各務郡の真幣明神を手力雄神社としたのは各務氏だったかもしれない。
 村国神社の祭神は尾張氏祖神の天火明命(アメノホアカリ)と鏡作部の祖の石凝姥命(イシコリドメ)なので、手力雄とは系統が違う。
 厚見郡の手力雄神社は宮中で祀っていた手力雄を勧請したという話があり、伊勢の神宮(web)とも関わりが深いという。
 伊勢の神宮の内宮の相殿神はあまり公にはしていないのだけど、天手力男神と栲幡千千姫命(タクハタチヂヒメ)とされている。
 承久の乱(1221年)以降、この地は守護家の土岐氏がおさめることになり、その家臣の薄田氏(すすきだうじ)や佐良木氏(更木氏)が神社を守ったという。
 室町時代に薄田氏が寄進した梵鐘や狛犬が残っている。
 手力雄神社の読み方について「たぢから」としているとものと「てじから」としているところがあってどちらが正式なのかよく分からない。岐阜県神社庁は「たぢからお-じんじゃ」としているのに対して公式サイトのアドレスはhttp://www.tezikarao.org/となっており、サイトの手力雄神社の下に「Tedikarao」とある。
 祭神の天之手力男神/天手力雄神は、一般的にアメノタヂカラヲとされるから、個人的には「たぢからお-じんじゃ」の方がしっくりくる。
 地元の人たちは「てぢからさん」と呼んでいるそうだ。



手力雄神社拝殿

 主祭神として手力雄神を祀り、相殿神として高御産霊神、神産霊神、美和都神、宇津井剣火御子三所神、伊波乃西神、長山神、村国神、村国真墨田神を祀っている。
 最初からこんなに祀っていたとは思えないから途中で増えたのだろう。それにしても見慣れない神が入っている。村国関係は村国氏との関わりを示すものとして、美和都神、宇津井剣火御子三所神、伊波乃西神、長山神というのは名古屋では見たことがない。造化三神のうちの高御産霊神と神産霊神を祀っているのも気になる。

 ところで、私の激重だった感覚は、参拝を終えたとたんに嘘のように消え失せ、むしろ気持ちがものすごく軽くなったのだった。あれ? という感じで自分でも驚いた。長く続いた風邪が治ったときみたいな感じだ。
 よく分からないけどよかったと喜んだ。和解という言葉が頭に浮かんだ。気が重かったのは、ここの神様か土地に対して私が過去に何かをしでかしていて、そのことがずっと気掛かりだったとかだろうか。



手力雄神社神紋

 1567年、織田信長は稲葉山城(今の岐阜城)を攻めるためこの地を訪れた。
 周囲の寺社を焼き払い、この神社も焼き討ちしようとしたところ、にわかに霧が立ちこめ体が動かなくなって馬から落ちた。さすがの信長も神罰を恐れて焼き討ちをやめ、稲葉山城後略の後に社領や宝物を寄進したと伝わる。
 神紋が織田木瓜になっているのはそのためで、それまでは巴紋だったという。



手力雄神社本殿彫り物

 拝殿の裏手に回ると本殿の上部が見える。
 本殿は江戸時代前期の1674年に建てられたとされる檜皮葺の流造で、柱には見事な龍の彫刻がほどこされている。
 天手力雄命を祀る神社の総本社のような立場の神社は長野県長野市の戸隠神社(web)とされており、手力雄神社の龍の彫刻はその中の九頭龍社の影響を受けているといわれている。
 江戸時代はこの地の旗本だった坪内氏や徳山氏などが崇敬し、保護した。



手力雄神社本殿檜皮葺

 本殿と龍の彫刻は各務原市の重要文化財に指定されているけど、国の重文指定でもおかしくない。



手力雄神社本殿古墳

 タヂカラノヲといえば天の岩屋戸のエピソードで登場する神だから、ここは天の岩屋戸を模したものかと思ったら、古墳だった。
(天の岩屋戸に隠れたアマテラスが少し扉を開いたとき、すかさず扉を開け放ってアマテラスを岩屋戸から引っ張り出したのがタヂカラノヲだ)
 横穴式石室を持つ6世紀後半の古墳が2基残されている。
 当然ながらこの古墳の被葬者と神社の祭神とは関係があると考えられる。6世紀後半なら村国氏よりも100年も前の時代だ。



手力雄神社本殿古墳内社

 古墳の発掘調査が行われたのかどうかは分からない。
 石室内には小さな社が祀られている。



手力雄神社秋葉神社

 秋葉社ですら貫禄がある。



手力雄神社福徳竜神

 福徳竜神。
 やはりここは龍が関わっている。龍の彫刻もたまたまではない。

 写真が余ったので続編につづく。



【アクセス】
 ・名鉄各務原線「新加納駅」から徒歩約25分
 ・岐阜バスコミュニティ岐阜各務原線 JR岐阜駅バスターミナル(岐阜駅北)13番のりば、「各務西町営業所」行き、または名鉄岐阜のりば(名鉄岐阜駅西)6番のりば、「各務西町営業所」行きに乗り、「手力雄神社前」バス停下車、徒歩すぐ
 ・各務原市ふれあいバス西部・鵜沼線「山後町公民館前」バス停下車、徒歩約3分
 ・駐車場 あり(無料)
 
 

苦手が得意に

言葉
ランタナとルリマツリ

 苦手なことから逃げずに立ち向かい続ければ、一番苦手だったことがいつか一番得意なものになる。
 得意なことも磨かなければ錆びついてしまう。
 費やした時間の量は裏切らない。
 
 

普通の人間

言葉
騎士団長殺し


「おれは自分のことをずっと、かなり普通の人間だと思って生きてきたんだがな」
「それはあるいは危険思想かもしれない」
「自分は普通の人間だと考えることが?」
「私は普通の人間ですと自己申告するような人間を信用してはいけないと、スコット・フィッツジェラルドがどこかの小説に書いていた」

 村上春樹『騎士団長殺し』

 このやりとりに大笑いした私の感覚は普通なのだろうか。
 私は普通の人間であることを目指していないから、普通であろうとなかろうとどちらでもかまわないのだが。
 
 

12月も普段通りのサンデー料理

料理(Cooking)
サンデー料理

 12月最初のサンデー料理。
 今年も残り少なくなった。サンデー料理でいうと、今回を入れてもあと5回だ。無事に完走したい。
 だいぶ寒くなってきて冬を実感しているのだけど、食欲は特に変わらず、サンデー料理にも変化はない。冬らしい料理を作ろうとか食べたいとか、そういう意識がそもそもない。
 というわけで、今回も普通に作って普通に食べた。普通が一番といえばそうだ。



マグロ

「マグロの大葉添え」
 マグロステーキ風といえばそうかもしれない。
 普段は長ネギのところを大葉を使った。大葉は好きなので、これもありだ。
 いつもと少し違ったのは、いただきもののキャノーラ油を使ったこと。いわゆる菜種油で、サラッとしていてオリーブオイルよりもあっさりした感じになる。素材の風味をいかしたいときに使うとよさそうだ。



トマトとナス煮

「トマトとナス煮」
 切り分けたナスを水にさらしてあく抜きをする。
 トマト、白菜、ナスをオリーブオイルで炒める。
 酒、みりん、コンソメの素で味付けをする。
 途中でケチャップ、塩、コショウを加えて味をととのえる。
 終盤でとろけるチーズを加える。



きんぴら風

「きんぴらゴボウ風」
 本当のきんぴらゴボウが分からないので例によって我流のきんぴらゴボウ風。
 ゴボウをささがきして水にさらしてあく抜きをする。
 鶏肉を炒めていったん取り出す。
 ゴボウ、ニンジン、ひらたけをごま油で炒める。
 途中で鶏肉を戻す。
 酒、みりん、しょう油、酢、和風だしの素、白ごま、唐辛子、塩、コショウで味付けをする。
 水を加えて、しばらく煮込む。