月別:2018年12月

記事一覧
  • 定点観測で2018年の締めくくり

     今年最後はいつもの定点観測をお送りします。 ...

    2018/12/31

    日常写真(Everyday life)

  • 2018年最後も普通のサンデー料理

     今年最後のサンデー料理。 締めくくりにふさわしい何かと思わないでもなかったのだけど、結局普通のサンデー料理になった。それがサンデー料理だ。そもそも特別なものではない。 自分でも気づかないうちに少しスタイルが変わってきているのかもしれない。昔よく使っていた食材を使わなくなったりということもありそうだ。 今年は休んだ記憶がないのだけど、用事か何かで一回か二回は休んだだろうか。それでも最後までこうして...

    2018/12/30

    料理(Cooking)

  • 鉄道のある風景

     かなり久々、鉄道風景をお送りします。...

    2018/12/29

    鉄道(Railroad)

  • 在庫写真より ~神社仏閣こぼれ写真

     在庫写真より。 神社仏閣こぼれ写真をお送りします。 ...

    2018/12/28

    神社仏閣(Shrines and temples)

  • 在庫写真より ~置き忘れてきた季節の風景

     在庫写真より。 置き忘れてきた季節の風景をお送りします。 ...

    2018/12/27

    日常写真(Everyday life)

  • 昭和区妙見町の妙見堂

     昭和区妙見町にある妙見宮(地図)。 本体は浄昇寺というお寺なのだけど、妙見宮が合体しているというか、妙見宮が入り込んでいる。神仏習合といえばそうかもしれない。 町名の妙見はこの妙見宮から来ている。 かつて名古屋で妙見信仰がどの程度広まっていたのかはよく分からないのだけど、名残はほとんどないといっていいくらい消えてしまっている。神社としての妙見信仰が残っているのは昭和区のこの妙見宮くらいかもしれな...

    2018/12/26

    神社仏閣(Shrines and temples)

  • 定点観測

     いつもの定点観測をお送りします。 ...

    2018/12/25

    日常写真(Everyday life)

  • 空コレ 2018

     クリスマスイブは毎年恒例の(と自分では思っている)空コレをお届けします。 これをやると今年も一年が暮れていく実感が沸いてくる。 ...

    2018/12/24

    空(Sky)

  • 美味しいに越したことはないサンデー料理

     12月も後半になってきたけど、年末の緊迫感といったものもなく、普段通りに日々は過ぎている。年賀状もまだまだ書く気はない。 クリスマスイブではなくクリスマス当日に少しイベントがある以外は、やることといえば大掃除くらい。それも訳あって先月ほとんどやってしまったのでやることは少ない。 今年は本当に年末らしくない12月だ。いいんだか悪いんだか。 サンデー料理はいつもの通り。今年最後でもないし、普段と同じよう...

    2018/12/23

    料理(Cooking)

  • 半僧坊新福寺の鎮守の稲荷

     昭和区広路町の半僧坊新福寺にある稲荷(地図)。 寺の中に稲荷を鎮守にしているところはけっこうある。この場合の稲荷はウカノミタマではなくインド由来のダーキニーを祀る稲荷だ。仏教に取り込まれて荼枳尼天となった。 半僧坊や新福寺については神社サイトの稲荷(半僧坊新福寺)のページに書いた。 宮本武蔵にまつわる石碑がある寺としても知られている。ただし、この寺と宮本武蔵は直接関係はない。【アクセス】 ・地下...

    2018/12/22

    神社仏閣(Shrines and temples)

  • 三重郡朝日町ちょこっと歩き

     三重県三重郡の朝日町を訪ねたのは神社を回ることが主な目的だったのだけど、旧東海道の風景がどんなふうに残っているのかも見てみたかった。 旧東海道は近鉄の伊勢朝日駅(地図)を出てすぐ前の道がそうだ。東海道というと大通りをイメージしがちなのだけど、そういうところは宿場町など一部で、他は大部分が頼りないような細い道だったりする。ここ朝日町を通っていた旧東海道もそうだった。 建物としてはほとんど何も残って...

    2018/12/21

    旅/散策(Stroll)

  • 三重郡朝日町の式内社のひとつ苗代神社

     三重県三重郡朝日町の神社シリーズ第3弾、苗代神社(なわしろじんじゃ / 地図)を紹介します。 三重郡朝日町の井後神社を訪ねる 三重郡朝日町の移田神社 朝日町はかつての朝日村で、近くから弥生時代の遺跡が見つかっていることから古くより人が暮らす土地だったことが分かっている。 縄文時代は気温が高く、海面が上がって(縄文海進)海岸線は今よりもずっと内陸寄りだった。現在は小山が連続する丘陵地の縁あたりがかつて...

    2018/12/20

    神社仏閣(Shrines and temples)

  • もうひとつの定点観測

     いつもの定点観測とは別のもうひとつの定点観測をお送りします。 ...

    2018/12/19

    日常写真(Everyday life)

  • 在庫写真より ~忘れ物写真

     在庫写真より。 忘れ物写真をお送りします。 ...

    2018/12/18

    日常写真(Everyday life)

  • 在庫写真より ~寺社仏閣こぼれ写真

     在庫写真より。寺社仏閣こぼれ写真をお送りします。 ...

    2018/12/17

    神社仏閣(Shrines and temples)

  • 年末感のないサンデー料理

     12月も半ばを過ぎて少しずつ年末感が出てきた。といってもまったく忙しいわけではなくて、日々は普段と変わらない。 変わらないといえばサンデー料理も変わらない。冬感も12月感もなく、いつもと同じだ。ほとんど定点観測といっていい。 私の料理のレパートリーって何種類くらいあるんだろう? 今まで考えたことも数えたこともなかったけど、暇なときに過去のサンデー料理を見返して数えてみてもいいかもしれない。あまり変わ...

    2018/12/16

    料理(Cooking)

  • 道ばたの風景

     道ばたの風景をお送りします。 ...

    2018/12/15

    日常写真(Everyday life)

  • 三重郡朝日町の移田神社

     三重県三重郡朝日町の神社めぐり。井後神社(地図)の次に訪れたのは埋縄(うずなわ)にある移田神社(地図)だった。 朝日駅からは1.5キロほどあって、途中で道に迷ったこともあって30分以上かかった。集落の間を抜けて、樹林の斜面を上がったところにある。車の場合は北の66号線から南の細い道を入っていくしかなさそうだ。標高は23メートルほどなのでわりと高台だ。 現在は「いだ-じんじゃ」と読ませており、古くは「ウツシ...

    2018/12/14

    神社仏閣(Shrines and temples)

  • 三重郡朝日町の井後神社を訪ねる

     三重県三重郡朝日町を訪れる機会があり、少し時間があったので朝日町の神社を訪ねることにした。 最初に訪れたのは、JR関西本線の朝日駅からほど近い井後神社(地図)だった。 朝日町は旧東海道の桑名宿と四日市宿の間に位置している。朝日駅の少し南の細い通りが旧東海道で、かつては旅人のための茶屋などもあったそうだ。今も往事の面影をわずかながらとどめている。 井後神社は『延喜式』神名帳の伊勢国朝明郡井後神社に比...

    2018/12/13

    神社仏閣(Shrines and temples)

  • 季節を少しさかのぼる

     最近撮った季節の風景から秋に向けて季節を少しさかのぼってみる。 ...

    2018/12/12

    花/植物(Flower/plant)

  • 神木を祀っているらしい川名本町の小社

     川名本町5にある小社(地図)。 道を一本隔てて西には川原神社があるのだけど、これは川原神社とは関係がないのではないかと思う。川原神社の境内がこちら側まであったとしてもそれは江戸時代とかそれ以前のことだろう。 木の前に社を置いて、木には注連縄がかけられているから、これを神木として祀っているのだろう。まずこの木が何の木かが分からない。見覚えがないのだけど、珍しい木なのかそうじゃないのか。 社もそれほ...

    2018/12/11

    神社仏閣(Shrines and temples)

  • 一年ぶり三度目の椿大神社参拝

     去年2017年の12月以来、約一年ぶりの椿大神社参拝となった。今回が三度目になる。 椿大神社で泣かされ背中を押してもらう<前編> 椿大神社の6月の風景<後編> 冬の椿大神社に再訪する 去年は年末近かったので完全な冬風景だったけど、今年は12月前半で暖かい日が続いていたから紅葉が少し残っていた。違う季節に訪れたようだった。 椿大神社の歴史などについては初回のときに書いた。 今回は初冬の椿大神社の風景をお届...

    2018/12/10

    神社仏閣(Shrines and temples)

  • 忙しくない12月のサンデー料理

     今年の12月は忙しくない。普段より暇なくらいだ。気ぜわしくさえなくて、平常運転が続いている。なんとなくこのまま年末までいってしまいそうだ。 別に12月だからといって忙しくしなければいけないわけでもない。12月31日と1月1日の境目だって特別視しなければ普通と同じように日付が変わるだけだ。 サンデー料理に関していうと、今年は年末年始に日曜日が来ないので休むタイミングがない。クリスマスも外れているし、30日も普...

    2018/12/09

    料理(Cooking)

  • 最近の道行き風景

     ここ最近の道行き風景をお送りします。 ...

    2018/12/08

    日常写真(Everyday life)

  • 熱田神宮の風景(つづき)

     去年熱田神宮へ行ったときに撮った写真がまだ残っていた。 熱田神宮の主な摂社や末社の続きということになる。 というわけで熱田神宮の風景と題してお送りします。 御田神社。 土用殿。 かつて本殿の隣にあって、草薙剣を納めていた。 開かずの門といわれる清雪門。 二十五丁橋。 南神池。【アクセス】 ・地下鉄名城線「神宮西駅」から徒歩約5分 ・名鉄名古屋本線「神宮前駅」から徒歩約5分 ・駐車場 あり(無料) ...

    2018/12/07

    神社仏閣(Shrines and temples)

  • 大水神社と旧林崎文庫も内宮近くの穴場スポット

     昨日紹介した宇治神社(地図)の160メートルほど北に大水神社(地図)がある。 内宮入り口に架かる宇治橋から見ると130メートルほど西だ。 近くには饗土橋姫神社(あえどはしひめじんじゃ)や津長神社、旧林崎文庫などもあって非常に雰囲気のあるエリアなのだけど、こちらを訪れる人は少ない。 大水神社の裏にある大楠の木は樹齢300年を超える巨木で、なかなかの迫力だ。この木を見るためだけでも訪れる価値がある。 内宮の...

    2018/12/06

    神社仏閣(Shrines and temples)

  • 伊勢の足神さんと呼ばれる内宮近くの宇治神社を訪れる

     伊勢の内宮近くに宇治神社(地図)がある。 宇治橋前に建っている鳥居の正面にある駐車場を少し奥に行った先にあるのだけど、人の流れを見ていてもこちら方面に歩いていく人はほぼいない。 足神さんとして一部では知られているものの、伊勢の神宮を何度も訪れたことがあるという人でもこの神社の存在を知らない人が多いんじゃないだろうか。 地元宇治地区の人たちにとっての氏神様というと、この宇治神社がそれに当たる。 神...

    2018/12/05

    神社仏閣(Shrines and temples)

  • 何の情報もない千年1八幡神社

     熱田区千年1丁目の八幡神社(地図)。 すぐ近くにある千年2丁目にある八幡社と関係があるのかないのか。 千年2八幡社は1837年に開発された熱田築地前新開(のちに作良新田)の神社で、千年1八幡神社は1675年に御船奉行の横井作左衛門が開発した船方新田にある神社なのだけど、土地としては千年1の方がずっと古い。ただ、横井作左衛門が勧請したという話は伝わっておらず、いつ誰が祀ったのかがまったく分からない。情報がほと...

    2018/12/04

    神社仏閣(Shrines and temples)

  • 定点観測

     いつもの定点観測をお送りします。 ...

    2018/12/03

    日常写真(Everyday life)

  • アパートの駐車場の片隅に樫ノ木龍神の石碑が祀られている理由

     昭和区西畑町にある樫ノ木龍神(地図)。 神社でもなく祠ですらなく石碑のみで、事情を知らないとなんでこんなところに樫ノ木龍神の石碑があるんだろうと思うだろう。 昭和31年にここのアパートの大家さんの奥さんが川原通で苦しんでいる龍神の夢を見て見にいってみたらこの石碑が落ちていたので持ち帰って敷地で祀ったのだという。 もともと樫ノ木龍神がどこでどう祀られていたのかは分からない。石碑の横には昭和十四年とあ...

    2018/12/03

    神社仏閣(Shrines and temples)

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定点観測で2018年の締めくくり

日常写真(Everyday life)
定点観測

 今年最後はいつもの定点観測をお送りします。



定点観測2




定点観測3




定点観測4




定点観測5




定点観測6




定点観測7




定点観測8




定点観測9




定点観測10




定点観測11

 

2018年最後も普通のサンデー料理

料理(Cooking)
サンデー料理

 今年最後のサンデー料理。
 締めくくりにふさわしい何かと思わないでもなかったのだけど、結局普通のサンデー料理になった。それがサンデー料理だ。そもそも特別なものではない。
 自分でも気づかないうちに少しスタイルが変わってきているのかもしれない。昔よく使っていた食材を使わなくなったりということもありそうだ。
 今年は休んだ記憶がないのだけど、用事か何かで一回か二回は休んだだろうか。それでも最後までこうして完走できたことを喜びたい。2005年のブログ開始と同時に始まっているから、もう13年になる。週に一度なので回数は意外と少ないのだけど。
 来年も抱負はないまま淡々と続けていくことを目標としたい。
 今年もごちそうさまでした。
 来年もいただきます。



サーモンとチーズ

「サーモンのチーズ乗せ」
 サーモンとチーズの組み合わせはやったことがなかったかもしれない。普通に考えて合わないはずもなく、やっぱり美味しかった。今後は定番になりそうだ。
 今年もメイン食材はマグロとサーモンと鯛で回しきった。



野菜のトマト煮

「野菜のトマトケチャップ煮込み」
 ジャガイモ、ニンジンを茹でる。
 酒、みりん、水、コンソメの素に、ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、キャベツ、トマトを入れて煮る。
 ケチャップ、塩、コショウで味つけして煮込む。



大根と鶏肉

「大根と鶏肉煮」
 大根に玄米を加えて茹でてあく抜きをする。
 あらためて水、酒、みりん、昆布つゆ、ごま油に鶏肉と下茹でした大根を入れて煮込む。
 塩、唐辛子、白ごまで味の仕上げをする。

鉄道のある風景

鉄道(Railroad)
名鉄島氏永駅

 かなり久々、鉄道風景をお送りします。



JR桑名駅




犬山城と名鉄




新幹線熱田あたり




有松天満社鳥居と名鉄




JR線路下




枇杷島名鉄




有松あたり名鉄




JR大府駅




近鉄桑名




岡﨑駅近く名鉄


在庫写真より ~神社仏閣こぼれ写真

神社仏閣(Shrines and temples)
注連縄と太陽

 在庫写真より。
 神社仏閣こぼれ写真をお送りします。



鬼瓦




鳥居と国旗




夜の熱田神宮




道ばたのお堂




石灯篭と田んぼ




石碑




堂内の石仏




酒樽




御神木の名残




鳥居と鉄道




拝殿内

 

在庫写真より ~置き忘れてきた季節の風景

日常写真(Everyday life)
サザンカ落花

 在庫写真より。
 置き忘れてきた季節の風景をお送りします。



赤花




稲穂




女郎花




蓮の種




空堀の彼岸花




道ばたのコスモス




桜の落ち葉




キンモクセイ




露草




溝の昼顔

 

昭和区妙見町の妙見堂

神社仏閣(Shrines and temples)
妙見宮

 昭和区妙見町にある妙見宮(地図)。
 本体は浄昇寺というお寺なのだけど、妙見宮が合体しているというか、妙見宮が入り込んでいる。神仏習合といえばそうかもしれない。
 町名の妙見はこの妙見宮から来ている。
 かつて名古屋で妙見信仰がどの程度広まっていたのかはよく分からないのだけど、名残はほとんどないといっていいくらい消えてしまっている。神社としての妙見信仰が残っているのは昭和区のこの妙見宮くらいかもしれない。
 妙見信仰がどういうものだったのかも今となってはよく分からない。北極星や北斗七星信仰というのが通説となっているものの、それだけではなさそうだ。
 そのあたりについては神社サイトの妙見宮(浄昇寺)のページに書いた。



妙見宮灯篭階段下





妙見宮階段と二の鳥居




妙見宮石碑




妙見宮鳥居と額




妙見宮お堂




妙見宮扁額




妙見宮楠




妙見宮東鳥居




妙見宮階段下り

【アクセス】
 ・地下鉄名城線「八事日赤駅」から徒歩約6分
 ・駐車場 あり(東側

 浄昇寺公式サイト
 

定点観測

日常写真(Everyday life)
定点観測

 いつもの定点観測をお送りします。



定点観測2




定点観測3




定点観測4




定点観測5




定点観測6




定点観測7




定点観測8




定点観測9




定点観測10




定点観測11

 

空コレ 2018

空(Sky)
空コレ

 クリスマスイブは毎年恒例の(と自分では思っている)空コレをお届けします。
 これをやると今年も一年が暮れていく実感が沸いてくる。



空コレ2




空コレ3




空コレ4




空コレ5




空コレ6




空コレ7




空コレ8




空コレ9




空コレ10




空コレ11




空コレ12

 

美味しいに越したことはないサンデー料理

料理(Cooking)
サンデー料理

 12月も後半になってきたけど、年末の緊迫感といったものもなく、普段通りに日々は過ぎている。年賀状もまだまだ書く気はない。
 クリスマスイブではなくクリスマス当日に少しイベントがある以外は、やることといえば大掃除くらい。それも訳あって先月ほとんどやってしまったのでやることは少ない。
 今年は本当に年末らしくない12月だ。いいんだか悪いんだか。

 サンデー料理はいつもの通り。今年最後でもないし、普段と同じように作って食べただけ。それで不満もない。昔はもっと食に興味がなかったのだけど、自分でも作るようになってこれでも少しは興味を持つようになった。せっかく作って食べるなら美味しくないより美味しい方がいい。



マグロ

「いつものマグロ」
 前回もそうだったと思うのだけど、今回もキハダマグロ。安いし安定感がある。
 今回はミディアムレアの加熱加減が上手くいった。火を通しすぎるとパサパサになる。



ジャガイモとエリンギ

「ジャガイモとエリンギのチーズ和え」
 ジャガイモとブロッコリーを下茹でする。
 オリーブオイルでタマネギとエリンギを炒める。
 ジャガイモとブロッコリーを加え、酒、みりん、しょう油、コンソメの素、塩、コショウで味付けする。
 とろけるチーズを入れて混ぜ合わせる。



味噌煮込み

「大根と鶏肉の味噌煮込み」
 大根を玄米と一緒に茹でてあく抜きをする。
 ゆで卵を作る。
 大根の湯切りをする。
 鶏肉、ニンジン、ゆで卵を加え、酒、みりん、しょう油、昆布つゆ、和風だしの素、塩、水で煮込む。
 味噌ダレを入れて味を調える。
 いったん火を止めて冷まして味を染みこませる。
 再加熱して温まったら完成。
 

半僧坊新福寺の鎮守の稲荷

神社仏閣(Shrines and temples)
半僧坊新福寺稲荷

 昭和区広路町の半僧坊新福寺にある稲荷(地図)。
 寺の中に稲荷を鎮守にしているところはけっこうある。この場合の稲荷はウカノミタマではなくインド由来のダーキニーを祀る稲荷だ。仏教に取り込まれて荼枳尼天となった。
 半僧坊や新福寺については神社サイトの稲荷(半僧坊新福寺)のページに書いた。
 宮本武蔵にまつわる石碑がある寺としても知られている。ただし、この寺と宮本武蔵は直接関係はない。



半蔵坊新福寺入り口




半蔵坊新福寺稲荷正面




半蔵坊新福寺稲荷の堂内




半蔵坊新福寺稲荷鳥居裏




半蔵坊新福寺本堂




半蔵坊新福寺宮本武蔵の碑と説明書き




半蔵坊新福寺新免政名供養碑

【アクセス】
 ・地下鉄名城線/鶴舞線「八事駅」から徒歩約16分
 ・駐車場 あり(新福寺)
 

三重郡朝日町ちょこっと歩き

旅/散策(Stroll)
伊勢朝日駅

 三重県三重郡の朝日町を訪ねたのは神社を回ることが主な目的だったのだけど、旧東海道の風景がどんなふうに残っているのかも見てみたかった。
 旧東海道は近鉄の伊勢朝日駅(地図)を出てすぐ前の道がそうだ。東海道というと大通りをイメージしがちなのだけど、そういうところは宿場町など一部で、他は大部分が頼りないような細い道だったりする。ここ朝日町を通っていた旧東海道もそうだった。
 建物としてはほとんど何も残っておらず、通りの様子に旧街道の面影を残している。道沿いの家は新しくても道の感じはなんとなく雰囲気を保っているものだ。
 このときは神社へ行くことがメインだったので少ししか歩けなかったのだけど、少しだけ写真も撮ってきた。いくらかでも雰囲気を感じ取ってもらえるといいのだけど。



朝日町




朝日町家屋と蔵




朝日町旧東海道




朝日町曲がり角の風景




朝日町クランク




朝日町看板と案内




朝日町旧東海道風景




朝日町井後神社前




朝日町煙突のある風景

 

三重郡朝日町の式内社のひとつ苗代神社

神社仏閣(Shrines and temples)
苗代神社

 三重県三重郡朝日町の神社シリーズ第3弾、苗代神社(なわしろじんじゃ / 地図)を紹介します。

 三重郡朝日町の井後神社を訪ねる

 三重郡朝日町の移田神社

 朝日町はかつての朝日村で、近くから弥生時代の遺跡が見つかっていることから古くより人が暮らす土地だったことが分かっている。
 縄文時代は気温が高く、海面が上がって(縄文海進)海岸線は今よりもずっと内陸寄りだった。現在は小山が連続する丘陵地の縁あたりがかつての生活の場所だったと考えられる。南の国道23号線は海抜0メートル地帯で、その北の国道1号線も海抜2-3メートル、近鉄伊勢朝日駅が海抜4メートル、JR朝日駅が海抜6メートルなので、近鉄線とJR関西本線の間あたりがかつての海岸線だっただろうか。
 JRの南を旧東海道が通っており、朝日村は北の桑名宿と南の四日市宿の中間に当たる。東海道は江戸時代に入ってから整備された道ではあるのだけど、元になる道はかなり古くからあったようで、壬申の乱のとき大海人皇子(のちの天武天皇)がここを通ったという伝承を残す。朝日村の由来は、この地で大海人皇子が伊勢を遙拝して戦勝祈願をし、そのとき朝日が昇ってきたという故事から来ている。おそらくその頃はまだ伊勢の神宮は整備されていなかっただろうけど、斎宮はいて小さな社くらいはあったのではないかと思う。
 今昔マップの明治期のものを見ると、東海道沿いに家が建ち並んでいるだけで集落といったものはなかったようだ。それ以外は田畑が広がっている。
 東海道の少し北は丘陵地で、その間を幾筋もの川が流れている。朝日村のあたりは、北を流れる員弁川が運んだ土砂によってできた土地だ。

 この場所にいつ誰が神社を建てたかということが問題となる。
 東から苗代神社、井後神社、移田神社とほぼ直線上に並び、この三社はいずれも『延喜式』神名帳の朝明郡に載る式内社とされている。苗代神社と移田神社は丘陵地の縁に近い高台にあり、井後神社は明治に移されるまでは平地の田んぼの中にあった。
 付け加えると、移田神社の350メートルほど南西にある穂積神社(四日市市広永町)とそこから1キロほど北西にある布自神社(四日市市山村町)も式内社の論社とされている。
 古墳についてはあまり見つかっていないようなのだけど、苗代神社がある天神山でひとつ確認されている。
 この天神山には縄生廃寺跡があり、見つかった瓦などから白鳳時代(673-710年)に建てられた寺院と考えられている。それと同じ時代に、この苗代神社は創建されたと社伝はいう。
 672年の壬申の乱の際に大海人皇子一行がここを通ったことは充分に考えられる。吉野を出た一行は、名張、伊賀を通って鈴鹿の峠を越え、鈴鹿関を突破し、その後進路を北に変えて美濃の不破へと到った。その間、東国各地から味方を集め、伊勢の国司も大海人皇子側についた。
 苗代神社が建てられたとされる白鳳時代というのは、壬申の乱の翌年に大海人皇子が天武天皇として即位してから平城京に都が移されるまでの期間をいう。なので、苗代神社の創建は天武天皇と何らかの関わりがあったとも考えられる。

 苗代(なえしろ/なわしろ)は、田んぼに苗を植える前段階の苗床を作るための小さな田んぼのことだ。だから、稲作に関係する神社であろうとは思うのだけど、そうではない可能性もある。
 というのも、このあたりの地名を縄生(なお)といい、近くには埋縄(うずなわ)という地名もあり、苗ではなく縄が社名の由来かもしれないからだ。この縄が何を意味しているのかはよく分からない。
 現在の祭神は少彦名命(スクナヒコナ)と菅原道真となっている。菅原道真は室町時代に天神社を勧請したからなのだけど、少彦名命を祭神とした理由がよく分からない。
 少彦名命は大国主が国作りをしているときに海の彼方からやってきて国作りを手伝った小さな神で、途中で常世国に去っていってしまった。薬の神とされたり、酒造りの神とされることもある。
 社伝は伊賀国一宮の敢國神社(あえくにじんじゃ)から少彦名命を勧請したというのだけど、これは信じていいことなのか。
 敢國神社は伊賀国唯一の名神大社で、現在は別表神社になっている格式の高い神社だ。
 創建は658年(斉明天皇4年)で、主祭神は第8代孝元天皇の第一皇子、大彦命(おおひこのみこと)とする。
 敢は阿拝郡(あはいぐん/あえぐん)から来ているとされ、もともとは阿閇氏(敢氏/阿閉氏)が氏神もしくは地主神を祀ったのが始まりと考えられている。
 少彦名命と金山比咩命(カナヤマヒメ)を左右に祀る。
 少彦名命を祭神とするようになったのは平安時代末とされるのだけど、もともと秦氏一族が伊賀にいて、創建時から祖神として少彦名命を祀ったという話もある。
 金山比咩命を祀ることになったのは中世以降のことで、南宮山の南宮大社(美濃国一宮)との関係も指摘される。敢國神社は南宮山の山頂に創建されたとされ、伊賀の南宮山は美濃の南宮山から名づけられたともいう。
 苗代神社が最初から本当に少彦名命を祀ったというのであれば、朝日のこの地にも秦氏が勢力を持っていたということになるかもしれない。
 ただ、式内とされる神社の由緒や祭神はばらばらで統一感がないことからすると、大きな勢力が牛耳っていたというより小さな集団がそれぞれの神を祀っていたような印象を受ける。

 時は流れて戦国時代、神社裏手の天神山に縄生城が築城された。城主は北畠国司家の配下だった栗田監物と伝わる。
 1576年、信長家臣の滝川一益に攻められて落城した。
 江戸時代に入り、1617年に桑名城主となった松平隠岐守定勝は菅原道真の末裔ということで苗代神社を大事にして寄進などを行った。
 明治2年に明治天皇御東幸の際に勅使の奉幣があった。どういう経緯でそういうことになったのかは分からないのだけど、式内の苗代神社として比定されたのはこの後のことだった。それまでは天神宮などと呼ばれていた。
 明治末の神社合祀政策を受けて、近くにあった須佐之男社、八王子社、愛宕社、稲荷社、両大神社、蛭子社が合祀された。

 白鳳時代創建というのは疑わしいというのはあるのだけど、近くに白鳳時代に建てられた縄生廃寺があったことを考えると神社も同時代に建てられた可能性は考えられる。大海人皇子(天武天皇)との関係もあり、このあたり一帯が式内社密集地帯となれば古くから有力な氏族がいたことはまず間違いない。ただし、その正体は見えてこない。
 今後、朝日町を訪れる機会があるかどうかは分からないのだけど、もし行くことがあれば周辺の神社も回ってみたいと思う。



苗代神社二の鳥居




苗代神社階段




苗代神社お宅




苗代神社三の鳥居




苗代神社拝殿




苗代神社擬宝珠




苗代神社境内




苗代神社神馬舎




苗代神社境内の木




苗代神社由緒碑

【アクセス】
 ・近鉄「伊勢朝日駅」から徒歩約12分
 ・駐車場 あり
 

もうひとつの定点観測

日常写真(Everyday life)
定点観測1

 いつもの定点観測とは別のもうひとつの定点観測をお送りします。



定点観測2




定点観測3




定点観測4




定点観測5




定点観測6




定点観測7




定点観測8




定点観測9




定点観測10




定点観測11

 

在庫写真より ~忘れ物写真

日常写真(Everyday life)
海の家

 在庫写真より。
 忘れ物写真をお送りします。



猫の足跡




工場




マンションの木




謎の物体




銅像




竜宮ホテル




砂浜の足跡




水跡




水車のオブジェ




電柱?

 

在庫写真より ~寺社仏閣こぼれ写真

神社仏閣(Shrines and temples)
神社階段

 在庫写真より。寺社仏閣こぼれ写真をお送りします。



石垣と苔




善照寺門前




手水




御嶽社アーチと太陽




薬師寺




ギュットシメル




木と太陽




手水と枯れ葉




秋葉堂の鐘




道ばたの堂

 

年末感のないサンデー料理

料理(Cooking)
サンデー料理

 12月も半ばを過ぎて少しずつ年末感が出てきた。といってもまったく忙しいわけではなくて、日々は普段と変わらない。
 変わらないといえばサンデー料理も変わらない。冬感も12月感もなく、いつもと同じだ。ほとんど定点観測といっていい。
 私の料理のレパートリーって何種類くらいあるんだろう? 今まで考えたことも数えたこともなかったけど、暇なときに過去のサンデー料理を見返して数えてみてもいいかもしれない。あまり変わり映えしないようだけど、20種類とか30種類とかではないと思う。



イカとタマネギ

「イカ刺しのタマネギソース和え」
 酒、みりん、しょう油、塩に切り分けたタマネギを加えて煮立たせる。



野菜のトマトスープ

「野菜のトマトスープ」
 具材はトマト、大根、ニンジン、キャベツ、鶏肉、ブロッコリー、コーン。
 味付けは、酒、みりん、ケチャップ、コンソメの素、塩、コショウ。



ナスとコンニャク

「ナスとコンニャク炒め」
 ナスは水に浸けてあく抜きをする。
 ごま油でナスとコンニャクを炒める。
 酒、みりん、しょう油、中華の素、唐辛子、塩、白ごまで味付けをする。
 

道ばたの風景

日常写真(Everyday life)
道の机

 道ばたの風景をお送りします。



空き地のサッカーボール




落とし物




木製風鈴




石の顔




ベンチと草




空き缶の蓋と落ち葉




ホコリ取り




うどんの切れ端




道の花




フェンスとヘルメット

 

三重郡朝日町の移田神社

神社仏閣(Shrines and temples)
移田神社

 三重県三重郡朝日町の神社めぐり。井後神社地図)の次に訪れたのは埋縄(うずなわ)にある移田神社(地図)だった。
 朝日駅からは1.5キロほどあって、途中で道に迷ったこともあって30分以上かかった。集落の間を抜けて、樹林の斜面を上がったところにある。車の場合は北の66号線から南の細い道を入っていくしかなさそうだ。標高は23メートルほどなのでわりと高台だ。
 現在は「いだ-じんじゃ」と読ませており、古くは「ウツシタノ」と呼んでいたようだ。
『延喜式』神名帳の伊勢国朝明郡移田神社に比定されている。
 創建は不明で、本来の祭神は土の神である埴安姫神(ハニヤスヒメ)という。いつからか牛頭天王社と称するようになり、明治の神仏分離令を受けて祭神を建速須佐之男命(スサノオ)とした。
 明治40年、神明社の境内社と字北谷にあった八幡社、字入力谷にあった山神社を合祀し、そのとき移田神社と改称した。
 明治44年、神社合祀令を受け、柿の井後神社に合祀(明治41年という話もある)。
 大正10年頃、跡地に大和信貴山から毘沙門天を勧請して祀っていた。
 昭和27年、井後神社に合祀した移田神社を再び分離独立させ、旧地の現在地に再建。
 毘沙門天は後継者がいなくなり、平成11年に信貴山に返したとのことだ。

 創建年代がよく分からないのだけど、式内社だとすれば平安時代前期もしくはそれ以前までさかのぼることになる。
 今昔マップで明治中頃(1888-1898年)の状況を見ると、埋縄集落は丘陵地の縁にあったことが分かる。南は低湿地で田んぼが広がり、その南に朝明川が流れている。
 少し離れた南東に穂積神社(四日市市広永町/地図)があり、この神社は伊勢国朝明郡耳利神社の論社とされる。
 穂積氏といえば、大和国穂積邑や保津邑を本拠とした古代の有力氏族で、ニギハヤヒを祖とする物部一族だ。穂積神社も饒速日命(ニギハヤヒ)を祭神としている。
 二社は350メートルほどしか離れていないことを考えると、穂積氏と移田神社が無関係だったとは思えない。井後神社まで含めて物部氏の支配地だった可能性がある。
 ただ、それにしても土の神の埴安姫神(ハニヤスヒメ)を祀った理由がよく分からない。このあたり一帯の神社は多くの謎を秘めていて分からないことだらけだ。



移田神社入り口鳥居前




移田神社二の鳥居

 社殿などは平成15年に建て直されたようで、まだ新しさが残っている。
 第一印象は、ん? これが式内社? というものだった。訪れたときはまったく知識がない状態で、昭和27年に戻されたことも知らなかった。



移田神社拝殿斜めから




移田神社拝殿正面から




移田神社拝殿額




移田神社社殿横から




移田神社本殿横から




移田神社横の建物




移田神社狛犬




移田神社由緒碑

【アクセス】
 ・【アクセス】
 ・JR関西本線「朝日駅」から徒歩約30分
 ・駐車場 あり
 

三重郡朝日町の井後神社を訪ねる

神社仏閣(Shrines and temples)
井後神社

 三重県三重郡朝日町を訪れる機会があり、少し時間があったので朝日町の神社を訪ねることにした。
 最初に訪れたのは、JR関西本線の朝日駅からほど近い井後神社(地図)だった。
 朝日町は旧東海道の桑名宿と四日市宿の間に位置している。朝日駅の少し南の細い通りが旧東海道で、かつては旅人のための茶屋などもあったそうだ。今も往事の面影をわずかながらとどめている。

 井後神社は『延喜式』神名帳の伊勢国朝明郡井後神社に比定されている神社だ。
 現在は「いじり-じんじゃ」と読ませているのだけど、かつては「ヰシリノ」と呼んでいたようだ。
 旧東海道から少し西北に入った標高20メートルほどの山の上にある。かつては平地の田んぼの中に鎮座していたという。住所でいうと柿村字元田1093番地というのだけど、土地勘がなくて正確な位置が分からない。
 江戸時代までは貴船大明神と称して高龗神(たかおかみのかみ)を祀っていたという。
 京都の貴船神社(web)は玉依姫命が水神を祀ったのが始まりとされる古い神社で、現在の祭神は高龗神となっている。
 井後神社がもともとどんな神を祀っていたのかは分からない。
 近くの城ノ広遺跡に40メートルほどの前方後円墳があり、それ以外にも方形周溝墓が見つかっていることから、弥生時代にはこのあたりに人が暮らしていたと考えられる。古墳は6世紀中頃のものとされ、豪族の館跡らしきものも発見されている。
 それらを考え合わせると、この地を本拠とした豪族が祀ったのが始まりだろうか。

 明治以降の経緯が少しややこしいので整理しておきたい。
 もともとは今村の井戸後と呼ばれる場所に鎮座しており、安政年間(1772-1781年)に今村が柿村に併合されて柿村の産土神となった。
 明治末の神社合祀令を受けて、埋縄にあった式内の移田神社を合祀して現在の高台に移し、そのとき社名を井後神社とした。
 この場所にはそれまで山神社があり、山神社も合祀された。
 祭神が高龗神と建速須佐之男命、大山祇神となっているのはそのためだ。
 戦後の昭和27年、移田神社は再び分離独立して旧地に戻され、祭神の建速須佐之男命だけは残された。

 以上の流れを踏まえると、この神社が式内の井後神社で間違いないとは言い切れない。ただ、このあたりにそれほど古い神社が何社もあったとは思えないので、やはりこの神社がそうだったとするのが妥当だろうか。
 それでも元地が低湿地だったというのに、雨乞いの神とされる高龗神を祀るとするのは不自然に思える。貴船明神と称するようになったのは中世以降のことではないだろうか。
 地元では延命の神とされているというから、そうなると高龗神とは属性が違う。本来の祭神が何だったのかを予測するのは難しい。

(追記)
 あさひタウンガイド(web)に井後神社の旧地に関する情報があるということを教えていただいた(ありがとうございます)。
 これで旧地の場所が分かった。JR朝日駅の300メートルほど東南、コーポラス貴船の北東だったようだ(地図)。
 今昔マップの1888-1898年でも確認したら、しっかりその場所に鳥居マークが描かれている。田んぼに囲まれた場所にあったことも分かった。
 コーポラス貴船という名前にも名残があり、駐車場の角に旧地を示す石碑も建っているようだ。

(追記)2020.12.12

 いつもコメントをいただいているmamekichiさんが旧地に建つ碑の写真をブログで紹介されてます。

 20201211勝手にJRさわやかウォーキング三重・朝日町へ……朝日町歴史博物館の「古文書から歴史をよみとく-江戸時代の朝日-」を見て、井後神社、善照寺、移田神社、井後神社旧址へ

 周辺の寺社についての詳しいレポートになっているのでご覧いただければと思います。
 mamekichiさん、ありがとうございます。



井後神社参道と二の鳥居




井後神社石段と三の鳥居




井後神社山城門

 階段の途中に山城門という門があり、左右に随身(ずいじん/ずいしん)が控えている。
 随身門を持つ神社はなかなかない。名古屋市内には一社もないし、愛知県内でもないんじゃないかと思う。個人的には日光東照宮web)と東京早稲田の穴八幡宮でしか見たことがない。



井後神社随身全体1




井後神社随身全体2




井後神社随身顔




井後神社随身階段と四鳥居




井後神社境内と社殿




井後神社拝殿




井後神社由緒碑

【アクセス】
 ・JR関西本線「朝日駅」から徒歩約3分
 ・駐車場 あり
 

季節を少しさかのぼる

花/植物(Flower/plant)
モミジ落ち葉

 最近撮った季節の風景から秋に向けて季節を少しさかのぼってみる。



冬の実




綠道の秋




城山八幡宮とモミジ




落ち葉と落花




色づきかけのモミジ




桜の落ち葉




枯れたヘクソカズラ




何かの木




刈り終えた田んぼ




地面のカマキリ

 

神木を祀っているらしい川名本町の小社

神社仏閣(Shrines and temples)
川名本町小社

 川名本町5にある小社(地図)。
 道を一本隔てて西には川原神社があるのだけど、これは川原神社とは関係がないのではないかと思う。川原神社の境内がこちら側まであったとしてもそれは江戸時代とかそれ以前のことだろう。
 木の前に社を置いて、木には注連縄がかけられているから、これを神木として祀っているのだろう。まずこの木が何の木かが分からない。見覚えがないのだけど、珍しい木なのかそうじゃないのか。
 社もそれほど古いものではなく、土台は新しい。
 榊が新鮮だから日常的にお世話をしている人がいるのだろう。
 その他のことについては神社サイトの小社(川原本町5)のページで。



川名本町小社の社正面




川名本町小社御神木




川名本町小社何の木?




川名本町小社外から

【アクセス】
 ・地下鉄鶴舞線「川名駅」下車徒歩6分
 ・無料駐車場 なし
 

一年ぶり三度目の椿大神社参拝

神社仏閣(Shrines and temples)
椿大神社

 去年2017年の12月以来、約一年ぶりの椿大神社参拝となった。今回が三度目になる。

 椿大神社で泣かされ背中を押してもらう<前編>
 椿大神社の6月の風景<後編>
 冬の椿大神社に再訪する

 去年は年末近かったので完全な冬風景だったけど、今年は12月前半で暖かい日が続いていたから紅葉が少し残っていた。違う季節に訪れたようだった。
 椿大神社の歴史などについては初回のときに書いた。
 今回は初冬の椿大神社の風景をお届けします。



椿大神社御神木と注連縄




椿大神社二の鳥居と鎮守の杜




椿大神社拝殿前




椿大神社神輿




椿大神社鳥居と太陽




椿大神社椿岸神社




椿大神社灯篭




椿大神社行満堂前




椿大神社行満堂内




椿大神社サザンカ落花




椿大神社モミジと龍神社

【アクセス】
 ・東名阪自動車道の鈴鹿インターチェンジから約10分
 ・無料駐車場 あり(500台)
 ・JR四日市駅から三重交通バスで約1時間
 ・近鉄平田町駅またはJR加佐登駅から鈴鹿市コミュニティ・バス(椿・平田線)で約50分
 

忙しくない12月のサンデー料理

料理(Cooking)
サンデー料理

 今年の12月は忙しくない。普段より暇なくらいだ。気ぜわしくさえなくて、平常運転が続いている。なんとなくこのまま年末までいってしまいそうだ。
 別に12月だからといって忙しくしなければいけないわけでもない。12月31日と1月1日の境目だって特別視しなければ普通と同じように日付が変わるだけだ。
 サンデー料理に関していうと、今年は年末年始に日曜日が来ないので休むタイミングがない。クリスマスも外れているし、30日も普通に作ることになるはずだ。1月最初の日曜日は6日だから、そのときはもう正月も明けている。毎年年末年始のどこかで1日は休みがあるものだけど、こんな年もある。
 今年も今日をあわせて残り4回。しっかり完走したい。



ビンチョウマグロ

「ビンチョウマグロの熱々しょう油ソース掛け」
 生のビンチョウマグロだったので加熱せずに刺身にした。熱々のしょう油ソースを掛けて表面だけ加熱しようと思ったのだけど、思ったほど熱が伝わらなかった。あぶり用のバーナーが欲しいと10年前から思っていていまだに買えていない。



素揚げ

「ナスとジャガイモとトマトの素揚げ」
 トマト以外は小麦粉をまぶしての素揚げ。
 天ぷらの方が美味しいけど、素揚げにも素揚げのよさがある。
 たれは甘酢しょう油昆布つゆ。



豆腐の甘辛

「豆腐と野菜の甘辛」
 豆腐を茹でておく。
 タマネギ、ニンジン、白菜をオリーブオイル、ショウガ、豆板醤で炒める。
 豆腐を加え、酒、みりん、しょう油、和風だしの素、塩、コショウで味付けして加熱する。
 水溶きカタクリ粉を混ぜ入れてとろみをつける。
 

最近の道行き風景

日常写真(Everyday life)
道行き犬山城

 ここ最近の道行き風景をお送りします。



道行き屋根とプレハブ




道行き医院




道行き崩れた家




道行き夕日ドライブ




道行き一宮駅ホーム夕景




道行き曇天街並み




道行き近所の夕日




道行き夕暮れと屋根




道行き高速道路高架と夕日




道行き田んぼの冬夕景

 

熱田神宮の風景(つづき)

神社仏閣(Shrines and temples)
熱田神宮参道

 去年熱田神宮へ行ったときに撮った写真がまだ残っていた。
 熱田神宮の主な摂社や末社の続きということになる。

 というわけで熱田神宮の風景と題してお送りします。



熱田神宮清水社




熱田神宮清水池




熱田神宮楠




熱田神宮御田神社

 御田神社。



熱田神宮土用殿

 土用殿。
 かつて本殿の隣にあって、草薙剣を納めていた。



熱田神宮神楽殿?




熱田神宮大幸田神社?




熱田神宮参道




熱田神宮清雪門

 開かずの門といわれる清雪門。



熱田神宮楠




熱田神宮二十五丁橋

 二十五丁橋。



熱田神宮南神池

 南神池。

【アクセス】
 ・地下鉄名城線「神宮西駅」から徒歩約5分
 ・名鉄名古屋本線「神宮前駅」から徒歩約5分
 ・駐車場 あり(無料)
 

大水神社と旧林崎文庫も内宮近くの穴場スポット

神社仏閣(Shrines and temples)
大水神社クスノキ

 昨日紹介した宇治神社地図)の160メートルほど北に大水神社(地図)がある。
 内宮入り口に架かる宇治橋から見ると130メートルほど西だ。
 近くには饗土橋姫神社(あえどはしひめじんじゃ)や津長神社、旧林崎文庫などもあって非常に雰囲気のあるエリアなのだけど、こちらを訪れる人は少ない。
 大水神社の裏にある大楠の木は樹齢300年を超える巨木で、なかなかの迫力だ。この木を見るためだけでも訪れる価値がある。
 内宮のごく近くにありながら穴場スポットとなっているのは惜しい。



大水神社社号標




大水神社鳥居前

 大水神社(おおみずじんじゃ)は、皇大神宮(内宮)の摂社27社のうち第16位で、『延喜式』神名帳の大水神社に比定されている。
 垂仁天皇の時代に倭姫(ヤマトヒメ)がこの地に定めたとされる。
 中世以降に荒廃して社地のみが残っていたところに江戸時代前期の1664年に再建された。
 明治4年(1871年)、内宮末社16社のうちの第10位の川相神社(かわあいじんじゃ)と内宮末社第11位の熊淵神社(くまぶちじんじゃ)を本社に合祀した。
 二社はもともと五十鈴川の上流に鎮座していた社で、川相神社は細川水神(ほそかわのみずのかみ)を、熊淵神社は多支大刀自神(たきおおとじのかみ)を祀る。

 大水神社の祭神は現在、大山祇御祖命(おおやまつみみおやのみこと)を祀るとしている。
 大水なのにどうして山の神を祀っているのかは謎だ。しかも、大山祇神ではなく大山祇「御祖」としているところに引っかかりを感じる。大山祇の両親は伊弉諾命(いざなぎのみこと)・伊弉冉命(いざなみのみこと)で、どちらも水神ではない。
 では大山祇の子供はというと富士山の神である木花咲耶姫(このはなさくやひめ)や、ニニギに送り返されてしまった石長姫(いわながひめ)などがいるも、やはり水属性とはいえない。
 古書では大山罪乃御祖命と表記しており、「罪」の字を使った理由があったようだ。
 水神社ではなく大水神社としていることも何かありそうだ。



大水神社鳥居と木々




大水神社林崎文庫

 林崎文庫は内宮の文庫で1686年に宇治丸山に内宮文庫として創設したものを1690年に林崎の地に移したことで林崎文庫と呼ばれるようになった。
 明治の末に豊宮崎文庫(とよみやざきぶんこ)とあわせて神宮文庫となっている。
 神宮文庫(web)は木曜日・金曜日・土曜日の午前9時から午後4時まで一般も利用できる。



大水神社林崎文庫説明




大水神社林崎文庫内部

【アクセス】
 ・JR/近鉄「伊勢市駅」から三交バス「内宮」で下車。そこから徒歩約1分
 ・駐車場 なし
 

伊勢の足神さんと呼ばれる内宮近くの宇治神社を訪れる

神社仏閣(Shrines and temples)
宇治神社

 伊勢の内宮近くに宇治神社(地図)がある。
 宇治橋前に建っている鳥居の正面にある駐車場を少し奥に行った先にあるのだけど、人の流れを見ていてもこちら方面に歩いていく人はほぼいない。
 足神さんとして一部では知られているものの、伊勢の神宮を何度も訪れたことがあるという人でもこの神社の存在を知らない人が多いんじゃないだろうか。
 地元宇治地区の人たちにとっての氏神様というと、この宇治神社がそれに当たる。
 神宮は皇室の神であり、日本人全体の氏神のような位置づけなので、宇治地区の神社ではないということだ。
 私もそれまで知らなくて、今回初めて訪れたのだった。



宇治神社入り口

 足神さんはわりと高い場所にあって、坂道と階段を登っていかないといけない。本当に足が悪いとお願いする以前にたどり着けない。



宇治神社二の鳥居

 伊勢の内宮と外宮は平成25年(2013年)に式年遷宮が行われたのだけど、ここ宇治神社は平成28年(2016年)11月に社殿や鳥居が新調された。
 訪れたのはその翌年の12月ということで、まだけっこう新しさが残っていた。



宇治神社本社

 足神さんとして知られている宇治神社ではあるけど、本体は山神社で、大山祇命(オオヤマツミ)を祀っている。
 もともとの名前は宇治山神社で、以前はおはらい町の楓神社がある場所(地図)に鎮座していた。
 内宮末社の那自賣神社(なじめじんじゃ)の旧地という説と、1660年(万治3年)の洪水で神路山にあった小祠が流れ着いたのでここに祀ったという説がある。
 明治になって村社に列格。内宮の門前町の館町・今在家町・中之切町・浦田町の氏神だった。
 明治16年(1883)、不動明王院(廃寺)の鎮守だった弓場天神を境内に移す。
 明治41年(1908年)に4つの町で祀られていた神社などを合祀し、明治43年(1910年)に中之切町にあったものを現在の今在家町に移した。



宇治神社本社祭神

 現在、本社には以下の神が祀られている。
 玉移良比賣神(タマイラヒメ)、御裳須曽姫神(ミモスソヒメ)、豊玉比賣神(トヨタマヒメ)、素戔嗚尊(スサノオノ)、天兒屋根命(アメノコヤネ)、速秋津日子神(ハヤアキツヒコ)、速秋津比女神(ハヤアキツヒメ)、新川比賣神(ニイカワヒメ)、火産霊神(ホムスビ)、水波賣神(ミズハノメ)、神名不詳一座(石津賀神社の祭神)、応神天皇(ホムタワケ)、天見通命(アメノミトオシ)、大職冠鎌足神霊(タイショクカンカマタリ)、和気清麿神霊(ワケノキヨマロ)、菅原道真神霊(スガワラノミチザネ)、楠正成神霊(クスノキマサシゲ)、彌武彦神(ヤタケヒコ)、羽倉東麿神霊(ハクラアズママロ/荷田春満)、岡部真淵神霊(オカベマブチ/賀茂真淵)、本居宣長神霊(モトオリノリナガ)、平田篤胤神霊(ヒラタアツタネ)。
 いずれも4つの町にあった無格社の神社の祭神だ。
 三重県は明治末の神社合祀政策に積極的に協力して合祀を断行した県で、それまで1万社以上あったものを1千社にまで減らしてしまった。9千社も取りつぶして合祀したため、名のある神社では10柱も20柱も祀るということになっている。
 失われた9千社の中には式内社も含まれていて残念ではあるのだけど、一県に1万社はさすがにちょっと多すぎたかもしれない。



宇治神社わらじと絵馬

 足神さんに供えられた絵馬とわらじ。
 足が治りますようにという願いと、足が速くなりますようにといった願いが両方ある。
 三重県伊勢市出身の野口みずきは2004年のアテネオリンピックの前に足神さんを訪れてわらじを奉納して祈願をしている。金メダルを獲ったときはこの神社もかなり話題になったようだ。
 2016年の建て替えのときも再訪してお礼参りをしたそうだ。



宇治神社足神さん

 足神さんといわれているのは館町にあった足神神社で、祭神として宇麻志阿斯訶備比古遅神(ウマシアシカビヒコヂ)を祀っている。
 天地開びゃくの造化三神の次に現れたとされる神で、宇麻志(うまし)はよいもの、阿斯(あし)はすくすくと真っすぐに育つ葦のこと、詞備(かび)はカビのことで芽吹くものという意味があるとされる。
 阿斯=葦=足の連想で足の神ということになったのだろう。
 上の写真に写っている石が撫で石と呼ばれており、足の悪いところと石を交互に撫でると足がよくなるといわれている。



宇治神社の社




宇治神社の社




宇治神社

 蓬莱稲荷はもともと蓬莱家の社で、以前は五十鈴川郵便局近くにあったものを明治43年(1910年)に現在地に移した。

 足に関する願い事がある方は一度訪れてみてください。内宮に参拝したついででも。

【アクセス】
 ・JR/近鉄「伊勢市駅」から三交バス「内宮」で下車。そこから徒歩約5分
 ・駐車場 なし
 

何の情報もない千年1八幡神社

神社仏閣(Shrines and temples)
千年1八幡神社

 熱田区千年1丁目の八幡神社(地図)。
 すぐ近くにある千年2丁目にある八幡社と関係があるのかないのか。
 千年2八幡社は1837年に開発された熱田築地前新開(のちに作良新田)の神社で、千年1八幡神社は1675年に御船奉行の横井作左衛門が開発した船方新田にある神社なのだけど、土地としては千年1の方がずっと古い。ただ、横井作左衛門が勧請したという話は伝わっておらず、いつ誰が祀ったのかがまったく分からない。情報がほとんどないので分かることは少ない。
 そのあたりについては神社サイトの八幡神社(千年2)のページに書いた。
 現場で分かったこともあまりなく、鳥居裏には大正十二年とあるけど、これは鳥居が奉納された年というだけで手がかりにはならない。
 町中の中規模神社でこれだけ情報が少ない神社はあまりない。今のところお手上げ状態だ。



千年1八幡神社鳥居額




千年1八幡神社拝殿から社




千年1八幡神社流造社




千年1八幡神社本社横から




千年1八幡神社手水鉢




千年1八幡神社石碑




千年1八幡神社鳥居裏




千年1八幡神社百度石

【アクセス】
 ・地下鉄名城線「伝馬町駅」から徒歩約26分
 ・駐車場 なし
 

定点観測

日常写真(Everyday life)
定点観測1

 いつもの定点観測をお送りします。



定点観測2




定点観測3




定点観測4




定点観測5




定点観測6




定点観測7




定点観測8




定点観測9




定点観測10




定点観測11

 

アパートの駐車場の片隅に樫ノ木龍神の石碑が祀られている理由

神社仏閣(Shrines and temples)
樫ノ木龍神(西畑町)

 昭和区西畑町にある樫ノ木龍神(地図)。
 神社でもなく祠ですらなく石碑のみで、事情を知らないとなんでこんなところに樫ノ木龍神の石碑があるんだろうと思うだろう。
 昭和31年にここのアパートの大家さんの奥さんが川原通で苦しんでいる龍神の夢を見て見にいってみたらこの石碑が落ちていたので持ち帰って敷地で祀ったのだという。
 もともと樫ノ木龍神がどこでどう祀られていたのかは分からない。石碑の横には昭和十四年とあるので、このあたりの宅地開発と関係がありそうだ。樫の木で祀っていたのか、溜め池で祀っていたのか。
 その他のことは神社サイトの樫ノ木龍神(西畑町)のページで。



樫ノ木龍神(西畑町)石碑




樫ノ木龍神(西畑町)昭和十四年




樫ノ木龍神(西畑町)十二月?

【アクセス】
 ・地下鉄鶴舞線「川名駅」下車徒歩12分
 ・駐車場 なし
 
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