archive: 2018年07月  1/2

道ばた写真

 ちょっと久しぶり。道ばた写真をお送りします。 ...

  •  0
  •  0

神明造からは遠い正徳町2丁目神明社

 港区正徳町2丁目にある神明社(地図)。 江戸時代、熱田新田の二十二番割の氏神だった神社だ。 二十番割神明社はこの神社の分身を祀ったというから、こちらの方が先に建てられたということになる。 神明社らしくない社殿の神明社で、こういう神明社を他でも見た。熱田区や南区などにあったものだったか。 歴史については神社サイトの神明社(正徳町2丁目)のページで。【アクセス】 ・あおなみ線「中島駅」から徒歩約10分 ...

  •  0
  •  0

二十番割の神明社(正徳1)と観音堂

 港区正徳町1丁目にある神明社(地図)。 江戸時代に干拓によって開発された熱田新田のうち二十番割の氏神がこの神明社だ。 二十番割の観音堂もすぐ隣にある。こうして番割神社と番割観音がそれぞれ単独で残ったのは少ない。 番割といってももはや田んぼもなく、海は遠くなって実感は沸かないのだけど、ここはかつて海だったということを知っておくのも悪くない。土地はきっといまだに海底だった頃の記憶をなくしていない。 ...

  •  0
  •  0

夏でもたまには和食を作ろうサンデー料理

 どの食材から出発するかでその日のメニューの方向性が決まる。今日の出発点はゴボウとスルメイカだった。久しぶりに和食にしようと思う。 和食といってもそういう方向性というだけで一般的な和食とは少し違っているかもしれない。思えば私は普通の料理が作れない。アレンジしようと思ってやっているわけではなくて、結果的にアレンジ風になってしまっているだけだ。その両者には大きな違いがある。 できあがった料理は夏向きと...

  •  0
  •  0

神明社みたいな坂井戸津島社

 西区坂井戸の津島社(地図)。 庄内川右岸の堤防下に鎮座している。庄内川に架かる橋は、以前はもう少し東にあった。その前は稲生街道で、稲生の渡しで渡っていた。 津島社は江戸時代までは天王社で、上小田井村に属していたようだ。古くはこのあたりに星神社があったそうなのだけど、それはどこだったのだろう。 その他の歴史などについては神社サイトの津島社(坂井戸)のページで。【アクセス】 ・地下鉄鶴舞線「庄内緑地...

  •  0
  •  0

福徳町秋葉社は八龍社の境内社か否か

 北区福徳町の秋葉社(地図)。 すぐ東に八龍社があって、八龍社の境内社のようでもあるのだけど、入り口は別にあって、敷地も一段下がったところなので別の神社のようでもある。 秋葉社というより秋葉堂といった趣きで、どこか別のところにあったものをここに移したのかもしれない。 初めて八龍社を訪れたときはこの秋葉社の存在に気づかなかった。八龍社については以前にブログで紹介した。 今も矢田川から町を守っているの...

  •  0
  •  0

神棚から神社に? 川中町の川中神社

 北区の成願寺西部公園の一角にある川中神社(地図)。 川中町にあるから川中神社と称しているのだと思うけど正式名なのかどうかは分からない。境内の石柱に川中神社奉賛会とあるので、たぶん間違ってはいない。 社は家庭用の神棚なので、もともとどこかの家庭で祀られていたものを外に出して神社としたのかもしれない。屋根神様を降ろしたものとも考えられる。 その他の分かることはほとんどない。 これ以外のことは神社サイ...

  •  0
  •  0

夏の風景 前半

 ここ2ヶ月くらいの間に撮った季節の風景をお届けします。 ...

  •  0
  •  0

夏はジャングル状態の中味鋺忠魂社

 北区中味鋺にある忠魂社(地図)。 戦没者を祀る護国神社と忠魂碑の間くらいの存在が忠魂社といっていいだろうか。中川区東春田にも富田忠魂社があるのと、港区の南陽神社はもともと忠魂社だった。他にも小さなものがあるかもしれない。 皇紀二千六百年に当たる昭和15年に岡田家の邸宅内で祀ったのが始まりで、昭和49年にこの地に移された。 草木が生い茂って境内はジャングル状態になっている。それでも踏み跡はあるので訪れ...

  •  0
  •  0

西があれば東もある味鋺の八龍社

 北区楠味鋺にある東八龍社(地図)。 西八龍社は古くから味鋺村にあった八龍社で、平安中期創建という話もあるのだけど、東八龍社に関しては情報が少なく、はっきりしたことは分からない。 今は近くの味鋺神社の境外末社という扱いになっている。味鋺神社で訊ねれば何か分かるかもしれない。 その他、歴史などについては神社サイトの東八龍社のページで。【アクセス】 ・名鉄小牧線「味鋺駅」から徒歩約20分 ・駐車場 なし...

  •  0
  •  0

在庫写真より ~道行きその他写真

 在庫写真より。 道行きその他写真をお送りします。 ...

  •  0
  •  0

日乞いと雷除けの西八龍社

 北区中味鋺の西八龍社(地図)。 味鋺村の八龍社だったのが東にも八龍社ができたので東八龍社と西八龍社になったのだと思う。 龍神を祀るというと雨乞いや水難除けというのが一般的なのだけど、ここは日乞いの神だという。雨が降らないと困るけど、太陽が差さないのも困る。雨を降らすのも龍神なら雨を止めるのも龍神ということになるだろうか。 ここは雷除けの神社としても知られていて、例祭日には雷除けのお守りを求めて大...

  •  0
  •  0

材木店のお宅社かもしれない新尾頭天王社・秋葉社

 熱田区新尾頭にある天王社・秋葉社(地図)。 隣の山春材木店の庭のようなところにあるので、この家の社かもしれない。 赤く塗られた木の門は閉じられており、中に入ることはできない。お宅社だろうか。 ここは名古屋城下の外れ近くではあるけど、城下といえば城下なので、意外と古い社という可能性もある。 堀川と材木の歴史などと絡めて神社サイトの天王社・秋葉社(新尾頭)のページに書いた。【アクセス】 ・JR/名鉄/地...

  •  0
  •  0

都会の裏通りにひっそりある名駅5天王社

 中村区名駅5丁目にある天王社(地図)。 すぐ裏手は花車神明社の山車庫なので、その関係の社かと思ったのだけど、屋根神様を降ろして祀った天王社だそうだ。 一本西の通りは名古屋高速の高架も通る大通りで、一本入っただけで急に下町風景なので、その格差に驚く。 都会の中の小さな異空間といった風情だ。 歴史などについて分かることはあまりないのだけど、分かることについては神社サイトの天王社(名駅5)のページに書い...

  •  0
  •  0

白蛇か金塚か正木の榎白龍明神

 中区正木にある榎白龍明神(地図)。 少し南に榎白龍大神があって、どちらも近くの闇之森八幡社の境外末社ということになっている。 創建のいきさつはよく分からない。 榎に棲む白蛇でも祀っただろうか。このあたりの水辺というと堀川だけど、堀川は名古屋城築城のときに掘った人口の川なので龍神といった感じではない。海もやや離れている。 ここに金塚と呼ばれる古い塚があったという話があり、それと関係があるのかないの...

  •  0
  •  0

ジャガイモとタマネギから出発したサンデー料理

 ジャガイモとタマネギをいただいたいので、今週はそこから出発して、あとの2品が決まった。 とにかく暑いので(名古屋は39.5度だった)外に出たくないし、暑苦しい料理も食べたくない。なんとなく天ぷらが食べたいということで今日のメニューはこうなった。「マグロと天ぷら」 マグロは、カタクリ粉、塩、コショウと一緒にビニール袋に入れて振って粉をまぶし、オリーブオイルで焼く。 天ぷらは、大葉と長ネギ。長ネギの天ぷ...

  •  0
  •  0

加藤清正は絡んでいないであろう中村公園八幡社

 中村区の中村公園内にある八幡社(地図)。 中村公園ができたのが明治43年(1910年)なので、それ以前からあったはずだけど、加藤清正が建てたとか祈願をしたという話はあまり信じていない。 上中村の氏神は元中村の八幡社春日社合殿で、『寛文村々覚書』などにあるもう一社の八幡社がこの八幡なのかどうなのか。 よく分からない神社というのが正直なところだ。 その他、歴史などについては神社サイトの八幡社(中村公園)の...

  •  0
  •  0

道行きの猫たち

 道行きの途中で出会った猫たち。 ...

  •  0
  •  0

定点観測

 いつもの定点観測をお送りします。 ...

  •  0
  •  0

名前だけでも知りたかった多加良浦町の不明社

 港区多加良浦町にある不明社(地図)。 鳥居もあって、境内地があって、神社としての体裁は整っているのに、名前がない。ないわけがないのだけど、示されていないので分からない。情報も得られず、不明社とするしかなかった。 名前が分からないまま参拝して、名前が分からないまま後にするというのはとても残念だ。どこかに書いておくくらいはできると思うのだけど。 名前が分からないからそれ以上のことが分かるはずもなく、...

  •  0
  •  0

自ら知るべし当知神明社

 港区当知の神明社(地図)。 当知(とうち)の地名の由来は、大乗仏教の経典のひとつ『無量寿経』の中に出てくる「汝自当知」から来ているとされる。汝、自らそれを知れという意味の教えだ。真理は人に訊ねて知るものではないということだ。 当知新田となる前は甚兵衛新田だった。西川甚兵衛が開発したことから名づけられた。 オーソドックスというか王道をいく神明社で、いかにもな感じだ。この外観と雰囲気なら社号標を見る...

  •  0
  •  0

甚兵衛後新田の多加良浦町神明社

 港区多加良浦町にある神明社(地図)。 江戸時代中期の1750年に西川甚兵衛が開発した甚兵衛後新田(じんべえうしろしんでん)の氏神として建てられた神社だ。 歴史については神社サイトの神明社(多加良浦町)のページに書いた。 港区中央北部の干拓新田エリアは神明社が多くて区別して覚えておくのが難しい。町名を頭につけて区別しているのだけど、神明社なのでどこもあまり特徴がなく、一度行っただけでは印象に残らない。...

  •  0
  •  0

思い出こぼれ写真

 在庫写真より。 思い出こぼれ写真の続きをお送りします。 ...

  •  0
  •  0

善く進め善進町神明社

 港区善進町にある神明社(地図)。 熱田前新田の西の割の氏神だった神社で、もともとは現在地の北東約300メートルのところ建てられたようだ。現住所でいうと寛政町9丁目ということになる。今の場所に移されたのは大正14年(1925年)という。 創建は江戸時代中後期の1802年というからそれほど歴史がある神社ではないのだけど、神楽と棒の手が伝わっている。どちらも例祭のときに披露される。神楽は名古屋まつりのときにも出され...

  •  0
  •  0

宝神町敷地の熱田社が神宮寺新田の八劔ノ社弁才天水天宮相殿社か

 港区宝神町敷地の熱田社(地図)。 かつての神宮寺新田にあった神社で、『尾張志』の「八劔ノ社弁才天水天宮相殿社」がこの熱田社だと思うのだけど、確信が持てない。 同じ宝神町にあるもうひとつの熱田社は宝来新田だった場所にあり、『尾張志』では「八劔稲荷相殿ノ社」となっている。 二社とも八劔社が熱田社になったのだろうけど、相殿社が消えているいきさつがよく分からない。 釈然としないもやもや感が残っている。 ...

  •  0
  •  0

呼び名さえ分からない宝神町の宝神社

 港区宝神町にある宝神社(地図)。 宝神町(ほうじんちょう)にあるから「ほうじん-しゃ」だろうと思うけど、宝神町の宝をとって「たから-じんじゃ」としたとも考えられる。 創建のいきさつについては情報がなく、調べがつかなかった。まったく分からない。関係者か近所の人にでも教えてもらうより他に方法がない。 分かることについては神社サイトの宝神社(宝神町)のページに書いた。【アクセス】 ・あおなみ線「荒子川公...

  •  0
  •  0

ソースのかけ間違いサンデー料理

 なんか久しぶりに料理をする気がしたのは、先週土曜日に料理をしたからで、いつもより間が一日長かったせいだ。 暑いのは嫌いじゃないのだけど、7月半ばからこんなに暑かったっけという日が続いている。体感的には今が一番暑く感じられる時期かもしれない。少しずつ体が夏仕様になって暑さに慣れていく。同じ25度でも夏と冬とでは体感温度が全然違うというのも不思議なものだ。 基本的に夏バテというのはないので、サンデー料...

  •  0
  •  0

参道の木漏れ日風景が美しい宝神町会所裏の熱田社

 港区宝神町敷地の熱田社(地図)。 同じ宝神町に熱田社が二社あるから、会所裏と敷地として区別しないと混乱する。 こちらの会所裏の熱田社は宝来新田にあったもので、敷地の熱田社は神宮寺新田の神社だった。 宝来新田のも神明社は『尾張志』では「八劔稲荷相殿ノ社」となっている。 しかし、現在は熱田社になっており、稲荷社を祀っている様子はない。 そのあたりのいきさつがどうだったのか調べがつかなかった。 庄内川...

  •  0
  •  0

思い出こぼれ写真

 在庫写真より。 思い出こぼれ写真と題してお送りします。 ...

  •  0
  •  0

稲荷社であることを疑う十一屋稲荷社

 港区十一屋の稲荷社(地図)。 稲荷社を思わせるものがまったくなくて、稲荷神社と彫られた社号標がなければ稲荷神社とは思わない。赤い鳥居もなく、狐像もなく、社は流造だけど鳥居は神明系の鳥居だ。 祭神は宇賀乃御魂命、猿田彦命、大宮女命で、これは熱田前新田の氏神だった稲荷社にならっただろうか。 稲荷社として創建されたことはほぼ間違いない。我々が抱いている稲荷社らしさといったものは明治以降に作られたものか...

  •  0
  •  0