archive: 2018年03月  1/2

在庫写真より ~季節の忘れ物

 在庫写真より。 今回は季節の忘れ物と題してお送りします。 ...

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お部屋神社的な上橋町金毘羅大権現

 西区上橋町にある金毘羅大権現(地図)。 表から見て神社とは思えない。鳥居はなく、石柱が左右に建っていて、低い位置に狛犬がいる。その狛犬が神社を示す手がかりだ。 入って奥へ進んでも神社は現れない。しかし、実はもう見えている。正面のプレハブ小屋みたいなのが神社だ。この中に社が収まっている。 情報もなく、この外観で神社と言い当てるのは難しい。目立たないながら「茶房 あけび」という看板がかかっているから...

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道行き風景写真

 今日は道行き風景写真をお送りします。 ...

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千種区上野の永弘院を訪ねる

 千種区上野にある永弘院(地図)を訪ねたのは去年2017年の6月のことだった。 その少し前、寺の西にあった八坂社を訪れたらきれいさっぱりなくなっていて、工事中のフェンスで囲まれて駐車場になっていた。その駐車場はどうやら永弘院のものらしいということで、中に入って確かめるのが目的だった。 それにしても八坂社が突然消えていたのには驚いた。上野天満宮が神社の土地を売って八坂社を上野天満宮別宮に合祀したことを後...

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西区上小田井の星神社が大胆にリニューアルしていた

 西区上小田井にある星神社を訪ねた(地図)。 ここを初めて訪れたのは2008年のことだった。 謎の多い小田井の星神社について その後、何度か中小田井に行くことはあったのだけど、星神社は参拝しなかったので、10年ぶりくらいの再訪ということになった。 やはり10年という歳月は短くなかったようで、劇的ともいえる大胆なリニューアルがなされていてのけぞった。なんだこりゃ、まったく別の神社になってしまったみたいだと驚...

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信長の弟の信行が父の信秀を弔った桃厳寺

 2月3日の節分の日、千代保稲荷名古屋支社の豆まきを見たあと、近くを通りかかったので桃厳寺(地図)に立ち寄っていった。 去年2017年の暮れに、前住職が土地売却代金の中から1億5千万円を着服して同居女性が宝石など買い込んで訴えられたというニュースが流れたので、それを見たという人もいるかもしれない。 個人的には過去に何度か訪れていて、前回は2014年の8月だった。蚊にやられまくった記憶がある。 名古屋大仏と桃厳...

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春感はお休みサンデー料理

 花粉にやられまくりの3月終盤。花粉症はいつからこんな国民病みたいになってしまったんだろう。これさえなければ春はいい季節なのに。 今週のサンデー料理は春感をお休みして通常メニューとなった。一応、新ジャガや新タマネギを使っているのだけど、料理してしまえば区別はつかない。タケノコがそろそろ登場してくるのではないかと思う。 来週は少し桜を撮る予定でいる。今年はものすごく早いかと思ったけどそうでもなく、3月...

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平中町の恵比子神社はあけっぴろげな感じ

 西区平中町にある恵比子神社(地図)。 この晒され感はなかなかのものだ。鳥居や玉垣がなく、そもそも囲おうという意志が感じられない。これでは神域の結界は張れない。本社の周りだけでも瑞垣で囲っているのは救いだ。 なんか、土地が荒れている感じも気になった。 気になったといえば神社名の恵比子もどういうことなんだろう。一般的には恵比須と表記するけど、あえて子にしたのは何か特別な理由があったのだろうか。もしか...

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在庫写真より ~こぼれ写真

 在庫写真より。 今回はこぼれ写真をお送りします。 ...

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平中町の八幡社と泉増院との関係は?

 西区平中町の八幡社(地図)。 すぐ西に隣接する泉増院とは戦国時代の近い時期にともに再建された記録が残っており、八幡社は泉増院の鎮守社だったのではないかと思うのだけど、そういった記録や情報はない。 社殿は南向きで、入り口の鳥居は東側にある。南は道路との間が駐車場になっているから、もともと南側に鳥居と参道があったのかもしれない。もしくは少し東を岩倉街道が通っていたから、そちらに鳥居と参道があったのか...

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旧岩倉街道の守り神か山木秋葉神社

 西区山木にある秋葉神社(地図)。 旧岩倉街道から少し西に入ったところにあるから、江戸時代に街道沿いの守り神として建てられた秋葉権現だっただろうか。 もしくはこのあたりの集落で建てた秋葉権現だったかもしれない。 明治以降の創建ということはないと思うのだけどどうだろう。 詳しい情報は得られなかった。 その他のことについては神社サイトの山木秋葉神社のページで。【アクセス】 ・名鉄犬山線「中小田井駅」か...

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密厳寺の鎮守社か平出町秋葉社

 西区平出町にある秋葉社(地図)。 隣は平塚辯才天で、秋葉社の奥にたくさんの石仏を安置したお堂があり、更にその奥に密厳寺があるので、これらすべては密厳寺のものなのかもしれない。お堂の中に平塚講とあったから、ここは平塚という集落のようだ。 この秋葉社に関する情報はほぼない。灯籠に文政二年と刻まれており、文政二年は1819年だから江戸時代にはすでにあったということだろう。 その他のことは神社サイトの平出町...

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要因は不明ながら重たく感じられた西区平出町の白山社

 西区平出町にある白山社(地図)。 やけに空気が重たく感じられる神社だった。空気の重たさなどというものは主観的な感覚にすぎず、証明することも数値化することもできないけど、そう感じたということは何らかの要因があるわけで、それが分かるとこの神社の歴史の一端を知ることができるかもしれない。 分かっている範囲の歴史については神社サイトの平出町白山社のページに書いた。【アクセス】 ・名鉄犬山線「中小田井駅」...

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犬山寂光院の冬から初春にかけて

 去年から今年にかけて、2ヶ月に一度くらいのペースで犬山の寂光院(地図)を訪ねている。そのときのことはブログでその都度紹介してきた。 しかし、本編から漏れてしまった写真があり、つい先日もまた行ってきたので、そのあたりの写真をまとめて出してしまうことにした。 季節は巡って春。桜にはまだ遠かったけれど、降り注ぐ光は春のものだった。 この先もまたちょくちょく出向くことになりそうだ。【アクセス】 ・名鉄犬...

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歴史はよく分からないけどいい神社ではある西区城町の十所社

 西区城町にある十所社(地図)。 北区とその周辺に固まっている六所社のようなものかと思いきや、ここは単純に10柱の神を祀るということで十所社と称しているようだ。ただ、その実態はもうひとつよく分からない。 祭神の顔ぶれを見ると、熱田系の神を中心に寄せ集めている感じで、脈略がないというかなんというか。 北名古屋市にも同名神社が二社あり、戦国時代の城や武将とも関係がありそうだ。西区城町の十所社近くには平田...

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千代ヶ丘椿神社は千代が丘団地の神社なのか

 千種区千代が丘にある千代ヶ丘椿神社(地図)。 ショッピングセンターコスモの2階テラスというロケーションに驚く。ただ、ここは千代が丘団地という大きな団地で、その団地の神社という位置づけであれば、もともとここは団地のテラスということなのかもしれない。ショッピングセンターができたのはそれほど昔ではないだろうし、おそらく神社の方が先だったのだろう。だとすれば、この団地と神社が無関係とは思えない。 それに...

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道真さんというより堀田の天神さん

 北区如意(にょい)にある堀田天神(地図)。 個人宅のお庭神社のようだけど、もともとは堀田の集落で祀っていたものらしい。そこから堀田天神と呼ばれているようだけど、正式名は分からない。 古くは落合鳥見塚というところに祠があって、大水で社が流されて台座だけ残っていたものを、明治初年に現在地に移して祀り直したという。 菅原道真を祀ったのが昭和12年ということなので、それまではただの天神さんを祀っていたのだ...

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季節の花など ---2018早春

 今年は早春の花を撮りにいかなかったのだけど、季節は確実に進んで、もはや桜の季節になっていた。名古屋でも今日3月19日に開花宣言が出された。今年の桜は4月まで持ちそうにない。 桜は少し撮りにいくとして、今回は季節の花などと題して1月から3月にかけて折に触れて撮った花写真をお送りします。 ...

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かつての六が池はなくとも小さな猿田彦社は残った

 北区六が池町にある小さな社。猿田彦を祀る猿田彦社(地図)のようだ。 六が池町の町名は、六が池という溜め池があったことから来ている。猿田彦社の隣にあるのがそれで、現在は大幅に縮小して調整池になっている。すでに六が池という名前でもないかもしれない。 かつてこのあたりは水を引けないような荒れた野山で、水路を敷いて苦労して開墾して新田を作った。その新田の守り神として呼んて来てもらったのが猿田彦だった。 ...

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菜の花入りサンデー料理

 ここのところ暖かすぎたり少しひんやりしたりと気温が落ち着かないけど、春には違いない。梅も咲いて、早いところでは桜が開花したという便りも届いた。この前、ツクシも見た。 サンデー料理に季節はあまり関係がないのだけど、春は少し季節の食材が登場する。タケノコは好きなので使うことが多い。 今回は、菜の花をもらったので使ってみた。そういえば、少し前にフキノトウも使ったのだった。今年のサンデー料理はいつもの年...

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新幹線が境内を行く御替地神明社

 南区豊田にある神明社(地図)。 御替地神明社(おかえち-しんめいしゃ)と呼ばれている理由や歴史などについては神社サイトの神明社(御替地)のページで。 ここは世にも珍しい新幹線が境内を走っている神社として記憶される。衝撃的な光景にしばし固まった。嘘でしょというくらい、思い切り新幹線の高架が境内を横切っている。 東海道新幹線の開通は昭和38年(1963年)で、当時は国鉄だったから国が境内の一部を買い取った...

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玉照姫座像は秘仏で8年に一度、泉増院

 笠寺観音こと笠覆寺の道一本隔てた南にある泉増院(地図)。 玉照姫に関係がありそうだということでちょっと寄っていくことにした。 笠覆寺は奈良時代前期の733年(736年とも)に創建されたとしている。 それは現在地の650メートルほど南で、善光(禅光)が呼続(よびつぎ)の浜辺に打ち上げられた流木から十一面観音像を彫って堂を建て、天林山小松寺と名づけたのが始まりという。 時は流れて平安時代中期、堂は朽ち果て、...

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歴史と実感のギャップがある南区豊の若宮八幡社

 南区豊にある若宮八幡社(地図)。 幕末の1856年に、この地を開発した氷室長冬が建てたというのだけど、なんとなくしっくりこない。何か違うんじゃないかと思う。実感としてもっと古い神社に感じた。 氷室家は後醍醐天皇の皇子、良新親王が津島神社の神官となって尾張国中島郡氷室村を領したことから氷室を名乗るようになったのが始まりとされ、長冬は若宮八幡社の神官だったという。どうしてそんな人物がこの場所に新田を開発...

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犬山市の大縣神社のしだれ梅を撮る

 愛知県犬山市にある大縣神社(地図)のしだれ梅を撮りにいってきた。 出向いたのは3月12日なので、情報としてはちょっと古い。今日あたりは満開を通り越していたかもしれない。雨が降って少し花を散らせてしまったんじゃないだろうか。 名古屋でしだれ梅というと天白区平針の名古屋市農業センターがよく知られていて、私も毎年のように撮りにいっている。今年は行けなかったのだけど、開花情報によると、今日16日現在で散り始...

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豊郷神社創建は何故大正14年だったのか

 南区内田橋にある豊郷神社(地図)。 創建は大正14年(1925年)というのだけど、どうしてこの時期だったのかがよく分からない。 明治43年に精進川を掘り広げて新堀川として、明治45年に内田橋が架かったことで、ここは南知多方面から名古屋に入る玄関口となり、街道沿いを中心に賑わうようになったというのがひとつあったのだろう。 豊郷神社の社名はかつての町名の豊郷町(ほうごうちょう)から来ている。 境内にある青木稲...

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もうひとつの定点観測

 いつもの定点観測ポイントとは別に、もうひとつの定点観測ポイントがある。 もうひとつの定点ポイントと題してお送りします。 ...

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昭和創建にしては歴史を感じる豊門神社

 南区内田橋にある豊門神社(地図)。 かつての町名である豊門町(ほうもんちょう)から神社は名づけられている。 創建は戦時中の昭和11年。南区は昭和に入ってから建てられた神社が多い。出征する兵士を送り、無事の帰還を願うということで建てられたようだ。 それにしてはけっこう古びているというか歴史を感じさせる。新しいわりには貫禄が出ている。 歴史などについては神社サイトの豊門神社のページで。【アクセス】 ・...

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在庫写真より ~道行き風景

 在庫シリーズより。 今回は道行き風景をお送りします。 ...

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街並み風景に溶け込む柵下町秋葉神社

 南区柵下町にある秋葉神社(地図)。 笠寺地区にたくさんある秋葉神社の中で昭和の戦中に建てられた秋葉神社のひとつのようだ。 七所神社の境外社という話があるのだけど本当だろうか。 歴史などについては分かる範囲で神社サイトの柵下町秋葉神社のページに書いた。 街並みに溶け込んだ感じがいい。【アクセス】 ・名鉄名古屋本線「本笠寺駅」から徒歩約11分 ・駐車場 なし ...

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お供え物がたくさん松池町3秋葉神社

 南区松池町3丁目の秋葉神社(地図)。 笠松エリアの中で戦時中に建てられた秋葉神社のグループの中のひとつ。 出征兵士を見送るためと、無事の帰還を願って建てられたという。 詳しいことは調べがつかなかった。 その他のことについては神社サイトの松池町3秋葉神社のページで。 お供え物がたくさんされていた。大事にされていることが伝わってくる。 スーパーで売られている袋のままというの実用本位ということで。 道の...

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