archive: 2018年02月  1/2

本土神社は多治見を代表する神社のひとつだと思う

 岐阜県多治見市にある本土神社を訪ねた(地図)。 本土神社(ほんどじんじゃ)とはまた変わった名前だ。沖縄の人は本州のことを本土と言ったりするけど、もちろんその本土ではないだろう(北海道の人は本州のことを内地という)。 本土神社の名前の由来は調べがつかなかった。 主祭神として猿田彦命(サルタヒコ)を祭っている。 創建は平安時代中後期の1030年と伝わる。 このあたりは伊勢の神宮領の池田御厨があった場所で...

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南区星宮社に2018年新年の挨拶に出向く

 南区星﨑にある星宮社(地図)。 去年2017年の名古屋神社めぐりの中で最も印象に残る神社だった。ひとことでいうとすべてにおいて調和が取れている神社といういい方ができるだろうか。 訪れたのは新年明けて少し経った1月12日のことだった。まだ正月気分の名残みたいなものが残っていて、初めて訪れたときとはやや印象が違った。このときは空気が静まって非常に落ち着いている感じがした。最初に訪れたときは神社全体が歌って...

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昭和になって落ち着いた要町八幡神社

 南区要町にある八幡神社(地図)。 1672年に鳴尾村の庄右衛門と大高村の弥兵衛が願い出て新田開発が行われた。それを鳴海伝馬新田と名づけた。鳴海宿の伝馬の助成のために作られた新田だったのでそう呼ばれた。 この八幡神社はもともと天白川堤防にあったという。 明治40年頃に牛毛神社に合祀され、戦後の昭和24年に伝馬新田丹後江に戻した。 その場所に名四国道が通ることになり、現在地に移されたのが昭和41年だった。それ...

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南野稲荷社は福井八左ヱ門が建てた稲荷社なのか?

 南区南野にある稲荷社(地図)。 江戸時代中期の1705年頃、それまで塩屋をやっていた福井八左ヱ門がこの地で新田開発をして八左ヱ門新田と名づけた。 その福井八左ヱ門が新田の五穀豊穣を願って稲荷社を創建したという話と、喚續社から分霊して神社を建てたという話があってどちらが本当なのかがちょっと分からない。 最初から稲荷社だったかどうかもはっきりしない。 そのあたりのことは神社サイトの南野稲荷社のページに書...

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平昌オリンピックにちなまないサンデー料理

 オリンピック期間だからといってオリンピックにちなんだ料理をするわけではない。以前は開催された国の料理を作ったりしたこともあった。トリノオリンピックのときはイタリア料理をしたのを覚えている。 あのときは確か、カーリングのことに触れたと思う。カマーランド小林と勝手に名づけていた小林さんの名解説を聞くことができなくなったのは寂しい。 平昌オリンピックは思いがけず日本勢が好調でいいオリンピックになった。...

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戦後創建の南区浜鶴ノ宮神社

 南区浜田町にある浜鶴ノ宮神社(地図)。 由緒ありげな名前だけど創建は昭和29年と新しい。 公園の一角にあり、隣は田鶴公民館だ。 創建当時からこんなふうだったのか、近年になって公園になったのかは分からない。昭和29年の公園はこんなふうではなかったと思うけど。 名前の由来や歴史などについては神社サイトの浜鶴ノ宮神社のページに書いた。【アクセス】 ・JR東海道本線「笠寺駅」から徒歩約20分 ・駐車場 なし ...

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南区星﨑にある鹿島稲荷神社

 南区星﨑にある稲荷神社(地図)。 鹿島(かのしま)の稲荷社と呼ばれることが多いのは、かつてこのあたりが干潟の海だった頃、鹿島という島があり、この神社はその島に祀られていたからだという。 蟹江久太夫という人物が家で祀っていたものが村のものになり、子孫がやっぱり返して欲しいと言い出していったんは返ったものの、明治の世になってふたたび南野村のものになり、現在に至っている。 その他のことについては神社サ...

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加佐登神社のこぼれ写真

 加佐登神社の本編から漏れた写真がけっこうあったので、番外編として残りの写真をお送りします。 本編はこちら↓。 三重県鈴鹿市の加佐登神社とヤマトタケルのこと ...

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三重県鈴鹿市の加佐登神社とヤマトタケルのこと

 三重県鈴鹿市加佐登町にある加佐登神社(かさどじんじゃ/地図)を訪ねた(2017年6月)。 かつてこのあたりは能褒野(のぼの)と呼ばれた土地で、日本武尊(ヤマトタケル)終焉(しゅうえん)の地として知られている。加佐登神社は、そのヤマトタケルにまつわる神社だ。 ヤマトタケルは父である景行天皇の命を受けて東征を行い、尾張に戻ってミヤズヒメと結婚し、草薙剣を置いたまま伊吹山の神と戦いに行って敗れ、故郷の大和へ...

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つばき接骨院さんとQi エステティックカメリアさんの紹介

 三重県桑名市筒尾にある「つばき接骨院」さんのwebサイトの写真を担当させていただいた。 サイト作りのお手伝いも少し。 つばき接骨院webサイト 社長をはじめ、スタッフのみなさんもいい方ばかりで楽しく撮影させていただきました。 技術も確かと評判のいい医院なので、機会があればぜひ訪れてみてください。飲食店などとは違って気軽に立ち寄るところではないですが。 三重県 桑名市筒尾9丁目7-16番地 0594-84-7399 こち...

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星﨑の琴飛羅社はいつか見たような風景

 南区星﨑にある琴飛羅社(地図)。 喚續社からは道一本隔てた向こうに見えている。喚續社からの分霊という話があるのだけど、その経緯がよく分からない。 琴飛羅を名乗りながらどうして祭神が金山彦なのかも分からない。 そのあたりについていは神社サイトの星﨑琴飛羅社のページに書いた。 道ばたにお社とお堂があって、石灯籠があって、イチョウの木がある。江戸時代の風景に近いのではないかと思う。 拝殿は屋根瓦の四阿...

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かつての海辺に建つ南区喚續社

 南区星﨑にある喚續社(よびつぎしゃ/地図)。 境内に特別な空気を感じたのは神社の歴史の古さではなく土地の歴史の古さ故かもしれない。喚續社の創建は戦国時代中期の1523年というからそれほど古くはない。 境内からは土師器(はじき)のかけらや食用の貝であるハイガイがたくさん見つかっているというから、古墳時代にはこのあたりに人が暮らしていたということだ。古墳時代の星﨑は海辺の土地だった。神社があるのは笠寺台...

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星﨑の市杵島社を建てたのは山田重忠ではないはず

 南区星﨑にある市杵島社(地図)。 国道1号線のすぐ南にあるのだけど、通りには面しておらず、裏から回り込む格好になるので奥まった場所にある印象を受ける。その分、静かだ。 良く言えば質素な神社だ。余計なものはない。鳥居も狛犬もないのはちょっと寂しい。本社はわりと立派だ。 江戸時代までは辯才天社だった。平安末期から鎌倉初期にかけての源氏の武将で幕府御家人の山田重忠が創建したという話は私は信じていない。...

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丹八郎ワールドの中にある迦具土社

 南区の丹八山にある迦具土社(地図)。 もとは鳥居山と呼ばれていて、平安時代に平将門の乱を鎮めるため、熱田社の七神を神輿に乗せてここまで運び、この鳥居山で祈祷が行われたと伝わっている。 現在の丹八山は意味不明な石碑が乱立するちょっとおかしな公園になっている。郷土史家で易者の石川丹八郎が独自の世界観で作り上げたワンダーランドだ。 丹八郎さんは桜の木も植えたので、今ではちょっとした桜名所となっている。...

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誰かの食卓も同じようなサンデー料理

 今日のサンデー料理は、ゴボウ発進だった。ゴボウがあるからゴボウを使おうと思って、それなら方向性としては和食だろうということで始めたら、気づけばいつものように和食とも洋食ともとれない無国籍料理になっていた。 一般家庭の料理とも少し違う気がするのだけど、そんなにたくさんの家庭料理を見たことがないので実際のところはよく分からない。私のサンデー料理を見て、自分が作る夕飯に似てるわ、という人が中にはいるだ...

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本星﨑の軻愚突知社がある空間は特別

 南区本星﨑にある軻愚突知社(地図)。 かつての星﨑城の一部であり、星宮社の元地という話もある。 神社がある小山は、みこし山と呼ばれている。平将門が反乱を起こしたとき、それを調伏するための祈願が星﨑で行われ、熱田社の七神を乗せた神輿(みこし)が一時ここにとどまったということでその名がつけられたとされる。 祈願が行われたのは少し北にある鳥居山(今の丹八山公園)で、そこに七所社が建てられた(その後遷座...

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お寺とお堂のこぼれ写真

 神社めぐりをしている途中でお寺に立ち寄ることもあって、せっかく寄ったから一枚くらいは撮っておこうとかとなる。そういう写真の使い道が見つからないままたまっていたので、一度まとめて出してしまうことにした。 どこで撮ったどんな名前の寺だったのかはもう覚えていない。だいたいあの日のあのへんだったかなという記憶があるくらいだ。上の写真は熱田のどこかだったと思うけど違うかもしれない。白龍神を祀る社があった。...

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川原神社は女性的で清潔な神社だと思う

 川原神社(地図)は昭和区を代表する神社だ。昭和区では唯一の式内社となっている。 県社でもあり、あらためて立派で清潔感のある神社だと思った。 ただ、ここが本当に延喜式神名帳の川原神社かどうかは、もうひとつはっきりしない。おそらくそうだろうとは思いつつ、やや釈然としない部分も残る。そのあたりについては神社サイトの川原神社のページに書いた。 式内社かどうかは別にして、ここは気持ちのいい神社だ。どこか女...

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愛知縣護国神社に祈願

 中区三の丸にある愛知縣護国神社(地図)。 県庁街の一角あって境内はけっこう広い。 明治2年に尾張藩最後の藩主となった徳川慶勝が川菜村(川名)に旌忠社として戊辰戦争の戦死者25名を祀ったのが始まりで、その後戦争の犠牲者も祀り、昭和10年に現在地に移された。 そのあたりの歴史については神社サイトの愛知縣護国神社のページに書いた。 初めて訪れたのが2010年の7月だから、だいぶ間が空いた。この日は関係者の大事な...

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北区味鋺神社はフォトジェニックな神社

 2017年の年末に北区神社再訪で最後に訪れたのは味鋺神社(あじまじんじゃ 地図)だった。 味鋺が名古屋市北区というのはいつになっても慣れないというか違和感がある。ずっと春日井市だと思い込んでいた。味鋺が名古屋なら味美も名古屋でいいんじゃないかと思ったりもする。 それはともかくとして、味鋺神社を前回訪れたのは2015年の1月だから、そんなに久しぶりという感じはしなかった。ちょうど季節も時間帯も同じくらいと...

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北区の羊神社は全力羊押し

 去年2017年の暮れに北区の神社再訪をしたときの一社、羊神社(地図)。 羊ということで未年の年にものすごく賑わう神社だ。私も2015年の未年のときに訪れた。 羊神社に参拝する あのときは1月の後半だったにもかかわらず、けっこうな人が訪れていた。 この日は12月末ということもあって静かなものだった。次の未年まではまだしばらくある。今年2018年は戌年ということで、西区の伊奴神社(いぬじんじゃ)が大盛況だったよう...

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年末に別小江神社を再訪する

 去年2017年の暮れに北区の別小江神社(地図)を訪ねた。 2015年に一度訪れていて、それ以来の再訪となった。 綿神社と別小江神社のはしご 別小江と書いて「わけおえ」と読む。普通読めない。 延喜式神名帳に載る式内社とされているのだけど、やや納得できない部分もあり、どういう神社か実際のところよく分からない。神社サイトに書くときも理解しながら書くのに苦心した。 別小江神社 訪れたときは正月前ということで、少...

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主観的ノーマルサンデー料理

 節分が来て、立春も過ぎたけどまだ相変わらず寒い日が続く。ただ、花粉症は今年も忘れずにやってくるようで、少し症状が出始めた。梅も咲いたというし、少しずつ春に向かっていることは確かなようだ。 今週はノーマルなサンデー料理だった。何をノーマルとするかは主観的な問題でしかないのだけど。「マグロの刺身の和風だしあんかけ」 マグロの刺身に熱いあんかけをかければ表面だけ熱が加わると思ったらそうはいかなかった。...

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八幡社というよりも児子社

 北区志賀町にある八幡社(地図)。 八幡社とはなっているものの、ここの本質は児子社だと思う。 児子社は昭和までは子供の守り神として大勢の参拝者が訪れたというけど、今は訪れる人も少ないひっそりとした神社となっている。 津田正生はこの神社こそが延喜式神名帳の綿神社だと言っていて、私もその説には惹かれるものがある。個人的に好きな神社のひとつだ。 ここが綿神社かもしれないといったことについては神社サイトの...

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針綱神社と三光稲荷神社と猿田彦神社はセットではないけれど

 犬山を訪れた日、犬山城の麓にある3つの神社、針綱神社、三光稲荷神社、猿田彦神社を訪ねた。 もともと別の場所にあったものをここに集めただけで、最初から3社一緒にあったわけではない。 針綱神社は延喜式神名帳の針綱神社ということになっているのだけど、ちょっとはっきりしない部分があって、確実といえるかどうかはなんともいえない。他に論社がなく、たぶんそうだろうということで、江戸時代に入ってからそういうことに...

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犬山城下裏道散歩<5・最終回>

 犬山城下裏道散歩シリーズの第5回。 思いがけず長いシリーズになったけど、散歩編は今回が最終回となる。あと1回は神社編だ。 というわけで、引き続き犬山裏道散歩写真をお送りします。 おわり。 ...

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犬山城下裏道散歩<4>

 犬山城下町裏道散歩シリーズの第4回をお送りします。 銭湯の壁だけ残っていたのはこの場所だったと思う。久々に再訪したら消えていた。残念だけど、あれは危なかった。 つづく。 ...

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犬山城下裏道散歩<3>

 犬山城下裏道散歩シリーズは、思った以上に写真がたくさんあって長いシリーズになった。5回+神社編ということになりそうだ。 というわけで、引き続き第三回をお送りします。 つづく。 ...

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「ナースときどき女子」で四日市工場夜景の記事が紹介されました

【お知らせ】 ナースときどき女子というサイト(webサイト)で、四日市工場夜景の記事を紹介していただきました。『あなたはどの夜景がお好き?ナースも思わずうっとりする絶景スポットや夜景の楽しみ方を提案♪』 記事は四日市工場夜景の撮影スポットをまとめて紹介したものです。 三重県四日市市のコンビナート工場夜景の撮影スポット紹介 工場夜景だけでなく、日本各地の夜景情報の記事も紹介されています。 ナースの方も、...

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犬山城下裏道散歩<2>

 犬山城下裏道歩きの2回目。 犬山城から南下して、本町交差点を西に折れて、一本西の通り周辺を歩いた。 つづく。 ...

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