archive: 2017年11月  1/2

三社とも名前が残った富永の神明社熱田社白山社合殿

 中川区の富永にある神明社熱田社白山社合殿(地図)。 長い名前だけどこれが正式名のようだ。 二社が合殿になっている神社はいくつか知っていたけど、三社の合殿は初めてだ。合祀と合殿の違いがよく分かっていない。合祀になると表から名前は消えてしまうけど、合殿なら名前は残る。名前の問題だけなのか、厳密な違いがあるのだろうか。 もともとここが神明社だったのか違うのかもよく分からない。富永村に江戸時代はそれぞれ...

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戸田ゆたかにあるから豊神社なんだろうなぁ

 中川区の戸田ゆたかにある豊神社(地図)。  豊神社の名前はどこから来ているんだろうと思ったら、神社がある戸田ゆたかから来ているのかもしれない。 その逆という可能性もあるけど、やはりここも町名神社なんだろうなと思う。 謎が多いというか、意味不明なところがある神社だ。神社横の戸田ゆたか公園は神社の境内なのか違うのか。そこによく分からない石碑などが並んでいる。 歴史などについて分かる範囲のことは神社サ...

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完成した晴明殿を上野天満宮に見にいく

 6月に千種区の上野天満宮(地図)を訪れたとき建設中だった晴明殿が10月に完成したということで、どんなものが建ったのか見にいってきた。 晴明殿建築中の上野天満宮を訪ねる なるほど、これがそうかと。 要するに結婚式場を新設したということなのだけど、晴明殿と名付けて安倍晴明にあやかろうという意図が露骨に見てとれる。 一応、安倍晴明を祀っているとしているものの、その根拠はやや怪しい。 上野天満宮は安倍晴明...

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島井町熱田社は明治に建った新しくて古い神社

 中川区島井町にある熱田社(地図)。 明治7年創建と、神社にしては新しい方だ。けど、これが店なら相当な老舗ということになる。年数でいうと150年近くになる。 明治創建ということで、熱田神社が熱田神宮になり、社殿が尾張造から神明造になった後ということで、ここもそれにならって神明鳥居と神明造になっている。けど、熱田社系等の神社が神明造というのはどうにも違和感があってなじめない。たまにそうでない熱田社系神社...

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意外と重要神社かも万場天神社

 中川区万場にある天神社(地図)。 高僧道路の高架下道路沿いで隣はパチンコ屋、目の前はバス停という、かなり厳しい状況に置かれている。村の小さな神社が都市開発に飲み込まれながらようやく生き延びたといったところかと思ったら、意外と重要な神社だった。萬場村の村名の由来になったかもしれない。 萬場村の由来はいくつかの説がある中で、『尾張志』は京都の右近の馬場から勧請して祀ったことから来ていると書いている。...

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工夫しなくてもあまり変わらないサンデー料理

 今日のサンデー料理は平常通り。特にテーマもなく、工夫するでなく、普通に作って食べた。 少し工夫があったとすれば、マグロをパン粉焼きにしたことだ。前にも作ったことがあるかもしれないけど、ちょっと久しぶりだと思う。 それ以外は食材先行というか、冷蔵庫にある食材で作った。まったく何もないと困るけど、足りないなら足りないなりに作ればいい。料理の途中で足りないものを買いに出るということは一度もしたことがな...

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見た目よりも意外と古い万場八幡社

 中川区万場にある八幡社(地図)。 高速道路の高架下の道沿いというロケーションで、もとからここにあったわけではないだろうと思いつつも、遷座したという情報はない。高速道路が神社をよけたのかもしれない。 これといった特徴のない八幡社なのだけど、創建はわりと古そうだ。『尾張徇行記』に永正八年(1511年)に再建したとある。戦国時代前期にはあったと考えていいだろうか。 その他歴史などについては神社サイトの万場...

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山田天満宮にはちょくちょくお邪魔してる

 名古屋市北区の山田天満宮を訪れた(地図)。 わりとちょくちょく行く神社で、考えてみると名古屋市内では一番多く行ってる神社かもしれない。この日は参拝目的でもあり、待ち合わせの場所でもあった。 神社というのは待ち合わせをするのにけっこう向いている場所だ。ある程度の時間をひとりで過ごしていても不自然ではないし、参拝したり見学したり写真を撮ったりしていたら退屈しない。 拝殿前の酉年の看板を見て、そういえ...

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最高に気持ちいいロケーションにある万場の秋葉社

 中川区万場にある秋葉社(地図)。 神社はロケーションが大事とはいえロケーションはすべてではないのだけど、ここはロケーションがすべてといっていい神社で、他にはない圧倒的な開放感が心地いい。 社は土手下の草地にあって、電柱や電線がないから、空がとにかく広い。こんな気持ちのいい場所にある神社はなかなかない。個人的にはかなり気に入った。 かつては万場宿の入り口にあったという。ここから90メートルほど南だ。...

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寂しげだけどかすかな体温がある岩塚神明社

 中村区岩塚の神明社(地図)。 すぐ東隣に岩塚の中心神社である七所社がある。ほとんどくっついているくらい近いから七所社の境外社か何かだと思ったらまったく別の独立した神社だった。それにしても近い。昔からこの位置関係だったとは思えないのだけど。 剣町の八劔神社と同じように、江戸時代に七所社に遷したら村で悪いことが続いたから元の場所に戻したというエピソードが伝わっている。その元の場所というのが今のところ...

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ちょっと独特の雰囲気を持つ剣町の八劔社

 中村区剣町にある八劔社(地図)。 細長く狭い境内の神社ながら、なかなか雰囲気がある。ちょっと背が低めの木造鳥居がカッコイイ。 熱田社系の神社は明治に熱田神宮が尾張造から神明造に建て替えたのにならったところが多いのだけど、そうでない熱田社系神社もたまにある。熱田社系は質実剛健で雄々しい感じの方が似合うと個人的には思う。 読み方が例によってよく分からない。「はっけんしゃ」なのか「はちけんしゃ」なのか...

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八田の神明社は昔から変わらず当たり前のようにある

 中村区八田にある神明社(地図)。 かつての八田村(はったむら)は今の八田で、町並みは大きく様変わりしても地名は変わらなかった。昔の地名はそれぞれ意味を込めて名付けられているから、変える必要がないなら変えないでいてほしかった。変わっていないところには好感を持つ。 この神明社について分かっていることはあまり多くないのだけど、謎といったものはない。八田村に唯一あった神社がこの神明社で、名前も変わってい...

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内藤ルネ展のお知らせ

 すっかりお知らせが遅くなってしまったのだけど、松坂屋静岡店(webサイト)で行われている『Roots of Kawaii 内藤ルネ展~たくさんの愛と夢をこめて~』に写真を提供させていただきました。 入り口近くの映像展示になっているはずです(会場に行けていなくて写真で確認したのみなのです)。 内藤ルネは、愛知県岡崎市出身のイラストレーター兼デザイナーで、1950年代半ばから70年代にかけて活躍した人なので、現在50歳以上の...

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烏森の神明社は囲い方が少し足りないんじゃないかと思う

 中村区烏森(かすもり)にある神明社(地図)。 烏森村にあった天神社、八幡社とともに昔から変わらず烏森にある。 創建年など、分かっていることはあまりないのだけど、謎があるというほどでもない。このあたりは伊勢の神宮の荘園があった関係で、古い神明社が多い。ここもその中のひとつだろう。 細い道の奥まったところにあるので、車で近くまで行くのは困難だ。地元の人は慣れたものかもしれないけれど。 分かる範囲のこ...

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イカの天ぷらサンデー料理

 今日のサンデー料理のテーマは、イカの天ぷらだった。イカの天ぷらをしようと思い立って、あとの2品は付け足しのようなものだった。 イカの天ぷらは意外と難しい。油ハネ問題もあるのだけど、柔らかく仕上げるのが難しい。つい揚げすぎて固くなりがちだ。今回もやっぱり少し固くなってしまった。 天ぷらは油の温度と時間が重要なのは分かるのだけど、何度で何分揚げるのが最適なのかが毎回分からず手探りになってしまう。まず...

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烏森天神社はピンク本殿を持つ古社

 中村区烏森にある天神社(地図)。 かつての烏森村(かすもりむら)にあった天神社で、今もそのまま名前も変わらず残っている。 ただし祭神の菅原道真は後年のことで、もともとは違っていたはずだ。 創建についての詳しいいきさつは伝わっていない。 延喜式神名帳に載っている愛智郡針名神社は平針の針名神社のことではなく烏森天神社のことだと、津田正生はいっている。個人的には半信半疑ながら可能性としてはなくはないか...

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烏森村三社のひとつ八幡社は今も烏森に健在

 中村区烏森にある八幡社(地図)。 かつて烏森村(かすもりむら)にあった天神社、神明社、八幡社は、今も変わらず烏森に残っている。 八幡社の創建についてくわしいことは伝わっていない。江戸時代以前だろうとは思う。 烏森村はどうして烏(カラス)の森などという名前になったのだろう。 そのあたりを含めて、歴史などについては神社サイトの烏森八幡社のページで。【アクセス】 ・近鉄名古屋線「烏森駅」から徒歩約5分...

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高須賀の願成寺薬師堂の鎮守だった八劔社

 中村区高須賀にある八劔社(地図)。 願成寺というお寺の中にあった薬師堂の鎮守社だったようだ。願成寺は奈良時代の732年に行基が開いたともいわれる古刹なので、この八劔社もけっこう古いかもしれない。創建については不明となっている。 願成寺と薬師堂は道路によって隔てられているものの、薬師堂と八劔社は今も同じ境内に隣接している。目に見えない境界線はあるのかもしれないけど。 八劔社はどういう神を祀る神社とし...

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太閤の白山社は笹島の歴史を見守ってきた

 中村区太閤にある白山社(地図)。 ささしまライブの北ということもあってここは笹島かと思ったら太閤だった。名古屋駅前のビルとの距離感は写真のような感じだ。 かつての米野村だった時代と現在のささしまライブを比べると、ここらも大きく様変わりした。 歴史などについては神社サイトの太閤白山社のページで。【アクセス】 ・近鉄名古屋線「米野駅」から徒歩約4分 ・駐車場 なし ...

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向島町の向島神社については何も分からない

 中村区向島町のどんぐり広場の中にある向島神社(地図)。 町名を冠してしまうとその神社の過去の歴史がよく分からなくなってしまうことが多いのだけど、この神社もそうだ。元の名前も、祭神も、どういう系統の神社かも、まったく分からない。愛知県神社庁への登録もないとなると、もはやお手上げだ。 ここはかつての稲葉地村だったところなのだけど、その時代からここにあったかどうかも分からない。 神社サイトの向島神社の...

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仲が通った日吉権現は日之宮神社だったのか

 中村区にある日之宮神社(地図)。 秀吉の母・仲が男子を授かるための願掛けをするために通った日吉権現がこの神社という話が伝わっている。 それが本当なら、秀吉の生まれは現在の中村公園付近ではなく、下中八幡宮近くの中中村という説が正しい可能性が高い。 日之宮は江戸時代には廃社になっていたので、詳しいことは分からない。現在の日之宮神社は近年に建て直したものと思われる。昭和に入ってからかもしれない。 その...

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素朴で温かみがある中村本町石神社

 中村区中村本町にある石神社(地図)。 ここはかつての下中村だったところだと思う。 村人が置いていったか捨てていった石仏が後に石神社になったという話が伝わっている。充分あり得る話だ。 現在は下中八幡宮の飛地境内社になっている。 祭神は倉稲魂命(うがのみたまのみこと)となっているのがちょっと意外だ。稲荷社で祀られる食物神と石仏はイメージが重ならない。祭神がそうなったのは明治以降のことだろうか。 歴史...

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中村区の八幡社春日社合殿の創建者は誰か

 中村区元中村の八幡社春日社合殿(地図)。 秀吉や加藤清正が創建したという話はあまり信じていない。そういう話が出てくる以上、修造くらいはしたかもしれないけど、創建となると違うような気がする。 では、いつ誰が創建したかという話になるのだけど、八幡社は意外とよく分からない。古ければ鎌倉時代だろうけど、そこまでさかのぼれるかどうか。 戦国時代とするなら、中村の地を支配していたのは誰だったかということにな...

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奥常大神は稲荷さん?

 中村区中村町にある奥常稲荷社(地図)。 隣の建物は木曽御嶽本教奥光教会のもので、この神社と関係がありそうだ。本社のある横に黒龍大明神と御嶽大神と彫られた石があることからも御嶽社と関係が深そうだ。 神社は稲荷社のようで、奥常大神と稲荷大神の額がかかっている。どういう歴史を持つ神社なのか、よく分からない。 その他については神社サイトの奥常稲荷社のページで。【アクセス】 ・地下鉄東山線「中村公園駅」か...

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公民館が神社で神社が公民館の豊幡町秋葉社

 豊幡町の秋葉社(地図)を訪ねたらそこは公民館だった。いや、公民館でもあり秋葉社でもあった。入り口の上の方に秋葉神社と札が架かっている。でも、やっぱり同時に豊幡町公民館でもあった。 新聞受けのフタを開けて中をのぞいたら、確かに室内に社があった。間違いない、あれが秋葉社だ。 それにしても、神社が公民館の中にあるのは初めて見た。ユニークを通り越してシュールだ。どういう経緯でこんなことになったんだろう。...

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本陣通八幡社はどれくらい古いのか

 中村区本陣通にある八幡社(地図)。 かつての日々津村だったところだ。 南北朝時代の日比津城に関わりがある神社という話もあり、そうなると創建はけっこう古い。 現代人の感覚からすると、江戸時代以前は戦国も室町も鎌倉もたいして変わらないように思えるけど、実際は400年、500年という期間だから同じどころか近くもない。 八幡社も、戦国時代に建てられたものと室町時代に建てられたものとでは意味合いも違ってくる。 ...

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サーモンの刺身は和食か否かサンデー料理

 今日は久々に和食サンデーだった。 ただ、外国産のサーモンの刺身を和食と呼べるかどうかは微妙なところだ。鮭の塩焼きなら文句なしに和食だけど、鮭の塩焼きは好きじゃないのでサンデー料理に登場することはない。外国でもサーモンを生で食べたりするんだろうか。「サーモンの刺身しょう油ソースがけ」 しょう油ベースのソースを作った以外は切り分けただけ。 以前、焼いたりしたこともあったけど、サーモンはやっぱり生が一...

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日比津の水神社は今も水回りの何かを守っているのか

 中村区日比津にある水神社(地図)。 調べても詳しいことは分からなかったのだけど、水の神社ではなく、水神の社なのだろうとは思う。たぶん。 少し北に庄内川が流れているからそれに関係したものか、田んぼのための雨乞いでもしたのか。 水神にまつわる神社ということで、個人的には何か気になるところではあった。 分かったことについては神社サイトの水神社のページに書いた。【アクセス】 ・地下鉄東山線「本陣駅」から...

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このお稲荷さんは男女を守ってくれるのか

 西区の枇杷島にある男女守稲荷社(地図)。 男女守稲荷とはまた変わった名前だ。稲荷社が男女の仲を取り持つとも思えず、男女を守るのではなく、男女の神が守っていると見るべきだろうか。 この神社に関する情報は少なく、詳しいことは分からなかった。 分かったことは、かつてこの場所には八幡社があって、その跡地に稲荷社が建てられたということだ。ただ、それがいつなのかも調べがつかなかった。 その他のことについては...

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ちょっとディープな世界観の黒體龍王大神社

 西区にある黒體龍王大神社(地図)。 枇杷島橋近くの庄内川に、かつて中州があってそこに枇杷島役場や料亭や民家があったことを知っている人は少なくなっただろうか。撤去工事が始まったのが昭和25年だから、昔からこのあたりに住んでいる75歳以上の方なら覚えているだろう。その頃はまだ生まれていない私は当然知らないのだけど。 この黒體龍王大神社は、かつてその中島と呼ばれた中州にあった神社だ。ある人の夢に龍が現れて...

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