archive: 2017年07月  1/2

正体は分からないけど何かがいる花車神明社

 名古屋駅にほど近い名駅5丁目にある神明社(地図)。かつての町名、花車町から花車神明社と呼ばれている。 この神社、始まりは神明社だったかもしれないけど、通常の神明社とはちょっと違っている。ある種、妖気みたいな空気が境内に漂い、何者かがいる気配がする。 感じない人は感じないと思うけど、感じる人は感じると思う。その空気感の正体が何なのかは私には分からないけれど、普通とは違うことは確かだ。 ときどきこう...

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夏も来年も変わらないサンデー料理

 学生たちは夏休みに入っても、各地で祭りや花火大会があろうとも、私の日常に変わりはなく、相変わらず神社中心の日々を送っている。 今年は撮影に関してもすっかりあきらめてしまって、神社に専念している。サイト作りと平行してもうひとつやっている作業があって、その二本立てでいっぱいいっぱいだ。飛ぶトンボ撮りとかもしてる暇がない。花だけでなく虫の季節も素通りになってしまうとは、今年が始まるときには思いもしなか...

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小さなくなっても名駅前で頑張る津島社

 名古屋駅前に点在する小さな神社のひとつ、津島社(地図)。 かつての町名は東山柳町なので東柳町津島社と呼んで区別することにする。 今でこそビルとビルの間に挟まるように小さくなっているけど、かつては鎮守の杜を持つもっと大きな神社だったという。周辺の様子からこの場所にそんな神社があったことを想像するのは難しいのだけど、名古屋駅がJRセントラルタワーズとして建て替えられた1999年前後に駅前も大がかりな再開発...

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都会の片隅に残った名駅迦具土社

 名古屋駅の表玄関に近い場所にある小さな迦具土社(地図)。すごいロケーションに残ったものだ。 千年続く神社も奇跡的だけど都会に生き残った小さな神社もそれに近い。神仏分離令、神社合祀政策、災害、空襲、戦後の都市計画をくぐり抜け、今日まで在り続けたというのはすごいことだ。 名古屋駅前には小さな神社がけっこうある。場所を移されたり大幅に境内を削り取られているけど、思う以上にその数は多い。駅の東だけでも10...

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洲嵜神社を再訪する

 中区にある洲嵜神社(地図)を訪れるのはこれが二度目だった。初めて訪れたのは去年2016年の暮れで、そのときのことはこのブログでも紹介した。 洲崎神社は名古屋最古のルーツを持つ神社かもしれない 歴史などについては神社サイトの洲嵜神社のページに書いた。 前回は白龍龍寿大神のところに参ることができなかったのでそれが心残りになっていた。今回はそちらもちゃんと参ることができたのでよかった。 あらためてここはい...

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歴史の深い空気感を今にとどめる泥江縣神社

 中区丸の内のオフィス街にある泥江縣神社(ひじえあがたじんじゃ/地図)。 創建は古く、社伝では平安時代前期の859年と伝える。 熱田台地の西の縁にあり、古代西側は海だった。名古屋城が築城されるのはそれよりずっと後のことだ。台地の上に堀川が掘られて境内は狭くなった。かつては桜通を挟んだ北にある白山権現も境内の中にあったという。 名古屋城以前からこの地にあった神社ということで、この神社の境内は重い、あるい...

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都会に生きる丸の内白山神社

 中区丸の内の桜通に面した小さな神社、白山神社(地図)。 足早に通り過ぎる人たちの関心を引くことは少ないようだ。見慣れているせいか、目に入らないのか、ちらりと見やることもない。ひょっとすると毎日この道を通っていてもこの神社に気づいていないなんてことがあるかもしれない。私も神社めぐりをしてなければわざわざここまで来てこの小さな白山社に参ろうとは思わない。 桜通を挟んで南にある泥江縣神社とかつては同じ...

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薬関係者による薬関係者のための少彦名神社

 名古屋城の南、外堀通りから一本南に入ったところに少彦名神社という小さな神社がある(地図)。 駐車場の奥にあって、駐車してある車によって隠されているので、入り口の社号標を見落とすと見つからない。 薬関係の人たちが薬祖神とされるスクナヒコナを祀った神社で、あまり一般向けではないのかもしれない。一般の知名度は低いと思われる。 創建されたのは大正5年と新しいものの、名古屋城下の京町と呼ばれる一画に一大薬...

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中村区にある金山神社

 中村区長戸井町にある金山神社(地図)。 金山駅の近くにある金山神社とはまた別のものだ。 入り口の赤いスロープがよく目立つ。どうして赤色を選択したのだろう。イメージカラーとして採用したかったのか。 金山神社の歴史などについては神社サイトの長戸井町金山神社のページで。 鳥居も神明系だし、本殿も神明造だ。【アクセス】 ・近鉄名古屋線「米野駅」から徒歩約8分 ・駐車場 なし ...

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ちょうどいいサンデー料理

 梅雨が明けて、学校は夏休みに入った最初の日曜日は、雨模様の一日となった。雨が降らなくて水不足のところもあれば、大雨で被害が出ているところもあって、ちょうどいいということは難しいものだとあらためて思うのだった。 サンデー料理は自分にちょうどいい料理なので不満はない。人様に食べてもらうほどの料理ではないけれど、自分が食べる分にはこれで満足だ。これ以上贅沢なものや美味しいものを食べたいという気持ちはあ...

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すべて残った牧野5社のうちの1社、太閤厳島社

 名古屋駅の南西の住宅街の中にある小さな神社、厳島社(地図)。 住人以外、観光客でも、名古屋市民でもなかなか訪れないようなエリアだ。住所でいうと太閤5丁目になる。 江戸時代、牧野村にあった5つの神社のうちのひとつ。牧野村の神社はどこも小さくなったとはいえ、すべて生き残っている。神仏分離も、神社合祀政策も逃れ残ったのはたいしたものだ。住民の希望が強かったのか、神社側の努力によるものなのか。 歴史になど...

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運河神社と呼ばれる月島町の金刀比羅社

 中川区の月島町にあるある金刀比羅社(地図)。 地図上では西宮社になっていて、同時に西宮社でもある。地元の人たちは運河神社と呼んでいるらしい。 その経緯はちょっと複雑でちょっと分かりづらい。 歴史などについては神社サイトの金刀比羅社(月島町)のページで。 西宮神社は、民間信仰のシャグジ信仰から来ている神社のようで、大きなシャモジが拝殿に架かっている。 参拝者は小さなシャモジに願い事を書いて奉納する...

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熊野社も忘れない愛知神明社

 中川区の愛知町にある神明社(地図)。 入り口には神明社と熊野社の社号標が左右に建っている。合殿なのかと思ったらそうではない。熊野社は神明社の末社だ。 これほど熊野社の扱いが大きいということは、もともとあったのが熊野社で後から神明社が祀られたという話は本当かもしれない。 ただし、江戸時代後期にはすでに熊野社は神明社の末社になっていた。 歴史などについては神社サイトの愛知神明社のページで。 石造の太...

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かつての本郷村にあった立派な小本神明社

 中川区小本にある神明社(地図)。 境内は狭いけど立派な社殿を持った神明社だ。 昭和52年(1977年)にここに移されてきたものなので、この地での歴史は浅い。 ただ、かつての本郷村に創建された神明社で、伊勢の神宮の荘園のにあったということで、歴史そのものは古い。 コンクリート造の社殿はどこか味気なくて物足りないものだけど、これだけ立派なものだと説得力がある。旧地は旧国鉄に買収されたということで、たっぷり...

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木造社殿がカッコイイ長良の八劔社

 中川区長良の八劔社(地図)。 中川区の北部は南部の新田村とは違って古くから人が暮らす土地だった。佐屋街道が整備されたのは江戸時代に入ってからだけど、それの元になる道はかなり前からあったのではないかと思う。 旧街道沿いには神社が多い。佐屋街道も例外ではない。その中でも目に付くのが、八劔社と七所社だ。八劔社は熱田の八剣宮から勧請したと思われる神社で、中川区では人気が高い神社のひとつだ。本社である熱田...

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四女子八幡社は出雲龍蛇神がいる神社

 中川区の四女子町(しにょしちょう)にある八幡社(地図)。 中川区に何社かある八幡社のひとつで、特別印象に残る神社というわけではない。全体的になかなかいい雰囲気ではあるのだけど。 この神社は出雲龍蛇神を祀っているということで記憶に刻まれる。名古屋市内でも様々な龍神を祀る神社があるけど、出雲の龍蛇神を祀っているのはここくらいじゃないかと思う。 そのあたり、くわしくは神社サイトの四女子町八幡社のページ...

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ピンクの拝殿が記憶に残る小塚町若宮八幡社

 中川区小塚町にある若宮八幡社(地図)。 ここはかつての小塚村にある若宮社だった。「塚」村の若宮といえば、恨みを抱いたか不慮の死を遂げた人間を祀ったのが始まりではないかと推測するのだけど実際はどうだったのだろう。 そのあたりについては神社サイトの小塚町若宮八幡社のページに書いた。 この神社はピンクの拝殿が印象に残る神社だった。なんであれ、特徴がないよりもあった方が覚えておきやすいからありがたい。 ...

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太平通にあるけど篠原八幡社

 中川区太平通にある八幡社(地図)。 このあたりは江戸時代の丸米野村で、明治に入って篠原村となったことで、篠原八幡社と呼ばれるようになり、そのまま通称が今も続いている。 篠原の地名は小学校などにも残っている。 歴史などについては神社サイトの篠原八幡社のページで。『愛知縣神社名鑑』では本殿を八幡造としているのだけど、写真で見る限り流造に見える。【アクセス】 ・あおなみ線「荒子駅」から徒歩約22分 ・駐...

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正解メニューのないサンデー料理

 ものすごい雨が降ったかと思えばよく晴れて蒸し暑い日が続いたりして、なんだか今年の梅雨は最初から最後までおかしかった。今日も少しだけ雨は降ったものの、明日あたり東海地方も梅雨明け宣言が出されるかもしれない。 サンデー料理はこの夏も代わり映えしないまま淡々と続いている。相変わらず季節感はない。 ときどき、すごく凝った料理を作ってみようかと思うことがあるのだけど、冷蔵庫の中身を見て現実に立ち返る。今そ...

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八家町神明社はクロマツで覚えておく

 中川区八家町(やつやちょう)にある神明社(地図)。 ここは公園と一体化していないと思いきや、隣が野球場などもある八家公園という大きな公園となっている。公園の一部はかつての神社の境内なのかもしれない。 現在、中川区の右側エリアをうろつきながら神社をひとつずつ拾うように巡っている。神明社が続くとどこがどこだったかあとから思い出すのに苦労する。 ここは八家町の神明社だと、写真と地図を見て頭に入れようと...

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中野外新田の神明社

 中川区中野新町の神明社(地図)。 中川区の神社は外観がよく似ているところが多く、個別の印象があまり残らない。一日にまとめて20社も30社も回るものだから余計にそうなる。特に、八劔社、八幡社、神明社はそうだ。数が多い上に似ているから、撮った写真をあとから見ても記憶が蘇らない。 もちろん、行ったことは覚えているし、写真を撮ったときの印象も残っている。問題はそれが何町にあったかということだ。土地勘がほとん...

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小碓4丁目ってどこだったんだろう明徳町神明社

 中川区明徳町にある神明社(地図)。 現在ある場所は、熱田新田の十八番割か十九番割だったあたりだと思うのだけど、昭和34年の伊勢湾台風の後に移ってきていて、その前は小碓4丁目にあったという。 明徳町の前は小碓村で、その前は明徳村だった。 現在、港区に小碓4丁目があるのだけど、そこにあったものを移したのか、明徳町内に小碓4丁目があってそこから移したのかがよく分からない。 いずれにしても番割の神社だとは思...

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末社から独立した小碓知立社

 中川区松年町にある知立社(地図)。 かつての小碓村にあったということで、小碓知立社とも呼ばれる。 この知立社は「ちりふ」と読ませるようだ。江戸時代は池鯉鮒宿など、知立に池鯉鮒と字を当てたりした。 愛知県知立市にある三河国二宮・知立神社から勧請して建てたものと思われる。 もともとは十一番割にあった八劔社の境外末社だったのが、崇敬者が増えて独立神社になったという珍しいパターンだ。 珍しいといえば、名...

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ここも公園と一体化している八剱町八劔社

 ここは中川区八剱町の八劔社(地図)。 例によって公園の中に神社があるというパターンだ。中村区と中川区はこれが好きでよくやっている。土地の有効活用といえばそうなのだろうけど、この光景に出くわすたびに軽い脱力感を味わうことになる。 公園は公園、神社は神社で、せめて区切って分けて欲しかった。一体化してると、そういうことじゃないんだよなぁと思う。 まあしかし、公園があるおかげで人が寄りつく場所になってい...

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十一番八劔社はかつての熱田新田にある

 かつての熱田新田三十三場割の中の十一番割にあった八劔社(はっけんしゃ/地図)。 今も十一番町という地名が残っている。 新田に創建された神社は神明社と八劔社が多い。神明社だった理由はなんとなく分かるけど、八劔社を好んだ理由がよく分からない。どうして熱田社ではなく八劔社だったのだろう。 中川区はとにかく八劔社が多いので、それぞれの八劔社の区別がつかなくて困る。ここは十一番町。すぐ近くには八剱町の八劔...

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中野神明社は神明社と八幡社と白山社のセット

 中川区元中野町にある神明社(地図)。 地図には中野神明社で載っているから、このあたりでは中野神明社で通っているのだろう。 名前こそ神明社となっているけど、八幡社、白山社とあわせて三社が一体となって成り立っている。 そのあたりのいきさつについては神社サイトの中野神明社のページに書いた。 蕃塀が行く手をふさぎ、完全に目隠しになっている。 本来の役割が不浄除けだったのかどうかは分からないけど、ここまで...

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能褒野神社 ---ヤマトタケル終焉の地を訪ねる

 ヤマトタケル終焉の地とされる能褒野を訪ねた。 それは、三重県亀山市田村町とされ、ヤマトタケルを祀る能褒野神社(地図)がある。 先入観が邪魔しないように、あえて下調べをせずに出向いていった。知識が感覚を鈍らせるということがある。 能褒野神社に自分のみを置いてみると、うーん、なんだろう、何も感じない、と思った。林に囲まれた境内や参道はけっこういい雰囲気なのに、エネルギーが発せられていない。ここは違う...

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雨の神、風の神、雨宮社

 中川区中郷にある雨宮社(地図)。 別のところにあった風宮社を移しているので、雨と風の神を祀る神社となっている。この組み合わせは名古屋では唯一ではないかと思う。 雨と風は少なすぎても多すぎても困る。台風などが来ればあっけなく作物は駄目になってしまうから、雨と風の神に祈る思いは切実だったはずだ。 ただ、どうしてこの村が雨の神と風の神を祀る神社を建てたのかは分からない。ここは特別変わった土地というわけ...

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夏本番が近いサンデー料理

 雨は降らなくても困るし、降りすぎても困る。 名古屋はおおむねカラ梅雨傾向で今日も雨は降らなかった。水不足で水道がとまるといった心配はないとはいえ、やはり降るべきときに降らないと自然のリズムやテンポが狂うということはあるので、適度に降って欲しいと思う。 それにしても蒸し暑い一日だった。窓の外からはセミの声も聞こえてきて、梅雨が明ける前にもう夏本番といった感じだ。 サンデー料理はいつもと変わらず。「...

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二女子白山社にも寄っていく

 中川区二女子町の白山社(地図)。 ここから140メートルほど北にある熊野社(地図)の末社という扱いのようだ。熊野社の説明書きには別社とあった。 もともと別々の独立した神社だったのが、明治に入って無格社の白山社が村社の熊野社の末社(別社)になったということだと思う。 歴史などについては二女子熊野社のページで。 神社の規模としてはごく小さいのだけど、庭付きの家が建つ土地に、鳥居と狛犬と小さな社だけがあ...

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