archive: 2017年05月  1/2

国玉神社・八剣社は神社としては決して悪くはないのだけど

 中川区の北にある国玉神社・八剣社合殿(地図)。『延喜式』の神名帳にある「海部郡國玉神社」がこの神社ということになっている。 ただ、それを疑うことなく信じている人がどれほどいるだろう。個人的にはここは違うと感じた。 平安以前から平成の現在まで、昔ながらの姿や境内を保っている神社はほとんどない。しかしながら、古社には古社の風格や匂いといったものがある。漠然とした雰囲気だから、自分のその感覚を信じすぎ...

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高野宮社は正しく気が整っている神社

 名古屋市中村区の南西の端にある高野宮社(地図)。 今でこそ周囲は住宅地になっているけど、ひと昔前までは川辺近くの雑木林のようなところではなかっただろうか。 2キロほど東にある八田駅は、JR関西本線、近鉄、地下鉄の駅が集まっていて、店もひと通り揃っていそうではある。 もう少し駅に近ければ、名古屋駅もすぐだし、住むには悪くない町かもしれない。 って、神社とは全然関係のない話をしてしまった。 歴史などに...

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日比津の白山神社は落ち着きのある立派な神社

 中村区日比津にある白山神社を訪ねた(地図)。 中村区の神社をたくさん巡って、中村区の地理が少しずつ頭に入ってきた。これまで中村区というと、名古屋駅の表と裏と中村公園あたりくらいしか知らなかった。面積はさほど広くないものの、東西南北中央と、それぞれ特色があって、それは神社にも表れている。 日比津は中村区の北の方、栄生の西、地下鉄駅でいうと、一応、本陣が最寄り駅ということになる。 近くに新幹線基地の...

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名前に惹かれて訊ねた皇座神社の由緒は不明

 ちょっと変わった名前の神社に惹かれる。中村区岩塚にある皇座神社(おおざじんじゃ)もそのひとつだった(地図)。 皇が座する神社とは一体どんな神社だろうと興味がわいた。 分かりづらい場所にあってようやく見つけたその神社は、なかなかに入っていくのがためらわれるようなたたずまいをしていた。これって普通の民家じゃないの? と思う。入り口の社号標がなければ入っていけなかっただろうし、そもそも見つけられていな...

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行楽日和でもサンデー料理

 よく晴れて風の強い週末だった。お出かけ日和ではあったのだけど、撮影行きはなし。 今年は神社に専念しているとはいえ、季節の移ろいにほとんどついていけていない。藤を逃し、カキツバタを逃し、バラまで逃しそうになっている。この夏は虫撮りさえなしで終わるかもしれない。 サンデー料理はいつものように。これだけは不思議と休みたいとは思わないし、休む必然もないので、ブログ開始と同時に始まり、ここまで続いている。...

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土江神社の名前はかつての記憶

 名古屋市中村区塩池町の土江神社(地図)。 正しくは土の中に点のある圡で、「ひじえ」神社と読む。 土方と書いて「ひじかた」と読むのは新撰組の土方歳三が有名だ。あれも土の中に点の字だったとう説があるけど、そうじゃないともいう。 土の中ではなく右上に点がある土もある。読み方はツチやドで変わらない。 圡(ひぢ)はもともと泥と同じような意味で使っていたとされ、圡江も泥江だったのではないかという説がある。 ...

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東宿の明神社は社殿が素晴らしいオススメ神社

 中村公園の少し西、東宿にある明神社(地図)。 ここは文句なしにいい神社だ。今までその存在を知らなかったのが不思議なくらいで、なんでこんないい神社がもっと知られていないのだろうと思った。 神社の南にはかつて鎌倉街道が通っており、庄内川を挟んだ西の対岸には萱津宿(かやつじゅく)があった。その東側にできた宿場ということで東宿と呼ばれていた。 鎌倉前期に成立したとされる『東関紀行(とうかんきこう)』に「...

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なんかそわそわする栄生の六生社

 名鉄名古屋本線の栄生駅から西北へ少し歩いたところに六生社がある(地図)。 道の曲がり角に入り口鳥居があるというちょっと珍しいスタイルだ。社殿は南東向き。 栄生駅は「さこう」と読み、地名の栄生は「さこ」と読む。ただ、名古屋の人間はたいてい「さこう」と言っているので、なし崩し的に「さこう」ということになっている。 もともとは砂処や狭所さこというような字を当てていたようなので、庄内川が運んだ土砂によっ...

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楠の木々が素晴らしい新富町春日神社

 名古屋市中村区の北の方、新富町にある春日神社(地図)。 戦国時代の1572年に宮野大膳なる人物が勧請したという以外に詳しいことはよく分からない。 ほぼ参道のみといっていいほど奥に細長い神社だ。隣も神社の境内なのかもしれないけど、広場になっている。 本社はごく小さく、拝殿もない。 しかし、この神社、境内の楠がいいのだ。夫婦楠と呼ばれる楠をはじめ、生い茂る木々の姿が瑞々しくて神々しい。この木々を見て感じ...

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中村区の夜叉龍神社はちょっとマニアックだけど

 名古屋市中村区の北の外れに近い塩池町にある夜叉龍神社(地図)。 ちょっと怪しげな名前だけど、夜叉ヶ池の伝説を知っている人なら、あの関係の神社かと思うだろう。詳しい由緒などは分からないものの、おそらく岐阜県との県境に近い福井県南越前町にある夜叉ヶ池の龍神を祀る神社として建てられたのだと思う。 ただ、入り口の説明書きに、「祭神 江州夜叉ヶ池 夜叉龍神」とあるのが気になる。江州といえば近江国(滋賀県)...

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再訪で岩作御嶽神社の印象が大きく変わった

 もう行くことはないだろうと思っていた長久手の岩作御嶽神社(やざこおんたけじんじゃ)を再訪する機会が訪れた(地図)。 神友とここの話になって、それじゃあ一緒に行ってみようかということになったのだ。前回訪れたのは、去年2016年の3月だった。 長久手の岩作御嶽神社へ あまりにも霊的なエネルギーが満ちている境内は、正直、怖かった。かなり及び腰で参拝を済ませ、もう二度と訪れることはないだろうと思って神社をあ...

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名古屋駅裏にある小さな須佐之男社

 名古屋駅裏、笈瀬本通商店街の一角に小さな神社がある。スサノオとカグツチを祭る須佐之男社だ(地図)。 今はぐっと小さくなってしまったけど、江戸時代は牧野村5社の中の1社だった。 それでも、この場所でしっかり残ったのは大したものだ。こんなに小さくても氏子数は2,000戸と、ある意味では大きな神社ともいえる。 江戸時代は疫病と火事が村人たちにとっては大敵だった。それを鎮めるために牛頭天王(スサノオ)と秋葉権...

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中村区の熊野社はなかなかに立派な神社だ

 中村区の権現通にある熊野社(地図)。茶ノ木公園の一角にその神社はある。 熊野社の北西500メートルほどのところにある若宮八幡社は、明治42年(1909年)に、この熊野社に合祀され、戦後の昭和26年(1951年)に分離独立した。独立後も若宮八幡社の祭神である仁徳天皇はそのまま熊野社の本社で祭られている。 北側入り口にある社号標には、熊野社と若宮八幡社の名が並んでいる。 とても立派な神社だった。若宮八幡社が穴場的...

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中村区のオアシス若宮八幡社

 中村区役所駅すぐ南西にある若宮八幡社(地図)。 大通りから一本入っただけのところにあるにもかかわらず、路地が狭く、車で近くまで行くことができないこともあって、街中なのに境内は別世界のように静かだ。 路地を入り、建物の間を通り抜けた先に目的の神社がある。 若宮八幡社というと、中区栄にある名古屋総鎮守の若宮八幡社がよく知られている。ふたつの神社は特に関係はなさそうだ。 中村の若宮八幡社は、いったん近...

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熱田の七里の渡し跡は名所だけど観光地ではない

 熱田神宮の南、堀川と新堀川の合流点に七里の渡し船着跡がある(地図)。 江戸時代、東海道の宮宿と桑名宿を海路で結んでいた船着き場の発着点だ。 現在は宮の渡し公園などとともに整備され、一応、観光地にするつもりはあるようだ。しかし、近所の人以外、観光で訪れる人は少ない。 地下鉄伝馬町駅(地図)から徒歩10分というのは、人によっては遠いと感じるかもしれない。駐車場はいつも閉まっていて、車をとめることができ...

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青衾神社は住宅地の片隅で小さく生き残った

 熱田神宮境外摂社の青衾神社(あおぶすまじんじゃ)。『延喜式』の神名帳に載る式内社で、名神大社だったのは遠い過去のお話。今は熱田神宮の少し西、住宅街の一角に小さく佇んでいる(地図)。 神社にも浮き沈みの歴史があり、浮くものがあれば沈むものもある。それでもなくならなかっただけよかったという考え方もできる。 祭られているアメノミチヒメは、隣の小学校から聞こえてくる子供たちの声を日々聞きながら何を思って...

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景清社は熱田の町に景清の物語を伝える

 熱田区の熱田神宮から少し南へ行った住宅街の中にある小さな神社。名前を景清社(かげきよしゃ)という(地図)。 景清と聞いてすぐにピンと来る人は歴史好きかゲーム「源平討魔伝」をやったことがある人か、どちらかだろうか。 平景清こと藤原景清ゆかりの神社だ。 詳しいことは神社サイトの景清社のページに書いたのだけど、こういう歴史上の人物にまつわる神社が残されていることはいいことだと思う。アマテラスや応神天皇...

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新栄八王子社は古くて新しい神社

 中区新栄にある八王子社(地図)。千種駅に近いから千種区と思ったら中区だった。 すぐ西にある白山神社とは関係がない。もともとは千種区の鍋屋上野町にあった神社で、昭和18年(1943年)に現在地に移されたという。 社殿は戦後に建て直されたものだろう。まだけっこう新しい。しかし、この神社は思う以上に古い歴史を持っているかもしれない。祭神がクニサツチ(国狭槌尊)というから、元からそうだとすれば、新しい神社とは...

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単色のサンデー料理

 今年の5月はいつもの年より涼しい印象だったのに、後半に入って急に暑くなった。ここ数日は、夏近しといった感じだ。5月くらいはもう少し快適な気候で過ごしたいのだけど。 今日のサンデー料理はいつもと少し違う雰囲気になった。特に狙ったというわけではなく、たまたま結果的にこうなっただけど。なんか色味が薄い。作る前は和食のつもりだったのに、並べてみたら和食とも洋食ともつかない無国籍料理になった。色が単色なのが...

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定点観測 ---冬、春、初夏

 今日は定点観測シリーズをお送りします。 いつもの風景に季節は巡り、日は昇り、日は沈む。 照る日曇る日。 同じ空、同じ光は二度と巡り来ないことを私たちは知っている。 定点観測は続く。 ...

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喜惣治神明社は堤防の上で町と人々を守っている

 名古屋市北区の北西の外れ近くにある喜惣治神明社(地図)。 大山川と合瀬川、新地蔵川の合流点の手前の堤防の上にその神社はある。 この地で新田開拓を推し進めた国枝喜惣治の名を取ってこう呼ばれている。 少し北にある大我麻神社も新田開発にまつわる神社で、田んぼがなくなった今は町を守っている点で、ふたつの神社はよく似ている。 詳しいことは神社サイトの喜惣治神明社のページで。 鳥居前の御神木の楠。 手前の祠...

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熱田の四番町神明社はちょっとユニークな神明社

 熱田区四番にある神明社ということで、四番町神明社(地図)と呼ばれている。 江戸時代に開発された熱田新田に建てられた神社のひとつで、時期的にはここが一番早かったそうだ。 熱田新田は、熱田区から中川区、港区にかけての広大な新田で、一番から三十三番までに区分けされ、それぞれに観音を置いて祀った。今でもその一部が残っている。 四番町神明社は、神明社ではあるのだけど、アマテラスの他にヤマトタケル(日本武尊...

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今の熱田社に三十番神だった頃の面影はない

 熱田区二番にある熱田社(地図)は、ちょっと変わった前身の神社だ。 三十番神というのを知っているだろうか。天台宗を開いた最澄が唐から持ち帰ってきた信仰で、比叡山に祀ったのが最初とされている。 日本各地の代表的な神社から三十柱の神を集めて、一日交替で守護してもらうという考え方だ。昔は三十体の神像なども作られ、それなりによく知られた信仰だった。 明治の神仏分離令のときに禁止されて、この神社も熱田社とし...

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豊田本町はなくなっても神社は残った

 南区の北、現在は内田橋と呼ばれるようになった町に豊田本町神社はある(地図)。 名鉄常滑線の駅名に豊田本町の名前は残るものの、町名としてはもう残っていない。 かつてここは江戸時代の新田開発によってできた土地で、それ以前は海だった。 神社が創建されたのは昭和3年(1928年)と新しい。この地の大地主で熱田伝馬町の溜屋(味噌屋)の主人、堀田清右衛門にちなんで堀田神社と名付けられた。 現在の名前になったのは...

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入り組んだ道の奥の高台にひっそりある田中神明社

 緑区大高城址の近くにある田中神明社(地図)。 MapionにもGoogleマップにも載っていない小さな神社だ。緑区で他の神社を探しているときに、偶然案内看板を見つけて、その存在を知ったのだった。看板がなければ部外者には知りようがない場所にある。 民家の脇を通って階段を登った先の小高い丘の上に小さな祠があり、それが神明社だ。町内が田中ということで田中神明社と呼ばれている。 神明社なのにクニノトコタチ(国常立尊...

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波限神社を読めるだろうか

 熱田区一番にある波限神社(地図)。 普通、この神社を「なぎさ」とは読めないと思う。波限の文字を見て、すぐさま天津日高日子波限建鵜草葺不合命(あまつひこひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)を連想したとしたら、その人はかなりのツワモノだ。そう、この神社名の波限は、ウガヤフキアエズにちなんでいるらしい。 名古屋城築城の石垣を運ぶ工事をしていた加藤清正が建てたという話は、私は信じていない。そのあたり...

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普通でいいサンデー料理

 普通の日曜日。普通のサンデー料理。 普通が一番、なんて考え方はずっと嫌いだったけど、普通も悪くないと思えるくらいにはなった。そう、普通も悪くない。それはもしかしたらとても貴重なものだ。 普通に食事を美味しく食べられることも、本当は当たり前のことじゃない。普通でなくなったとき、普通であった頃がいかにありがたいことだったかを思い知ることになるだろう。 普通に作って、普通に食べる。それがサンデー料理。...

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牛毛神社は堤防の上で地域を守るほのぼの系

 名古屋市南区の南、天白川の堤防上に牛毛神社がある(地図)。 天白川が上流から運んできた砂がたまってできた土地で、かつてこのあたりは海だった。神社の前は牛毛海岸と呼ばれていた。神社名も牛毛村から来ている。 神社向かって右手は天白川で、左手の民家があるところは低くなっている。この先で天白川と扇川は合流し、ほどなく伊勢湾に流れ込んでいる。 創建されたのは戦国時代以前で、津島神社から勧請したのではないか...

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熱田の大瀬子一帯は秋葉社の密集エリア

 熱田神宮(地図)の南西、七里の渡し跡(地図)近くの大瀬子公園一帯に秋葉神社が密集している。道沿いに、ポン、ポン、ポンと5社も並んでいるのはどういうことなのか気になった。 大瀬子公園になっている場所は、かつて魚市場が並んでいたところだ。各地から熱田湊に入ってきて大量の海産物をすべてここで売りさばいていた。当時は大変な賑わいだったという。 魚市場と秋葉神社はあまり関係がなさそうだ。火事にならないよう...

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千年ひと昔千年八幡神社

 熱田区の南端、もう少し南へ行くと港区という場所に千年八幡神社(地図)はある。 千年は歳月の千年ではなく、地名の千年(ちとせ)から来ている。千年続く八幡社というわけではない。 鳥居横の社標の文字が鳥をかたどっている。神の使いか、椋鳥かとか言っていたのだけど、単純に鶴は千年の洒落かもしれない。千年村の地名の由来が鶴から来ているなんて話もある。 新田の守り神として尾張家下屋敷にあった八幡社を移したらし...

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