archive: 2017年03月  1/2

神明社・八幡社合殿よりも杉ノ宮神社といった方が通じる

 名古屋市北区中杉にある神明社・八幡社合殿(地図)。 カッコして杉ノ宮とある。近隣の人は杉ノ宮神社と呼んだりもしているようだ。 名古屋城(地図)から見て東北約1.8キロ。西を通っている旧木曾街道から少し中に入ったところにある。もともとあった神明社は1630年に尾張藩士によって建てられたというけど、その頃はまだここらあたりは屋敷も少ない城下の外れだったんじゃないだろうか。 八幡社はここから300メートルほど西...

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上飯田六所宮も素顔の見えない神社に思える

 名古屋市北部の六所社めぐり。今回訪れたのは上飯田にある六所宮(地図)だった。 街中にある中規模の神社で、なかなか清潔感のあるお宮という印象を受けた。 しかし、いかんせん、ここも六所社の仲間。どういう性格の神社なのか、その正体は不明としか言いようがないことに変わりはないのだった。 ネットやら文献やらに当たってみたけど、創建年や由緒などについてはほとんど分からなかった。お手上げと言っていい。 神社サ...

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川のある風景 ~庄内川と矢田川

 神社写真の息継ぎに、川のある風景をお届けします。 今回も近所の矢田川、庄内川の風景が中心となる。 ...

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江戸から引っ越してきたお稲荷さん

 名古屋市東区の大松町にある稲荷神社(地図)。 ずっと前から何度も横を通ったことはあってその存在は気になっていたのだけど、鳥居をくぐって訪ねるのは今回が初めてだった。『愛知縣神社名鑑』に江戸から18人の村人とともに移ってきた稲荷社とあって、物語を感じた。昔も今も、江戸に上る人もいれば、江戸から下る人もいる。 18人の人たちは名古屋城下の外れに新天地を求めてやってきた。どんな暮らしぶりだったかは想像がつ...

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猪子石神社と大石神社を再訪する

 神社サイトが完成するまではブログの方も神社ネタの割合がかなり高くなる。もう2017年は神社の年とする。やりかけた以上、途中で投げるのは気持ちが悪いから、とにかく区切りがつくまではやることにしたい。 サイトに使う写真は一枚なのだけど、あまりにも前に撮ったものはもう一度撮り直している。そうやって久々に再訪する神社がこのところ増えている。名東区の猪子石神社(地図)と大石神社(地図)もそうだった。 前回訪れ...

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桜が咲いても咲かなくてもサンデー料理

 今日は少しひんやりした雨の一日だった。例年であれば今日あたり名古屋も桜が咲き出してくるところなのだけど、今年は少し遅れている。気候的にまだ桜の季節という感じがしない。来週は多少暖かくなってくるようだから開花宣言は出されるだろう。それでも来週末でもまだ見頃にはならないんじゃないかと思う。今年はのんびり待つことにしよう。 季節は巡っても季節感のないサンデー料理は普段通り変わらない。 タケノコはもう少...

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道行き日々の風景

 神社ネタの間の一服、今日は道行き風景をお送りします。 ...

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東区泉の松山神社は羽黒修験道由来の神社

 名古屋市東区泉3丁目にある松山神社(地図)。 高岳と白壁を結ぶ通りのオオカンザクラ並木から少し東に入った住宅地の中にその神社はある。 外観は普通の民家っぽいので入り口に鳥居がなければ入っていくがを少しためらうかもしれない。 南向きの神社が圧倒的に多くて、たまに東向きの神社もあるのだけど、西向きの神社は珍しい。太陽神を祀るから西向きなのだというのは後付けの説のような気がする。ここは羽黒山の修験者が...

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八王子神社春日神社がくじ引きで決まった運命

 名古屋市北区清水の八王子神社春日神社(地図)。 八王子神社はもともと若宮八幡、天王社とともに名古屋城築城前の那古野庄今市場にあった。名古屋城ができて三の丸となったところだ。 名古屋城築城にともない、城外に移されることになり、くじ引きで名古屋城北東の清水への遷座が決まった。 若宮八幡は城下の南へ移り、天王社だけが城内に残されることになった。 春日神社は昭和46年(1971年)にこの場所に移されてきて、八...

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旧街道沿いの風景

 今日は神社めぐりなどで出会った旧街道の風景をお送りします。 神社はかつての旧街道沿いに建っていることがけっこう多い。なんで大通りから入ったこんな奥まったところあるんだろうと思うと、そこが昔の通り沿いだったりする。旅人たちが往来したかつての風景を想像してみると感慨深くもある。 自転車であちこちをめぐるようになって多くの旧街道と出会うことになった。下調べしてから出向くだけでなく、どこかへの行き帰りに...

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山神社が先でお福稲荷が後、白竜社は追加

 名古屋市北区安井の旧木曾街道沿いにあるお福稲荷、山神社、白竜社。こんもり茂った鎮守の杜の中に仲良く収まっている。 戦国時代、信長の家臣として仕えた浅野長勝などがこの地に安井城を築き、その鬼門の守護として勧請したのが山神社だった。1573年頃というから、信長が足利義昭を追放して室町幕府が滅亡した時期だ。 その室町幕府前期の南北朝時代、北朝の側にいた犬飼頼隆が所領していた土地で、浅野長勝や安井将監などは...

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反応、共感、共有、幸福

 写真は反応だ。反射と言ってもいいかもしれない。 何に反応してカメラを向けるかは人それぞれ。同じ風景を目にしていても意識の中で見えているものは違う。 ときどき、自分と似た写真を撮る人に出会うことがある。それは反応するものが似ているということだ。笑いのツボが同じといった言い回しをすることがあるけどそれに近い。 人は共感を求める。共感することや、共感してもらうことを。 写真は共有されて初めて完成となる...

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変わりたくても変われないサンデー料理

 窓から外を見ると、春霞で風景は白くけぶっていた。冬場はよく見える御嶽山も今日は姿が見ず。少しずつ春が進んでいる。日没時間が夕方6時を回って、日がずいぶん長くなったことを実感する。 来週の今頃は桜が咲き出すというのは本当だろうか。この春はなんとなく肌寒い日が続いていて、まだ桜という気分ではない。それでももう2週間もすれば桜は確実に咲いてくるわけで、さよならとはじめましてが交差する季節もすぐそこだ。 ...

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児子社が綿神社という可能性はなくもない

 名古屋市北区志賀町にある児子社(ちごしゃ)。 たまたま通りかかって寄ってみたら思いがけずいい神社で驚いた。こういう出会いは嬉しい。お気に入りの神社がまたひとつ増えた。『尾張国神社考』の津田正生に言わせると、山田郡綿神社は実はこの神社なんだそうだ。初めは半信半疑だったのだけど、いろいろ調べて考察してみると、ない話ではないと思うようになった。なにより自分の感覚として、この神社はただ者じゃないと思った...

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東区高岳のオオカンザクラ並木風景 2017

 天白区平針の農業センターでしだれ梅を撮ったら次は東区高岳のオオカンザクラ並木というのがここ数年の決まったパターンになっている。 北の白壁交差点付近から南の桜通泉2丁目交差点にかけて、約140本のオオカンザクラ(大寒桜)とカンヒザクラ(寒緋桜)が桜並木を作っている。 昭和36年(1961年)に初めて早咲きのオオカンザクラの木が植えられ、名古屋の春の風物詩としてすっかり定着した。 今年は少し花付きがよくない気...

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川原神社は新旧の要素が融合したきれいな神社

 名古屋市昭和区川名にある川原神社(かわはらじんじゃ)。初めて訪れたのは2006年だから、10年以上の月日が流れていた。 川原神社は弁才天のいる歴史のある神社 私が神社めぐりを始めたのが2005年からだから、最初の頃に行った神社のひとつだ。あの頃は神社について今ほど関心も知識もなく、撮影に関してもさほど自覚的ではなかった。いつかもう一度撮り直したいと思いつつ、再訪までにずいぶん時間がかかってしまった。 あら...

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北区の成願寺のデザインはスタイリッシュで斬新

 名古屋市北区にある成願寺(じょうがんじ)が斬新なことになっている。 近代に創建されたお寺ならともかく、745年に行基が開山したとも伝わる古刹がこのデザインというのが驚く。全面ガラス張りにドーム型の屋根が乗る本堂は特にスタイリッシュだ。 仁王門もガラス張りで、中に仁王像が立っている。 建て替えられる前は普通の外観をしたお寺だった。どうしてこういうデザインで建てることになったのかは分からない。山田重忠...

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天白の針名神社を再訪する

 久しぶりに天白区平針の針名神社を訪れた。前回は何年前だったか覚えていないくらいだ。5年は経っていると思う。 神社サイトで針名神社のことを書いたとき、もう一度行って印象を確かめ直さないといけないと思ったのが再訪の理由だった。 ちょうど農業センターでしだれ梅を撮るタイミングと合ったので、梅撮りの帰りに立ち寄ってきた。 こんな感じだったかなぁと、覚えがあるようなないような、ちょっと不思議な気持ちがした...

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成願寺六所神社もやっぱり分からない神社だった

 名古屋市北区の成願寺六所神社を訪ねた。 住所でいうと安井2丁目になる。 近くにある成願寺から名付けられた成願寺町は、現在矢田川や河川敷、庄内川ゴルフ倶楽部などになっている。 昭和5年(1930年)に始まる矢田川の付け替え工事に伴って、昭和6年(1931年)に六所神社は現在地に移されてきた(成願寺ものちに移転)。 六所神社というと正体不明でやっかいな神社という印象が強い。この成願寺六所神社もそうだった。ここ...

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最後は丸く収まったサンデー料理

 農業センターでしだれ梅を撮ったら、次は高岳の早咲き桜のことが気になりだす。調べたら去年は3月10日に行っている。今年は遅れているようで、まだ3分咲き程度らしい。撮りにいくのは来週の後半になるだろうか。 今日は名古屋ウィメンズマラソンが開催された。今年は行かなかった。2012年に始まって今年で6回目となった。そのうち3回は見にいっている。今年行かなかったのは、見たい選手が出ていなかったというのもある。野口み...

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道行き日常風景

 今日は道行き街の風景をお送りします。 過ぎてゆく日々の中で目に映る風景は、変わらないようでいて変わらないものは何一つないのだ。 ...

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名古屋市農業センターのしだれ梅が遅れて見頃に

 この冬はそれほど寒いという印象はなかったのだけど、いつまで経っても暖かくならないというのはある。しだれ梅が見頃になるまでずいぶんかかった。 名古屋市天白区の名古屋市農業センター。しだれ梅の名所として地元ではよく知られている。 去年は暖冬で2月の終わりには満開になっていたのに、今年は3月10日でもまだ見頃が続いていた。満開は2、3日前だったのだろうけど、今週末でも充分間に合う。 しだれ梅は枝の上の方から...

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大森斎穂社を訪ねていくつかのはてなが残った

 名古屋市守山区。瀬戸街道の八剣交差点を北へ入ったところに、斎穂社という小さなお社がある。 以前から何度となく前を通っていて気にはなっていたのだけど、中まで入っていって参拝したり写真を撮ったりということが一度もなかった。たまたまネットでここのことについて書かれた記事を読んで興味を持った。渋川神社の悠紀斎田に深い関わりのあるところとなればそれはちょっと重要だ。大森八剱神社の境外社でもある。 新嘗祭(...

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川のある風景 ~季節の移ろい

 今日は川のある風景をお送りします。 まだ去年の在庫写真が残っていた。夏から秋にかけて撮ったものの入っている。 川の流れは変わらなくても、川辺の風景にははっきりとした四季がある。何ヶ月か前に自分が撮った写真を見て、季節の移ろいと流れた時間を思い知る。 ...

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北区の大我麻神社は小さな温もりを感じる神社だった

 大井神社へ行った流れで大我麻神社にも足を伸ばした。 北区の北西の外れ、水路を一本越えればそこはもう豊山町だ。 どんな神社かよく知らないまま訪ねていって、思った以上に小さな社だったのだけど、帰るときはなかなかいい神社だなぁと少ししんみりしたような気持ちになった。じんわり温もりの伝わる神社、そんな形容がぴったり来る。 例によって詳しいことは名古屋神社ガイドに書くとして、ここでは写真中心にお届けします...

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名古屋市北区の式内社・大井神社

 名古屋市北区の北の方にある大井神社。『延喜式神名帳』にある尾張国山田郡大井神社がこの神社とされている。 ここが本当に山田郡の大井神社なのかということに関しては、名古屋神社ガイドで書くとして、ここでは写真中心にお届けします。 さほど広い神社ではないものの、古社らしい落ち着きのある空気の中に鎮まっていると感じた。 昭和3年(1928年)に製造された石造の蕃塀。 凝った彫り物といい、なかなか渋くてカッコイ...

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時間があってもなくてもサンデー料理

 少し暖かくなったり、日が長くなったりといったことで季節の移ろいを感じてはいるものの、今シーズンは早春の花もほとんど撮ってないし、そもそも写真を撮りに出る機会自体が減って、季節感が希薄になっている。持ち時間のほとんどを神社サイトの作成につぎ込んでいるからというのがその理由だ。今週末もそれは変わらなかった。 それに伴い、このブログも神社ネタ中心がしばらく続くことになる。写真を撮りにいくにしても、最近...

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日置神社はいい神社だけどそれだけじゃない

 名古屋市中区橘にある日置神社(ひおきじんじゃ)。 最寄り駅は、上前津か大須観音か。『延喜式神名帳』(927年)にある尾張国愛智郡日置神社がこの神社とされる。『尾張国神名帳』には従三位日置天神(貞治本に従一位)とある。 創建についての詳しいいきさつなどは分かっていない。属性としては八幡社なのだろうけど、天太玉命(あめのふとだまのみこと)という馴染みのない神を祀っている。 全国に同名の神社があり、『延...

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山王稲荷神社はいっときの夢幻の跡

 闇之森八幡社の北300メートルほどのところに古渡稲荷神社がある。 神社の北を走っている山王通の名称は、この神社が由来になっている。 かつてこの通りは小栗街道と呼ばれていた。それ以前は鎌倉街道だった道だ。 東西を走る小栗街道と、南北を走る美濃路(本町通)が、神社の少し北東、古渡交差点あたりで交差していた。『尾張名所図会』に描かれた古渡稲荷社は広々とした境内を持つ立派な神社だ。境内で芝居が行われていた...

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くらがりの森といわれた闇之森八幡社も今は昔

 名古屋市中区正木の闇之森八幡社(くらがりのもりはちまんしゃ)。 街としては古渡ということになるだろうか。金山駅と東別院駅と尾頭橋駅を結んだ三角形の中に位置している。 今回訪れたきっかけは、名古屋十名所のうちのひとつだからという理由だった。 これまでにもいくつかこのブログで紹介した。1924年(大正13年)に新愛知新聞社(現中日新聞)が選定したもので、熱田神宮、名古屋城、笠寺観音、闇ノ森、榎ノ権現、櫻田...

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