月別:2016年07月

記事一覧
  • 夏も進むサンデー料理

    OLYMPUS E-M5 + OLYMPUS 60mm F2.8 MACRO 各地で夏の祭りやイベントが開催されている。今年も私は足を運ぶことがなさそうで、少し寂しい思いをしている。一番よく行っていたのは3、4年前になるだろうか。そのときに一通り回ったからもういいという気持ちもどこかにある。8月の終わりのどまつりだけは行くことになるだろうけど。 サンデー料理は今週もいつもの通り。今のところ暑さによる夏バテとか食欲減退とかは感じていないの...

    2016/07/31

    料理(Cooking)

  • 写真ノート<31> ---キーワードは緊張感

    OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4 いい写真とそうでない写真の違いは何か。悪くはないんだけどもう一歩という写真があり、下手じゃないけどぐっと来ない撮り手がいる。何が足りないのか。どうすればいいのか。あきりたりな写真から脱却するには何をどう変えればいいのだろう。 その問いかけに対する決定的な答えは誰も持っていない。それぞれが試行錯誤の中から答えらしいものを見出していくしかない。 私が考えるひと...

    2016/07/30

    写真ノート(Photo note)

  • 道行き風景 ~街のメッセージ

    OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4 今日は道行き風景をお送りします。 街が発信するメッセージに気づいて、少しだけ足を止めてみる。それは重要なサインではないかもしれないけれど、ささやかな主張ではある。そんなものはきっと、誰も写真に撮ったりしないだろうから、せめて私が撮っておこう。発信されたメッセージには受け手が必要だから、受け取りましたの返信の代わりに。 ...

    2016/07/29

    日常写真(Everyday life)

  • すいどうみち緑道を自転車でいってみる

    OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4 名古屋市の水道水は美味しいとよく言われる。それは木曽川から直接水を取り込んでいるせいだ。犬山市の取水施設から千種区の鍋屋上野浄水場までの約23キロを太い水道管でつないでいる。おかげで名古屋市民は美味しい水道水を飲むことができ、水不足とも無縁でいられるというわけだ。 水道管が通っている上は、一部がすいどうみち緑道として散策路や公園などに整備されている。春日井市...

    2016/07/28

    施設/公園(Park)

  • 春日井市の小さな神社めぐり

    OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4 今日は春日井の神社めぐりシリーズ、小さな神社編をお送りします。 春先に回った神社ネタの在庫写真がまだ残っている。二本立てをしないとなかなか出し切れないのだけど、そのうちネタ切れも起こしそうなので、隙を見つけて出していくことにしたい。 ここは山神社。確か柏原町だったと思う。 この表記の神社はけっこうあって、山・神社(やまじんじゃ)なのか、山神・社(やまがみし...

    2016/07/27

    神社仏閣(Shrines and temples)

  • 名古屋と近郊で食パンをめぐる旅 ---パン・ド・ジャルダン/ラ ロアール/ヤギュウ

    OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4 名古屋と近郊で食パンをめぐる旅シリーズ。今回は名古屋市内で評判のいい3軒のパン屋さんを紹介します。 まず最初は、東区の赤塚にある「パン・ド・ジャルダン(Pain de jardin)」さんから。 場所は徳川2丁目、赤塚交差点北東、神明社のすぐ北側にある。国道19号線沿いなので分かりやすいと思ったのだけど、少し引っ込んだところにあるせいで気づかず通り過ぎていた。赤い壁と明倫ゼ...

    2016/07/26

    パン屋(bakery)

  • 7月の海上の森でトンボ撮り

    OLYMPUS E-M5 + OLYMPUS 60mm F2.8 MACRO ちょっと久しぶりの海上の森行き。 そろそろサギソウが咲き出しているかもしれないと湿地へ行ってみるもまだ早かった。一輪も咲いていない。やはり8月に入ってからか。 ハッチョウトンボは今年もけっこう生まれていた。当然のようにいるけど、変わらず毎年同じ場所にいることは当たり前じゃない。野生の虫や花は、いつ突然いなくなってもおかしくない。 この日は夏の定番で湿地コース...

    2016/07/25

    森/山(Forest/Mountain)

  • 焼きギョーザに失敗するサンデー料理

    OLYMPUS E-M5 + OLYMPUS 60mm F2.8 MACRO 今日のサンデー料理はアイディア不足で食材不足、緑も不足と、いろいろ足りないサンデーだった。 気持ちの中のメインはギョーザだった。しかし、あえなく失敗。写真右上のやつがそうだ。普通に焼きギョーザを作ろうとしたのに水餃子の出来損ないみたいになってしまった。考えてみるとこれまでギョーザ作りに成功したことが一度もないことに気づく。レシピは読んでいるのだけど、たいてい...

    2016/07/24

    料理(Cooking)

  • 写真ノート<30> ---写生と描写と説明の違い

    OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4 写真における写生と描写と説明の違いを考えてみる。 非難めいた批評として「絵はがきのよう」というのと、「説明的すぎる」という言い回しがよく使われる。目の前の風景を見たまま写したのが写生で、状況を詳しく伝えようとあれもこれも欲張って写してしまうと説明的になる。一般的にどちらもよくない写真とされることが多い。 では描写とは何か。文章における描写とは、物事の有り様...

    2016/07/23

    写真ノート(Photo note)

  • 私的写真集選手権のことと今月のフォトコン

    OLYMPUS E-M5 + OLYMPUS 60mm F2.8 MACRO「フォトテクニックデジタル 2016年8月号」で、第5回私的写真選手権の講評座談会の様子が載っている。 審査を担当した小林幹幸氏、松田忠雄氏、北条俊正氏の三人の写真家とフォトテクニックデジタル編集長の藤井貴城氏の四名が楽しそうに審査している様子が伝わってくる。あんなに楽しそうな審査会というのも他にはちょっとないんじゃないか。 応募作品が65点ということもあって、みなさ...

    2016/07/22

    フォトコン・写真(Photo Contest)

  • 鳥のいる風景

    OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4 / OLYMPUS 75-300mm 鳥を撮るというと野鳥の人と思われがちだけど、必ずしもそうではない。 鳥が飛ぶ空の風景が好きでよく撮っている。それは鳥を撮っているといえばそうだけど、空が主役のことも多い。じゃあ鳥は必要ないかといえばそうではない。そこに鳥がいることが重要なのだから。 人は飛行機を発明したけど、空はいまだ鳥たちのものだ。昔からずっと変わらない。鳥のように空...

    2016/07/21

    野鳥(Wild bird)

  • 道行き夏の風景

    OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4 今日は道行き夏の風景をお送りします。 梅雨が明けて、明日から学校は夏休みに入る。暑い夏がまたやってきた。 特別なことは何もなくても、今年の夏は一度きりだ。今年の夏にしか撮れない写真を撮ろうと思う。 ...

    2016/07/20

    日常写真(Everyday life)

  • 神社仏閣こぼれ写真あれこれ

    OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4 神社めぐりや近所の散策をしている中で、メインどころではない寺社仏閣の写真を撮ることもよくある。そういう写真は一回分のネタになることはないので在庫としてたまっていくだけで、なかなか使いどころを見いだせずにいた。そこで、一度まとめて出してしまうことにした。春先に撮ったものもあるので、季節感はちょっとずれている。 まずは大永寺から。 場所は、JR中央本線・新守山駅...

    2016/07/19

    神社仏閣(Shrines and temples)

  • 道行き人のいる風景 ~「a life 2」に向けて

    OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4 今日は道行き人のいる風景をお送りします。「a life」を完成させて以降、しばらくの間、人を撮れなくなっていたのだけど、ここ最近少しずつまた撮れるようになってきて、「a life 2」を作ろうかという気持ちになってきた。フジコンの応募締め切りが10月末だから、フォトブックを作る期間を考えると9月いっぱいくらいまでには写真を揃える必要がある。どうせ作るなら前作を超えなければ...

    2016/07/18

    日常写真(Everyday life)

  • イカステーキがメインのサンデー料理

    OLYMPUS E-M5 + OLYMPUS 60mm F2.8 MACRO 今日のメインはイカステーキという名前で売られているイカを料理したものだった。イカステーキは料理名でなく食材の名前なのか? そもそも何イカなんだろう。などという疑問は飲み込んで、素直にイカステーキでイカステーキを作った。 マグロとサーモンと鯛の3つでローテーションを回すのも限界がある。メインになる魚をもう少し発掘して増やしていきたいところだ。サンデー料理のマン...

    2016/07/17

    料理(Cooking)

  • 写真ノート<29> ---被写体には何があるか

    OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4 まず被写体がなければ写真は始まらない。写真以前に被写体はなく、写真とともに被写体は生まれた。絵におけるモデルと写真における被写体は別物だ。絵は無からでも生み出せるけど写真はそうはいかない。被写体は、撮られる対象であると同時に概念でもある。 さて、何を被写体にするか、それが問題だ。 とりあえず思いつく限り被写体となるものを挙げてみる。 四季で移り変わる風景、...

    2016/07/16

    写真ノート(Photo note)

  • 遠望シリーズ ~夕景夜景

    OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4 / OLYMPUS 75-300mm 2016年も半分過ぎたのに、まだ去年の写真を使い切れずに在庫になっているものがある。その中のひとつが遠望シリーズだ。ネタ切れになったら出そうと思っていたら機会を失っていた。今ネタ切れかといえばそうではなく、神社やパン屋の写真もたくさん在庫があるのだけど、いいかげん出しておかないと丸々一年前の写真も出てきたりしそうなので、今日は遠望シリーズを...

    2016/07/15

    街(Cityscape)

  • 道ばたの落ちもの風景

    OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4 今日は道ばた風景シリーズ。落ちものを中心にお送りします。 今回の写真は春から初夏にかけて撮ったものが多い。道ばた風景にも季節感が出るから、少し季節外れのような感じも受ける。 このとき落ちていたものたちは、もはやひとつとしてそのままではない。時間は流れ、季節は移ろっていく。 ...

    2016/07/14

    日常写真(Everyday life)

  • 花井探嶺というコンクリ仏師がいた ~小幡緑地の御花弘法大師

    OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4 / OLYMPUS 9-18mm / 60mm F2.8 小幡緑地本園を訪れたことがある人でも、その一番奥に御花弘法大師と呼ばれる大きめの弘法大師像があることを知っている人は少ないんじゃないだろうか。私も存在だけはちらっと見聞きして知っていたのだけど、実際に訪れたのはこの日が初めてだった。 尾張旭の退養寺に厄除大師と呼ばれる大きな弘法大師像がある。そちらは二度ほど訪れたことがある。 ...

    2016/07/13

    神社仏閣(Shrines and temples)

  • 瀬戸・赤津方面の風景

    OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4 / OLYMPUS 9-18mm 今日は雲興寺の行き帰りに撮った瀬戸・赤津の風景をお送りします。 名鉄瀬戸線の終着駅・尾張瀬戸駅を過ぎて、深川神社前の参道前を通り、東古瀬戸町交差点を右折して、赤津方面へ向かう。東へ向かう212号線は、だらだらと続く上り坂で、自転車にはきつい。東海環状道の高架下をくぐれば、雲興寺はもう近い。そのまま進むと戸越峠があり、峠を越すと豊田市に入る。そ...

    2016/07/12

    旅/散策(Stroll)

  • 春日井市柏井町の八幡社を訪ねる

    OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4 今回紹介するのは、春日井市の柏井町にある八幡社だ。 少し前に下街道を行くシリーズをやった。この神社はその通り沿いにある。 春日井郵便局の西、勝川小学校の東隣で、勝川駅からも歩いていける距離だ。裏手に国道19号線が走っているのだけど、19号線沿いからは見えなかったような気がする。このあたりはよく通っているのに、ここに神社があることは知らなかった。 社殿が少し変わ...

    2016/07/11

    神社仏閣(Shrines and temples)

  • 少し夏野菜のサンデー料理

    OLYMPUS E-M5 + OLYMPUS 60mm F2.8 MACRO 梅雨の合間のよく晴れた日曜日。いつもと変わらない日曜日の一日。また巡りくるサンデー料理。 夏だからといって特別なものを作ることはないのだけど、夏野菜は少し意識をする。今週はオクラとトウモロコシにちょっとだけ夏を感じた。作る料理自体にはこれとった夏らしさはない。「マグロとオクラの甘辛」 酒、みりん、しょう油、ショウガ、塩、コショウのタレにマグロをつけて、半生ま...

    2016/07/10

    料理(Cooking)

  • 写真ノート<28> ---写真断想(3)

    OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4 シャッターを押すという行為の刹那に関していえば、それは反射だ。何かに触発されて撮れと脳が命令し、指がボタンを押す。 しかし、写真は反応がすべてかといえばもちろんそんなことはない。人は考えて撮っている。 大事なのはそこに至るまでの思いであり、積み重ねた時間だ。どれだけ考え、どれだけ思い、どれだけ見たかが写真に表れる。大げさに言えば、それまで培ってきた全思想の...

    2016/07/09

    写真ノート(Photo note)

  • 雲興寺の赤津焼瓦屋根を撮りたくなったから

    OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4 / OLYMPUS 9-18mm 瀬戸市の奥、赤津地区を越えた先に雲興寺はある。 初めて訪れたのは、2005年か2004年だったと思う。ブログを遡ると2006年と2011年に訪れている。いずれも紅葉の季節だ。今回でたぶん5、6回目だと思うけど、夏場に訪れたのは初めてのような気がする。紅葉もいいけど、緑トンネルの参道もなかなかいい。 自転車で行くと坂道をえっちらおっちら漕いで1時間45分。そうち...

    2016/07/08

    神社仏閣(Shrines and temples)

  • 東山植物園便り ---7月はじめの花とトンボ

    OLYMPUS E-M5 + OLYMPUS 60mm F2.8 MACRO 7月はじめの東山植物園。前回からまた少し間が空いてしまった。季節は進み、初夏から夏本番へ。6月の花をあまり撮れないまま7月になった。 花のピークは春で、そこからだんだん少なくなっていくことを実感するのが7月だ。夏は意外と撮るものがない。その代わり、トンボの季節がピークを迎えた。トンボが一番多く飛ぶのは8月ではなく7月だ。 セミの鳴き声が少しずつ大きくなってきた。 ...

    2016/07/07

    植物園(Botanical garden)

  • 名古屋と近郊で食パンをめぐる旅 ---ATUTA BAKERY/ベーカリー・ベック/ぱんBOX

    OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4 名古屋と近郊で食パンをめぐる旅シリーズ。今回は近所にある3軒のパン屋さんを紹介します。 まず最初は、名東区野間に今年の5月にできたばかりの「ATUTA BAKERY(アツタ・ベーカリー)」さんから。 ポルカさんのご主人の後輩が新しく店を出したというので、どんなもんだろうと行ってみた。 場所は名東消防署のすぐ西側だから分かりやすそうな気がするのだけど、実際に行ってみると目...

    2016/07/06

    パン屋(bakery)

  • 道行き街の風景

    OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4 / OLYMPUS 9-18mm 気がつくと6月の花も終わっていた。今年は季節の花をずいぶん撮り逃している。7月も進む。 梅雨の間にもう少し雨も撮っておきたいのだけど、今年の梅雨はあまり雨が降らない。降るときは降るけど、梅雨時らしい雨じゃない。もっとしっとりした雨ならいいのに。 そうこうしてると梅雨も明けて、学校は夏休みに入る。7月のこの時期は嫌いじゃない。夏本番を待つ気分は...

    2016/07/05

    日常写真(Everyday life)

  • 長久手方面へ向かう

    OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4 / OLYMPUS 60mm F2.8 6月後半のある日、ふらりと長久手方面に自転車を走らせた。大草のハスの下見と、アマサギを撮るという目的もあった。 空は梅雨時のどんよりした白灰色だった。香流川沿いをゆっくり行く。 この日はまだハスの花はあまり咲いていなかった。曇り空の午後ということがあったにしても、まだ大部分はつぼみの状態だった。7月に入ってだいぶ咲き進んだんじゃないかと思...

    2016/07/04

    旅/散策(Stroll)

  • 八龍神社を訪ねてみる

    OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4 / OLYMPUS 9-18mm 八竜湿地の奥に八龍神社がある。奥というのは南入口から入ったときのことで、北入口からだと入ってすぐということになるのだけど、いずれにしても緑地の中にその小さな神社はある。 神社は小型の円墳の上に建っているのだという。言われなければ気づかない。いつ誰がどうしてここに神社を祀ったのか、詳しいことは分からない。志段味古墳群からは少し離れている。違...

    2016/07/04

    神社仏閣(Shrines and temples)

  • ココナッツオイルを導入したサンデー料理

    OLYMPUS E-M5 + OLYMPUS 60mm F2.8 MACRO 気がついたら今年も半分終わっていた。季節は本格的な夏へ。今年の夏もまた暑くなりそうだ。 6月はなんだかはっきりしない月だった。梅雨前線と同じように私の心も停滞気味だった。7月に入って気分一新となるかどうか、今のところまだその兆しはない。早く梅雨は明けてもらってスカッとした青空を見たい。 今週のサンデー料理もいつもの感じに終始した。ひとつあらたな要素として、ココ...

    2016/07/03

    料理(Cooking)

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夏も進むサンデー料理

料理(Cooking)
サンデー料理

OLYMPUS E-M5 + OLYMPUS 60mm F2.8 MACRO



 各地で夏の祭りやイベントが開催されている。今年も私は足を運ぶことがなさそうで、少し寂しい思いをしている。一番よく行っていたのは3、4年前になるだろうか。そのときに一通り回ったからもういいという気持ちもどこかにある。8月の終わりのどまつりだけは行くことになるだろうけど。
 サンデー料理は今週もいつもの通り。今のところ暑さによる夏バテとか食欲減退とかは感じていないのはありがたい。去年の今頃は尿管結石に苦しめられていたのを思い出す。
 7月も今日で終わり。明日からは8月だ。夏も過ぎてゆく。



サーモン

「いつものサーモン」
 安定した美味しさで間違いがない。切り分けてソースを作るだけだから、料理をした実感は薄い。



パプリカ入りジャガイモとエビ

「パプリカ入りジャガイモとエビのココナッツオイル炒め」
 パプリカの黄色がジャガイモの色に同化してしまった。こういう場合、パプリカだけ別に茹でてあとから混ぜ合わせた方がいいのかもしれない。
 ココナッツオイル炒めも今やすっかり定着した。



ふわふわ卵とトマトソース

「豆腐と茸入り卵のトマトケチャップソースがけ」
 溶き卵、絹ごし豆腐、マイタケ、カタクリ粉、鶏ガラだし、塩を混ぜ合わせて、オリーブオイルで蒸し焼きにする。
 ソースは、トマト、酒、みりん、しょう油、鶏ガラだし、オリーブオイル、ケチャップを煮詰めて作る。
 味はよかったけど見た目がもうひとつだ。卵をどういうふうに焼けば見た目もきれいな仕上がりになるのだろう。そこに改善の余地がある。
 

写真ノート<31> ---キーワードは緊張感

写真ノート(Photo note)
歩道橋と夏空と日傘

OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4



 いい写真とそうでない写真の違いは何か。悪くはないんだけどもう一歩という写真があり、下手じゃないけどぐっと来ない撮り手がいる。何が足りないのか。どうすればいいのか。あきりたりな写真から脱却するには何をどう変えればいいのだろう。
 その問いかけに対する決定的な答えは誰も持っていない。それぞれが試行錯誤の中から答えらしいものを見出していくしかない。
 私が考えるひとつの重要なキーワードがある。それは、緊張感だ。いい写真には緊張感がある。言い方を換えれば、駄目な写真には緊張感がない。
 やや曖昧な概念であり感覚的な緊張感というキーワードを手がかりに、今回はいい写真とはどういうものかを考えてみたいと思う。

 一般的に言って、無駄のない画面構成になっている写真はある種の緊張感を持つ。いろんな要素がゴタゴタしてなくてすっきり整理されていると人はそう感じるようにできているらしい。ちょうどよく片付いた部屋がそうであるように。
 余計なものが写り込んでいたりすると人は気が散って集中力が途切れる。そうなると緊張感がない写真に感じられる。緊張感というのは写真が持つものであると同時に鑑賞者側の意識の問題でもある。
 更に言えば、優れた構図の写真は緊張感がある。これも逆に言えば、構図が破綻してないがゆえに鑑賞者の意識も崩れないからそう感じるということだ。
 緊張感というのは、必ずしも緊迫した場面を捉えなければいけないとかそういうことではない。いかにして鑑賞者の集中力を途切れさせないかが鍵となる。

 具体的に画面の緊張感を生み出すにはどういう方法があるかといえば、やり方はいくつか考えられる。
 まずはよく言われるように無駄を省くことだ。余計なものは写り込ませない。背景や周辺にも気を遣って、できる限り整理整頓することが大切だ。場合によっては、レタッチ作業の段階でゴミや余分なものを消すという作業も必要になる。
 レタッチということでいえば、トリミングもまた有効な手段だ。以前も書いたように、トリミングした方がいい写真になるなら迷わずやった方がいい。極端に言えば、世の中の写真の8割はもっとトリミングすべきだと思うし、トリミングすることでもっと良くなるんじゃないかと感じる。
 被写体にぐっと寄ることもひとつの手段だ。鑑賞者の意識を一点に集中させることで写真と受け手の緊張感を高めることができる。マクロレンズを使うべきならそうすればいいし、広角レンズでめいっぱい寄り切るのもありだ。
 前ボケというテクニックもある。それもまた、画面の中で見て欲しい部分に鑑賞者の目と意識を持っていく役割を果たす。
 風景写真なら意識的に前景を作ることで画面に奥行きを与え、緊張感を出すことができる。
 そういったテクニックはひけらかすためではなく、効果をしっかり狙った上で発揮すべきだ。
 モノクロ化することで余計な情報をそぎ落とすやり方もある。

 緊張感といっても一種類ではなく、様々な種類、いろいろな形の緊張感がある。
 祭りのクライマックスを動的に写す緊張感があれば、長時間露光による静かな緊張感もある。
 風神雷神図屏風の緊張感があれば、大はしあたけの夕立の緊張感もある。モナリザの緊張感があり、ひまわりの緊張感がある。
 いい写真はいい絵画に似ている。写真と絵画の違いは、写真の場合、すべてを自分で決められないことだ。無から有を生み出すことはできず、そこにあるものしか撮れない。画面上の線や色を全部決めなくてもいい分、責任は軽い。それゆえ、絵画ほど完璧な緊張感を生み出すことは難しいとも言えるのだけど。

 緊張感がない写真が絶対駄目かといえばそうではない。心がふわっとする写真や、笑える写真、気持ちが和む写真もまた、鑑賞者を退屈させないものだ。ゆるかわ写真にガチガチの緊張感は必要ない。ただ、それでも点と点、線と線を結んだ緊張の糸みたいなものは必要だ。ふんわりした雰囲気のハイキー写真であっても、構図がいい加減なら、たんにゆるいだけの写真になってしまう。
 緊張感はひとつのキーワードであり、重要な要素ではあるけど、それがすべてではないことは言っておきたい。
 要するに画面を構成する上で無自覚にならずに撮影者の意図を持って写真を作ることが大切ということだ。鑑賞者の意識をコントロールしなければいい写真にはならない。人の目を引きつける写真、意識を引き込む写真、それを撮るにはどうすればいいのかを考えて撮らなければならない。
 写真なんて簡単に考えればカメラを向けてシャッターボタンを押すだけで誰にでも撮れる。しかし、写真はいったん考え始めると、決めなくてはいけない要素があまりにもたくさんあって途方に暮れてしまいがちだ。でも、そこであきらめてしまうとその先へ行けなくなってしまう。算数をあきらめたら数学へは進めず、数学を投げてしまえば物理へ行けないように。
 頑張って乗り越えなければいけない。
 感覚といったものは、理論や理屈や思考の向こう側にあるもので、何度も言うけど、写真は決して感覚だけで撮られるべきものではないのだ。
 写真の核が見えるようになるまで、勉強と実践を積み重ねていくしかない。いい写真に至る近道はない。
 

道行き風景 ~街のメッセージ

日常写真(Everyday life)
緑道と壊れた傘

OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4



 今日は道行き風景をお送りします。
 街が発信するメッセージに気づいて、少しだけ足を止めてみる。それは重要なサインではないかもしれないけれど、ささやかな主張ではある。そんなものはきっと、誰も写真に撮ったりしないだろうから、せめて私が撮っておこう。発信されたメッセージには受け手が必要だから、受け取りましたの返信の代わりに。



カフェ サン




砂場に忘れられた水鉄砲




シティ・ヘブン




夏休みの塾の生徒たちの自転車




猫の紹介




山尾しおり




枯れた供え花




指乗せ子供カマキリ




魔の右折




パチンコ店建設反対の看板

 

すいどうみち緑道を自転車でいってみる

施設/公園(Park)
すいどうみち緑道公園

OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4



 名古屋市の水道水は美味しいとよく言われる。それは木曽川から直接水を取り込んでいるせいだ。犬山市の取水施設から千種区の鍋屋上野浄水場までの約23キロを太い水道管でつないでいる。おかげで名古屋市民は美味しい水道水を飲むことができ、水不足とも無縁でいられるというわけだ。
 水道管が通っている上は、一部がすいどうみち緑道として散策路や公園などに整備されている。春日井市にある通りは桜並木が有名で毎年のように出向いているのだけど、守山区のすいどうみち緑道はほとんど通ったことがなかった。そのことをふと思い出して、一度端から端まで自転車で走ってみようということになった。
 緑道となっているのは、庄内川の南から矢田川の北までの約2.5キロの区間だ。廿軒家小学校の西を出発点として、まずは北上してみる。
 今池のあたりにもすいどうみち緑道があって桜並木にもなっているのだけど、あそこは鍋屋上野浄水場よりも南側だから、取水パイプではなく配水パイプの道ということかもしれない。
 写真は二回分を一回にまとめている。最初に訪れたのは7月の前半で、まだアジサイが咲き残っていた。二度目は7月の終わりで花はサルスベリに変わっていた。
 自転車でいくにもなかなかいい道で、これからはちょくちょく訪れようと思った。来年の桜も見てみたい。



アジサイと自転車の少年たち




天王社らしき社




アジサイと黒猫




道路と交差する緑道




畑を耕す農家さん




百日紅の花




野球部帰りの少年




野良猫たち




稲が育つ




桜並木の7月

 

春日井市の小さな神社めぐり

神社仏閣(Shrines and temples)
山神社

OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4



 今日は春日井の神社めぐりシリーズ、小さな神社編をお送りします。
 春先に回った神社ネタの在庫写真がまだ残っている。二本立てをしないとなかなか出し切れないのだけど、そのうちネタ切れも起こしそうなので、隙を見つけて出していくことにしたい。
 ここは山神社。確か柏原町だったと思う。
 この表記の神社はけっこうあって、山・神社(やまじんじゃ)なのか、山神・社(やまがみしゃ)なのか、どっちなのだろうとずっと思っていた。実は両方違う。読み方は「さんじんじゃ」が正解らしい。
 祭神はオオヤマツミ(大山津見神)。名前の通り山の神とされることが多いのだけど、同時に海の神でもあるのだとか。軍艦島の端島神社でもオオヤマツミを祀っている。イザナギとイザナギの子供とされるも、実態はよく分からない。
 大山祇神社や三嶋神社も同系列の神社のようだ。



山神社境内社

 いくつかの神社が合祀されている。情報が少なく、詳細は不明。



境内の石仏




道ばたの社




津島神社

 津島神社だったか、違ったか。



小さな社




通りすがりの社




公園の中にある秋葉社

 秋葉社だったと思う。



駐車場脇の社




道ばたの神社と石仏

 町に点在する小さな社や祠に、人々の信仰心や願いを見ることができる。そんな小さなお社めぐりはこれからも続く。
 

名古屋と近郊で食パンをめぐる旅 ---パン・ド・ジャルダン/ラ ロアール/ヤギュウ

パン屋(bakery)
パン・ド・ジャルダン店外観

OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4



 名古屋と近郊で食パンをめぐる旅シリーズ。今回は名古屋市内で評判のいい3軒のパン屋さんを紹介します。

 まず最初は、東区の赤塚にある「パン・ド・ジャルダン(Pain de jardin)」さんから。
 場所は徳川2丁目、赤塚交差点北東、神明社のすぐ北側にある。国道19号線沿いなので分かりやすいと思ったのだけど、少し引っ込んだところにあるせいで気づかず通り過ぎていた。赤い壁と明倫ゼミナールが目印だ。
 駐車場はなさそうだった。東から一方通行の道を回り込んで、店の北側に少しとめておけそうではある。
 jardinはフランス語で庭という意味だから、直訳すればパンの庭というのが店名ということになるだろうか。
 テーラテールのような高級志向の店を想像していたら、意外にも庶民派の町のパン屋さんだった。オープンは2013年というからけっこう新しい。



パン・ド・ジャルダン食パン

 値段は大きめサイズの半分で360円+税だから、安くもなく高くもなくか。わりと色白系の食パンだ。
 角食パンということでキメが細かい。それでももっちりというよりは軽めの食感で、口どけもいい。香りや甘さは控えめで、多少物足りなくもないけど、優しくて飽きのこない感じで好感が持てる。
 特化した部分はないスタンダード食パンの優等生といったところだろうか。

 パン・ド・ジャルダンのFaceBook 
 お店の地図
 8時~18時半
 定休日 第1・第3火曜日・水曜日



ラ・ロアール店舗外観

 続いては、千種区車道の「LA LOIRE (ラ ロアール)」さん。
 最寄り駅は地下鉄桜通線の車道駅で、東山線やJR中央本線の千種駅からも遠くない。
 店の場所を説明するのは難しい。車道駅から南へ住宅街の中を入っていったところにあって、偶然発見できるような場所にはない。目印となる交差点や建物もないので、地図を頼りに行くしかないと思う。
 駐車場はなさそうだけど、店の横にとめていいのだろうか。
 店名はフランスのロアール川から取っていると思われる。ロアール地方かもしれない。
 主婦の方がやっている店なのかと思っていたら、わりとベテラン風のおやっさんが対応してくれたから、やはりあの方がご主人なのだろう。
 朝の7時半から夜の7時までというのは長い営業時間だ。何時に起きて仕込みをやられているのだろう。



ラ・ロアール食パン

 これで半斤サイズになるのだろうか。値段は270円プラス税。個人的には小さいサイズの方が買いやすいので助かる。
 全体的に安めの値段設定のようだ。
 この食パンはごく軽い食感に特徴がある。これだけさくっとした歯ごたえの食パンはあまりない。もちもち食パンを好む人も多いようだけど、私はこういう軽い食感の方が好きだ。
 風味、甘みは控えめでほのかに香る。もう少し小麦の風味がはっきりしていてもいいのかなと思うけど、そのあたりは好き嫌いが分かれるところだろう。

 お店の地図
 7時半~19時
 定休日 日曜日



ヤギュウ店舗外観

 3軒目は「ヤギュウ (YAGYU)」さん。
 場所は千種区田代本通で、最寄り駅は覚王山駅になるのだろうけど、そこから歩くには少々遠い。
 現在、店が入っているマンションが大がかりな工事を行っている。店を見落としそうになった。
 駐車場はないので、店の前に路上駐車ということになってしまう。
 もともとは北区橘に店があって、そのときの店名はカッツェだったようだ。ヤギュウという店名がどこからきているのかは分からない。



ヤギュウ店舗外観を道を隔てて見る

 道を隔てて見てみる。工事はまだ始まったばかりのようで、これはしばらくかかりそうだ。
 店はこぢんまりしていて中も狭い。しかし、なかなかの人気店である。



カンパーニュ

 行ったときは食パンが売り切れていた。せっかく行ったし、ここまではなかなか行かないので代わりになるものを何かと思って選んだのがカンパーニュだった。田舎風のフランスパンのようだ。
 側は固い。焼いても固いままでサクッとはならない。中身はもっちりというかしっとりというか、良くも悪くも重たい食感だ。
 香ばしさと旨みが凝縮していて、食パンとはまったく違っている。噛むほどに味わい深い。
 こういうパンが好きな人の気持ちも理解できるけど、個人的にはやっぱり日本の食パンが好きだ。
 評判のいい店だし、一度はここの食パンを食べてみたい。工事が終わって落ち着いた頃を見計らってもう一度行ってみよう。

 お店の地図
 9時~19時
 定休日 日曜・月曜日
 

7月の海上の森でトンボ撮り

森/山(Forest/Mountain)
ハッチョウトンボ

OLYMPUS E-M5 + OLYMPUS 60mm F2.8 MACRO



 ちょっと久しぶりの海上の森行き。
 そろそろサギソウが咲き出しているかもしれないと湿地へ行ってみるもまだ早かった。一輪も咲いていない。やはり8月に入ってからか。
 ハッチョウトンボは今年もけっこう生まれていた。当然のようにいるけど、変わらず毎年同じ場所にいることは当たり前じゃない。野生の虫や花は、いつ突然いなくなってもおかしくない。
 この日は夏の定番で湿地コースを歩いた。虫も花も少なくて、収穫はあまりなかった。今年はセミが少ないような気もする。鳴いている声が小さいし姿も見かけなかった。気温が例年と比べて少し低めということもあるだろうか。
 湿地の池で飛んでいるトンボ撮りをしていると、また今年も夏がやってきたのだなと実感する。いいのが撮れても撮れなくても、夏の海上の森はやっぱりいいものだと再認識したのだった。



赤池




ギンヤンマ




ハッチョウトンボ飛び姿




水面模様




チョウトンボ




トノサマガエル

 また行こう、海上の森。
 

焼きギョーザに失敗するサンデー料理

料理(Cooking)
サンデー料理

OLYMPUS E-M5 + OLYMPUS 60mm F2.8 MACRO



 今日のサンデー料理はアイディア不足で食材不足、緑も不足と、いろいろ足りないサンデーだった。
 気持ちの中のメインはギョーザだった。しかし、あえなく失敗。写真右上のやつがそうだ。普通に焼きギョーザを作ろうとしたのに水餃子の出来損ないみたいになってしまった。考えてみるとこれまでギョーザ作りに成功したことが一度もないことに気づく。レシピは読んでいるのだけど、たいてい焼き加減が上手くいかずに失敗する。ギョーザは簡単そうで難しい。
 自分では料理は苦手でもないし得意でもないと思っている。趣味でもないし日常でもない。上手いか下手かでいえば下手ではないけど上手くもない。そんな中途半端な状態が何年も続いていて成長が止まったままだ。何が足りないのかといえば何もかもが足りない気もする。
 料理なんて簡単で誰でもできる。でも、誰でも字は書けるけど上手な字を書ける人間は限られているように、上手な料理を作れる人間もまた限定されているのかもしれない。それでも、もうちょっと上手になりたい気持ちはいつでも持っている。
 そんなことを思う11年目のサンデー料理人なのであった。



マグロのトマトソース

「マグロのグリル焼きトマトソースがけ」
 マグロは塩、コショウ、酒を振って、魚焼きグリルで半生まで加熱する。
 トマトソースは、トマト、酒、みりん、しょう油、塩、コショウ、オリーブオイル、ケチャップ、鶏ガラだし、水を煮詰めただけの簡易版。



野菜と鶏肉卵とじ

「野菜と鶏肉炒めの物卵とじ」
 具材は、タマネギ、ニンジン、鶏肉、ブロッコリー。
 オリーブオイルで炒めて、酒、みりん、コンソメの素、塩、コショウで味付け。
 最後に卵を加えてとじる。



焼きギョーザ

「焼きギョーザの水餃子風」
 これが失敗ギョーザ。原型をぎりぎりとどめているものの、形も崩れている。
 あんは、エビ、キャベツ、ショウガ、塩を混ぜ合わせたシンプルなもの。
 焼きギョーザはまた挑戦したい。天ぷらとギョーザと卵焼きは、私にとってずっと続くテーマかもしれない。そのうちのひとつでもいつかマスターできるだろうか。
 

写真ノート<30> ---写生と描写と説明の違い

写真ノート(Photo note)
洗濯ばさみ

OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4



 写真における写生と描写と説明の違いを考えてみる。
 非難めいた批評として「絵はがきのよう」というのと、「説明的すぎる」という言い回しがよく使われる。目の前の風景を見たまま写したのが写生で、状況を詳しく伝えようとあれもこれも欲張って写してしまうと説明的になる。一般的にどちらもよくない写真とされることが多い。
 では描写とは何か。文章における描写とは、物事の有り様をなるべくそのまま表現することをいう。写真は目にするものをそのまま写すしかないからすべて描写になるのではないかといえばそうとも言えない。写真の描写と文章の描写は別のものと考えた方がいいかもしれない。
 たとえば目の前に黄金色に実った田んぼ風景が広がっているとする。見たままを俯瞰で撮ればそれは写生だ。稲に近づいてアップで撮れば描写になりそうな気がするけど説明的かもしれない。この場合、描写とするには稲刈りをしている農家の人を写すという手がある。そうすれば単なる写生ではなくなるし、説明的でもなく、描写でありながら説明以上に伝えることができるのではないか。
 野球の試合の場合なら、球場全体を写せば写生で、ピッチャー、バッター、キャッチャーを内野スタンドで横から写すと説明的になる。描写するなら審判の目線から撮るか、あるいは(無理を承知で言うと)マウンドの後ろからピッチャー越しにバッターとキャッチャーを写すことができれば描写になるだろう。
 いい写真を撮りたければ描写することを心がけるべきだと私は考えている。

 優れた曲は優れた描写で成り立っている。

 笑って話せるね
 そのうちにって握手した
 彼のシャツの色がまぎれた人混み
 バスは煙残し
 小さく咳こんだら
 目の前が滲んだ黄昏

松任谷由実「青春のリグレット」


 これなどは非常に優れた描写のよい例だ。わずか6行の短い文章で、ふたりの関係性と別れの場面を鮮やかに描ききっている。感情などの余計なことを説明していない。

 安いダンスホールは たくさんの人だかり
 陽気な色と音楽と煙草の煙にまかれてた
 ギュウギュウづめのダンスホール
 しゃれた小さなステップ
 はしゃいでおどり続けてる おまえを見つけた

尾崎豊「ダンスホール」


 これは尾崎豊が16才以前に書いた曲だ。何かのインタビューで、「メッセージは物語の背後に隠した方が伝わりやすい」と答えている。尾崎豊は10代にして誰にも教わることなく描写の本質とそれが持つ力を知っていた。
 上質の描写は説明よりもずっと饒舌だ。それは写真にも同じことが言えるのではないか。

 写真における描写のキーワードとして物語性というものがある。何故描写でなければならないのかの答えもそのあたりにありそうだ。
 写真に写っている場面の状況を説明することは必要だ。何が言いたいのか分からない写真は見る側としては戸惑ってしまう。とはいえ、説明しすぎると鑑賞者の気持ちがしらける。そのあたりの加減が難しくもあり、撮影者の技量ということになる。
 単純に言えば、シーンを撮ることだ。たとえば、列車の中の彼氏と窓越しのホームに彼女がいて互いに手を振っているシーンを撮ったなら、それは紛れもなく描写だ。それ以上説明しなくても状況は伝わる。あるいはそれが説明的すぎると感じたなら、出ていった列車とホームに残された彼女の後ろ姿を同時に写し込むのでもいい。その方がより描写的といえるかもしれない。
 説明的すぎるということをもう少し詳しく書くと、祭りで神輿を担いでいるシーンを撮るとき、つい欲張ってまわりの群衆と絡めて神輿全体を撮ってしまいがちだけど、それをやってしまうと説明的になりすぎる。その場合は、神輿を担いでいる誰か一人にスポットを当てて、その人物のアップを中心に構図を作ると描写的になる。そういうことだ。
「映画のワンシーンみたい」というのは、写真に対する褒め言葉としてしばしば用いられる。
 すべてを描きすぎないことで鑑賞者の想像の余地を残すことが描写することの意味であり、それがつまりは物語性ということにつながっていく。
 もうひとつ言うと、描写は撮影者としての感情を排除するものでもある。撮り手の感動や美意識を鑑賞者に押しつけてはいけない。受け手はすべてを与えられることだけで満足する存在ではない。写真は撮り手と受け手が共有し、協力して作り上げるものだ。

 分かりすぎる写真はつまらないし分からなすぎても共感できない。そこは描写の加減ということになるのだけど、受け手の好みもそれぞれだから一概に正解がどうだとは言えない。私は描写こそが最上だと信じているけど、それもまた絶対ではない。人によっていい写真の価値基準は思っているよりも開きがあって溝は深い。
 今回の話にしても、万人向けの内容だとは思っていない。
 ただ、写真における写生と説明と描写の違いというのは、誰にとっても一度は考えていいテーマではないだろうか。
 偶然頼みで結果オーライの写真から脱却するするためには、撮る以前の確かな理論が必要だ。写真は感覚だけで撮るものでは決してないと思うのだ。
 

私的写真集選手権のことと今月のフォトコン

フォトコン・写真(Photo Contest)
私的写真集選手権

OLYMPUS E-M5 + OLYMPUS 60mm F2.8 MACRO



フォトテクニックデジタル 2016年8月号」で、第5回私的写真選手権の講評座談会の様子が載っている。
 審査を担当した小林幹幸氏、松田忠雄氏、北条俊正氏の三人の写真家とフォトテクニックデジタル編集長の藤井貴城氏の四名が楽しそうに審査している様子が伝わってくる。あんなに楽しそうな審査会というのも他にはちょっとないんじゃないか。
 応募作品が65点ということもあって、みなさん何度も目を通しているようだ。実はそれだけでもかなりありがたいことだと思うのだ。一枚写真ではなく写真集をプロの写真家や編集長が真剣に見てくれる機会などそうめったにあるものではないから。
「サヨナラノオト」についても話題にしてもらっている。なるほどそういう見方なのかとか、それは嬉しい言葉だとか、でももう一歩踏み込んで欲しかったとか、いろいろ思うところはあった。単純に好きと言ってもらえることが案外嬉しかったりする一方で、せっかくならもっと辛口の批評をしてもらった方が今後につながるのにと思ったりもした。写真展に行ければ直接話しをすることができるかもしれない。
 回を重ねるごとにレベルが上がっているというのは社交辞令ではないだろう。フォトブックを作ることが一般に浸透したのはここ数年のことだ。写真集は作ってみないと上手くならないもので、個人レベルでいっても1冊目より2冊目、2冊目よりも3冊目の方がいいものができる。この選手権の知名度が少しずつ上がって応募点数も増えていることが全体のレベルを押し上げているということもあるだろう。
 私も2年続けて入ったとはいえ、来年も安泰とはいかない。更にいいものを作らないと入選は難しい。

 Photogeni annexのサイトで作品の一部を紹介していただいているので、よかったら見てやってください。



読者投稿ギャラリー

 同じく「フォトテクニックデジタル 2016年8月号」の読者投稿ギャラリー<ネイチャー・風景部門>で、「流れ落ちる」が次点。
 フォトテクニックデジタルの次点は入選扱いなのだけど、何ももらえないので入選の実感は薄い。それでも入らないよりはずっといい。
 これは瀬戸の岩屋堂で瀬戸大滝を撮った一枚だ。シャッタースピードは4秒なのだけど、三脚に立てているわけではなく、ND8とC-PLを重ねて付けた上で、手持ちで流し撮りをしている。投稿のときに説明書きを付けなかったから選者さんはそう思わなかったようだ。
 滝の流れ落ちる速度に合わせて上から下へ向けてカメラを振っている。そうすることによって両脇や背景が省略されて水の表情だけが残る。このやり方は面白くて、毎回違う結果になるので何度もやったのを覚えている。遠くにある有名な大きい滝じゃなくてもやれるから一度試してみると楽しいと思う。

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鳥のいる風景

野鳥(Wild bird)
一羽が行く空

OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4 / OLYMPUS 75-300mm



 鳥を撮るというと野鳥の人と思われがちだけど、必ずしもそうではない。
 鳥が飛ぶ空の風景が好きでよく撮っている。それは鳥を撮っているといえばそうだけど、空が主役のことも多い。じゃあ鳥は必要ないかといえばそうではない。そこに鳥がいることが重要なのだから。
 人は飛行機を発明したけど、空はいまだ鳥たちのものだ。昔からずっと変わらない。鳥のように空を飛びたいとは思わない。空くらいは鳥たちのためであっていい。
 鳥たちにしてみれば、地上に人間がいてもいなくてもあまり違いはないのかもしれない。少なくとも空を飛んでいる間は。

 今日は鳥のいる風景をお送りします。



電線にとまる鳥たち




カラスが飛ぶ




鳩たち




三羽鴉




池のカモたち




アオサギとカワウ




電線のムクドリと半月




飛ぶコサギ




カワウ飛翔




夕空をいく鳥たち

 

道行き夏の風景

日常写真(Everyday life)
ヒマワリとジャンクション

OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4



 今日は道行き夏の風景をお送りします。
 梅雨が明けて、明日から学校は夏休みに入る。暑い夏がまたやってきた。
 特別なことは何もなくても、今年の夏は一度きりだ。今年の夏にしか撮れない写真を撮ろうと思う。



城山の田んぼ夏風景




小幡緑地と少年自転車




庭先の枯れアジサイ




名古屋大学芝生広場




ひっくり返るクマゼミ




平和公園桜の園の7月




電線に引っかかった風船




煙突と洗濯物




道を渡る猫




香流川とウスバキトンボの群れ

 

神社仏閣こぼれ写真あれこれ

神社仏閣(Shrines and temples)
大永寺

OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4



 神社めぐりや近所の散策をしている中で、メインどころではない寺社仏閣の写真を撮ることもよくある。そういう写真は一回分のネタになることはないので在庫としてたまっていくだけで、なかなか使いどころを見いだせずにいた。そこで、一度まとめて出してしまうことにした。春先に撮ったものもあるので、季節感はちょっとずれている。

 まずは大永寺から。
 場所は、JR中央本線・新守山駅の少し北東で、大永寺町という地名はこのお寺から来ている。
 創建は1190年というから、なかなかの古刹だ。
 ところで、我々の世代は「いいくにつくろう鎌倉幕府」と習ったから、鎌倉時代の始まりは1192年と信じて疑っていない。しかし、近年の研究によって鎌倉時代の始まりは1185年というのが定説とされているようなのだ。源頼朝が征夷大将軍に任命されたのが1192年で、守護地頭を設置する権利を認められたのが1185年ということで、実質的な鎌倉幕府の始まりは1185年になるのだとか。今の学校ではそう教えているらしい。そもそも、私たちがよく知っている源頼朝とされる肖像画も、実は別人という説が有力視されているというから驚く。教科書も毎年のように書き換えられているから、歴史の一般常識とされていることも疑ってかかる必要がありそうだ。
 大永寺はもともと小幡に山田重忠が創建した寿昌院が始まりとされる。1521年に末裔の岡田重頼が再興して大永寺と名をあらためる。
 しかし、戦火で消失。1617年に岡田善同が名古屋城築城の際に余った木材をもらってきて現在地に再建した。
 お堂は鐘楼をのぞいて平成8年に改築されている。
 かつてこのあたりに大永寺城があったといわれているけど、資料も遺構は残っておらず、場所は特定されていない。



大栄

 守山区の竜泉寺近くにある強巴林(チャンバリン)
 かつては日本唯一のチベット仏教寺院を自称していたのだけど、最近は日本初の本格的なチベット仏教寺院と言いあらためている。どこかからクレームが入ったのかもしれない。
 とにかくユニークな存在の寺院であることは確かなので、お近くの方はぜひ自身の目で確かめ、体験されることをおすすめしたい。
 
 名古屋のチベット守山区は正真正銘日本のチベットだった



眞清田弘法大師

 千種区覚王山の日泰寺の中なのか外なのか微妙なところにある小さなお社。眞清田弘法大師というそうなのだけど、詳しいことはよく分からない。近くにあるはずの山神社を探していたときにたまたま見つけた。
 日泰寺はタイからお釈迦様の仏舎利を贈られたときに建てられた寺院(明治37年)なので、神仏習合の歴史はない。
 かつて真清田神社に祀られていた御神体を、明治の神仏分離令を受けてこちらに移したのだとか。
 隣には龍関係の神様も祀られている。
 山神社はこのとき、結局見つけられなかった。



日泰寺



御嶽神社

 尾張旭をうろついていたときに出会ったささやかな御嶽神社。
 駐車スペースのような場所の隅っこの方にあった。



御嶽神社と木

 元山之神社と彫られた石柱があったところをみると、かつてはちゃんとした境内を持つ神社だったのかもしれない。
 尾張旭を適当にぶらついているときにたまたま見つけたところなので、もう一度行けと言われても場所が分からない。



上野天満宮

 梅が咲いていた頃の上野天満宮。
 ここの前はよく通るものの、中まで入っていって参拝するのは年に一度か二度だ。でも、外から眺めるのはけっこう好きだ。



柏井稲荷神社

 春日井の鳥居松町にある柏井稲荷神社
 立派な朱塗りの鳥居がある。
 しかし、門が閉まっていて中に入れない。



慈眼寺

 柏井稲荷の隣にある慈眼寺
 慈眼寺というと、東京都豊島区にある同名の神社を思い出す。芥川龍之介の墓があるお寺だ。
 はじめ小牧にあったものを江戸時代中期にこの地に移したそうだ。



津島神社

 守山区の瀬戸街道沿いにある小さな社。
 朱塗りの見た目からして津島神社か天王神社だろう。
 小幡のあたりだったと思うけどはっきり覚えていない。



金峰大神社

 瀬戸市の水野にある金峰大神社
 民家の庭のような空き地のような場所に居候のように置かせてもらっているといった風情だ。
 御嶽神社と同じく御嶽山信仰の神社だと思う。



本地ヶ原神社

 本地ヶ原神社はこれまで何度か訪れている。

 こんなところにあったのか本地ヶ原神社---尾張旭神社巡り5弾

 神社仏閣こぼれ写真は、今後シリーズ化していくことになりそうだ。
 

道行き人のいる風景 ~「a life 2」に向けて

日常写真(Everyday life)
夏を歩く

OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4



 今日は道行き人のいる風景をお送りします。
a life」を完成させて以降、しばらくの間、人を撮れなくなっていたのだけど、ここ最近少しずつまた撮れるようになってきて、「a life 2」を作ろうかという気持ちになってきた。フジコンの応募締め切りが10月末だから、フォトブックを作る期間を考えると9月いっぱいくらいまでには写真を揃える必要がある。どうせ作るなら前作を超えなければ意味がないし、そうなるともう一年時間をかけた方がいいのかとも思いつつ、とりあえず作る方向でいくことにした。
 ただ道行く人を撮るだけでは面白くない。やはり何らかのシーンでなければいけない。その人なり、その場所なり、その状況なりの物語に出会いたい。
 シャッターチャンスにぶつかるまで、とにかくうろつき回るしかない。いつどこへ行けば必ず撮れるというたぐいの写真ではないし、粘るが勝ちとも言い切れない。運が良ければ家を出て5分で撮れることもあるし、5時間うろついて一枚も撮れないこともある。
「a life」、それは自分自身にとっての人生の一片でもある。



ベンチにオヤジさんふたり




道の端を歩く人




自転車坂道を行く




アジサイを撮るひと




橋の上に座るひと




自転車ですれ違い撮り




川遊びをする子供たち




工事現場の高所で作業する職人




河原の道をゆく老夫婦




会社帰りのおじさんたち

 

イカステーキがメインのサンデー料理

料理(Cooking)
サンデー料理

OLYMPUS E-M5 + OLYMPUS 60mm F2.8 MACRO



 今日のメインはイカステーキという名前で売られているイカを料理したものだった。イカステーキは料理名でなく食材の名前なのか? そもそも何イカなんだろう。などという疑問は飲み込んで、素直にイカステーキでイカステーキを作った。
 マグロとサーモンと鯛の3つでローテーションを回すのも限界がある。メインになる魚をもう少し発掘して増やしていきたいところだ。サンデー料理のマンネリを打開するのは、調理方法ではなく食材だと思う。いや、食材は変わっても味付けは変わらないから、たいして変化はないといえばそうかもしれない。しょう油ベースのタレからは永久に抜け出せないだろう。




イカステーキ

「イカステーキと野菜の甘酢だれ」
 イカステーキだけでは寂しいから、タマネギ、トマト、ピーマンの炒め物で彩りを加えた。
 タレは、酒、みりん、しょう油、オリーブオイル、ココナッツオイル、酢、塩、コショウで作った。



木綿豆腐の湯豆腐

「薬味たっぷり湯豆腐」
 暑い季節も冷や奴より湯豆腐の方が好きだ。絹ごし豆腐の方が好みだけど、気分によっては木綿豆腐が食べたくなる。
 タレは、めんつゆベースに、ショウガや唐辛子などを加えて作った。
 薬味として、オクラ、長ネギ、大葉、かつおぶしをたっぷりかけた。



野菜とソーセージのスープ

「野菜とソーセージのコンソメスープ」
 コンソメスープはちょっと久しぶりかもしれない。やはり何かひとつ汁物があった方が全体のバランスがよくなる気がする。
 

写真ノート<29> ---被写体には何があるか

写真ノート(Photo note)
空一面

OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4



 まず被写体がなければ写真は始まらない。写真以前に被写体はなく、写真とともに被写体は生まれた。絵におけるモデルと写真における被写体は別物だ。絵は無からでも生み出せるけど写真はそうはいかない。被写体は、撮られる対象であると同時に概念でもある。
 さて、何を被写体にするか、それが問題だ。

 とりあえず思いつく限り被写体となるものを挙げてみる。
 四季で移り変わる風景、桜を代表とする季節の花。紅葉。山や川や海などの自然。湖や渓谷や滝。空や星景。虫などの生物。水中の生物たち。野生動物や野鳥。木や植物。
 観光写真。国内なら京都、北海道、沖縄など特色のあるところから、東京、大阪、横浜、神戸、鎌倉など。世界各国の多様さ。
 都会と郊外と田舎。旧街道の名残や高層ビル群、古い日本家屋。昭和の名残。神社仏閣や教会。城。旧跡。廃墟。
 橋や高架道路やダムなどの建造物。
 鉄道や飛行機や車、バイクなどの乗り物。レースや航空際。スポーツ。
 イベントもの、祭り、花火、季節の風物詩。夜景。ステージ。結婚式。
 食べ物や小物などのブツ撮り。インテリア。ペット。
 人物ならスナップやポートレート。ヌード。
 家族写真に記念写真、集合写真。
 手法としてのドキュメンタリー。特殊な撮影方法としての空撮やダイビングによる海中写真。例外的な場所としての戦場など。
 学校や病院、仕事場など、一般人が所属する場所でも通常カメラが入らない場所での撮影となるとやや特殊なものとなる。個人的な密着ドキュメンタリーなどもそうだ。
 状況、日時、特別な出来事。
 雨や雪、虹、雷などの気象。
 あるいは心象風景。
 特定の部分を切り出したラインやフォルム。色彩。抽象的な表現。
 被写体というのは必ずしも写す対象そのものに限定されるわけではない。
 ひとくちに空を撮るといっても、撮れる写真は多種多様で、それぞれ意味や目的は違っている。空を見ることと空を撮ることは根本的に違う行為だ。

 何を撮っていいのか分からないという人がけっこういる。撮りたいものがないなら写真なんかやらなくてもいいではないかと切り捨ててしまうほど写真は単純なものではない。撮るものは分からなくても写真は撮りたいと思うならその思いは勘違いでも気のせいでもない。何を撮ったらいいのかは、写真をやる人間にとって根源的で永久的なテーマに違いない。プロの写真家でもそうだ。
 まだ撮ったことがないものに挑戦してみるというのは、ひとつの解決方法だと思う。その中で自分のテーマと出会えるかもしれない。多くの人にとって、撮ったことがあるものよりもまだ撮ったことがないものの方が圧倒的に多いはずだ。
 撮りたいものを撮りたいように撮っていいのがアマチュアの特権だ。プロのように制約はない。ただ、制約がないゆえに何を撮っていいか分からなくなってしまう面があるのは確かで、そういう場合は、以前にも書いたけど軸足を置く位置を決めてしまうという方法論を提案したい。自分のホームポジションを決めるように、何かひとつのテーマなり被写体なりに決めて、それを軸にしてしまう。その上で、もう一方の足を自由にどちらにも踏み出せるようにしておけば、撮影姿勢が決まりやすいし、写真に奥行きと広がりが出るように思う。迷ったときに戻っていけるホームがあれば心強い。それは撮影地でもいいし、自分なりのルールでもいい。
 私が個人的にアドバイスを求められたとしたら、人を撮るようにすすめる。人を撮るアプローチ方法はそれぞれでいい。ポートレートのように人と対峙するだけが人を撮ることではない。撮る人がいなければ自分を撮るという手もある。絵画に自画像という分野があるように、写真はもっとセルフポートレートがあってもいい。
 人を撮ることは簡単でもあり、難しくもある。被写体としての力が強いから誰でもある程度魅力的な写真が撮れる。けど、並み以上の写真を撮ろうとするととたんに難易度が上がる。人を撮ることにゴールはなく、人を撮ることを極めることは至難の業だ。だからこそ挑戦しがいがある。

 撮りたいものが分からないとしたら、それは撮るものがないのではなく、自分のための被写体にまだ出会ってないだけだ。探しながら撮り、撮りながら探すしかない。
 

遠望シリーズ ~夕景夜景

街(Cityscape)
名古屋駅方面ビル風景

OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4 / OLYMPUS 75-300mm



 2016年も半分過ぎたのに、まだ去年の写真を使い切れずに在庫になっているものがある。その中のひとつが遠望シリーズだ。ネタ切れになったら出そうと思っていたら機会を失っていた。今ネタ切れかといえばそうではなく、神社やパン屋の写真もたくさん在庫があるのだけど、いいかげん出しておかないと丸々一年前の写真も出てきたりしそうなので、今日は遠望シリーズをやっておくことにした。
 75-300mmの望遠レンズが壊れたままになっているけど、意外と困らないものだ。ときどき、ああ、遠望が撮れないなと思うことはあるものの、なければないで過ぎていく。レンズは50mm換算の25mm単焦点が一本あればだいたいなんとかなる。マクロレンズは替えがきかないけれど。



名駅方面夕焼け空




黄昏色の空とビルのシルエット




登り始めて間もない赤い満月




東山方面の夕景と上弦の月




かすむ名古屋駅前ビル群




夕陽を浴びる黄金色の住宅




山のシルエットと夕焼け空




日没瀬戸方面と月




沈む夕陽と尾張旭の町並み




平和公園から見る名古屋駅方面風景

 

道ばたの落ちもの風景

日常写真(Everyday life)
ビニール傘とツタの壁

OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4



 今日は道ばた風景シリーズ。落ちものを中心にお送りします。
 今回の写真は春から初夏にかけて撮ったものが多い。道ばた風景にも季節感が出るから、少し季節外れのような感じも受ける。
 このとき落ちていたものたちは、もはやひとつとしてそのままではない。時間は流れ、季節は移ろっていく。



木に帽子




古いプッシュホンの電話




道に葱坊主




草むらの中に




ジャビットプリントのボール




道に帽子




ピンクの縁取りの軍手




赤いリボン




スカーフか何か




黒ネクタイ

 

花井探嶺というコンクリ仏師がいた ~小幡緑地の御花弘法大師

神社仏閣(Shrines and temples)
弘法大師像

OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4 / OLYMPUS 9-18mm / 60mm F2.8



 小幡緑地本園を訪れたことがある人でも、その一番奥に御花弘法大師と呼ばれる大きめの弘法大師像があることを知っている人は少ないんじゃないだろうか。私も存在だけはちらっと見聞きして知っていたのだけど、実際に訪れたのはこの日が初めてだった。
 尾張旭の退養寺に厄除大師と呼ばれる大きな弘法大師像がある。そちらは二度ほど訪れたことがある。
 浅野祥雲コンクリ像は尾張旭の山の上に人知れずどんと立つ
 それぞれ尾張三大弘法と呼ばれるもののうちのひとつで、もうひとつは尾張旭印場の良福寺にある。
 コンクリ像といえば浅野祥雲の専売特許のようなものと思っていたら、どうやらそうではなかったようだ。この御花弘法大師の作者は花井探嶺(はないたんれい)という。
 三重県菰野(こもの)の出で、本名は坂倉芳五郎。兄の鉄二郎も左官職人から仏師になった人で、地元の見性寺の阿弥陀如来座像を作ったことで知られている。鏝(コテ)とヘラのみで仏像を作る名人だったそうだ。末弟の芳五郎は最初、兄から手ほどきを受け、左官屋として出発したのち、常滑で陶芸の修行をしたり、外国に渡って彫刻の勉強をしたりしたという。帰国後、花井探嶺と名乗り、セメントやコンクリートで仏像などを作る仏師になった。
 中村区の白王寺にある十一面観音菩薩(中村観音)などが代表作として伝わっている。
 浅野祥雲は珍スポット紹介などでたびたび登場してけっこう知名度が上がっているけど、花井探嶺の名を知る者は多くない。このふたり、ほぼ同時代の人で、花井探嶺が1879年(明治12年)の生まれで、浅野祥雲が1891年(明治24年)生まれということで、花井探嶺の方がひとまわり上だ。ただ、浅野祥雲のコンクリ仏師デビューが40歳近くと遅咲きだったこともあり、ふたりの活動時期は重なっている。花井探嶺によって御花弘法大師が作られたのが昭和7年で、浅野祥雲の厄除大師は昭和6年のことだった。ちなみに、中村観音の完成が昭和8年というから、この時期はかなり精力的に制作していたことが分かる。

 そもそもどうしてにわかにコンクリ仏像ブームのようなものが起きたかといえば、昭和4年(1929年)に瀬戸電気鉄道が小幡駅から龍泉寺への支線・龍泉寺鉄道を敷く計画を立てたことに始まる。
 龍泉寺一帯を一大レジャースポットにして観光客を呼び込み、鉄道を流行らせようと考えたらしい。その目玉として、守山区を中心に隣の尾張旭市と春日井市に「蓬莱七福神」と「尾張三大弘法」を作ることにしたのだった。
 鉄道の計画は結局実現しなかったものの、尾張三大弘法は作られることになり、花井探嶺や浅野祥雲に依頼がいったという経緯のようだ。良福寺の開運大師はまだ実物を見たことがないのだけど、写真で見る限り花井探嶺作の可能性が高そうだ。
 御花弘法大師の開眼供養は昭和7年4月20日に行われ、2千人を超す人々が参列したという。
 その後、昭和のはじめは参拝客が大勢詰めかけ、子供たちが遠足で訪れるなど、大いに賑わったそうだ。
 ただ、昭和14年に瀬戸電気鉄道が名古屋鉄道に合併され、名鉄瀬戸線となってからは弘法ブームは去り、訪れる人もだんだん少なくなっていったという。



点在する石仏

 周辺の雑木林の中には多くの石仏が点在している。ちょっと岩崎御嶽山っぽい雰囲気もあるけど、あちらほどおどろおどろしくはない。
 弘法大師像以前に、この地は龍泉寺が管轄する松ヶ丘と呼ばれる境外地で、大正5年(1916年)に御花弘法八十八ヶ所が作られていた。四国の縮小版みたいなものだ。首が取れたり、欠けたりしている石仏はそのときの名残ということになるのだろう。
 龍泉寺表参道弘法堂裏や御嶽神社周辺、龍泉寺墓地の南、駐車場の西にも、それまで散らばっていた石仏が集められている。
 さらに江戸時代まで遡るという話もある。



石仏




弘法像




弘法像正面

 御花弘法大師は、弘法像にしては珍しく座像で、高さは十六尺というから5メートル弱ということになる。台座も同じくらいの高さで、あわせると10メートル近くになる。
 鉄筋コンクリート造りで、後ろに回ると中が空洞なのが分かる。
 まず鉄筋で骨組みを作って、コンクリートで塗り固めつつ、コテとヘラで造形していったものと考えられる。その技法は独自のもので、花井探嶺は弟子にも教えなかったという。そういえば浅野祥雲も一代限りで、後継者と呼べるような仏師は出ていない。
 あるいは、すでに忘れられてしまったコンクリ仏師が他にも少なからずいたのだろうか。
 彫り物に比べると細部の造形が甘いように見えてしまうけど、コンクリートで作っていることを考えると、相当高度な技法を駆使しているに違いない。



天燈鬼立像

 崩れかけている天燈鬼立像。奈良の興福寺にある国宝の天燈鬼・龍燈鬼立像を模したものと思われる。だとすると、反対側には龍燈鬼立像があるはずだけど、崩れ去ってしまったようで残っていない。
 邪鬼はたいていの場合、四天王像に踏みつけられていることが多い。このように立っている像は、燈籠を担いだり頭の上に乗せて、仏前を照らす役割を与えられている。



地蔵さんと猫




台座の彫り物

 台座の彫りもなかなか凝っている。これも花井探嶺の作だろう。兄の鉄二郎は左官屋時代、鏝絵の名手だったそうだから、花井探嶺にとってもこれくらいはお手の物だったに違いない。



彫り物の獅子




野良猫

 小幡緑地は猫の多いところだけど、この周辺は特にたくさんいた。地域猫としてみんながお世話をしている。



弘法像のスケール感

 こんなところ誰も訪れないだろうと思いきや、私が滞在した30分くらいの間に何人もの人たちが入れ替わり立ち替わりやってきていた。今は龍泉寺に代わって地域の人たちが怠りなく手入れをしているようだ。参拝に訪れる人もいた。

 浅野祥雲ブームに続いて花井探嶺ブームも訪れるかといえば、それはちょっとないかもしれない。浅野ワールドのようないい意味でのアクの強さや派手さに欠ける分、面白みがないからだ。ただ、花井探嶺というコンクリ仏師がいたことは覚えておいていいように思う。像もあちこちに残っているようだから、意外な場所で出会うことになるかもしれない。
 個人的には近いうちに良福寺も行って、尾張三大弘法を制覇しておきたい。あと、春日井駅や勝川にも大きな弘法さんはいるから、そちらも行かねばなるまい。
 

瀬戸・赤津方面の風景

旅/散策(Stroll)
深川神社参道

OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4 / OLYMPUS 9-18mm



 今日は雲興寺の行き帰りに撮った瀬戸・赤津の風景をお送りします。
 名鉄瀬戸線の終着駅・尾張瀬戸駅を過ぎて、深川神社前の参道前を通り、東古瀬戸町交差点を右折して、赤津方面へ向かう。東へ向かう212号線は、だらだらと続く上り坂で、自転車にはきつい。東海環状道の高架下をくぐれば、雲興寺はもう近い。そのまま進むと戸越峠があり、峠を越すと豊田市に入る。そのあたりは、猿投山の北の麓でもある。



ツバメの巣




何かの建物




丘の上に建つ建物




丸ポストのある風景




赤津地区の町並み




三角錐屋根の家




岩組




東海自然道




水たまり




雲興寺三門より




長屋と洗濯物

 

春日井市柏井町の八幡社を訪ねる

神社仏閣(Shrines and temples)
柏井町八幡社

OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4



 今回紹介するのは、春日井市の柏井町にある八幡社だ。
 少し前に下街道を行くシリーズをやった。この神社はその通り沿いにある。
 春日井郵便局の西、勝川小学校の東隣で、勝川駅からも歩いていける距離だ。裏手に国道19号線が走っているのだけど、19号線沿いからは見えなかったような気がする。このあたりはよく通っているのに、ここに神社があることは知らなかった。



拝殿

 社殿が少し変わった造りになっているように感じたのは、拝殿と授与所と社務所が屋根付きの廊下で横に連結された格好になっているからだ。渡り廊下がなければ特別変わった造りというわけではない。
 もともと下條村にあったものを1671年にこの地に移したという記録が残っているそうだ。江戸時代前半なら八幡神社としてはまずまず古い方といえるだろう。
 下條村とは現在の下条町のことだろうか。だとしたら、ここから南東へ少し行ったところだ。
 1699年に社殿が再建され、大正3年に近くの八幡社と神明社を合祀して現在に至っている。今の社殿はそれほど古いものではないように思う。
 祭神は当然ホンダワケ(応神天皇)だ。八幡社と神明社はたいてい面白いエピソードとかがないので、書くことがあまりない。



授与所

 授与所が開いていて神職さんか巫女さんが常駐しているようだ。



手水舎




境内社鳥居

 境内社に天神社、秋葉社、津島社がある。



境内社鳥居





社殿の彫り物




社殿




春日野部屋稽古場

 裏手に春日野部屋稽古場があった。名古屋場所のときは春日野部屋がこの神社を宿舎として使っているようだ。
 現在の師匠は元関脇の栃乃和歌 (とちのわか)で、幕内の力士としては栃ノ心や栃煌山などがいる。



境内の雑木林

 

少し夏野菜のサンデー料理

料理(Cooking)
サンデー料理

OLYMPUS E-M5 + OLYMPUS 60mm F2.8 MACRO



 梅雨の合間のよく晴れた日曜日。いつもと変わらない日曜日の一日。また巡りくるサンデー料理。
 夏だからといって特別なものを作ることはないのだけど、夏野菜は少し意識をする。今週はオクラとトウモロコシにちょっとだけ夏を感じた。作る料理自体にはこれとった夏らしさはない。



マグロとオクラ

「マグロとオクラの甘辛」
 酒、みりん、しょう油、ショウガ、塩、コショウのタレにマグロをつけて、半生まで加熱する。
 オクラを塩ゆでにして、刻み長ネギと一緒に食べる。



ジャガイモとソーセージ

「ジャガイモとソーセージとエリンギのココナッツオイル炒め」
 ココナッツオイルが気に入って、料理に使ったり、トーストに塗ったりしている。香ばしくてしつこくない風味がいい。



コーンのかき揚げ

「コーンとタマネギとニンジンのかき揚げ」
 生のトウモロコシを使ったかき揚げ。
 かき揚げは意外と難しい。なかなかカリッと揚がらない。今回もちょっとべたっとしてしまった。油の温度を保つのが難しいのと、揚げる時間がいまひとつよく分からないのが失敗の要因だ。
 またかき揚げは挑戦したい。コーンのかき揚げももっと上手く揚げられればもっと美味しくなるはずだ。
 

写真ノート<28> ---写真断想(3)

写真ノート(Photo note)
空に浮かぶビニール袋

OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4



 シャッターを押すという行為の刹那に関していえば、それは反射だ。何かに触発されて撮れと脳が命令し、指がボタンを押す。
 しかし、写真は反応がすべてかといえばもちろんそんなことはない。人は考えて撮っている。
 大事なのはそこに至るまでの思いであり、積み重ねた時間だ。どれだけ考え、どれだけ思い、どれだけ見たかが写真に表れる。大げさに言えば、それまで培ってきた全思想の到達点とて写真は生み出される。
 無限の時間と空間の中から一点を選んでくさびを打ち込むことが、適当や偶然であるはずがない。たとえ本人にその意識がなかったとしても。
 写真と絵画の大きな違いのひとつに反射神経が必要かそうでないかがある。撮るべき対象に反応できなければ写真は生まれないし、押すべき瞬間にシャッターを押せなければいい写真にはならない。
 優れた写真を撮るために必要な要素がいくつもある。思考力、知識、理論、技術、美意識、経験、肉体、想像力、お金、時間、人間性。写真はその人間の総合力が問われる表現方法だ。



川のカルガモ

 いい写真の向こう側に何かがあると信じている。
 写真は写っているものがすべてじゃない。



水風景

 上手いけど心が動かない写真があり、下手だけど心が動く写真がある。
 それでもやっぱり写真は技術が大事だと思うのだ。
 理論の裏打ちのない感覚だけの写真は底が浅い。見る人が見れば簡単に見破られる。



緑の葉っぱ

 チェホフは言った。「小説家は問題を解決する人間ではなく、問題を提起する人間だ」と。
 私も自分の写真は結末的写真ではなく、見る人にとっての出発点であればと願っている。着地点ではあっても到達点ではない。
 物語のすべてを語れるわけではないのだから、プロローグを提出するだけでいい。そこから先は見る人に委ねるしかない。だからこそ、想像力の広がる写真でなければならないとも思っている。
 写真はある種のヒントであっても、答えではない。



電線と短い飛行機雲

 大事なのは、作風ではなく世界観だ。イメージを追い求めるではなく、物語を見つけなければならない。
 撮り手の思いを一方的に押しつけるのではなく、鑑賞者と共有することを考えるべきだ。
 個人的な思想や経験をどうやって普遍に昇華させるか。そこが鍵となる。



写り込んだ冬枯れの木

 準備8割。現場2割。
 シャッターを押すのは、最後の仕上げの一筆でしかない。



西日に照らされるアスファルト

 被写体がこちらに向かってサインを送ってきている。
 私たちはそれに気づき、受け止めるだけだ。
 ゲットというよりキャッチと考えた方が写真は上手くいく。



田植えの終わった田んぼ

 写真をやる人間にとって運のよし悪しはけっこう重要なポイントだ。けど、偶然任せの幸運と必然が呼び込んだ強運は別のものだ。
 たとえば、たまたま道を歩いていて虹を見つけて写真を撮ることができたら運がいいと思うだろう。けど、この場所で絶対虹を撮ると決めて、何年間も通ってようやく思い通りの虹を撮れたとしたら、それはもはや運がどうこうという問題ではなくなる。写真を見た人間が、運がいいねとしか思わないとしても。
 花を撮っていて、ここに蝶でも飛んできてくれたらいい絵になるのにと思うことがある。そのシーンを撮るために何時間でも待ち、何日でも通うことができるかどうか。
 写真における幸運とは結局そういうことなのだ。写真における幸運は天が与えてくれるものではなく、自分で掴まえるしかない。



電柱と飛行機雲

 写真の目的は自分探しなどではない。みうらじゅんの言葉を借りれば、「自分なくし」の方向へ向かうべきものなのだと思う。
 自分は何を考えていて、どんな人間なのかを説明しなくても、言いたいことは写真が語ってくれる。
 写真は自分の手で何も生み出さなくてもいい。すでにそこにあるものを撮るだけだ。自分自身を被写体に向けて同化してしまえばいい。
 我をなくせばなくすほど、被写体が純化していくように思う。



水の流れ

 私が写真を撮っているのは、この世界を肯定したいからだ。
 言葉を換えれば、肯定したくてもできないから写真を撮っている。
 美しいものや愛おしいものを撮って、それを誰かと共有することで今より少しだけでもこの世界を肯定できるようになりたい。
 いつか、写真など撮る必要がなくなる日が来るだろうか。
 

雲興寺の赤津焼瓦屋根を撮りたくなったから

神社仏閣(Shrines and temples)
雲興寺参道

OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4 / OLYMPUS 9-18mm



 瀬戸市の奥、赤津地区を越えた先に雲興寺はある。
 初めて訪れたのは、2005年か2004年だったと思う。ブログを遡ると2006年2011年に訪れている。いずれも紅葉の季節だ。今回でたぶん5、6回目だと思うけど、夏場に訪れたのは初めてのような気がする。紅葉もいいけど、緑トンネルの参道もなかなかいい。
 自転車で行くと坂道をえっちらおっちら漕いで1時間45分。そうちょくちょく行きたい場所ではない。今回もう一度行こうと思ったのは、赤津焼の屋根瓦をしっかり撮っておきたいと思ったからだった。毎回撮っているのにいつもしっくりこなくて今度こそという思いで撮ったものの、やっぱり今ひとつだった。ここの瓦屋根は好きなのに、どうもいい感じに撮れないのがもどかしい。光の具合なのか、空の状況なのか、レンズの選択なのか、まだ答えを見い出せないでいる。
 それはともかくとして、このお寺は被写体として魅力的だ。お堂や参道、雑木林エリアなど、撮りたいと思わせるものが多い。近ければちょくちょく訪れたいところだ。



雲興寺参道の光と影の風景




赤津焼の瓦屋根

 赤津焼は瀬戸焼のひとつで、赤津地区で焼かれたものをいう。平安時代に窯が作られたという歴史のある焼き物だ。戦後時代にいったん廃れ、江戸時代に入ってから尾張徳川家の庇護のもとで復活を遂げることになる。
 赤津地区には現在でも40軒ほど窯元や問屋が残っていて、窯の里めぐりというちょっとした観光名所になっている。私も何年か前にこの地区を一度歩いた。

 窯元から赤津へ



鐘楼




雲興寺本堂




瓦屋根と青空




奥の院




鐘




松の巨木とうねる根




古いガラス越しの光景




法事を終えて




雲興寺三門と入り口

 瓦屋根を撮るイメージができたら、また行くことにしよう。
 

東山植物園便り ---7月はじめの花とトンボ

植物園(Botanical garden)
ツクバネウツギ

OLYMPUS E-M5 + OLYMPUS 60mm F2.8 MACRO



 7月はじめの東山植物園。前回からまた少し間が空いてしまった。季節は進み、初夏から夏本番へ。6月の花をあまり撮れないまま7月になった。
 花のピークは春で、そこからだんだん少なくなっていくことを実感するのが7月だ。夏は意外と撮るものがない。その代わり、トンボの季節がピークを迎えた。トンボが一番多く飛ぶのは8月ではなく7月だ。
 セミの鳴き声が少しずつ大きくなってきた。
 そんな東山植物園の風景をお送りします。



ハッチョウトンボのオス




ハイビスカス




ショウジョウトンボの縄張り争い




ヒマワリ




ブーゲンビリア




シオカラトンボの交尾中




クサギの落花




クモの巣と水滴




ピレア・インボルクラカ




カワラナデシコ

 

名古屋と近郊で食パンをめぐる旅 ---ATUTA BAKERY/ベーカリー・ベック/ぱんBOX

パン屋(bakery)
アツタベーカリー店舗

OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4



 名古屋と近郊で食パンをめぐる旅シリーズ。今回は近所にある3軒のパン屋さんを紹介します。
 まず最初は、名東区野間に今年の5月にできたばかりの「ATUTA BAKERY(アツタ・ベーカリー)」さんから。
 ポルカさんのご主人の後輩が新しく店を出したというので、どんなもんだろうと行ってみた。
 場所は名東消防署のすぐ西側だから分かりやすそうな気がするのだけど、実際に行ってみると目立たないので見つからない可能性がけっこうある。私など自転車なのに気づかず前を通り過ぎていた。車ならなおさらだ。店自体が奥に引っ込んでいるのと、表から見て黒板くらいしかパン屋であることを示すものがないので、気づきにくい。
 302号線沿いから東へ入って、「名東消防署前」交差点が見えたら、すぐに右側を確認すべし。カレー屋やうどん屋に挟まれるようにして店はある。店の前が駐車スペースになっているのだと思う。



ATUTAベーカリー食パン

 いくらポルカの主人の後輩だからといって、いきなり同じレベルのパンを焼けるわけではないだろう。あそこと比較するのは酷というものだ。
 今回選んだのはリッチ食パンというものだった。香りが強いのが特徴的だ。
 香り、甘み、歯ごたえ、口どけともによくて、なかなか美味しい。美味しさが分かりやすくて一般受けしそうな食パンだ。ただ、トップクラスの食パンと比べると何かが足りない気がする。惜しいけど詰めが甘い感じ。
 パン職人も経験を積んで美味しいパンが焼けるようになるのだろうし、ポルカも最初から高評価だったわけではないはずだ。今後に期待しつつ、しばらく経ったらまた買いにいこうと思う。

 ATUTA BAKERYのFaceBook
 お店の地図
 10時~売り切れるまで
 定休日 木曜日



BECK店舗

 続いては同じ名東区の貴船にある「ベーカリーベック(BAKERY BECK)」さん。
 こちらは2010年オープンというから、地域に根ざしたパン屋さんとして認知されているものと思われる。
 ATUTA BAKERYさんがある通りの同じ並びにある。東に500メートルほど進んで「貴船3」交差点を過ぎてすぐ左手で、外観がパン屋らしいのですぐに分かるはずだ。駐車場は店の裏手だろうか。



BECK食パン

 買ったのはパン・ド・ミだっただろうか。ちょっと記憶が曖昧で思い出せない。普段はカットしてないものを買って、そのときの気分で切り分けて食べるのだけど、このときはカットしてあるものしか置いてなかった。8枚切りというのはあまり見かけない。サンドイッチ用だったのかもしれない。
 ここのパンは無添加の体にいい小麦粉を使ったヘルシー志向ということで、正直味はあまり期待していなかった。値段も1斤275円はかなり安い方だ。
 しかし、食べてみると、意外と言ったら失礼だけど、思いがけず美味しくてちょっと驚いた。最初、味も香りも薄くて印象のないパンだと思うのだけど、食べているうちにじんわり美味しくなっていく。旨みがゆっくりしみ出してくるような感じだ。風味を押しつけるのではなく、控えめでいて必要充分に味わい深い。もう少しだけ口どけがいい方が個人的には好みだ。
 予想以上に美味しかったことがちょっと半信半疑だったりもするので、もう一度買って確かめてみたい。できればカットしていないものがいい。

 ベーカリー・ベックのHP
 お店の地図
 10時~18時
 定休日 日曜日


ぱんBOX店舗

 3軒目は、長久手市作田にある「ぱんBOX」さん。
 藤が丘駅とリニモのはなみずき通駅のちょうど中間あたりに店はある。住所でいうと長久手市になるのだけど、名東区から少し出たところなので、個人的には藤が丘エリアという感覚だ。「塚田西」交差点を過ぎてすぐ右手で、コインランドリーと一体化したみたいになっている。駐車場は兼用なので台数もとめられるし、入りやすいと思う。



ぱんBOX食パン

 選んだのは湯種食パンというものだった。
 湯種とはなんぞや? と思いつつ、とりあえず買ってみる。小麦粉を熱湯でこねて作るのが湯種なんだとか。で、自然な甘みやもっちり感を出すためにやるのだとかどうとか。
 手間がかかっているせいか、いい小麦粉を使っているのか、小さめサイズで324円はちょっと高めかなと思う。
 生の状態でも、トーストしても、香りはかなりいい。どちらかというと生食の方が向いているかもしれない。トーストすると水分が抜けすぎるのか、食感があまりよくないと感じた。味は美味しいと思う。

 ぱんBOXのHP
 お店の地図
 9時~18時
 定休日 第1・第3月曜・火曜日

 食パンめぐりの旅はまだまだ当分終わりそうにない。
 

道行き街の風景

日常写真(Everyday life)
空ビルと青空

OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4 / OLYMPUS 9-18mm



 気がつくと6月の花も終わっていた。今年は季節の花をずいぶん撮り逃している。7月も進む。
 梅雨の間にもう少し雨も撮っておきたいのだけど、今年の梅雨はあまり雨が降らない。降るときは降るけど、梅雨時らしい雨じゃない。もっとしっとりした雨ならいいのに。
 そうこうしてると梅雨も明けて、学校は夏休みに入る。7月のこの時期は嫌いじゃない。夏本番を待つ気分は、春の桜を待つのに似ている。遠足も当日より前日の方が楽しかったみたいに。
 遠出をしなくても、絶景ポイントに出向かなくても、写真は撮れる。日々の中、道行きの途中で。
 そんなわけで、今日は道行き風景をお送りします。



春日井王子製紙の煙突




解体途中のアパート




坂道の途中の白い家




住宅の配水塔




行き止まりの道




花と高速道路の高架




団地と椰子の木




解体中のビルと重機




ゆとりーとラインの夕焼けどき




街道沿いに日は沈む

 

長久手方面へ向かう

旅/散策(Stroll)
香流川沿い田んぼ風景

OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4 / OLYMPUS 60mm F2.8



 6月後半のある日、ふらりと長久手方面に自転車を走らせた。大草のハスの下見と、アマサギを撮るという目的もあった。
 空は梅雨時のどんよりした白灰色だった。香流川沿いをゆっくり行く。



タチアオイ




橋を渡る学校帰りの小学生たち




ハスの花のつぼみ

 この日はまだハスの花はあまり咲いていなかった。曇り空の午後ということがあったにしても、まだ大部分はつぼみの状態だった。7月に入ってだいぶ咲き進んだんじゃないかと思う。



アメリカザリガニ




ハスの葉の葉脈




アマサギ

 前回訪れたときにはいなかったアマサギがいた。やはりこの時期の長久手の田んぼに訪れるようだ。



ダイサギとアオサギ




田んぼの作業中

 

八龍神社を訪ねてみる

神社仏閣(Shrines and temples)
八龍神社全景

OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4 / OLYMPUS 9-18mm



 八竜湿地の奥に八龍神社がある。奥というのは南入口から入ったときのことで、北入口からだと入ってすぐということになるのだけど、いずれにしても緑地の中にその小さな神社はある。
 神社は小型の円墳の上に建っているのだという。言われなければ気づかない。いつ誰がどうしてここに神社を祀ったのか、詳しいことは分からない。志段味古墳群からは少し離れている。違う勢力のものなのかどうなのか、そのあたりも分からない。

 こんなところに参拝者が来るんだろうか思いつつ近づいていったら先客がいて驚いた。藪から突然現れた私に向こうも驚いていた。
 お世話をしている人がいるのだろう、荒れた様子はなく、清潔に保たれている。近所の人がやっているのだろうか。
 神社の名前からして龍神を祀ったものだろう。農耕関係かもしれない。
 一宮の真清田神社にも同名の境内社がある。全国にも同じ名前の神社はけっこうあるようで、諏訪大社との関係も考えられる。
 八竜湿地があるあたりは大森八龍という地名だ。それは八龍神社から来ているのか、逆に八龍にある神社だから八龍神社と呼ばれるようになのか、そのあたりのいきさつも知らない。
 もともと古墳の上に小さな祠があっただけという。それを神社の創建とするとして、その時代がいつかを想像するのは難しい。江戸時代に入ってからなのか、それより前なのか。現在のような体裁が整ったは戦後のことと思われる。



参拝者




社前の岩

 社が乗っているところはやや小高くなっている。このむき出しの岩は古墳の跡ということになるのだろうか。



八龍神社のお社




森眞龍神社




八龍神社をあおって撮る

 八龍からの連想に過ぎないのかもしれないけど、ここはなんとなくヘビの気配がする神社だった。
 

ココナッツオイルを導入したサンデー料理

料理(Cooking)
サンデー料理

OLYMPUS E-M5 + OLYMPUS 60mm F2.8 MACRO



 気がついたら今年も半分終わっていた。季節は本格的な夏へ。今年の夏もまた暑くなりそうだ。
 6月はなんだかはっきりしない月だった。梅雨前線と同じように私の心も停滞気味だった。7月に入って気分一新となるかどうか、今のところまだその兆しはない。早く梅雨は明けてもらってスカッとした青空を見たい。
 今週のサンデー料理もいつもの感じに終始した。ひとつあらたな要素として、ココナッツオイルをレパートリーに加えたことがある。体にいいらしいというあやふやな情報に乗せられてものは試しと買ってみた。香りや味にもっとクセがあると思っていたら意外とそうでもない。少し後口が残るような気もするけど、全然嫌な感じじゃない。今後はオリーブオイルとともに定番として定着しそうだ。
 今日も穏やかで少々退屈な日曜日だった。でも、退屈はきっとそんなに嘆くことじゃない。



サーモンととろろ

「サーモンとろろ」
 山芋のすり下ろしとサーモンの組み合わせをやってみた。案外悪くない。
 今回のサーモンは、ノルウェー産のパシフィック・サーモンというのにしてみた。いつものトラウト・サーモンより淡泊な感じだ。とろろと一緒に食べたので、比較するのはちょっと難しいのだけど。
 まあしかし、とろろと合うのはやっぱりマグロだなとあらためて思う。



ジャガイモとニンジンの卵とじ

「ジャガイモとニンジンと豆腐の卵とじ」
 水切りした木綿豆腐を適当に崩しつつ、ジャガイモとニンジンと一緒にごま油で炒める。
 酒、みりん、鶏ガラだし、塩、コショウで味付けをして、卵で閉じる。



鶏肉タマネギアスパラ

「鶏肉とアスパラとタマネギのココナッツオイル炒めカレー風味」
 ココナッツオイルで炒めて、塩、コショウ、カレー粉などで味付けをした。
 
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