月別:2007年11月

記事一覧
  • 春日大社と鹿と奈良の関係が腑に落ちた

     奈良県を代表する神社のひとつ、春日大社(地図)を訪ねた。 奈良観光でははずせない有名スポットでありながら、春日大社そのものについては意外と知らない人が多いんじゃないだろうか。いつ誰が建てたのかとか、祀られているのはどんな神なのかとか、どこからどこまでを春日大社というのかとかを即答できる人は少ないはずだ。私自身も、御利益がなんなのかも知らずにお参りだけしてきたのだった。 帰ってきてから調べたところ...

    2007/11/30

    奈良(Nara)

  • タワーズライツ2007で気の早いクリスマスシーズンが開幕した

    PENTAX K100D+SIGMA 17-35mm f2.8-4 名古屋駅にセントラルタワーズができたのが1999年。タワーズライツと銘打って駅前でクリスマスイルミネーションが初登場したのが2001年のことだった。それから今年で7年目。年によって好評と不評の浮き沈みがありつつ、2007年も11月8日からタワーズライツ2007が始まった。 こういうものはたいてい年を追うごとに派手になって洗練されていくものなのに、ここのイルミネーションは出来不出来の...

    2007/11/29

    イルミネーション(Illumination)

  • 私が見た奈良らしい風景と紅葉写真 <奈良シリーズ第三回>

    PENTAX K100D+SIGMA 17-35mm f2.8-4 奈良と京都は、あらゆる意味で違った街だ。どちらも歴史のある古都でありながら、観光地としての性格はまるで違っている。良くも悪くも京都は都会で奈良は田舎だ。 私はいつまでも変わらず垢抜けない奈良が好きだ。京都には惹かれる気持ちと反発心と両方を持っているけど、奈良には好感しか抱いていない。奈良には古き良き昭和の観光地の面影が色濃い。それがとても居心地がよくて、気持ちが...

    2007/11/28

    奈良(Nara)

  • 撮って撮られて鹿コレクションin奈良公園 <奈良シリーズ第二回>

    PENTAX K100D+SIGMA 17-35mm f2.8-4 東大寺大仏殿と中門と鏡池と鹿。欲張って全部入れてみた。とても奈良らしい風景だ。奈良へ行ってきましたという証拠写真としてこれ以上はないといってもいい。 現在、奈良公園には約1,300頭の鹿がいるといわれている。鹿密度としてはどうなんだろう。至るところに点在しているとはいえ、イメージの中ではもっと密集して群れになっているような思い込みがあったから、今回行ってみて意外と少な...

    2007/11/27

    奈良(Nara)

  • 乗り継いで囲まれてすべって転んだ奈良

    PENTAX K100D+SIGMA 17-35mm f2.8-4/Panassinic DMC-TZ1 奈良行きから戻りましたこんばんは。 いろいろあって必ずしも無事というわけではないのだけど、なんとか無事帰宅。いやはや盛りだくさんだった。 写真のRAW現像を一気にやるのは無理なので、今日のところは時間経過に従って主だったところの写真を紹介するにとどめておこう。奈良シリーズはけっこう長くなりそうだ。個別に書いてると大変だから、多少はまとめつつ省略し...

    2007/11/26

    奈良(Nara)

  • 冬の朝6時は誰もいない教室のように静かだ

    PENTAX K100D+smc Takumar 50mm f1.4 奈良行きの朝、時間もないのに更新してみる。朝の6時。誰もいない教室のように外はまだ静かだ。 さて、それじゃあ、そろそろ着替えて出かけよう。 奈良の空は秋晴れだろうか。...

    2007/11/24

    室内(Room)

  • 気がつけば終わっていた野草たちの2007年 ---森林公園の続き

    Canon EOS 20D+SIGMA 17-35mm f2.8-4 / EF75-300mm F4-5.6 IS 11月の終わりともなると、野草もめっきり少なくなる。気づいたら虫も飛び交っておらず、クモの巣さえ見ない。秋が深まり、季節はいよいよ冬へと向かう。 森林公園の花もほとんどなくなっていた。わずかに残っていたのは、ノコンギクくらいのものだった。 今年は夏以降の野草をほとんど全部すっ飛ばしてしまった。このブログでも野草の登場は少なかった。春先までは...

    2007/11/23

    花/植物(Flower/plant)

  • 紅葉と鳥撮り準備運動として森林公園へ行くも中途半端に終わる

    Canon EOS 20D+SIGMA 17-35mm f2.8-4 / EF75-300mm F4-5.6 IS そろそろ紅葉も本格化したというのに、最近少し散策を怠けていた。というよりも日没の早さに後れを取って、行きたくても行けない日が続いていた。 このままずるずるいってしまうのはよくないと、今日は少し時間を作って、夕方尾張旭の森林公園へ行ってきた。どこに行こうか迷ってここに決めたのは、ここなら紅葉と鳥と両方撮れるだろうと考えたからだ。しかし、結果...

    2007/11/23

    紅葉(Autumn leaves)

  • 明治村を素直な気持ちで撮るとこうなる ---明治村で撮る<第六回>

    PENTAX K100D+smc Takumar 50mm f1.4 明治村で撮った写真はまだある。整理にもずいぶん時間がかかって、今日になってようやくRAW現像を終えたのだった。自覚した以上にたくさん撮ったらしい。もうしばらく明治村ネタが続きそうだ。 今回は明治村の外風景を集めてみた。ここまでの中で最も明治村らしさが出ている写真かもしれない。素直な気持ちで撮るとこういう写真になるという典型と言ってもいい。 上の写真は帝国ホテル前の...

    2007/11/22

    施設/公園(Park)

  • 名古屋を走ればコメダさんに当たるから入ってシロノワールを食べよう

    Canon EOS 20D+SIGMA 18-50mm f3.5-5.6 あなたはコメダさんを知っているだろうか。 その問いに対して8割の名古屋人はもちろんと答え、中部地区以外の人の8割は誰ですかそれと答えるだろう。いやいや、人じゃなくて喫茶店のことなんだが。 全国平均2.5倍の喫茶店がある喫茶店王国の名古屋の中でも、群を抜く知名度と支持を集めているのが、喫茶所コメダ珈琲店だ。中部地区を中心としたチェーン展開の喫茶店で、ここらの人は親し...

    2007/11/21

    名古屋(Nagoya)

  • 明治村の鉄撮影で撮り鉄二等兵を自覚する ---明治村で撮る<第五回>

    PENTAX K100D+smc Takumar 50mm f1.4 明治村は建築物でだけでなく、鉄道の楽しみもある。動く市電やSLの他に動かない列車なども保存されていて、おそらく全国の鉄道マニアの人はそれだけを見に来たりもするのだと思う。他の建物そっちのけで。 私もこの日はにわか鉄になったつもりでいろいろ鉄道関係の写真を撮ってきた。蒸気動車キハ6401の前で写真を撮っていたら、たまたま通りかかった明治村の職員の人に、よかったら中に入っ...

    2007/11/20

    飛行機(Airplane)

  • 趣味としてのサンデー料理は作る楽しさと食べる美味しさの両立が必要

    PENTAX K100D+smc Takumar 50mm f1.4 先週は和食だったから今週は洋食にしたかった。料理というものがメニュー決定の困難さとの戦いであり、飽きとの戦いであるということも最近だいぶ分かってきた。性格的にも同じものばかり作っていると飽きる。一週間に一度でこれだから、毎日食事を作ってる主婦の人はどれだけ大変か。世の中のお父さんも月に一度くらいは料理をするといいと思う。そうすれば、毎日の夕飯のありがたみがよく分...

    2007/11/19

    料理(Cooking)

  • ブツ撮りの苦手意識克服のために ---明治村で撮る<第四回>

    PENTAX K100D+smc Takumar 50mm f1.4 そろそろ明治村シリーズを再開しないと自分の中で旬の気持ちが色あせてしまうし忘れられてしまいそうだから、ここに再開。今日はブツ撮り編でいこう。ブツ撮りとは言えない写真も混ざっているけど。 私は写真を撮り始めた頃からブツ撮りに対する苦手意識があって、それは今でも克服できずにいる。ブツ撮りが妙に上手い人がたまにいて、ちょっとうらやましいことがある。ああいうのは大部分セ...

    2007/11/18

    施設/公園(Park)

  • まだ染まりきってない平和公園から2007年の紅葉撮りが始まった

    PENTAX K100D+smc Takumar 50mm f1.4 / Super-Takumar 300mm f4 近頃めっきり秋の空が定着して、見上げるといつもそこには秋特有の雲が浮かんでいる。鰯雲、鯖雲、鱗雲、羊雲。そして、毎回思うのが、秋だなぁ、というしごく当たり前の感想だったりする。 季節は秋から冬へ。暖かかった秋もそろそろ終わりが近づき、遅れていた紅葉の便りも届くようになった。気がつけば11月も半ばを過ぎている。私としてもぼちぼち紅葉に向けて...

    2007/11/17

    紅葉(Autumn leaves)

  • 近づけない野生の鳥たちにぐぐっと迫るにはデジスコしかないと思う二人

    PENTAX K100D+Super Takumar 300mm f4 / Canon 20D+TAMRON 28-300mm XR 豊橋シリーズが終わって、小休止。今日は近所の矢田川鳥撮り写真でつなぐことにした。ネタ切れというわけではなく、冬場にカモが戻った河原は定点観測に行くところなので、ときどきネタとして挟みたいという思いがあって。 別の日に撮った写真が混在しているので、デジとレンズは2組になっている。明らかに写真のキレが違うから分かると思うけど、大昔のマ...

    2007/11/16

    野鳥(Wild bird)

  • 豊橋のいいところはまだ半分回っただけだからまた来年もう半分を

    Canon EOS 20D+SIGMA 18-50mm f3.5-5.6 豊橋名物3つめは、豊橋市公会堂だ。市電が走る国道1号線沿いにあって、ハリストス教会とも近いからセットで回るのにもちょうどいい。豊橋を代表する古い建築物として、市のシンボルの一つとなっている。 完成は昭和6年(1931)。大正デモクラシー以降、市民の集会が盛んになるも集まる場所がないことに困った豊橋市民が市をつついて作らせたのがこの公会堂だ。市政施行25周年ということも...

    2007/11/15

    観光地(Tourist spot)

  • 豊橋観光では外せない豊橋ハリストス教会は曇りのち青空

    Canon EOS 20D+SIGMA 18-50mm f3.5-5.6 市電を見たあとは、豊橋ハリストス正教会へとやって来た。 豊橋というところは見所がはっきりしていて分かりやすい。市電の次はハリストス教会と公会堂を見て、余裕があれば吉田城や二川宿まで回って、一日たっぷり過ごすなら動植物園の「のんほいパーク」や貴重な湿地植物が咲く葦毛湿原がある。そこまでフルメニューでこなせば、豊橋を見知ったと言っていいだろう。 というわけで、ハリ...

    2007/11/14

    教会(Church)

  • 伊良湖の帰りに豊橋で路面電車を撮る撮り鉄予備軍二人組

    Canon EOS 20D+SIGMA 18-50mm f3.5-5.6 路面電車には異国情緒のようなものがあって、私は路面電車を見るとそれだけでけっこう興奮してしまいがちだ。ただ電車が道路を走っているだけなのに。 名古屋もその昔は市内を路面電車が走っていた。1973年まであったというから、私も幼い頃に見ているのかもしれない。まったく記憶にはないのだけど。 現在、愛知県内では豊橋市に唯一残っている。天下の国道1号線を路面電車が走るのはこ...

    2007/11/13

    飛行機(Airplane)

  • 秋から冬は河原へよく行って河原写真が増えるので河原シリーズ第一弾

    Canon EOS 20D+EF 75-300mm F3.5-5.6 IS 秋になると河原へ行くことが多くなる。それは、北から渡り鳥たちが帰ってくるからだ。彼らを夕焼けと絡めて撮りたくて、短い時間でもちょくちょく川へ行っている。そんな写真がぼつぼつたまってきて行き場を失いつつあるから、少しずつ出していくことにした。 今日はその第一弾として、矢田川の大森あたりで撮った写真を並べてみる。時間もないし(もう朝の7時!)、コメント少なめ写真中...

    2007/11/12

    海/川/水辺(Sea/rive/pond)

  • 茶色い料理を作ってしまうのは名古屋人のDNAゆえなのかサンデー

    Nikon D100+VR Nikkor ED 24-120mm F3.5-5.6 完成した自分の料理を見て、なんだか酒の肴みたいだなと思うことがある。今日は特にその傾向が強かった。全面的に茶色だし。 今回こそ基本の和食を作ろうと心に決めて臨んだにもかかわらず、終わってみれば妙に腰の入った料理になってしまった。なんとか和食の範ちゅうにおさまってはいるものの、基本のラインナップとは言い難い。ひねきが効き過ぎている。 それにしても見た目が上...

    2007/11/12

    料理(Cooking)

  • 進むほどに深まる下町の昭和風情 都電荒川線<後編> 梶原~三ノ輪橋

    Canon EOS 20D+EF50mm F1.8 II 都電荒川線小旅行の後半は夜になった。 王子駅前の次に降り立ったのは梶原だった。察しのいい人ならピンと来ると思うけど、そう、都電もなかを買うための途中下車だ。停留所を降りて左の方に少し歩いたところに「都電もなか本舗 明美製菓」がある。都電みやげとしては、これを買わずに何を買うというほど有名なものだ。最近は「池袋三越」や「日本橋三越」などでも販売するようになったけど、やっ...

    2007/11/11

    東京(Tokyo)

  • 都電を端から端まで乗ってみよう企画<前編> 学習院下~王子駅前

    Canon EOS 20D+EF50mm F1.8 II 今回の企画は、都電荒川線を端から端まで乗ってみようというものだった。お上りさんらしい潔い試みと言えよう。全線乗ったからといって何があるというわけではない。ただ乗ったという実績が残るだけだ。あるいは自己満足が。 それにしても荒川線というやつは他の路線との連絡が悪い。両端の早稲田と三ノ輪橋の両方ともが他の線と離れすぎている。日比谷線三ノ輪駅からも遠いし、東西線の早稲田駅か...

    2007/11/10

    東京(Tokyo)

  • 葛西臨海公園最後は夕焼けから夜にかけて、最後は観覧車で締めくくり

    Canon EOS 20D+EF 75-300mm F3.5-5.6 IS / EF50mm F1.8 II 葛西臨海公園シリーズ最終日は、夕焼けから夜にかけての写真となる。 日が暮れてしまっては鳥撮りもできず、気持ちは風景へと切り替わる。夜景になってから最後に観覧車に乗ろうと決めていた。それまでの時間、しばらく海を眺めていた。沈む夕陽を見ながら。 オレンジに染まる夕焼けとシルエットになった人の写真を撮ると、なんとなく「俺たちの旅」を思い出す。どうい...

    2007/11/09

    施設/公園(Park)

  • 眠くてぼんやりした意識のまま葛西臨海公園風景の写真を並べるだけ

    Canon EOS 20D+EF 75-300mm F3.5-5.6 IS 今日は葛西臨海公園の様子を簡単に紹介して終わりにする。 何しろ眠たくていけない。 明日あらためて書き加えるかもしれないけど、今日のところは写真だけ並べて、もう寝てしまう。 三脚につけたスコープを担ぐ人々。本物の鳥の人だ。デジカメは付けてなかったから観察するだけなのか、ポイントへ行ってからデジをセットするのか。 やっぱり基本はリュックだな。大きなカメラバッグを...

    2007/11/08

    施設/公園(Park)

  • カワセミと猛禽の目標をクリアして、行って良かったと思えた葛西臨海鳥類園

    Canon EOS 20D+EF 75-300mm F3.5-5.6 IS 自分たちだけでの鳥探しに限界を感じた私たちは、午後からはボランティアガイドツアーに参加することにした。1時間程度で、鳥や自然について解説してくれて、双眼鏡も貸してくれるという。ここは素直に参加すべきだろう。その選択は正しかった。カワセミが見られたのもそのおかげだった。 定点にしている木の枝にカワセミがとまって、魚を捕まえる実演までしてくれた。といってももちろん...

    2007/11/07

    野鳥(Wild bird)

  • 鳥の人たちに混じって鳥を撮った葛西臨海公園鳥類園 <その一>

    Canon EOS 20D+EF 75-300mm F3.5-5.6 IS 葛西臨海公園といえば、一般的には水族館や観覧車がある海辺の公園というイメージがあると思う。それと同時に野鳥の楽園であることはあまり知られていないかもしれない。淡水、海水、森林の野鳥が同時に集まる場所として、東京近郊の鳥の人にとっては超有名スポットであっても、一般的な知名度と鳥の人のフィールドは必ずしも一致はしない。 休日の午前、JR京葉線の電車は大勢の乗客を乗...

    2007/11/06

    施設/公園(Park)

  • 掛川花鳥園番外編 ---また会う日までしばしのお別れ

    Nikon D100+VR Nikkor ED 24-120mm F3.5-5.6 東京から名古屋に戻って、ふと気が向いて花鳥園写真で更新してみる。 撮ってきた写真を整理しようとしたら、まだ花鳥園の写真が残っていて、ここで載せておかないとお蔵入りになってしまいそうだったから、というのがその理由だ。中途半端に時間が空いたせいもある。 ということで、掛川花鳥園最終は番外編として、鳥たちのアップ写真で締めくくる。 まずはエミューから。 エミュ...

    2007/11/05

    動物園(Zoo)

  • 深まる秋の気配 ---明治村で撮る<第三回>

    PENTAX K100D+smc Takumar 50mm f1.4 朝っぱらから秋の明治村写真を並べて、東京に出発。 週末は東京の端っこで鳥を見てます。 日曜日は更新を休みます。 ちょっと、いってきます。...

    2007/11/03

    施設/公園(Park)

  • シリーズ第7回 ---掛川花鳥園の園内紹介にて花鳥園シリーズは完結

    Nikon D100+VR Nikkor ED 24-120mm F3.5-5.6 掛川花鳥園もちょっと長くなった。いや、だいぶか。そろそろこのあたりで終わりとしたい。今回が7回目ということでちょうど一週間だ。そういえば花鳥園へ行ったのは先週の金曜のことだった。一週間という時間以上に遠く感じる。7回というのはキリがいい。 最後は花鳥園の園内紹介でしめくくることにしよう。掛川花鳥園は、その名の通り、花と鳥の園だ。鳥専門動物園ではない。たくさ...

    2007/11/02

    施設/公園(Park)

  • 人もまた明治村の風景の一部 ---明治村で撮る<第二回>

    PENTAX K100D+smc Takumar 50mm f1.4 ひとり明治村の秋。それもまたよし。 明治村は建物だけでなく訪れる人もまた被写体となる。だから私はここが好きなのだ。何度行っても撮るものに事欠かない。 今日は人がいる明治村風景の写真を集めてみた。ここに来て写真を撮ると、自分がどういう写真を撮りたいのかが確認できる。今日並べた写真が私の撮りたいものなんだと思う。 ひとりで訪れている女の人が意外といるのが明治村だ。こ...

    2007/11/02

    施設/公園(Park)

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春日大社と鹿と奈良の関係が腑に落ちた

奈良(Nara)
春日大社と鹿

 奈良県を代表する神社のひとつ、春日大社(地図)を訪ねた。
 奈良観光でははずせない有名スポットでありながら、春日大社そのものについては意外と知らない人が多いんじゃないだろうか。いつ誰が建てたのかとか、祀られているのはどんな神なのかとか、どこからどこまでを春日大社というのかとかを即答できる人は少ないはずだ。私自身も、御利益がなんなのかも知らずにお参りだけしてきたのだった。
 帰ってきてから調べたところによると、創建は平城京ができたときだった。
 聖徳太子が活躍したのが飛鳥時代で、その時代の最後に造られたのが藤原京だ。710年、平城京遷都。ここに奈良時代が始まる。細かいことをいえば、この前後で何度か都は移っている。それだけ国が不安定だったということだろう。
 その後、784年に長岡京遷都、10年後の794年に平安京へと都が移ることになる。
 そんな時代背景の中、768年に春日大社は創建された。もともとは710年の平城京遷都の際に、中臣鎌足の子、藤原不比等が藤原氏の氏神である建御雷之男神(タケミカヅチ)を春日の御蓋山に祀って春日神としたのが始まりとされている。
 現在のように本格的な社殿ができたのが768年で、藤原永手が茨城県の鹿島神宮からタケミカヅチを、千葉県の香取神宮から経津主神(フツヌシ)を、大阪府の枚岡神社から天児屋根命(アメノコヤネ)と比売神(ヒメガミ)の4神を春日の地に迎えて祀った。
 それ以前にもこの地で神を祀っていたという記録もあって、はっきりしたことは分かっていない。
 平安時代に入ってからは藤原氏と共に栄え、造営が繰り返され、現在のような規模になっていった。
 その後、神仏習合の流れもあって次第に興福寺とも合体するようになり、興福寺が春日大社の実権を握っていた時期もあった。
 皇族や貴族の春日詣も盛んとなり、天皇もたびたびここを訪れ、寺社としての格も上がっていった。
 中世以降は、武家や庶民にまで信仰が広がり、日本全国で春日神社が建てられるようになる。現在でも1,000社ほどがあるという。

 どうして奈良に鹿がいるかということについてはこんなエピソードがある。
 鹿島神宮の神の使者といえば鹿で、神様を呼んだとき、向こうの神が白い鹿に乗ってたくさんの鹿を引き連れて1年がかりで奈良の春日までやって来たという伝説があり、そこから春日大社といえば鹿ということになったようだ。
 そもそも平安時代から春日の地にはたくさんの野生の鹿がいたようで、平安貴族は鹿を見ると神の使いということで鹿に向かっておじぎをしたんだそうだ。それをマネて鹿もおじぎをするようになったとかならないとか。彼らは鹿せんべい欲しさにおじぎの芸をしているわけではないのだ(たぶん)。おじぎをする鹿は日本でも世界でも類を見ないというから、まんざら作り話でもないかもしれない。
 かなり前置きが長くなったけど、そろそろ本殿に向かって進むことにしよう。上の写真は二の鳥居だ。入り口にあるはずの一之鳥居は修理中とかで取っ払われてなくなっていた。ちょっと驚いた(平成20年/2008年に修理は完成)。



鹿の手水舎

 手水舎では大きな鹿が口にくわえた筒から水を出している。趣向は面白いけど、水が飛び散る。
 参道の両脇にはいろいろな形をした石灯籠がずらりと並んでいる。これはとても春日大社らしい光景だ。
 ひとけのない静かな参道もいいけど、この日のように人が多くて賑やかなのも悪くない。春日大社はけっこうな人気だった。



南門と紅葉モミジ

 長い参道を10分ほど歩いただろうか。ようやく本殿前の南門の下までやってきた。
 ふと感じたのは、奈良の寺社は意外と明るいということだ。陽気な気に満ちている土地なのだろうか。怨霊が跋扈していたという平安京とは違い、奈良にはそういう暗さがあまりない。春日大社も神々しさよりも親しみやすさを覚えた。



朱塗りの楼門

 色鮮やかな朱塗りの南門(重要文化財指定)。ここは本殿4棟が国宝指定されている他、重要文化財の宝庫となっている。たいての建物は重文指定だ。それでもなんというか京都のように居丈高な感じがしない。奈良は威張っていないところがいい。
 春日大社ができた当時は、この場所には鳥居が建っていたそうだ。現在の楼門になったのは1179年という。それでも平安末期だから充分古い。



石灯籠

 寄進された灯籠が並ぶ。全部で約2,000基もあるそうだ。
 ちなみに現在でも寄進は受け付けてもらえるようで、石灯籠で250万円、釣灯籠で200万円くらいが相場らしい。



神拝所

 朱塗りの門や廻廊とは打って変わって、神拝所はぐっと地味で質素な造りになっている。本殿もそうだ。こちらの色合いの方が本来の春日大社の色だったのだろう。朱塗りは平安時代になって後付けされた色だ。
 神拝所は幣殿と舞殿が一棟になっている。この奥が本殿で、第一殿から第四殿まで四つの社が横に並んでいる。裏手にまわると屋根の一部がちらりと見える。本殿に入るには申し込みをして特別拝観料を払わなくてはならない。
 本殿は切妻造で、少し変わった春日造と呼ばれる様式になっている。通常の神社建築ではなく、仏教建築の影響を受けているとされる。現在のものは江戸時代末期の1863年に建て替えられたものだ。

 ところで春日大社の御利益って何だろうという疑問の答えが見つからなかった。4人も神様がいて、境内には60以上の摂社・末社があるから、何かお願いすれば誰かが聞き届けてくれそうにも思うけど、一番メインとなるものは何になるのだろう。日本で唯一という夫婦大国社は縁結びの神として知られているけど、それがすべてではもちろんない。第一の神であるタケミカヅチは、一般的には戦の神だ。何かの戦いに勝ちたいわけではない。いや、災いと戦うという意味ではタケミカヅチに力を借りるのは筋違いではないか。
 願い事は自己確認ということでは、お参りの対象は誰でもいいといえばいいのかもしれない。



釣燈籠

 こちらも春日大社では欠かせない釣燈籠だ。直会殿(なおらいでん)にかかる釣燈籠は1千基だそうだ。多くが寄贈なのだという。古くは平安時代の関白藤原頼通の瑠璃燈篭から江戸庶民のものまで、皆様々な願いや祈りを込めて贈られたものだ。
 毎年2月の節分と、お盆8月14、15日には万燈籠が行われ、境内にある1,000の釣燈籠と、2,000の石燈篭が一斉に灯される。



ご神木

 境内にはご神木や巨木がたくさん立っている。古くから神地だっただけに、そのまま切られずに残ったのだろう。ある一定以上の巨木に対して、人は自然と畏敬の念を抱くようにできているらしい。それは信仰心とは少し違う別のものだ。
 春日神社の裏手には春日山原生林が広がっている。今回は時間がなくて行けなかったけど、紅葉の季節は特に素晴らしいというから、いつか機会があれば歩いてみたい。



境内の鹿

 寺社の境内に鹿がさりげなく溶け込んでいる風景こそ最も奈良らしい光景といえるだろう。
 しばらく奈良で過ごしていると、目に映る範囲のいたるところに鹿がいるのが当たり前になって、違和感がなくなる。このあたりに住んでいる人は、逆によそへ行って鹿がいないと何か物足りないような思いがするんじゃないだろうか。

 以前訪れたときはひっそりした平日の春日大社を見たけど、今回は週末の紅葉シーズンで賑やかな春日大社を見て、だいぶ印象も変わった。
 どこがどういいというわけではないのだけど、境内の中にいると安心感があって心穏やかになる。それは奈良そのものが持っている空気感でもあるし、私自身と奈良との相性の良さでもあるのだろう。普通の観光とはちょっと違った感覚がする。
 近しいようで実際はよく知らなかった春日大社についても、今回勉強したことで多少分かるようになった。どうしてここに鹿がいて大事にされているかもようやく腑に落ちた。前回書いた、早起きは三文の得というのが奈良の鹿に由来するという話は半信半疑だけれど。
 私が見た奈良らしい風景と紅葉写真

【アクセス】
 ・近鉄奈良駅から徒歩約18分(一の鳥居まで)
 ・JR奈良駅から徒歩約30分(一の鳥居まで)
 ・奈良交通バスで、「春日大社表参道」または「春日大社本殿」下車
 ・奈良県レンタサイクル
 ・駐車場 春日大社駐車場1日1,000円 他

 ・拝観料 境内:無料 国宝殿:500円(一般) 万葉植物園:500円(高校生以上)
 ・開門時間 夏(4月-9月) 6時-18時 冬(10月-3月) 6時-17時(本殿前特別参拝は8時-16時)

 春日大社webサイト
 奈良市観光協会webサイト
 

タワーズライツ2007で気の早いクリスマスシーズンが開幕した

イルミネーション(Illumination)
名古屋駅の冬の光景-1

PENTAX K100D+SIGMA 17-35mm f2.8-4



 名古屋駅にセントラルタワーズができたのが1999年。タワーズライツと銘打って駅前でクリスマスイルミネーションが初登場したのが2001年のことだった。それから今年で7年目。年によって好評と不評の浮き沈みがありつつ、2007年も11月8日からタワーズライツ2007が始まった。
 こういうものはたいてい年を追うごとに派手になって洗練されていくものなのに、ここのイルミネーションは出来不出来の落差が激しい。毎年楽しみ半分、あきらめ半分でこの季節を迎える。そういうところが名古屋らしいといえばらしい。
 始まった2001年は、初めてということもあって今振り返ってみるとまだおとなしかった。電飾の色も単色に近く、派手な仕掛けなどもなかった。2002年は前年のバージョンアップという感じで、SLのデコレーションなども増えてだいぶ賑やかになった。
 2003年はよかった。一気に色も増えて華やかになり、デザインも素敵だった。SLに加えてメリーゴーランドなども登場した。この年がこれまでの歴史の中で最高の出来だったんじゃないかと個人的には思っている。
 期待した2004年はなんともショボかった。翌年に愛地球博を控えてそれどころじゃなかったのか、地味な白いツリーが3本立っているだけで、色的にも寂しく、バックのスクリーンに降りそそぐ雪の仕掛けだけではなんとも寂しいものがあった。毎回コンセプトがあって、この年は「年の瀬を心豊かに」だった。
 2005年のテーマは「星降る街で逢いましょう。―夜空と光たちの語らい―」で、このときはまずまずよかった。相変わらずメインは白いツリーだけだったけれど、バックのスクリーンにさまざまな星座が映し出される仕掛けで、見ていて楽しめた。正面のイルミネーションの他に光のプロムナードが始まったのもこの年からだ。
 2006年はがらりと趣向を変えて、巨大プロジェクターに映像を映し出すというスタイルになった。テーマは「いつかどこかで・誰かどこかで」。世界各国のクリスマス風景の映像が映し出されるといったものだった。これは一般的な評判はよくなかったようだ。映像ならテレビでも見られるのに、こんな寒空にじっと立って見てなどいられないし、見たいのはイルミネーションなんだと思った人も多かったことだろう。
 そして2007年。今年は原点回帰というか、当初のスタイルに戻してきた。ツリーの後ろに色鮮やかなお城というのは悪くない。見た目もきれいで、時間になると花火が打ち上がる仕掛けも楽しい。テーマは「ようこそ!温もりとときめきのファンタジーワールドへ」だそうだ。なんとなくディズニーのパクリっぽい気がしたのは気のせいだろう。
 期間によってバックの仕掛けが変わるんだとか。今回のバージョンは11月いっぱいで、次がクリスマスバージョン、その後は最終日の1月6日までが第三弾となるらしい。クリスマスにはサンタも登場するというから、チャンスがあれば見てみたいと思っている。
 点灯時間は夕方の5時から11時までで、時間が来るとバタンという感じで突然電気が落ちるという。ホームパーティーで盛り上がっていたらブレーカーが落ちて真っ暗みたいな。それまで甘いムードだったカップルも急に夢から覚めたように現実に戻ってしまいそうだ。11時というのが夜が早い名古屋を象徴している。

名古屋駅の冬の光景-2

 タワーズライツを楽しむのは後回しにして、まずはミッドランドスクエアに登ることにした。
 名古屋駅前にできたトヨタや毎日新聞などが入った超高層ビルで、オープンしたのが2006年の10月だから、もう一年前のことになる。前々から行こういこうと話していて延びのびになっていた。今年の3月には映画館などが入った商業棟も全面オープンとなった。目指すのは展望台であるスカイプロムナードだ。
 眼下にはタワーズライツがよく見える。ミッドランドスクエアの高さは247メートルで、タワーズを2メートル抜いて中部地区で一番高いビルになった。41階までの直通エレベーターは、「世界初のシースルー・ダブルデッキ・シャトルエレベーター」だそうだ。世界初という冠がどこにかかるのかよく分からないのだけど、とにかくシースルーで外がよく見える二階建てのエレベーターであることは間違いなかった。上下2フロアーに同時に止まって一度に大勢の人間を乗せて運べるようになっている。
 41階までは40秒と超高速で、動きも非常になめらかだ。ほとんど振動もない。その代わり耳がツーンとする。速すぎて最初の加速感も不安になるほどだ。ちょっと近未来を感じた。

名古屋駅の冬の光景-3

 ここの最大の売りは、日本一高いオープンデッキ展望台だということだ。サイドはガラス張りなものの、天井は全面的にオープンしている。その意図は今ひとつ理解できない。夏は暑く、冬は寒い。おまけに雨が降っても傘を差すことが禁止されている。ではどうするかといえば、カッパを着ろということらしい。そんなアホな。雨降りでカッパを着ながら展望台で名古屋の街を見下ろすなんて、考えただけでも楽しそうじゃない。そんなデートについてくる女の子はめったにいない。通路の部分は雨を防げるのだろうけど、あえて天井をオープンにした戦略的意図はどのあたりにあったのだろう。単に日本で一番高所のオープン展望台と言いたかっただけなんじゃないか。開放感とかそういう問題ではない。
 エレベーターを降りてから展望スペースまで行くのもちょっとややこしいことになっている。エレベーターで下りたところが41階で、エスカレーターで42階に上がってチケットロビーでチケットを買って、更にエスカレーターで46階まで上がって、出口は44階になる。なんでと思うのだけど、スカイプロムナードは下り傾斜の回遊式になっていて、歩いていると自然と下の階に移動しているということになるからだ。結果的に展望室は220メートルくらいとなって、セントラルタワーズの展望台より低くなってしまっている。
 ところでそのセントラルタワーズ展望台だけど、私が知らない間に営業終了となっていた。さっき知ってびっくりした。一体いつの間に!? 私が行ったのは、2001年だったか2002年だったか。最初は大評判で名古屋中の人間が登ったんじゃないかというほどだったのに、冷めやすい名古屋人気質にしてやられて、2005年の10月で閉鎖になってしまっていた。あれだけ大規模な展望台がオープンから6年やそこらで終わってしまうなんてことは他ではなかなかないんじゃないだろうか。
 そんなわけで、現在名古屋で一番高い展望台はミッドランドスクエアのスカイプロムナードということになっている。700円はまあ妥当なところか。

名古屋駅の冬の光景-4

 360度の展望で眺めは最高なのだけど、写真を撮るには障害物が多すぎる。柱なのか壁なのか、広角に撮ろうとすると左右が遮られてしまって広く撮れない。こういう場所柄、夜景写真を撮ることは当然なのだから、設計の段階でそこは折り込むべきだろう。全面的に広くする必要はなくても、写真用のスペースは作っておくべきだった。根本的にここの設計者は何かが間違っていると思う。後ろの光の映り込みもあって、全般的に写真が撮りづらいところだ。
 設計でいえば、座る場所が少ないのも不親切だ。しかも、冷たい金属のベンチしかないから、尻が冷たくてしょうがない。上からは風が吹き込んでくるしベンチは冷たいし、長居してくれるなということか。確かに、セントラルタワーズではふかふかのベンチを置いてしまったことでカップに長時間占拠されて問題になっていたけど、もう少し快適に過ごすための心遣いが欲しかった。ソファーでは雨が降ってきたら一発でダメになってしまうということもあるけど。

名古屋駅の冬の光景-5

 こちらは駅西方面。オーバー露出にすると、ネオンきらめく未来都市のようになって面白い。実際の名古屋はこんなにも明るくない。
 名古屋モード学園のスパイラルタワーズもだいぶできてきた。名古屋嬢のクルクル巻きヘアーのような格好で空に向かって伸びていく。
 完成予定は来年の3月。これができれば名古屋で5本目の超高層ビルということになる(セントラルタワーズを2本として)。
 駅方面以外の夜景の見所としては、テレビ塔、東山のスカイタワー、ライトアップされた名古屋城あたりだろうか。プロ野球シーズンで試合があればナゴヤドームも見られるはずだ。
 昼間は遠く名古屋港や猿投山などまで見渡すことができる。

名古屋駅の冬の光景-6

 スカイプロムナード名物のひとつとして、ミストショーがある。時間になると足下から霧が出てきて、それを様々な色が染めていくという演出だ。なかなか幻想的でいい。霧というかドライアイスのような感じだ。
 時間は18:30、19:30、20:30、21:30の4回。どうしても見なければいけないようなものではないけど、ちょっとした演出としては面白い。

名古屋駅の冬の光景-7

 ミッドランドスクエアを降りて名古屋駅の方へとやってきた。
 ここは左手のタワーズガーデンの手前で、ちょっとしたイルミネーションで飾られている。このあたりも全部含めてタワーズライツというのだろうか。
 この日は日曜の夜ということで大勢の見物客が訪れていた。カップルも多く、あたりは浮かれ気分の雰囲気に支配されている。まるでもうクリスマスのようだ。みんなずいぶん気が早い。
 ただ、まだ寒くないから、イルミネーションを楽しむなら今の内の方がいいのかもしれない。クリスマスや年末年始は身動きもままらないほどの混雑になるらしいし。

名古屋駅の冬の光景-8

 こちらはタワーズガーデン。このイルミネーションは今年から始まったようだ。たぶんここは花壇があるところだと思う。
 庭園風になっていて、テディベアやペンギンなどの光のオブジェがあったり、ベンチも置いてあって座って眺めることもできる。ただし、こんなところでカップルで座っていると格好の被写体となってしまうのは避けられない。このカップルだらけの状況中、一人で来て三脚で撮っているツワモノもちらほらいた。すごい。旅行や仕事帰りの勤め人やOLさんたちも携帯で写真を撮っていた。

名古屋駅の冬の光景-9

 光るペンギンさんと、後ろはミッドランドスクエア。タワーは高さのわりにはスリムだ。
 どうしてここにペンギンなのかは謎だけど、名古屋港水族館からの出張組だろうか。愛地球博のときは、モリゾーとキッコロがいた。さすがにもうモリコロは古いと判断したのかいなかった。でもあれは愛知県のマスコットキャラクターとして今後も定着させていったらどうだろう。万博が終わってしばらくはあちこちに担ぎ出されていたけど最近見なくなった。このまま消えさせてしまうのはもったいない。

名古屋駅の冬の光景-10

 2階のタワーズテラスからタワーズガーデンを見ると全景はこんな感じになっている。実際はもっと賑やかで華やいだ雰囲気なのだけど、イルミネーションは写真に撮ると実際よりもおとなしくなってしまう。もう少しシャッタースピードを遅くして撮った方がよさそうだ。K100Dの手ぶれ補正なら1/4秒くらいまでなら止まるはず。

名古屋駅の冬の光景-11

 テラスは光のプロムナードになっている。こちらにもテディベアなどがいて、カップルの記念撮影スポットになっている。お互いに撮ったり、人に頼んで撮ってもらったりという光景が繰り広げられていた。私もカップルの写真を撮ってあげたり。

名古屋駅の冬の光景-12

 ツリーを見上げるカップルと、その向こうには満月が浮かんでいた。その隣には大名古屋ビルヂング。
 このほかでは、セントラルタワーズ15階のスカイストリートでもツリーなどのイルミネーションで飾られているそうだ。クリスマス前後にはコンサートなどのイベントも行われる。

 クリスマスシーズンはまだ始まったばかりだ。というよりもまだ始まっていないのかもしれない。年々クリスマスムードが早まっていくような気がする。そのうち街にもジングルベルが流れ出すだろう。
 名古屋駅のイルミネーションは毎年ちゃんと撮りたいと思いつつ、実は今年が初めてだった。いつもは見るだけか、車の中から何枚か撮るだけで終わっていた。今回ある程度撮ってみて難しさやポイントが分かったから、もう一度挑戦したい。クリスマスにチャンスがあったら再チャレンジしてみよう。
 24日は去年に続いて名古屋港のスター☆ライトレビューを見に行く予定でいる。寒い中での花火というのもそれなりの厳しさがあるけど、今年は名古屋港100周年記念だから力を入れてくるだろう。
 東京のイルミネーションは、来月の頭しか機会がない。去年は東京駅の丸の内で見た。今年は東京タワーに登るつもりでいる。あと一ヶ所くらいどこかで見られるといいと思っている。

 奈良写真がまだしばらく続きそうだったから、今日は息抜きで名古屋駅のイルミネーションを挟んでみた。明日からはまた奈良編に戻る。次は寺社ネタになりそうだ。もし紅葉を撮りに行ってきたら、それが割り込むことになるかもしれない。

私が見た奈良らしい風景と紅葉写真 <奈良シリーズ第三回>

奈良(Nara)
奈良紅葉風景-1

PENTAX K100D+SIGMA 17-35mm f2.8-4



 奈良と京都は、あらゆる意味で違った街だ。どちらも歴史のある古都でありながら、観光地としての性格はまるで違っている。良くも悪くも京都は都会で奈良は田舎だ。
 私はいつまでも変わらず垢抜けない奈良が好きだ。京都には惹かれる気持ちと反発心と両方を持っているけど、奈良には好感しか抱いていない。奈良には古き良き昭和の観光地の面影が色濃い。それがとても居心地がよくて、気持ちが落ち着くのだ。
 今日は私が奈良らしいと感じた光景と紅葉の写真をお送りしたいと思う。京都ほど華やかでもないし洗練もされてないけど、奈良には奈良のよさがたくさんあった。この日は青空と光も手助けしてくれて自分の好きな写真を撮ることができた。こちらの気持ちに向こうが応えてくれるという相性の良さも感じたのだった。

奈良紅葉風景-2

 春日大社裏のおみやげ屋通りは、昭和を再現したセットのようだ。昔とほとんど変わってないんじゃないだろうか。このままそっくり昭和50年代に運んでいってもほとんど違和感がない。さすがにペナントは売ってないようだったけど、並んでいるおみやげ物は懐かしい感じのものが多くて、ちょっと笑えた。外国人向けの怪しいジャパニーズグッズも置いてある。とても売れそうにない気がしたけど、面白がって買っていく人もいるのだろう。

奈良紅葉風景-3

 鷺池に張り出した浮見堂。六角形のお堂で、水上の休憩所となっている。
 最初に作られたのがいつだったのか調べがつかなかったのだけど、平成3年から6年にかけて修復されて、かつての姿がよみがえったのだそうだ。それもまた10年以上が経って少し古びてきている。
 撮影ポイントは左の岸からだったようだ。ネットを見るとそこから撮られた写真が多い。奈良の大文字送り火のときは、これを手前に入れつつ送り火を写すというのが定番になっている。
 夜は通年ライトアップされていて、その姿も美しい。池の水がきれいじゃないだけに、夜の方が雰囲気がよさそうだ。

奈良紅葉風景-4

 春日大社の裏手あたりにあった祈願所。七五三はもう過ぎたはずだけど、それっぽい親子の姿が目立った。
 こんもり盛り上がる絵馬の数に圧倒される。親の我が子に対する願いは、自分自身の願望や恋愛なんかよりもずっと強くて切実だ。けれど、このときは健康に育ってくれさえすればいいというささやかな希望も、やがては恋愛もお金も成功もとだんだんずうずうしく欲深くなっていく。それもまた愛すべき人間の性というべきか。

奈良紅葉風景-5

 春日大社の廻廊。
 斜めに差し込む明るい木漏れ日に照らされる朱色が鮮やかだった。
 本物の寺社が持つ朱色は私の心に強く訴えかけてきて、深い部分で共感するものがある。この色を見ると、ふと我に返る。単純にきれいだと思うのではなく、自分の感覚をニュートラルに戻してくれるような感じがある。都会暮らしのあとで田舎の実家に帰るとこんなふうに感じるのかもしれない。
 創建時の春日大社もっと質素なたたずまいだったようで、今のような姿になったのは平安時代になってからだそうだ。春日大社についてはあらためて詳しく書きたいと思っている。

奈良紅葉風景-6

 奈良公園周辺には大きく景観を壊すような建物も少なく、民家も風景の中にさりげなく溶け込んでいる。
 志賀直哉は奈良公園のはずれに居を構えて10年間暮らした。現在は旧宅として公開されている。何年か前に奈良を訪れたときは、こんなところに住むなんて志賀直哉は相当変わり者だなと思ったのを覚えている。けど、今はその気持ちが分かるようになってきた。だんだん歳を取るということはそういうことなのだろう。
 京都から奈良に移ったあと、志賀直哉は鎌倉へと移り住んだ。

奈良紅葉風景-7

 東大寺裏の紅葉並木。
 奈良は紅葉の名所といいながら、ここという決まったポイントがない。イチョウの黄葉でいえば正倉院周辺ということになるのだろうけど、もみじの紅葉は一応奈良公園全体がそうなるのだろう。
 いくつかポイントがある中で、ここはなかなかよかった。染まり具合がまばらでまだ少し早かったけど、今週末あたりは見頃になるはずだ。夕方になると光が当たらなくなるから、太陽の高い内の方がよさそうだ。

奈良紅葉風景-8

 これは東大寺南大門の南あたりだったろうか。
 赤い葉を西日が更に赤く染めて、後ろの白塀とのコントラストが鮮やかだった。

奈良紅葉風景-9

 紅葉とお茶屋さんと若いカップル。注文を聞きに来た店員さんと対峙した一瞬が、あ、絵になると思って慌てて撮った。後ろのおばさまたちがちょっと邪魔だった。惜しい。
 でも、これは今回奈良で撮った写真の中でお気に入りの一枚となった。

奈良紅葉風景-10

 老若男女、誰もがデジタル写真を撮る光景が当たり前となった。一眼にしろコンパクトにしろ携帯にしろ、デジタル派が圧倒的に多数になったのは、ほんのここ数年のことだ。10年前を思い返してみると、デジカメを持っていた人間などほとんどいなかった。5年前、デジタル一眼を使っていた人間もごく限られた人たちだった。今では子連れの若いお母さんもデジイチで写真を撮っている。
 おそらく、世界の中で今一番多くの写真を撮っているは日本人に違いない。この先の未来の写真事情はどんなふうになっていくのだろう。

奈良紅葉風景-11

 日没が近づいて、写真時間はほぼ終わりとなる。晴れのち曇りの天気予報を覆して、最後まで晴れ続けていてくれたことは幸運だった。夕焼けは見られなかったけど、光に関してはまずは申し分ない条件だった。
 転落して壊れたのがレンズフードだけだったというのも、考えてみると非常な幸運だった。前半でカメラが壊れていたら、後半は楽しめない奈良となっていた。奈良の神が守ってくれたのだろう。鹿にたくさんご飯を食べさせたお礼だったかもしれない。どうせならコケる前に助けて欲しかったとも思うけど、それをいっちゃあ、ありがたみが感じられないというものだ。奈良の関係者の人たち、どうもありがとう。

 奈良の写真はまだやっと3分の2くらいが現像できたところで、使いたい写真はまだまだたくさんある。
 明日以降の奈良シリーズは、そろそろ寺社編に入っていく予定でいる。調べて勉強もしないといけない。また長編になりそうだ。
 つづく。

撮って撮られて鹿コレクションin奈良公園 <奈良シリーズ第二回>

奈良(Nara)
奈良の鹿コレクション-1

PENTAX K100D+SIGMA 17-35mm f2.8-4



 東大寺大仏殿と中門と鏡池と鹿。欲張って全部入れてみた。とても奈良らしい風景だ。奈良へ行ってきましたという証拠写真としてこれ以上はないといってもいい。
 現在、奈良公園には約1,300頭の鹿がいるといわれている。鹿密度としてはどうなんだろう。至るところに点在しているとはいえ、イメージの中ではもっと密集して群れになっているような思い込みがあったから、今回行ってみて意外と少ないようにも感じた。1,300頭といわれてみれば、なるほどそれくらいかなと納得する。
 あまり意識されてないと思うけど、奈良公園の鹿は国の天然記念物に指定されている。もちろん、ペットとして飼ってはいけないし、傷つけたりすると処罰の対象となる。
 あいつらは一体誰の所有物で誰が世話をしているんだと疑問に思ったことがある人も多いんじゃないだろうか。基本的にやつらは野生なので誰のものでもなく、誰も世話をしていない。勝手にあそこで暮らして、勝手に繁殖している。強いていえば国のものであり、奈良の鹿愛護会というところが世話をしているということになるだろうか。鹿せんべいの売り上げが保護活動資金の主な財源となっている。
 ただ、鹿せんべいが彼らの主食ではなく、あれはおやつに過ぎない。主食は草や木の実や皮などだ。観光客が少ないシーズンオフの平日はさぞやおなかを空かせているだろうなどと心配することはない。鹿は鹿せんべいなしでも生きていける。もしあれがなければ生きていけないのなら、店先で売ってる鹿せんべいはあっという間に襲撃されてなくなっている。おみやげ物屋のおばちゃんと鹿たちの激しい攻防戦が日々繰り広げられているという話も聞かない。なんでも店先に置いてある鹿せんべいには決して手をつけないんだそうだ。意外と賢いというか律儀な鹿さんなのだった。

 今日は奈良公園で撮ってきた鹿写真コレクションをお送りします。紅葉とのセットではほとんど撮れなかったのが残念だったのだけど、鹿はなかなかのフォトジェニックでよかった。中でも人と絡んでいる鹿が奈良公園らしくて、そういう写真が多くなった。最後には私まで登場してしまっている。

奈良の鹿コレクション-2

 春日大社の一の鳥居から中に入って浮見堂へ向かう途中あたりに鹿がたくさんいた。やつらは犬のように鼻が利かない。この時点ではまだ私が持っている特製鹿せんべいに気づかず、平和な雰囲気の中で地面で食べ物を探っていた。このあと私が一頭の鹿に自家製鹿せんべいをあげたことで事態は一変することになる。
 このあとどういうことになったのかは最後の写真で。

奈良の鹿コレクション-3

 時系列は前後するけど、興福寺の境内が鹿とのファーストコンタクトとなった。鹿に鹿せんべいをあげるヒルトン姉妹(たぶん違う)。
 鹿はかなり広範囲に散らばっていて、ときには県庁や近鉄奈良駅あたりまでやって来ることがあるそうだ。奈良公園近くに住んでいる人は自分ちの庭に鹿がいても驚かないのだろう。夜はJR奈良駅でも目撃例があるという。
 そもそもどうして奈良に鹿がいるのかといえば、それは春日大社と大いに関係がある。
 かつて春日大社がこの地に創建されるとき、鹿島神宮の祭神が神の鹿に乗ってやって来たという伝説が始まりだった。そのため、もともといた鹿が大事にされ、それ以来どんどん増えていって現在に至っている。ただし、戦後は食糧難で鹿の数は100頭を切るところまでいっている。
 早起きは三文の得のことわざは奈良の鹿が由来になっているという説がある。昔は鹿に危害を加えたり殺したりすると厳罰に処せられて、不慮の事故でも責任を取らされて罰金刑になったそうだ。それで、もし朝、家の前に鹿の死骸があったりすると三文の罰金が取られたのだとか。早起きして家の前を見て、鹿が死んでないか確認して、もし死んでいたら罰金を逃れるためによそへ持っていくということが行われていて、そこから早起きすると三文の得になるということわざが生まれたのだとか。
 たぶん、あとから作られた話だろうとは思うけど、話のネタとしては面白い。

奈良の鹿コレクション-4

 サツマイモをあげて鹿たちに襲われる中国人の女の子たち。喜びつつもちょっとひるんでいた。
 世界遺産の強さと中国の発展を強く感じる。世界遺産関係の場所はどこへ行っても外国人が多く、中でも中国人は最近すごく増えた。それだけ国に裕福な家族が多くなったということだろう。外国の日本ガイドブックにもかなり偏りがあるようで、世界遺産のところに外国人が集中して、それと同じくらい日本で有名なところでもバタッと外国人の姿がなくなるところがある。そのギャップが激しい。
 これは日本人の海外旅行にも同じことが言えるのだろうけど、ガイドブックを見るなら国内向けのものを見た方がいいところを見逃さずに済む。

奈良の鹿コレクション-5

 立派な角を持ったオス鹿が春日大社の参道にいて、人々がちょっと恐れをなしつつ周りを取り囲んで撮影会になっていた。やはり鹿の角というのは迫力があって、みんなこれを見るとうかつに近づけないでいる。刺されたら痛そうだ。
 9月から11月は鹿の発情期だから、オスの角は切り落とされているものが多いのだけど、中には角をつけたままのやつもいる。性格で判断されているのだろうか。
 その角はおみやげ屋で売っていて、これが高くてびっくりする。ちらっと見たら1万5,000円くらいしていた。頭にくっつけて街を歩けばみんなよけて通るだろう。

奈良の鹿コレクション-6

 茶色っぽい粉をなめている鹿がいて、鹿のエサでももらっているのかと思ったら、どうやら玄米を精米したときに出た米ぬかのようだ。米ぬかは鹿せんべいの主成分だから、鹿の好物なのだろう。一所懸命ぺろぺろなめていた。
 私の鹿せんべいもそうだったけど、特にせんべい状にこだわる必要はないようだ。わざわざ焼いてせんべいにしなくても、米ぬかとサツマイモをそのまま持っていけばよかったのだ。食感に対するこだわりはないと見た。

奈良の鹿コレクション-7

 若草山から二月堂などがあるあたりに向かう道路脇には、おみやげ物屋さんや旅館が立ち並んでいる。どこも昭和の香りが色濃い。
 鹿もたくさんうろうろしている。観光客が多くて、おみやげ物を買うついでに鹿せんべいも買ってしまうというパターンを狙っているのだろう。店の前で人の後ろに並んでいる鹿もいた。
 写真はレンズフードが壊れたあとに撮った写真なので、盛大にフレアが出ている。CGっぽくて私は嫌いじゃないのだけど、これを見るとフードの必要性がよく分かる。あれは単なる飾りではないのだ。光が入り込みすぎることで写真のコントラストも下がってぼんやりした画像になってしまう。
 逆光でフードがない場合は、レンズの上に手をかざせばある程度フレアやゴーストは抑えられる。

奈良の鹿コレクション-8

 鹿の群れを撮っていたら、何の断りもなく突然女の子が走ってフレームインしてきた。うわっ、なにするんだー、と思ったけど、面白いから採用してしまう。これがおっさんなら怒るところだけど、小さな女の子ならかまわない。

奈良の鹿コレクション-9

 撮りたかったのはこういうところだったけど、これでは要素が全部不足している。絨毯となるイチョウの落ち葉も足りないし、鹿の配置もよくないし、光線も少ない。残念、惜しい。

奈良の鹿コレクション-10

 夕暮れが近づくと鹿たちのテンションが一気に下がる。メシも食べておなかいっぱいになって、やれやれ今日も観光客の相手は疲れたなとばかりに、とぼとぼとどこかへ歩き去っていく。ねぐらに戻るのだろうか。
 そんな後ろ姿を見て思う。鹿の尻って白いんだ、と。

奈良の鹿コレクション-11

 ツレが撮った写真。鹿を引き連れて歩く私の図。
 ものすごい慕われようで、取り囲まれたり、鹿せんべいを入れている袋を噛みちぎられそうになったり、尻に頭突きを食らわされたり、鼻汁を服につけられたり、走って逃げてもどこまでもついてきたりして大変だった。
 ここで得た教訓としては、たくさん鹿がいるところで無闇に鹿せんべいを与えてはいけないということだ。調子に乗るとエライ目に遭う。鹿せんべいを与えるときは、2、3頭のところにしておいた方が無難だ。それでもいつの間にか他のやつが駆け寄ってきたりするから油断ならない。

 今回の奈良行きの第一の目的であった鹿との触れ合いは、充分達成されたといっていい。鹿せんべいは好評の内に完食となったし、鹿にも触ったり触られたり、写真もたくさん撮った。楽しくもあり、面白くもあった。けど、鹿があれほど凶暴だとは思わなかった。特にオスが荒っぽい。頭突きをしてきたのは全部オスだった。発情期だったということもあるかもしれない。これが子育ての季節ならメスの方が凶暴になるのだろうか。
 鹿と遊んでもらって、もうおなかは八分目くらいまでふくれた。残りの2割が紅葉と神社仏閣巡りとなった。そのあたりについては明日以降また書いていきたいと思っている。奈良編はまだ始まったばかりだ。
 つづく。

乗り継いで囲まれてすべって転んだ奈良

奈良(Nara)
奈良行き-1

PENTAX K100D+SIGMA 17-35mm f2.8-4/Panassinic DMC-TZ1



 奈良行きから戻りましたこんばんは。
 いろいろあって必ずしも無事というわけではないのだけど、なんとか無事帰宅。いやはや盛りだくさんだった。
 写真のRAW現像を一気にやるのは無理なので、今日のところは時間経過に従って主だったところの写真を紹介するにとどめておこう。奈良シリーズはけっこう長くなりそうだ。個別に書いてると大変だから、多少はまとめつつ省略しつつという感じで6、7回におさめたいと思っている。
 まずは近鉄の朝写真から。
 近鉄の旅はいたってのんきなものだ。名古屋から三重、関西方面では馴染みのある鉄道会社だけど、全国的な知名度はどうなんだろう。
 名古屋から奈良へは、JRの直通が今年の3月くらいに廃止になってしまって、乗り継がなくては行けなくなってしまった。どうせ乗り継ぐなら近鉄の方が安いということで近鉄で行くことにした。よく知られたウラワザとして近鉄の株主優待乗車券というのを1,000円くらいで買って、急行のみで乗り継ぐとその金額で奈良や京都、大阪まで行ける。
 写真はどこの駅だったか忘れてしまったけど、聞いたことのないローカル駅だ。朝の光とのんびりムードがただよう近鉄のホームの風情がよかった。

奈良行き-2

 近鉄奈良駅から歩いて巡る奈良の旅は、興福寺の五重塔から始まる。
 横の方で大がかりな工事をしていて雰囲気を壊してしまっていたのだけど、五重塔は相変わらず立派だった。何年か前、車でふらっと行ったときもここは見ているはずだ。初めて見たのは中学の修学旅行だったと思う。そのときの記憶は残ってない。
 先を急ぐので、興福寺は五重塔を見ただけで終わった。国宝の特別展示もしていたけど、入場料1,000円に恐れをなして逃げた。奈良もちょくちょくお金を取るところがあって、どこも高いから油断できない。

奈良行き-3

 今回の奈良行きの一番の目的は、紅葉撮りでも寺社巡りでもなく、自分で焼いた鹿せんべいを奈良の鹿にやって食べるかどうかを見るためだった。シャレではなく本気で。枚数というか分量も、合計1キロ以上はあった。
 しかし、それによって大変な目に遭うことにこのときの私はまだ気づいていない。女の子が市販の鹿せんべい(10枚150円)をやっているところを写真に撮る余裕があった。鹿がまさかあんなに凶暴だったとは。

奈良行き-4

 問題の鹿たちの登場だ。立ってぼぉーっとしてるやつやひなたぼっこをしながらしゃがんでるやつなど、5、6頭がいて周りに人影がなかったので、ここはチャンスと試しに持参した鹿せんべい(見た目は鹿お好み焼き直径約30センチ)をちぎってやってみた。最初は見慣れない食べ物に警戒して食べなかったやつも、くんくん匂いを嗅いで一口食べたところで態度が急変。やつらが好物だというサツマイモをふかして練り込んだ特製鹿せんべいの美味しさに気づいたようで、次も早くよこせと矢の催促。それを見た他の鹿たちも寄ってきて、調子に乗った私はあっちにもこっちにもやってしまい、あっという間に取り囲まれた。身の危険を感じて逃げる私。追う鹿の群れ。気の荒いオスは角で私の尻をこづき回してくる。わー、たすけてー。
 逃げてもにげてもどこまでも追いかけてくる鹿たち。この日私は、奈良公園で鹿たちの一番の人気者になった。そのときの様子をツレが激写していたので、もしかしたら紹介できるかもしれない。あまりにも恥ずかしい写真だった場合は日の目を見ることもないだろう。

奈良行き-5

 鹿たちの襲撃から這々の体で逃げ出した我々は、息を整えつつ春日大社へ向かった。その途中で事件は起きた。
 道を渡って芝生広場に降りる途中、階段状の段差から私が落下。落ち葉に乗って足を滑らせたのだ。左腕からたたきつけられて、デジもどこかに打ってレンズフードが砕けた。腰と足も打ったようで一瞬どうなったか分からなかった。左腕は大きくすりむけ、骨までいってしまったかと思うほど腫れ上がってきてびっくり。
 結果的には体もデジも無事だったからよかったものの、へたしたら大けがになっているところだった。危ない、危ない。
 鹿騒動といい、転落事故といい、波乱含みの奈良巡りはまだ始まったばかりだ。

奈良行き-6

 春日大社本殿の入り口に来た。紅葉はまだ早かった。見頃は来週末くらいだろうか。
 春日大社については、また改めて書こうと思っている。しっかり復習しなければ。

奈良行き-7

 大仏殿裏の鹿さんたち。実はここでも懲りずに自家製しかせんべいをばらまいて取り囲まれるという事態に陥った。そのときの様子を見知らぬ人たちが撮っていたから、きっとネットのどこかで私の写真が載っている。
 特製しかせんべいの作り方は簡単だ。玄米を精米したときに出る米ぬかに、つなぎとして小麦粉を混ぜて、ふかしたサツマイモをつぶして水を加えて一緒に練り込む。それをお好み焼きみたいに焼けばできあがりだ。調味料や油などは一切使用してはいけない。鹿に味付けはかえって毒になる。
 お好み焼き風、クッキー風、せんべい風と3種類作ってみたのだけど、混乱の中でどれが一番食い付きが良かったのかよく分からなかった。とにやくやつらは一飲みなのだ。せんべいじゃないと噛まなくていいから飲み込んでしまって、こちらに逃げる間を与えない。時間稼ぎができないからあっという間に取り囲まれることになる。
 これから奈良へ行く人はぜひ自家製の鹿せんべいを焼いてもっていくといいと思う。人気者になれること間違いなしだ。

奈良行き-8

 大仏殿と正倉院の間あたりの黄葉は、なかなか見応えがあった。
 正倉院が午後3時で閉まるということを知らずに行って入れなかったのは残念だった。イチョウは正倉院が一番きれいらしかったのに。教科書でもお馴染みだった高床式倉庫は、裏手の塀の隙間からちらっと見えただけだった。

奈良行き-9

 鹿と撮る人たちとシルエットの私たち。
 ここでも特製鹿せんべいを蒔いてみたのだけど、週末の夕方ともなると観光客にたくさんせんべいをもらっておなかいっぱいになっていたようで、食い付きは悪かった。鹿の取り巻きおっかけ体験は午前中がベストタイムだ。

奈良行き-10

 紅葉の中の鹿風景写真は、もう一つ満足のいかないものだった。紅葉の進み具合がまだで、ロケーション的にも頭に思い描いていたような場面がなかった。イチョウの葉の絨毯の上で鹿たちが草をはんでいて夕方の光に長く伸びた影、といったようなところが撮りたかったのだけど。

奈良行き-11

 これは奈良の写真じゃない。奈良行きの翌日は名古屋に戻ってきて、弥富野鳥園でデジスコ教室に参加した。
 かなりデジスコやる気満々の私とツレ。教室にまで行ってしまう熱の入れよう。
 これは実際の機材を使わせてもらって撮った写真だ。100メートル以上向こうにいる鳥をこの大きさで写せるというのは魅力的だ。
 ただ、思った以上にピント合わせが難しくて、ブレもシビアだ。三脚に固定してレリーズケーブルを使っても、ラフに操作するとはっきりブレる。ピント合わせもコンパクトデジのオートフォーカス任せになるのだけど、これもあまり当てにならない。
 実際に使ってみて難しさと面白さが分かった。結果的には近い将来買ってしまいそうだ。難しくて失敗写真ばかりになってしまったとしても、挑戦する価値はある。世界がぐっと広がる。

奈良行き-12

 名古屋駅セントラルタワーズもイルミネーションが始まっていた。まだクリスマスまでひと月もあるのに気が早い話だ。今日の夜などはイルミを見に来た客で大賑わいになっていた。
 私は3年くらい前に車の中から一度だけ撮ったことがある。あれから来年こそちゃんと撮りたいと思っていて、今年ようやく念願が叶った。このときの写真もたくさんあるから、また別の機会に紹介したい。

 明日からの奈良シリーズは、もう少しテーマを絞って紹介していくことにする。今日のところはここまでにしよう。眠気に襲われて負けた。文章の読み返しと手直しもまた明日。もう寝る。
 つづく。

冬の朝6時は誰もいない教室のように静かだ

室内(Room)
小学校教室

PENTAX K100D+smc Takumar 50mm f1.4



 奈良行きの朝、時間もないのに更新してみる。朝の6時。誰もいない教室のように外はまだ静かだ。
 さて、それじゃあ、そろそろ着替えて出かけよう。
 奈良の空は秋晴れだろうか。

気がつけば終わっていた野草たちの2007年 ---森林公園の続き

花/植物(Flower/plant)
森林公園2-1

Canon EOS 20D+SIGMA 17-35mm f2.8-4 / EF75-300mm F4-5.6 IS



 11月の終わりともなると、野草もめっきり少なくなる。気づいたら虫も飛び交っておらず、クモの巣さえ見ない。秋が深まり、季節はいよいよ冬へと向かう。
 森林公園の花もほとんどなくなっていた。わずかに残っていたのは、ノコンギクくらいのものだった。
 今年は夏以降の野草をほとんど全部すっ飛ばしてしまった。このブログでも野草の登場は少なかった。春先まではそれなりに追いかけていたのに、他ごとに気を取られていたらいつの間にか終わってしまっていた。また来年だ。
 今日は森林公園でわずかに残っていた花などを中心に、昨日の続きとなる。明日は奈良行きで朝4時半というスーパー早起きなので、今日はもう時間がない。ざっと写真だけ並べて終わりとする。

森林公園2-2

 上の写真のようにうす紫が一般的なノコンギクの色だけど、この濃い青も同じノコンギクだろうか。たぶんそうだと思うけど、種類が違うのかもしれない。
 この深い青はいい色だ。秋の枯れ葉ともよく合う。

森林公園2-3

 紅葉以外に色がなくなった森の中で、白色はよく目立つ。
 これはサザンカでいいのだろうか。サザンカ、サザンカ咲いた道、炊き火だ炊き火だ落ち葉炊き、だから、季節としても冬の始めでいいはずだ。
 でも、相変わらずツバキ、サツキ、サザンカ、ツツジなどは混乱しがちだ。

森林公園2-4

 夏は賑やかだった湿地帯も、今は寝静まったように動きがない。花は咲いておらず、虫の動きもない。寒さというものがいかに生き物にとって過酷なもので死をもたらすかというのを目の当たりにした気がした。
 ただ、その一方で寒くないと生きられない生き物もいるわけで、そういう意味でもこの世界は良くできていると言うべきなのだろう。

森林公園2-5

 シラタマホシクサも枯れ草同然の白い玉になっていた。姿はとどめていても、もう生きてないのかもしれない。
 そういえば今年はシラタマホシクサも見逃したし、一度見たいと思っているワレモコウも見られなかった。野草の勉強もまったく進まなかった。

森林公園2-6

 冬に赤い実をつける木はたくさんあるけど、私はナンテンくらいしか知らない。ガマズミとか、シロダモとか、マンリョウ、センリョウなどいろいろあっても、あまり区別をつけようとは思わない。樹木は花も実も見分けが難しい。

森林公園2-7

 グラデーション。

森林公園2-8

 紅葉はまだこの程度。全国的に今年は遅いようだけど、その中でも名古屋は遅れている方だと思う。見頃は来週末くらいだろう。
 奈良も場所によっては見頃が近づいたところと終わったところがあるようだ。混雑はどの程度なんだろう。奈良は人が少ないときしか行ったことがないから、賑わっている奈良の姿が想像できない。

森林公園2-9

 葉を落とした木々と秋の夕空。
 秋は空気が澄んで空が高いというのは本当だ。遠くまでよく見渡せる。その原理がどういうものだったか、前に勉強したような気がするけど忘れてしまった。春と秋の違いなども覚えたつもりなのに思い出せない。近いうちにもう一度調べ直そう。

 今日はここまでとする。
 明日はちゃんと早起きして、近鉄を乗り継いで奈良まで行くのだ。くれぐれも寝過ごさないようにしなければ。
 ということで、明日土曜日は更新休みの予定です。
 日曜の夜に持ち帰った奈良写真をちょこっと紹介できるといいな。
 ちょっと行ってきます。

紅葉と鳥撮り準備運動として森林公園へ行くも中途半端に終わる

紅葉(Autumn leaves)
森林公園紅葉前-1

Canon EOS 20D+SIGMA 17-35mm f2.8-4 / EF75-300mm F4-5.6 IS



 そろそろ紅葉も本格化したというのに、最近少し散策を怠けていた。というよりも日没の早さに後れを取って、行きたくても行けない日が続いていた。
 このままずるずるいってしまうのはよくないと、今日は少し時間を作って、夕方尾張旭の森林公園へ行ってきた。どこに行こうか迷ってここに決めたのは、ここなら紅葉と鳥と両方撮れるだろうと考えたからだ。しかし、結果的にはどちらも中途半端になって、失敗したなと思うことになる。
 それでもそれなりに写真は撮ってきたから、その写真を並べることにした。季節外れとはいえ、森林公園は一年中何かは撮るものがある。

森林公園紅葉前-2

 いつも森林公園は北門から入る。一般的な東門からよりも、植物園に行くにはこちらの方が回りやすい。
 駐車場から上がったすぐにある大道平池は毎年カモがあまりいない池なのに、今年はけっこう数がいた。写真の黒いツブツブがそうだ。今日がたまたまそういう日だったのか、今年から傾向が変わったのか。
 けれど、ここはカモとの距離があまりにも遠すぎて、デジタル一眼の望遠レンズではまるで届かない(上の写真は広角レンズ)。これくらい離れてしまうとデジスコでも大写しにするのは難しそうだ。
 
森林公園紅葉前-3

 今日は風が強い寒い日で、空はよく晴れていた。秋空らしい青だった。
 紅葉はやや進んでいるものの、まだ本番というほどではない。ここへきて一気に冷え込んではいるけど、秋が暖かかったから、木々も慌てて冬支度をしてる頃だろう。今年の色づきはあまり期待できないかもしれない。いい色になるためには寒暖の差がなくてはならないのに、今年の秋はそれが弱かった。

森林公園紅葉前-4

 赤だけでなく、黄色の黄葉もいい。シチュエーションによっては絵になる。落ち葉の絨毯になったときは、紅葉の赤よりむしろ黄色の方がきれいな場合がある。

森林公園紅葉前-5

 今日見た中で一番紅葉が進んでいたのがここだった。まだまだ染まり具合がまだらで、ピークには遠い。見頃は来週以降になりそうだ。12月に入ってからという可能性もある。このまま地球温暖化が進むと、30年後くらいにはクリスマスと紅葉が同時期になってしまうなんてこともあり得る。
 紅葉は赤一色よりも染まりかけのオレンジと緑色がある方が立体感があっていい。桜がそうであるように、紅葉も7分、8分くらいが一番いいときなんじゃないだろうか。写真を撮るなら特にそうだ。

森林公園紅葉前-6

 ここへ来て毎回思うのが、やっぱり鳥まで遠いなということだ。懲りずに何度行っても遠い。岩本池は広くて、ほとんどの鳥たちは散策路の対岸近くに固まっている。あちらまでは人間が行けないことを知っているのだろう。たまにこちら岸近くにいても、近づくと慌てて逃げていく。警戒心が強くて愛想がない。
 遠くてはっきり確認できなかったのだけど、ここは毎年マガモ、コガモ、ヒドリガモあたりが多い。決まった顔ぶれがほとんどで珍しいカモはあまり飛んでこないような気がするけどどうなんだろう。私はたまにしかいかないし、何しろ距離が遠くてはっきり見えないから実際のところは分からない。
 とにかくカワウがやたらたくさんいて、木の上にコロニーを作っている。それもあってあまりたくさんのカモが飛来しないのかもしれない。

森林公園紅葉前-7

 比較的近くに浮かんでいてなんとか捉えることができたこいつらは何者だろう。ファンダーの中で見たときはカイツブリかと思ったけど、写真で見たらカモだった。単純にキンクロハジロかとも思ったけど、違う気もする。
 キンクロハジロなら体の横はもっと白が目立つはずだ。羽がまだ冬羽に生えかわってないからだろうか。スズガモはこんなところにいない。キンクロハジロのメスだろうか。

森林公園紅葉前-8

 スポットライトを浴びるように、止まり木に止まったサギ。コサギとは思ったけど、これまた遠すぎてコサギかダイサギかの区別もつかない。

森林公園紅葉前-9

 そうこうしてるうちにすぐに日没となってしまった。秋の夕暮れは容赦がない。逃げるように去っていく。
 日没になれば、鳥も紅葉も終わりだ。

 今日は軽くこんなところにしておこう。週末の奈良行きに備えて準備をしつつ早寝早起きをしなければいけない。明日は前日ということで、もっと手短になりそうだ。
 奈良の紅葉で2007年の紅葉撮りが本格的なスタートとなる。ここまではまだ準備運動を兼ねた前哨戦だった。
 メインに考えてるのは奈良公園で、鹿と人と紅葉を絡めてどう撮れるかがテーマとなる。頭の中に撮りたいイメージはあるけど、そんなシーンが実現するだろうか。
 今回、神社仏閣はついでで、写真以外では鹿との触れ合いが優先する。自家製の鹿せんべいを作ったから、それを奈良の鹿にあげるのだ。ちゃんと食べてくれるだろうか。かなり大量に焼いたから食べてくれないと困る。米ぬかが主成分だから、余ったら自分で食べるというわけにもいかない。
 家から鹿せんべいを焼いて持っていく人は少ないはずだから、土曜日に奈良公園で変わった大きな鹿せんべい(見た目は鹿お好み焼き)をやっている男がいたら、それは十中八九、私です。鹿に囲まれていたら激写してください。
 日曜日は愛知県のはずれで鳥の人になってます。
 紅葉と鳥撮りの準備は整った。あとは行って撮るだけだ。どちらも楽しみにしたい。

明治村を素直な気持ちで撮るとこうなる ---明治村で撮る<第六回>

施設/公園(Park)
明治村外風景-1

PENTAX K100D+smc Takumar 50mm f1.4



 明治村で撮った写真はまだある。整理にもずいぶん時間がかかって、今日になってようやくRAW現像を終えたのだった。自覚した以上にたくさん撮ったらしい。もうしばらく明治村ネタが続きそうだ。
 今回は明治村の外風景を集めてみた。ここまでの中で最も明治村らしさが出ている写真かもしれない。素直な気持ちで撮るとこういう写真になるという典型と言ってもいい。
 上の写真は帝国ホテル前の芝生広場だ。天気がよくてみんな気持ちよさそうだった。こういうふうに座ってくつろげるスペースが少ない明治村では貴重な場所となっている。お弁当を広げるにもいい。実際、小学生のチビどもはここでお弁当タイムをしていた。
 写真の右側に「食道楽」というスタンド食堂があって、そこの名物の「ひき肉と男爵芋のコロツケー(150円)」を食べたいとずっと思っているのに、いまだに食べられないでいる。一人で行って、コロッケ1個買って、歩きながら食べるってどうなんだという心の葛藤があって、それにいつも負けてしまう。いつの日か、私は明治村のコロッケが食べられるだろうか。

明治村外風景-2

 工部省品川硝子製造所の中には「デンキブラン汐留バー」というのがあって、そこで日本初のカクテル「デンキブラン」を飲むことができる。飲んだらしびれそう。
 その他、ワイン、コーヒー、ジュースなどもあって、オープンテラスが用意されている。ここで絵になる人が何か飲んでいる姿は格好の被写体だ。

明治村外風景-3

 明治の終わりに半田市にあった半田東湯が移築されていて、古い銭湯の姿を見ることができるようになっている。
 中は狭い。これで一体何人入れたのだろう。私たちがイメージするような大きな銭湯は、思っているよりも新しいスタイルのようだ。
 見学だけではなく、100円で足湯を楽しむことができる。冬場は出てから寒そうだけど、夏は気持ちいいだろう。歩き疲れたらここで一服してもいい。私は先を急ぐ。この日は3時間半ほぼノンストップで歩き続けて撮り続けた。

明治村外風景-4

 赤レンガの優美な門は、金沢監獄の正門だったものだ。監獄の門にさえこの造形美というのが明治の偉大なところだ。気持ちに余裕がある。建物というのは機能的でありさえすればいいとうわけではないということがこの門一つ取っても分かる。お金をかけて豪華にするというのではなく、きちんと時代の美意識を持って、100年後まで残したいと思える建物を建てて欲しい。
 手前にとまっているのは村営バスで、これに乗って主要なところを見て回ることもできる。ただ、500円の1日券しかないからちょこっと乗るにはもったいない。途中の建物もだいぶ飛んでしまう。1回乗るのに100円とかにしてくれた方が親切だ。

明治村外風景-5

 このときはまだ紅葉が始まったばかりだった。今頃は村内のあちこちが色づいてきれいになっている頃だろう。何度も行ってるのに、桜と紅葉に当たらない。どちらも絵になりそうなポイントはいくつもある。
 向こうに見えているのは、金沢監獄中央看守所だ。その下が檻房になっている。
 当時の金沢監獄では、この看守所を中心に檻房が放射状に伸びていて、一階にある看視室から廊下の様子がすべて見えるような作りになっていたそうだ。
 現在は監獄内に囚人人形がいて、当時の生活の様子を再現している。布団に入るところだったり、ご飯を食べているシーンだったり、生活感たっぷりでちょっと笑ってしまう。狭いながらも楽しい我が家という感じで、監獄の厳しい日々を再現できていない。

明治村外風景-6

 明治村2丁目のメインストリートであるレンガ通りは私の好きな風景だ。このときは閉園間際で人がほとんどいなくなっていたけど、ここはいつも賑わっている。
 正面の建物は山梨県にあった東山梨郡役所で、事務所や村長室などがある。明治村の初代村長が徳川夢声だったことを覚えている人は少ないかもしれない。2代目の森繁久彌の方が印象が強い。現在は3代目を小沢昭一がつとめている。といってもめったに来るものではなく、何かのイベントくらいにしか顔を出さないのだろう。

明治村外風景-7

 明治5年に日本で初めての鉄道駅「新橋」が汐留にできて、その跡地から出てきた赤レンガで作ったのが汐留レンガ迷路だ。明治時代の人がレンガ迷路で遊んでいたとかそういうことではない。
 この発掘赤レンガは汐留火力発電所の煙突基礎部分にも使われている。
 無料で簡単な迷路なので、入った人は迷わずすぐに出てきていた。私は一人で迷路に興じている場合ではないので写真を撮っただけで終わった。

明治村外風景-8

 江戸末期から明治にかけての開国によって外国船のための灯台が必要となった。この品川灯台は、明治3年(1870年)に建てられた最初期のもので、同時期に観音崎、野島崎、城ヶ島も作られている。一番古かった観音崎灯台がなくなってしまった今では、この品川灯台が現存する日本最古の灯台となった。
 とても小さくて、中に入ったりすることもできない。
 光源の機械部分は左の建物の中に保存展示されている。

明治村外風景-9

 明治村の隣には入鹿池(いるかいけ)が広がっている。夏はブラックバス、冬はワカサギ釣りで有名なところだ。私も中学の頃何度か来たことがある。あのときは早朝の3時頃みんなで集まって、自転車でここまで来たのだった。4時間くらいかかっただろうか。今は4時間も自転車をこぐなんてことは考えたくもない。
 だいぶ水量が減っていたのは季節柄なのか、雨不足だからか。カモたちの姿は見あたらなかった。

明治村外風景-10

 日没が近づくと太陽が雲に隠れてしまった。こういう場所でも光は重要で、光があるとないのとでは写真も全然違ってくる。光がなければつまらない写真になってしまうし、光があることで平凡な風景が非凡なものになる。
 でも、夕暮れ時の聖ヨハネ教会堂はちょっとよかった。引きの美学という言葉があるけど、写真における自分と被写体の距離感というのは大切で、近づいた方がいいこともあれば離れた方がかえって印象的になることもあって、そこが難しいところでもある。私が引いた絵が好きなのは、それが私の世界に対する見方だからなのだろうと思う。

 素直にありのままの明治村の様子を撮ろうとすると、今日のような写真になるのが普通だろう。平凡で面白みはなくても、狙いすぎてない安心感はある。もともと私はこういう写真が好みだった。絵はがき的な写真も嫌いじゃない。
 ただ、ここに戻ってくるには一周してくる必要がある。創意工夫と奇をてらった狙い写真を通過して突き抜けた向こう側からぐるりと回って元の場所に戻ってくればいい。狙ってみないと狙いが何故よくないのかも分からないし、これ見よがしで嫌味な写真というのも撮ってみてこそ駄目なところを理解できる。
 明治村というのは本当に勉強になるところだ。被写体に事欠かなくて、可能性がたくさんある分かえって難しくなる。必ずしも上手く切り取る必要はないけど、平凡じゃない個性的な写真を撮ろうとしたときどうやって撮ればいいのか考えるきっかけになる。
 写真を撮るということは、いい写真というのはどういう写真なんだろうという自問自答を続けることでもあると思っている。その答えは撮りながら探していくしかない。私にはまだ見えない。

名古屋を走ればコメダさんに当たるから入ってシロノワールを食べよう

名古屋(Nagoya)
コメダさん-1

Canon EOS 20D+SIGMA 18-50mm f3.5-5.6



 あなたはコメダさんを知っているだろうか。
 その問いに対して8割の名古屋人はもちろんと答え、中部地区以外の人の8割は誰ですかそれと答えるだろう。いやいや、人じゃなくて喫茶店のことなんだが。
 全国平均2.5倍の喫茶店がある喫茶店王国の名古屋の中でも、群を抜く知名度と支持を集めているのが、喫茶所コメダ珈琲店だ。中部地区を中心としたチェーン展開の喫茶店で、ここらの人は親しみを込めてコメダさんと呼ぶ。ちょっとコメダさん行こまい、ってな感じで。
 名古屋を歩けばコメダに当たる、というとちょっと大げさだけど、車で15分も走ればコメダに当たるのは間違いない。そこからどの方向に走り出しても15分後にはまた別のコメダがある。黒字にオレンジ色の看板と、ログハウス風の建物が目印だ。
 たいていお店は広めの駐車場を持っているのも特徴の一つで、車社会の愛知県らしい店構えとなっている。駐車場がないような喫茶店に名古屋の人間は行かない。名古屋人は家から歩いて3分のコンビニだって車で行く人種なのだ。
 それにしてもコメダさんの人気はすごい。いつ行っても店の中は人がいっぱいで、駐車場も混み合っている。休みの日などは駐車待ちの車の列ができるくらいだ。その原因は長居する客が多いところにもあるのだけど。
 客層は多岐にわたっている。午前中のモーニングタイムにはサラリーマンから暇そうなおじさん、おばさまが占拠し、午後は主婦の井戸端会議に使われ、夕方からは学生なども増えてくる。赤ん坊連れのお母さんからおばあちゃん、女子高生、ニイチャンからおじさん、じいさんまで、それこそゆりかごから墓場まで状態になっている。自由業的な人が仕事をしていたり、デートにも使われたりするあたりにもコメダの懐の深さがある。
 行ったことがない人がイメージするのは難しいだろうけど、昭和の喫茶店とファミレスが合体したようなところといえばなんとなく分かってもらえるだろうか。おしゃべりするにも仕事をするにも雑誌を読みふけるにも、長居しても大丈夫な雰囲気が人気の秘訣なのだろう。なので、混雑している割には客の回転率が悪くてそれほど儲かっていないのかもしれない。
 ファミレスほど洗練されてもおらず、照明はやや暗めで、必要以上に干渉されないところがいいというのもある。珈琲はお代わり自由とかではないし、水の継ぎ足しに回ってきたりもしない(たぶん)。誰かがどこかで書いていたけど、「ノーメイクで行ける喫茶店」というのがコメダの特質を端的に表しているかもしれない。コメダさんは決してカフェなどではないのだ。

 このように名古屋人にとってはなくてならない喫茶コメダなのだけど、実は私はつい最近まで入ったことがなかった。大学生の頃は毎日のように喫茶店に入り浸っていた私だけど、卒業後はまったく行くことがなくなってしまったので、コメダさんも入る機会がなかった。大学の頃は今ほどコメダは多くなくて、その存在も知らなかった。それではいけないということで、ツレを伴って初めて入ったのが夏の終わりのことだった。一回ではネタ的に弱かったので、この前もう一度行ってネタを集めてきた。
 今日は私たちが食べたコメダさんのメニューを紹介しながら、コメダさんについて少し勉強していこうと思う。
 コメダ1号店ができたのが1968年のことだ。西区の那古野に個人経営の喫茶店として誕生した。コメダの名前は、オーナーの実家が米屋だったからというずっこけそうな由来だ。マスターが米田という名前だったわけではない。
 かつて瑞穂区にあった「本店」は別のオーナーに売却されて、今は「上山店」となっている。あれが1号店ではない。2号店は高岳店で、3号店は今池店だそうだ。
 1970年には株式会社となってフランチャイズ展開が始まった。それから40年近くで300店舗ということは、1年に7店舗のペースで増えていることになる。確かに油断しているといつの間にかできているからうっかりできない。レシートの裏にはたくさんの店舗名が印刷されているけど、あれは全部収まっているのかどうか。
 コメダの増え方の面白いのは、主要都市や立地がいい場所にいきなり飛び込むのではなく、搦め手で周りからじわじわ浸食するように増えていくところだ。
 たとえば関東でいくと、直接東京に殴り込むようなことはしない。まずは神奈川に上陸して様子を見つつ、その地域での浸透をはかる。そこから少しずつ東京に向かって距離を縮めるように店舗と陣地を増やしていって、やがて町田市まで到達した。まるで桜前線のように西から東へ進んでいき、気がつけば東京に入っていたという作戦だ。そして今年2007年8月、ついに東京23区内に進入することに成功した。コメダは多摩川を越えたのだ。しかし、そのチョイスが大田区「下丸子店」というのが渋いというか奥ゆかしい。いきなり東京の中心部に食い込もうとして見事にはじき飛ばされた「すがきや」とは違うのだ。
 2006年11月には関西進出1号店を奈良県(奈良中央店)に出している。関西1号店を大阪でも京都でも神戸でもなく、あえて奈良に出すあたりがコメダさんらしい。こうして日本全国、いつの間にか知らない間に自分の街がコメダに占領されていることに人々は気づくのだ。コメダ深く静かに潜行せよ作戦とでも名づけよう。
 実はもう、あなたの街にもコメダさんが素知らぬ顔をしているかもしれない。公式サイトでぜひ確認して欲しい。
 って、なんだこりゃー、と驚く。喫茶コメダは300店舗も持つ大チェーン店なのに、つい最近まで公式サイトを持っていなかった。少し前にやっと作ったと思ったら表紙しかなかった。ごく最近になってやっとページが増えたのだけど、一部のメニュー紹介と、何故か三重県の店舗が5軒紹介されているだけだ。ぺージ数も3ページになったにすぎない。前回表紙のときは3年間そのままだったから、今回もまた2、3年このままなのかもしれない。
 だから、コメダの店を探すときは個人が運営しているファンサイトを見るしかない。まったくもって宣伝活動には興味がないコメダさんなのだ。そのあたりもコメダらしいといえばらしい。
 でもコメダがのんきな性格とかやる気がないとかそういうことではなく、通常の店舗の他にも「和風喫茶 甘味喫茶おかげ庵」や「高級喫茶 吉茶」の実験店も展開するなど意欲的なところも見せる。その店はコメダテイストを残しながら和風や高級に特化したものとなっているらしい。機会があれば一度行ってみたい。
 前置きがすごく長くなった。コメダさんについてだいぶ分かったところで、そろそろメニュー紹介といこう。

コメダさん-2

 コメダさんを代表するメニューであり、コメダさんの代名詞ともいえるのが、このシロノワールだ。シロノワールを食べずしてコメダに行ったことにはならないと言い切ってもいい。コメダ名物を飛び越えて名古屋名物の域にまで達している。
 暖かいデニッシュの上にどーんと乗っているのは生クリームではなくソフトクリームだ。パンが暖かいからソフトがだんだん溶けてくるので、溶けるのが早いか食べるのが早いか勝負となる。この上にメープルシロップをかける。もちろん、甘い。けど、暖かいのと冷たいのと甘いのが口の中で混ざり合って甘いのがよく分からない。最初はなんだこりゃと思う。でも、食べている内に妙に美味しく感じられて、食べ終わる頃にはなんだか知らないけど美味しかったなと思う不思議な食べ物だ。一度食べるとやみつきになって、しばらくするとまた食べたくなってくる。こうしてシロノワールのことを話している今も食べたくなってきている。
 ただし、相当大きいので注意が必要だ。直径20センチくらいあるだろうか。よほどおなかが空いてないと一人では厳しいものがある。二人で一つで充分だ。一人のときはミニシロノワールがオススメだ。普通サイズが560円で、ミニサイズは390円となっている。
 私はシロノワールの巨大さを知らなかったので、うっかりウインナーコーヒーを注文してしまった。クリームまみれになって、半分でもちょっときつかった。
 右にちらっと見えている袋は、名古屋名物喫茶店の豆お菓子だ。ピーナツだったり、ナッツだったり、甘い豆だったりする。名古屋では普通だから当たり前なのだけど、県外人に言うと笑われる。名古屋では昔からコーヒーを注文するともれなく豆お菓子がついてきた。別に全然おかしくない。これをポリポリ食べながらコーヒーを飲むのだ。
 開店から11時まではモーニングサービスとして、飲み物には問答無用にモーニングセットのパンとゆで卵が付いてくる。名古屋ではこれでも少ない方で、たいていのところではこれにサラダや果物などが付いてくるのが普通だ。パン食べ放題とか、トーストにおかず系のものが付いてきたりしてなにがなんだか大変なことになっているところもある。

コメダさん-3

 これまたコメダ名物、ブーツグラスに入ったクリームソーダだ。こんなものもわりと恥ずかしげもなく注文できてしまうところもコメダさんの偉大なところだったりする。
 長靴の形をしたグラスなんて、「男女7人夏物語」以来だ。靴先を上にしてビールを飲むと空気がごぼっとなって顔にかかるという懐かしいシーンを思い出す。
 しかしこいつもクリーム大量で食べるのが大変だ。うかうかしてるとソフトが溶け出してきてグラスからあふれ出してしまう。ちょっと焦る。
 味は昔ながらのクリームソーダで嬉しかった。子供の頃大好きだった味だ。
 左はツレが注文した名古屋名物の代表選手のひとつである「小倉トースト」だ(360円)。これは全国的に有名だと思うのだけど、名古屋人が思っているほどの知名度はないのかもしれない。
 いろいろバリエーションがあって、コメダのは小倉をトーストに乗せて食べるタイプだった。通常はマーガリンを塗ったパンに小倉を挟んで食べることが多い。コンビニでも菓子パンとして小倉サンドは普通に置いてあって、普通にみんな買って食べる。チョコサンドとかメロンサンドと同列のものと名古屋人は思っている。
 ツレの感想はまずまずといったところだったようだ。次はもっと美味しい小倉サンドを食べさせてあげよう。

コメダさん-4

 基本的にコーヒーなどの飲み物がメインの喫茶店ではあるけど、ちょっとした軽食なども用意してある。
 二度目に入ったときは名古屋名物とかコメダ名物にこだわらず、ミニコロッケを注文してみた。通常サイズはコロッケ3個とパン2個で710円で、ミニは510円だ。その他にもミニシリーズが増えてきて食べやすくなった。ミニとはいうけど、元々のサイズが大きすぎたり多すぎるから、ミニサイズでちょうどいい。
 味は普通に美味しい。びっくりするほどじゃないけど、まあ美味しいと言える。

コメダさん-5

 ツレが食べたカニグラタンもまずまず美味しかったとのことだ。私も一口もらって食べたけど、素朴な味だった。料理が得意なお母さんの料理レベルと思っておけば大きくは外れないだろう。
 食事系のメニューとしては、カツサンド、ハンバーガー、ピザなどの軽食がそれなりに揃っている。確かご飯類はなかったと思う。パスタもなかったような気がする。チェーン店でありながら店によってメニューのばらつきがある。店主によってある程度自由に決められるらしい。しっかりした食事は摂れないまでも、昼食や夜食なんかには必要充分だろう。
 コーヒー、紅茶などは360円と、名古屋では高くもなく安くもなくといったところで、味の方はなかなか評判がいい。チェーン店にしては美味しいというのが一般的な評価なんじゃないだろうか。
 一つ注意しなければいけないのは、アイスコーヒーを注文するときだ。何も言わないと有無を言わせずガムシロップ入りのアイスコーヒーが運ばれてくる。昔からの伝統として、アイスコーヒーはガムシロップが入ってくるものというのを頑なに守り続けている。もしブラックで飲みたい場合は、アイスコーヒーのシロップ抜きで、と注文しなければならない。

 こんなコメダさんをあなたは魅力的に思ってくれただろうか。明日にでも行きたいっと思ったなら、コメダさんファイサイトで店舗を調べて行ってみて欲しい。もし家の近くにない場合は、名古屋に来たときはぜひ寄ってみてください。名古屋市内ならたいていのところにあるから。なければ道行く人に、「このへんにコメダさんありませんか?」と訊ねればいい。10人中8人は教えてくれるはずだ。
 コメダさんの人気の秘密がどこにあるのか、それは名古屋人も分からない。もしかしたらコメダさん自身もよく分かってないのかもしれない。みんなぼんやりとは感じていても、はっきり言葉で説明するのは難しい。単純に言ってしまえば、ほどよい感じがいいのだと思う。東京的でもなく大阪的でもなく、どっちつかずの名古屋的なのが名古屋人にとっては心地がいいのだ。高すぎず安すぎず、美味しすぎず不味くもなく、オシャレすぎない。一度行けば自分も常連みたいな気分になるのもコメダさんの魅力だ。どのコメダさんへ行ってもだいたい同じという安心感もある。
 今後もコメダさんからは目が離せない。公式サイトも気がついたら5ページくらいになっているかもしれないから、たまに見に行かないと。あと10年もしたら、北関東から東北あたりまで浸食しているだろうか。西は鳴門海峡を渡れるかどうか。
 いつか日本中がコメダさんであふれる日を夢見ながら、私のコメダさん紹介を終わりとしたい。

明治村の鉄撮影で撮り鉄二等兵を自覚する ---明治村で撮る<第五回>

飛行機(Airplane)
明治村で鉄-1

PENTAX K100D+smc Takumar 50mm f1.4



 明治村は建築物でだけでなく、鉄道の楽しみもある。動く市電やSLの他に動かない列車なども保存されていて、おそらく全国の鉄道マニアの人はそれだけを見に来たりもするのだと思う。他の建物そっちのけで。
 私もこの日はにわか鉄になったつもりでいろいろ鉄道関係の写真を撮ってきた。蒸気動車キハ6401の前で写真を撮っていたら、たまたま通りかかった明治村の職員の人に、よかったら中に入って見ていってくださいと声をかけられてしまった。いや、私、鉄の人じゃないんですと言い出しにくくて、それじゃあせっかくだからということで中に入らせてもらった。
 蒸気機関の扉を開けてもらったり、親切にもあれこれ説明してもらってありがたいことだった。写真もどんどん撮ってくださいというので必要以上に撮ってみた。上の写真はその中の一枚で、蒸気機関のアップだ。ちょっと鉄っぽくぐっと迫ってみた。鉄の人の特徴としては一般人が興味を持たないような細かい点に注目するという特質があることに最近気づいた私なのであった。

明治村で鉄-2

 蒸気動車という聞き慣れない名前のこの列車は、蒸気機関車と電車の間をつなぐ珍しいもので、明治村にあるものが現存する唯一のものなんだそうだ。
 一番の特徴はなんといっても蒸気機関が列車の内部にあることだ。一両の中に蒸気機関と客室と機関室が全部同居している。客室の隣で石炭なんかをくべて蒸気の力で走っていたというからすごい。すごいとうか無茶だ。夏場なんて暑くて乗ってられないだろう。
 さすがにそんな無理な列車が主力にはるはずもなく、ごく短期間で姿を消していった。ただ、これを日本で最初に導入したのが我らの瀬戸電だったというのはちょっと嬉しい。名鉄になる前の瀬戸自動鉄道が、1905年(明治38年)にセルポレー式を走らせたのが始まりだった。ただ、あまりにも故障が多く、しかも頑張っても時速20キロくらいしか出ないことから早々に見切りを付けられたのだった。
 明治村にある蒸気動車キハ6401号車(工藤式蒸気動車)は、明治45年(1912年)に現在の関西本線で短期間使用されたもので、そこでもあまり活躍できないまま名鉄蒲郡線に払い下げられた。そこでしばらく走ったあと廃車となり、長い間犬山遊園で野ざらし展示されていたそうだ。そろそろ廃車かと思われたところで明治村から声がかかり、ここで保存展示されることになったというわけだ。
 外観も元の姿に復元されて、鉄道記念物にも指定された。一般人の私は鉄道記念物なんてものがあることも知らなかったけど、かなり名誉なことなんだそうだ。

明治村で鉄-3

 朽ち果てそうな荷物棚と、朽ち果てたつり革。年季が入っているという度を超している。うっかりつり革につかまったらちぎれて顔からシートに突っ込んでいきそうだ。荷物を乗せたら、突き抜けて座っている人の頭の上に落ちる。
 列車自体が木でできているというのも驚く。これは確かに機関車でもないし電車でもない。走る木造建築だ。こんなものが実際に走っていたというのだからびっくりする。ガタゴトというよりギシギシきしみながら走っていたんじゃないだろうか。脱線したらバラバラに分解してしまいそう。

明治村で鉄-4

 これが外の前から見たとことだ。蒸気機関が列車内にすっぽりおさまっているのが分かる。扉が前開きになるのは、やっぱり熱対策だったりするのだろうか。狭い機関室に閉じこめられたら大変だ。
 ちょっと暗いけど、上からは煙突が突き出している。ここから煙を吐きながら走っていたのだろう。
 車輪の仕組みは蒸気機関車とそっくりなスタイルをしている。

明治村で鉄-5

 移築保存されている鉄道局新橋工場の中には、明治天皇、皇后の専用列車である6号御料車と5号御料車の二両が保存展示されている。両方とも鉄道記念物に指定されている。写真は明治天皇用の6号の方だ。
 明治には数台の皇室専用列車が作られて、6号は一番最後であり最も豪華な御料車とされている。外観はもちろん、内装にも力が入れられていて、走る芸術工芸品といわれていたという。残念ながら普段は中にはいることができず、触ることもできない。ただ、見学ツアーみたいなのがあるようで、一度団体で中に入っているのを見たことがある。
 かつてはこんな列車で優雅に旅をしていたのだ。ちょっと信じられないような気もする。電車は自動車や飛行機とは違って決まった線路を走るものだ。のんびりしていた時代とはいえ、マイ列車ということは、その時間は線路も独占してしまうということだ。
 大正から昭和にかけても御料車は歴代天皇家のために作られ、かつては全国を走っていたそうだ。現在はわずかに一台(3代目1号)だけが使用可能な状態だそうだ。天皇専用列車で天皇一家がどこかへ旅行へ行ったなんてニュースは聞いたことがない。今の時代だからそんなこともあっていいとも思う。
 その他の車両は、今年になってできた埼玉県大宮駅近くの鉄道博物館に展示されている。

明治村で鉄-6

 皇室といえばやはり菊の御紋だ。この紋が入ってるだけで恐れおののいてしまうところがある。
 内部は確かに豪華絢爛なものだった。家具類や内張なんかも大変な手間暇とお金がかかっている。

明治村で鉄-7

 明治村の村内では9号と12号の蒸気機関車が動態保存されていて、毎日お客を乗せて走っている。
 12号は明治7年のイギリス製で、新橋-横浜間を走っていたものだ。動く状態としては日本で一番古い蒸気機関車となった。
 9号は明治44年のアメリカ製で、富士身延鉄道で活躍していた。
 この日は機関車が走っている場面に遭遇せず、写真を撮ることができなかった。残念。
 上の写真は静態保存されている尾西鉄道1号機関車。これが乗っているオレンジ色の橋は、新橋-横浜間にあった六郷川に架けられた日本最古の鉄橋だ。

明治村で鉄-8

 走る京都市電は撮れた。
 京都市電は明治28年に開業した日本初の市電で、明治村では明治44年に製造された車両が2両今でも現役で走っている。これは戦後しばらくまで都市電北野線(伏見線)を走っていたものだそうだ。
 京都市電は、1978年に廃止というから、私は見たことがあるのかどうなのか。ぼんやりとしたイメージがあるような気もするのだけど、それは気のせいかもしれない。

明治村で鉄-9

 一日の仕事を終えてドッグ入りする蒸気機関車。まだ少し名残の煙を吐いていた。
 手前は燃料だろう。このあたりも本物っぽい。

 こうして振り返ってみると、にわか鉄にしてもまだまだ対象への迫り方が甘いことを自覚する。鉄道はまず乗ってみてこそというところがあって、離れたところから写真に撮るだけでは近しい関係を築けず、写真としても緊張感が足りないものとなる。最初の蒸気動車は中に入ったからこそ撮れた写真だ。
 今回は蒸気機関車が走ってるシーンも撮り逃したし、いずれにしてもまた行かないといけない。そのときは蒸気機関車と市電と両方乗ることにしよう。御料車もどうしたら内部を見物できるのか調べないと。見学時間というのが決められてあるのかもしれない。
 本格的に鉄の人となれるとは思わないけど、鉄道を撮る楽しさには目覚めつつある。鉄道撮りも面白い。それはもう認めよう。撮り鉄予備軍から撮り鉄二等兵くらいになったことは自覚しないといけないか。
 秩父鉄道のSLもこの前行こうとして行けなかったから、来年の課題の一つとしたい。大井川鉄道も機会があれば乗ってみたいし撮ってみたい。愛知から長野へ行く飯田線も魅力的だ。
 この週末は奈良まで近鉄を乗り継いで行くことになってるから、ここでも恥ずかしがらずに写真を撮りたいと思っている。旅の恥はかき捨てということで、ホームの一番先頭で一心不乱に電車の写真を撮る人となろう。そのためにはほとんど捨て身の覚悟が必要だけど。
 というわけで、明治村は鉄の人にとっても魅力的な場所なのです。ぜひ、全国の鉄軍曹や鉄将軍の人は行ってみてください。私も頑張って撮り続けて、最終的には撮り鉄少尉くらいにはなれるといいな。

趣味としてのサンデー料理は作る楽しさと食べる美味しさの両立が必要

料理(Cooking)
洋風サンデー

PENTAX K100D+smc Takumar 50mm f1.4



 先週は和食だったから今週は洋食にしたかった。料理というものがメニュー決定の困難さとの戦いであり、飽きとの戦いであるということも最近だいぶ分かってきた。性格的にも同じものばかり作っていると飽きる。一週間に一度でこれだから、毎日食事を作ってる主婦の人はどれだけ大変か。世の中のお父さんも月に一度くらいは料理をするといいと思う。そうすれば、毎日の夕飯のありがたみがよく分かって、いっそう美味しく食べられるようになるから。
 洋食というのはすんなり決まったものの、その先がやっぱり苦労する。特に2品決まって3品目が難しい。なかなかアイディアが出てこなくて、たいていここで時間を食うことになる。
 今回もそうだった。白身魚のピカタとジャガイモとカニかまというところまではすぐに決まったのにその先が決まらなかった。最終的にはホワイトソースを食べたいというのと、ピカタでくぐらせた溶き卵が無駄になるということでオムレツに落ち着いたのだった。

 ピカタというのは、溶き卵を絡めて焼いた料理というようなぼんやりしたイメージだったのだけど、調べてみたらイタリア料理のひとつで、小麦粉をつけた肉などにパルメザンチーズを混ぜた溶き卵を絡めてソテーしたものをいうんだそうだ。日本ではもう少し広い意味で使われていると思う。肉以外にも魚や豆腐などでも卵を絡めたものはピカタと呼んでいる。
 今回は白身魚を使った。切り身2枚を塩、コショウして、間に大葉ととろけるスライスチーズを挟んで、小麦をまぶして、溶き卵で絡めて、フライパンでバター蒸し焼きにした。重ねてある分、火が通りにくいので、弱火でじっくり焼いていく。
 ソースは、オリーブオイル、白ワイン、粉チーズ、しょう油、からし、塩、コショウ、砂糖を混ぜたものをひと煮立ちさせて、そこにマヨネーズを混ぜ込んで作った。
 最後に青のりを振りかければ完成となる。写真の左手前がそうだ。
 これは作る前から美味しいと分かっていた。白身魚とチーズの相性はいいし、大葉は初の試みだったけど組み合わせとしては問題ない。ソースもしょう油ベースにからしとマヨネーズはよく合う。
 魚の代わりに鶏肉でも味付けは同じでいいと思う。見た目もちょっと洒落てるし、おもてなし料理にもいいかもしれない。大人にも子供にも受けそうだ。

 奥は、とろとろジャガイモとカニかま煮込み焼きといったような料理だ。
 これはいい方に転ぶか悪い方に転ぶか作ってみるまで分からなかった。結果的には成功だったからよかったけど。
 まずはジャガイモを適当な大きさに切って、たっぷりのオリーブオイルで炒める。その横でお湯を沸かして塩を加える。
 そこにジャガイモを入れ、コンソメの素と塩コショウで味付けをして、じっくり煮込んでいく。煮くずれる寸前まで煮る。完成間近でいったん火を止めて1時間ほど冷ます。ここがポイント。煮込み料理は冷めていく過程で味が染みこんでいくから、一度冷ましてから再加熱した方が味が染みて美味しくなる。カレーやシチューなどもそうだ。
 それとは別にフライパンでタマネギとベーコンを炒める。火が通ったらカニかま、アスパラを加えて、白ワインを振って、塩、コショウ、コンソメの素で味をつける。
 そこにさきほどのジャガイモを投入して焼きを入れたあと、ジャガイモが溶け出した煮汁もひたひたになるくらい入れて少し煮る。
 あえてカニかまを使った意味があるのかと思うかもしれないけど、それは特にない。たまたまカニかまのことを思い出して久しぶりに食べてみたくなっただけだ。贅沢に作るなら本物のカニの身を入れれば更に美味しくなるだろう。
 カニはともかくとして、味が染みこんだとろとろのジャガイモは美味しいので、少し変わり種のジャガイモ料理としてこれはオススメしたい。

 柔らか料理好きの私としては、オムレツもふわとろバージョンでいった。
 まずは具を切り分ける。タマネギ、マッシュルーム、鶏肉、エビをそれぞれみじん切りにしてボウルに入れる。そこへ小麦粉、しょう油、塩、コショウ、コンソメの素、粉チーズを入れてよく混ぜる。
 オリーブオイルで具材をよく炒めて、最後に溶き卵を加え入れてこちょこちょっと混ぜて、少し固まり始めたところですぐに火を止める。あとは余熱で適当な固さになるまで待って皿に移す。
 ホワイトソースは、小麦粉、バター、牛乳、コンソメの素で作る。レンジで作った方が簡単だけどダマが残るから、なめらかさを求めるなら手間暇かけてフライパンで作った方がいい。
 オムレツにもホワイトソースはよく合う。食べるときはホワイトソースを全体に絡めてしまう方が美味しい。

 今日のサンデー料理は、作る楽しさと食べる美味しさのバランスがとてもよかった。見た目も私の料理にしたらいい方だ。トータルでこれだけまとまりのあるサンデー料理はめったにない。食べ終わっての満足感が高かった。
 ここのところ無国籍料理や酒の肴みたいなキワモノ料理が続いていたけど、これで少し戻しただろう。その気になればまともな料理も作れるんだと自分自身少し安心した。
 今年も残り少なくなってきて、予定を見るとサンデー料理ができるのは2回となった。その次はおせち料理再びが待っている。
 残り2回となると、何か総集編みたいなものを作ってみたくなる。作る方を優先するか食べる方に重きを置くかで作るものが違ってくる。何を作るか、2週間の間に考えておこう。
 来年のことは分からないけど、作りたい気持ちがあるうちは続けていこうと思っている。サンデー料理は義務ではなく、習慣でもなく、趣味だ。大切なのは楽しむことと向上心を持ち続けることだということを忘れないようにしたい。

ブツ撮りの苦手意識克服のために ---明治村で撮る<第四回>

施設/公園(Park)
明治村ブツ撮り-1

PENTAX K100D+smc Takumar 50mm f1.4



 そろそろ明治村シリーズを再開しないと自分の中で旬の気持ちが色あせてしまうし忘れられてしまいそうだから、ここに再開。今日はブツ撮り編でいこう。ブツ撮りとは言えない写真も混ざっているけど。
 私は写真を撮り始めた頃からブツ撮りに対する苦手意識があって、それは今でも克服できずにいる。ブツ撮りが妙に上手い人がたまにいて、ちょっとうらやましいことがある。ああいうのは大部分センスなんだろうと思うけど、向き不向きというものなのかもしれない。人物写真が上手い人が必ず風景写真も上手いとは限らないように。
 今のところはいろんな人のブツ撮り写真を見て、なんとなくそんなのを真似しながら試行錯誤しているというのが現状だ。確信を持って撮っているわけではない。私が多少なりとも分かって撮ってるのは、人がいる光景の写真くらいなものだ。あれだけは自分がいいと思う光景に確信が持てる。あとは風景も建物もよく分からないまま撮ってる場合が多い。
 そんなわけなので、明治村では意識的にいつもより多めにブツ撮りをしてきた。今日はそんな写真を並べてみたいと思う。

明治村ブツ撮り-2

 シンガーミシンだ。相当使い込まれたようで年季が入っている。
 1号機が発売されたのが1853年だそうで、日本には1900年代になって入ってきた。これは明治の中後期くらいのものだろうか。さすがにここまで古い型のものだと懐かしいというより骨董品だ。私が子ども時代に見たものはここまで旧型ではなかった。もちろん電動でもなかったけど。
 今は、ミシンを踏むなんて言葉も使わなくなった。破れた服は捨ててしまうし、雑巾を縫うなんてこともしなくなった。母親がミシンをする姿というのはなかなかいいものだけに惜しいことだ。
 それにしてもこのミシンはセクシーだ。道具としての美しさがある。明治村を歩いていると、昔の時代の人の方が美意識が上だったんだということをつくづくと思い知る。建物もそうだし、こういう生活用品もそうだ。いつから性能ばかりを追い求めてデザインを置き去りにするようになってしまったんだろう。

明治村ブツ撮り-3

 私は古いものを好む方ではないのだけど、こういう温かみのある暮らしぶりを見るのは嫌いじゃない。昔の家具や生活道具には温もりがある。今は何もかもが冷たい感じがする。味気ないと言ってもいい。
 私も年と共にそういう思いが強くなっているのかもしれない。それが歳を取るということなら、歳を取ることもそんなに悪いことじゃない。

明治村ブツ撮り-4

 懐かしの黒電話だ。最近はまた黒電話がリバイバルブームになっているという話を聞くけど、本当だろうか。それなら、今こそ肩に担ぐタイプの弁当箱スタイル携帯電話を復活させて欲しい。新宿あたりであれを肩に提げて通話してたら人気者間違いなしだ。
 うちの田舎はいまだに黄緑色のような色をしたダイヤル式を使っている。回したダイヤルがジィィィィーといいながらゆっくり戻ってくるから、市外局番の電話番号にかけるとやたら時間がかかるのだ。
 手前のプッシュホンも昔よく見た。一般家庭ではあまり導入されてなかったと思うけど、会社や事務所のようなところはこれが多かった。
 私の年代だと、さすがに交換手につないでもらうというシステムは経験したことがない。けど、子どもの頃は電話を持ってない家庭がまだけっこうあって、アパートなどでは大家さんちの電話にかかったきたものを取り次いでもらうということはよくあった。

明治村ブツ撮り-5

 柱時計はじいちゃんの部屋にあった。じいさんはいろんなものを作るのが趣味で、柱時計も作っていたから、部屋にいくつも時計があった。子供心に、じいちゃん変わってるなと思ったものだ。
 夜中静かな部屋にチクタクチクタク響く振り子の音はけっこううるさかった。時間になるとボーン、ボーン、と鳴る音も。今でもあの音は覚えている。ボーン、ボーン、ボーン。

明治村ブツ撮り-6

 移築された帝国ホテルの内部は、当時の様子が再現されている。食器などはどの程度かつてのものを使っているのだろう。実際に使っていたものではないとしても、時代的には合わせてあるに違いない。
 窓辺の静かなテーブルという感じに写っているけど、実際はこの周りを小学生のチビどもが走り回っていた。まるで帝国ホテルの雰囲気なし。
 明治村と小中学生の相性はかなり悪いと思うんだけどどうだろう。今の時代の小学生に明治時代に興味を持てと要求すること自体に無理がある。行きたくもないのに連れて行かれて、面白くなかったという印象を持ったまま大人になってしまうということも考えられる。家族で行けばいろいろ体験したりして楽しめるだろうけど、学校単位で勉強のためにいくと面白くないところだ。

明治村ブツ撮り-7

 目黒にあった西郷従道の邸宅が明治村に移されて建っている。
 ただし、インテリアはそのままではないようで、このテーブルなどもコーディネーターが資料を参考にしながら作ったものだそうだ。実際にこんな感じだったのかどうかは分からない。
 兄貴の西郷隆盛は無骨な人だったけど、弟の従道はそれなりに洗練された人物だったのだろう。のちに伯爵の位をもらい、伊藤博文内閣では大臣もつとめている。邸宅を見ると、かなり贅沢に暮らしていたようだ。

明治村ブツ撮り-8

 西郷従道邸の書斎。こちらはいたって質素というかすっきりしている。使っていた頃はもっとゴタゴタと混乱していたはずだ。
 この椅子と机は当時のものだろうか。

明治村ブツ撮り-9

 明治時代の薬局の看板だろう。昔の薬の名前や宣伝文句は、すごく大げさだったりまがまがしかったりして、笑えたりのけぞったりしてしまう。疲労がポンと治るからヒロポンという名で普通に覚醒剤が売られていたり。
 かつては大らかな時代であったと同時に、薬に対する信奉心は今よりずっと強かったに違いない。生活程度に対して値段が高かったというのもあるだろうから、あこがれもあっただろう。

 並べた写真をあらためて見てみると、ブツ撮りというほど対象に迫れてないものを感じる。もう少し寄っていかないとブツ撮りでさえないとも言える。やっぱりブツ撮りは苦手なままだ。
 それでも撮っていかなければ上手くなることはないから、今後も少し意識していこうとは思っている。
 明治村の写真はまだだいぶ残っている。ここからはテーマ別というよりも、在庫を順番に出していくということになりそうだ。ネタに困ったときのつなぎとしてもいい。
 明治村というところは建物ばかりが注目を集めがちだけど、内装も被写体としては申し分ないところだ。インテリア写真を得意とする人なら、きっといい写真が撮れる。私のように人がいる写真が好きな人は、ここほど絶好の撮影スポットはないと言える。自分の上達によって撮れる写真も変わってくるから、半年か一年に一度くらい行くといいところだ。
 明治村もそろそろ紅葉が始まった頃だろう。これからの季節もオススメしたい。

まだ染まりきってない平和公園から2007年の紅葉撮りが始まった

紅葉(Autumn leaves)
平和公園紅葉始め-1

PENTAX K100D+smc Takumar 50mm f1.4 / Super-Takumar 300mm f4



 近頃めっきり秋の空が定着して、見上げるといつもそこには秋特有の雲が浮かんでいる。鰯雲、鯖雲、鱗雲、羊雲。そして、毎回思うのが、秋だなぁ、というしごく当たり前の感想だったりする。
 季節は秋から冬へ。暖かかった秋もそろそろ終わりが近づき、遅れていた紅葉の便りも届くようになった。気がつけば11月も半ばを過ぎている。私としてもぼちぼち紅葉に向けて準備を始めなくてはいけない時期のようだ。うっかり遅刻しないようにしなければ。
 まず手始めとしてどこへ行こうかと考えて思いついたのが平和公園だった。あそこなら同時に鳥撮りができるかもしれない。夕方の短い時間しかなかったものの、まずは偵察のつもりで行ってみることにした。

平和公園紅葉始め-2

 いやはやまだ全然染まってない。これは聞きしにまさる遅さだ。例年に比べて10日か2週間くらい遅れてるだろうか。自分の服装を見ても、紅葉見物の服装じゃない。まだ長袖Tシャツ一枚でうろつける気温だから、そりゃあ木々も冬支度しようとは思わないだろう。
 平和公園はどこが紅葉スポットというわけではないけど、公園周辺の道路沿いがなかなかきれいだ。特に東山公園へ向かう方にカーブしていくあたりがいい。お墓の方に行くとどうやってもお墓の群れが写真に入ってしまうから、写真に撮れる場所は限られてくる。

平和公園紅葉始め-3

 平和公園の中にある猫ヶ洞池は不思議な池だと思う。水はそんなに汚れてないし、釣り人も多く、水量も豊かで、周りには雑木林があるという好条件にもかかわらず、意外にも渡りのカモが少ない。いるときはいるのに、いないとなると1羽も浮かんでいない。この日はいない日だったようで、まったく見あたらなかった。ここから少し南に行った星ヶ丘の小さな新池の方がずっとたくさんいる。あちらは大通りに近い街中で、ここより騒がしい場所なのに。
 エサの関係なのか、水質なのか、環境なのか、カモの気持ちまでは分からない。私が見てないだけで、いるときはたくさんいるのだろうか。
 そもそも、平和公園は野鳥の宝庫だというのだけど、私はあそこでほとんど鳥を見たことがない。行くのはいつも夕方だから時間帯が悪いのか。やっぱり鳥撮りは早朝だろうか。そこまでの根性はないのだけど。

平和公園紅葉始め-4

 この日唯一撮れた鳥がスズメっ子だった。よりによってスズメって。でもこいつらだって野鳥は野鳥だ。数が多いからありがたがられないけど、よく見るとかわいいやつらだ。一枚の写真の中にこんなにもたくさんおさまっているのを撮ったのは初めてだったから、これはこれでよしとしよう。
 スズメも真正面から見るとけっこうキュートだということを発見した。

平和公園紅葉始め-5

 飛びものといえばローカル線の飛行機だけ。オオタカも生息してるというのだけど、いつ行けば見られる可能性があるのだろう。
 おしりに円盤みたいなのが付いたこの型のものをよく見かける。国内線なのか、どこかマイナーが外国の飛行機会社のものか。
 かつて名古屋の空港が小牧にあったときは、ここは飛行機が飛ぶ真下に当たっていて、地域住民は騒音に悩まされていた。セントレアが知多にできて移っていってからはずいぶん静かな土地になった。物足りないくらいに感じているかもしれない。だから、たまに飛行機を見ると私も珍しいものを見たような気になって、けっこう写真を撮ってしまう。以前は外に出れば必ずといっていいくらい何機も飛行機を見たから、そのときは何も思わなかったけど。

平和公園紅葉始め-6

 紅葉もまだだし、鳥もいないし、日没も近づいた。最後は少しでも高い位置に登って夕陽と夕焼けを撮ろうと、平和の塔に移動した。
 手すりに夕陽が当たってオレンジに染まった。お墓もきれいにオレンジになっていたのだけどそれを撮るのはやめておいた。

平和公園紅葉始め-7

 モミジなんかの紅葉は遅いのに、桜の紅葉は早いような気がする。鈍い赤色に染まった桜の葉はすでにあらかた落ちて地面を覆っていた。桜の園の桜並木もそうだった。
 桜の紅葉は上から見るときれいだけど、下から見ると茶色くてあまり印象は良くない。上から見下ろせる場所があれば、桜並木の紅葉も一見の価値がある。

平和公園紅葉始め-8

 塔のある広場は視界が開けてないから、夕焼け撮りには向かない。一部開けているところからは名古屋駅のタワー群が見える。
 夕陽はこのあとすべるように落下して、地上近くの厚い雲に隠れてしまった。短い夕焼けショーだった。

平和公園紅葉始め-9

 なんとなくシュールなシーンに思えて慌てて一枚撮った。道路を横断する人はけっこういてそれを見ても特に何とも思わないけど、写真で捉えるとなんとなく不思議な光景に思えて面白い。時間が止まっているようにも見える。

 紅葉のスタートとしてはやや収穫不足に終わったものの、遅れ具合が感覚的に掴めたし、自分の中で気持ちが紅葉モードに切り替わった。まだこれからだ。今年はずれ込む分、12月の中旬くらいまで楽しめるんじゃないだろうか。
 名古屋周辺の紅葉名所といえばどこだろう。一年経つとすっかり忘れてしまう。一番有名どころが香嵐渓で、その次に続くところがないというのは毎年変わらない。ずっとランクとしては下がって定光寺、犬山寂光院、岩屋堂あたりだろうか。白鳥庭園、名城公園、八事興正寺、東山植物園あたりも一応そうだろう。鳳来寺や茶臼山はちょっと遠すぎる。小原村の四季桜と紅葉の競演はそろそろ始まっただろうか。多治見の永保寺は去年行ったからもういいか。
 今年は奈良の紅葉に賭けているところがあるから、そこでしっかり撮ってきたいと思っている。上手く鹿と夕焼けと絡めて撮れるといいんだけど、どうだろう。
 去年から一年経って、自分がどれだけ撮れるようになったか楽しみだ。桜と紅葉を思い通りに撮れるようになりたいと思ったのが3年前だった。今はあの頃よりも写真を撮ることを楽しく感じている。

近づけない野生の鳥たちにぐぐっと迫るにはデジスコしかないと思う二人

野鳥(Wild bird)
矢田川鳥撮り-1

PENTAX K100D+Super Takumar 300mm f4 / Canon 20D+TAMRON 28-300mm XR



 豊橋シリーズが終わって、小休止。今日は近所の矢田川鳥撮り写真でつなぐことにした。ネタ切れというわけではなく、冬場にカモが戻った河原は定点観測に行くところなので、ときどきネタとして挟みたいという思いがあって。
 別の日に撮った写真が混在しているので、デジとレンズは2組になっている。明らかに写真のキレが違うから分かると思うけど、大昔のマニュアルレンズが現代のデジタルコーティングされたレンズより数段実力が上というのも面白い。

 コガモたちもだいぶ戻ってきて数が増えてきた。去年と同じメンバーもいるのだろうか。マガモはまだ少ない印象だ。
 相変わらず警戒心が強くて、少し距離を詰めようとすると泳いで逃げていく。臆病なやつは飛んで逃げる。コガモはなかなか至近距離からは撮らせてくれない。風景的に撮るのが好きだからいいけど、大写しにしたければやはりデジスコしかない。デジスコといわれても一般の人は知らないと思うけど、鳥を見るための望遠鏡にデジカメをくっつけて遠くの鳥を撮るという方法のことをいう。普通の人は一生縁のない世界だ。知らなくても恥ずかしいとかそういうことはないので安心して欲しい。今、ツレとの会話の8割がデジスコの話になっているという現実が私はちょっと恐ろしい。こんなことでいいのか、私たち。そろそろホントに買ってしまいそうだけど、大丈夫なのか私。

矢田川鳥撮り-2

 この河原には珍しいお客がいた。たぶんコチドリだと思うんだけど、チドリはチドリだろう。
 チドリは海岸か田んぼくらいにしかいないという思い込みがあって、ちょっと驚いた。街中の川にもいるんだ。近づいたらあっさり逃げられてそばで確認することができなかった。

矢田川鳥撮り-3

 ハクセキレイとセグロセキレイの区別は意外と難しい。名前の通り背中が黒ければセグロセキレイかといえばそんなに簡単ではなくて、ハクセキレイも夏場は黒い背中をしている。逆にセグロセキレイの若鶏のときは背中が灰色っぽくてハクセキレイっぽい。
 見分けるポイントは顔の白黒パターンだ。上半身真っ黒に白い眉毛のようなラインが一本入ってたらセグロセキレイで、白黒まだらな顔ならハクセキレイだ。ハクセキレイは冬羽になると背中が灰色になり、セグロセキレイは変わらない。
 ということで、上の写真はハクセキレイということになる。セグロセキレイは水辺を好み、ハクセキレイは陸地に多いという傾向があるものの、必ずしもそうではなく、河原にもハクセキレイはたくさんいる。もっと上流のきれいな川へ行くと、黄色いおなかをしたキセキレイが増える。

矢田川鳥撮り-4

 コサギ飛翔の流し撮り。
 ピンぼけ、手ぶれ、被写体ボケ全部当てはまってるけど、これはこれで写真として成立してると思う。写真表現の自由さということに最近気づきつつある。ピントが合ってない写真のすべてが失敗写真というわけではない。失敗と思えるものの中にも面白いものがあって、それを無条件に捨てててしまうのはもったいない。

矢田川鳥撮り-5

 逃げるコガモの後ろ姿。
 これは波紋と色合いがちょっとよかった。狙って撮ったわけではなく、帰ってきてPCで見て気づいた。こういう幸運な成功というのも写真のよさだ。ラッキーショットもある。

矢田川鳥撮り-6

 夕陽に照らされるシーソーと滑り台。オレンジ色の斜めラインに惹かれた。
 夕暮れ時に誰もいなくなった児童公園というのは、子供時代をぼんやりと思い起こさせるものがある。日が暮れて、もう家に帰らなければいけない残念な感じと、一日の終わりに安堵する気持ちが入り交じった感覚がよみがえる。懐かしいというのとは少し違って、今になってみると子供時代の悲しさに思い至るのだ。ずっと子供でいたいだなんて思ったこともない。

矢田川鳥撮り-7

 川面に映って揺らぐ橋の上の景色。
 空の色を写して水も薄ピンクに染まる。

矢田川鳥撮り-8

 とっくにススキは咲いていたけど、こうしてあらためて見ると冬を思う。ススキは秋というよりも冬のイメージが強い。見ていると寒々しいというのもあって。
 でも、光を通したススキはけっこうきれいだ。見るとつい撮りたくなる。

矢田川鳥撮り-9

 あ、猫。
 鳥もいなくなってそろそろ帰ろうとしていたところにどこからともなく現れた。
 それにしてもきれいな猫だ。瞳が青いし毛並みを見ても外国猫の血が入っている。とてもノラという感じはなかったけど、飼い猫だろうか。首輪はつけてないから、半飼い猫、半外猫のような暮らしをしている猫なのかもしれない。

矢田川鳥撮り-10

 夕暮れお散歩。
 河原を散歩してる人は多い。写真を撮ってる人はほとんど見かけないけど。
 街で暮らしていると、アスファルト以外の道が貴重だから、河原というのは散歩には一番適している。水辺だからマイナスイオンも出てるはずだ。
 川という存在は、人間生活に大きな役割を果たしているものなのだと思う。水の流れが気のよどみも流してくれる。

矢田川鳥撮り-11

 日没時間切れ。
 写真ではけっこう明るく写っているけど、実際はここまで暗くなってしまうと、手ぶれ補正をもってしても望遠で鳥を撮るのは厳しい。感度を上げてもどうにも止まらない。
 最近はますます日没が早くなって、私は太陽の早さについていけないでいる。写真を撮れる時間はごく短い。もう夏が恋しくなっている。でも、秋冬にしか撮れない写真もあるから、それを楽しみに撮っていこう。紅葉ももうすぐだ。
 今年は2年越しの目標だった奈良行きが実現しそうだ。来週末までにどの程度色づくか分からないけど、行けるときに行っておこう。奈良公園の鹿たちよ、待ってなよ。私が美味しい特製鹿せんべいを焼いて持っていってやるからな。
 奈良以外にもそろそろ紅葉計画を立てないといけない時期になった。去年は近場をそれなりに回ったけど心残りもあった。なんとか頑張って早朝犬山寂光院というのも狙っていきたい。香嵐渓は行こうと思っていて計画中止になったけど、12月になって一番最後ぎりぎりで行けたらいいと考えている。
 鳥撮りももちろん続行だ。やっぱりデジスコか。鳥の人まっしぐらだな。疑問に思ったら負けだ。目をつぶって真っ直ぐ進まなければ。
 果たして、2007年冬、デジスコはじめました、となるかどうか。

豊橋のいいところはまだ半分回っただけだからまた来年もう半分を

観光地(Tourist spot)
豊橋市公会堂-1

Canon EOS 20D+SIGMA 18-50mm f3.5-5.6



 豊橋名物3つめは、豊橋市公会堂だ。市電が走る国道1号線沿いにあって、ハリストス教会とも近いからセットで回るのにもちょうどいい。豊橋を代表する古い建築物として、市のシンボルの一つとなっている。
 完成は昭和6年(1931)。大正デモクラシー以降、市民の集会が盛んになるも集まる場所がないことに困った豊橋市民が市をつついて作らせたのがこの公会堂だ。市政施行25周年ということもあって、3年をかけて完成させた。総工事費は当時の金額で17万円だったという。公務員の初任給が75円くらいだった時代だから、現在の価値に換算すると4億円くらいだろうか。
 設計は浜松市出身で辰野金吾に学んだ中村與資平が担当した。大陸に渡って朝鮮銀行本店(現在の韓国銀行)などを手がけたあと帰国し、豊橋、浜松、静岡で公会堂などを設計した建築家だ。現在残っているのは豊橋のものだけとなった。
 ロマネスク様式を基本として、様々な意匠が盛り込まれていて、ヨーロッパ風でもあり、半球ドームなどは中近東を思わせたりもする。
 豊橋という街は、明治以降、軍都として発展した歴史があり、正面の大階段は軍の式典なども想定されていたと言われている。
 高さ16メートルの鉄筋造りで、柱の模様なども凝っている。ドームの四隅には威嚇するように大鷲が羽を広げてにらみを効かせる。
 平成10年(1998年)に国の登録文化財建造物に指定され、平成12年(2000年)には修復工事が行われた。なので外観はけっこう新しい印象を受ける。

豊橋市公会堂-2

 修復工事の際に大鷲も新しいものと取り替えられ、元々乗っていたやつのうちの2羽が下で展示されている。どうして豊橋市公会堂に大鷲だったのかは分からない。設計者の中村與資平の趣味だったのだろうか。ヨーロッパではローマ皇帝以来、鷲をシンボルとして使っていたところが多いから、そのあたりの影響だったのかもしれない。
 現在の公会堂は、イベント、講演会、式典などに使われている。

吉田城-1

 公会堂の裏に回って右に曲がり、右手にハリストス教会を見ながら進むと、豊橋公園の入り口に着く。そこからずんずん奥に歩いていくと現れるのが吉田城跡だ。かつてはこれが豊橋のランドマークだった。
 広大な城内の大部分は公園や各種施設として再利用されていて、当時の面影をところどろこに残している。
 上の写真は昭和になってから復元された隅櫓(すみやぐら)で、かつての建物はほとんど残っていない。これは本丸の鉄櫓(くろがねやぐら)跡に入道櫓を模して作られたもので、昭和29年に豊橋で産業文化大博覧会が開かれたときにその記念として建設された。ちょっとした天守閣くらい立派なもので、思いがけず感心した。

吉田城-2

 この日はたまたま無料開放日に当たっていて運が良かった。普段はずっと閉まっていて、不定期に内部公開しているらしい。せっかくなのであがらせてもらうことにする。
 池に見えるけどこれは豊川だ。背後は川によって守られていて安心だ。
 見えている中之島は人工のものなのか自然にできたものなのか。なかなか眺めはよかった。北西に位置しているから夕焼けの時間がよさそうだ。
 櫓を撮るには、この川を渡った反対側がベストポジションだ。

吉田城-3

 内部はすごいことになっている。鉄筋コンクリートは当然にしても、城としての造りは完全に無視されて、展望タワーみたいだ。
 普段公開してないからか、妙に新しくてピカピカなのもなんだか笑えた。できてからそこそこ年数は経っているから、最近修繕したりしたのだろうか。

吉田城-4

 最初に吉田城が建てられたのが1505年。築城は今川方の配下だった豪族の牧野古白とされている。当時はまだ今橋城と呼ばれていた。
 豪族同士の小競り合いが続き、それを押さえるために今川義元が城代を置いたのが1546年。
 しかし、1560年に桶狭間で義元が織田信長に討たれてしまうと、それを機に独立した松平元康(のちの徳川家康)がこの城を奪い、重臣のひとりだった酒井忠次をこの城の城主とした。三河の国の東に位置するこの城は、軍事的にも重要な拠点だった。一時は武田軍に迫られるも酒井忠次は返り討ちに遭わせている。
 1590年、豊臣秀吉によって家康が関東に移封されると、池田輝政が代わりに入ることになった。輝政は15万2千石という禄高に見合う立派な城にしようと、城下町を含めて大がかりな拡張工事を始める。本丸を中心に二の丸、三の丸と整備し、そのぐるりを堀で囲んだ。
 しかし、1600年に関ヶ原の合戦が起こってそれどころではなくなり、翌年には姫路城へ移封になったため(52万石)、工事は途中で中断となってしまった。その後に入った城主は誰も石高が高くなかったために輝政の計画を引き継ぐことができず、吉田城は未完のまま明治を迎えることとなる。輝政は姫路城に移って、あの姫路城を完成させている。
 もともと吉田城には天守閣はなく、本丸御殿を中心として四隅の櫓を置く形だった。当時の櫓はもう残っておらず、本丸御殿も宝永の大地震で倒壊してしまった。
 吉田城の城下町は、江戸時代は宿場町として栄え、明治2年に豊橋と改名された。

吉田城-5

 現在でも石垣や堀などがけっこう残っている。鉄櫓の下の石垣は池田輝政の時代のものだそうだ。その他は江戸時代のものとされている。
 その他、公園内にはテニスコートや文化会館などがある。

美術博物館-1

 昭和54年に建てられたこの建物は、美術博物館だ。
 郷土にゆかりのある画家の作品や、吉田城に関する文書や絵図など、5万点以上を所蔵してるというから本格的だ。

波打つ民家

 オマケ画像は、近くにあった民家の写真。
 うわっ、すごっ、と思わず小さく叫んでしまった。直線と曲線のコラボレーションが素敵だ。屋根がうねってるし、扉もあちこちに傾いている。熱で溶けてゆがんだチョコレートの家みたい。これはこれでバランスが取れていて大丈夫なのかもしれない。頑張れと応援したくなる家だ。

 今回の豊橋シリーズはこれでおしまいとなる。路面電車、ハリストス教会、公会堂、吉田城と、ここまで回れば基本的なところはほぼ押さえたと言っていいと思う。ハリストス教会に入れなかったのと市電に乗れなかったのが少し心残りではなるけど、その代わり吉田城の中に入れたのは収穫だった。
 次の機会があれば、二川宿や葦毛湿原まで足を伸ばしてみたい。豊橋総合動植物公園も一度行ってみたいし、掛川花鳥園ファンとしては、加茂さんが最初に作った賀茂しょうぶ園にも表敬訪問せずばなるまい。そう思うと、豊橋はまだ半分だ。もう半分残っている。
 来年また行こう。行けるとしたら、伊良湖帰りについでに寄るという感じになってしまいそうだけど。

豊橋観光では外せない豊橋ハリストス教会は曇りのち青空

教会(Church)
豊橋ハリストス教会-1

Canon EOS 20D+SIGMA 18-50mm f3.5-5.6



 市電を見たあとは、豊橋ハリストス正教会へとやって来た。
 豊橋というところは見所がはっきりしていて分かりやすい。市電の次はハリストス教会と公会堂を見て、余裕があれば吉田城や二川宿まで回って、一日たっぷり過ごすなら動植物園の「のんほいパーク」や貴重な湿地植物が咲く葦毛湿原がある。そこまでフルメニューでこなせば、豊橋を見知ったと言っていいだろう。
 というわけで、ハリストス教会だ。ここは前々からずっと見てみたいと思っていて、ようやく念願が叶った。なるほどこれがそうか。ゆっくり近づきながらしげしげと眺めてみる。
 国道一号線から少し入ったところにさりげなく建っていて周りとの違和感がない。荘厳な雰囲気というのとは違って、洒落た洋館のようなたたずまいだ。去年(2006年)外観補修で塗り直しているから余計にそう見えたのだろう。歴史のある趣というには外見が真新しすぎた。良くも悪くも威圧感のようなものがなく、厳粛という感じでもない。思い描いていたのとは少し違った。

豊橋ハリストス教会-2

 門や塀があるわけではなく、周りは普通の民家が建ち並んでいて、どこからどこまでが教会の敷地なのかよく分からない。裏にある駐車場は教会のものかと思ったら、どうやら月極駐車場のようだった。どこまで踏み込んでいいものか、やや戸惑う。
 日曜日の午後だけはミサのあとに内部見学ができるそうなのだけど、この日は祝日の月曜日ということで扉は閉ざされていた。残念。正教会はカトリックの教会と比べるとやや閉ざされ
れ感がある。
 とりあえず教会の周りをぐるぐる周りながら写真を撮る我々。あたりにひとけはない。不審者に思われないかちょっと心配だったけど、たまにこういう観光客も訪れるだろうから、私たちが特別怪しげに見えたということはなかっただろうと思う。

豊橋ハリストス教会-3

 建物は大きいは大きいけど、大聖堂というほどの規模ではない。見慣れないビザンチン様式の割には違和感がないのがちょっと不思議だ。それが個人的な印象なのか誰もがそうなのかはよく分からない。
 屋根の鐘塔やドームがなければ、個人宅の洋館か学校かそんなふうに見える。複雑な構造にわりにバランスが取れている。
 設計したのは建築家ではなく、半田市出身で東京の副輔祭をしていた河村伊蔵という人物だった。どういう経緯でそういうことになったのかはよく知らない。東京神田のニコライ堂完成に立ち会い、1915年(大正4年)に豊橋のハリストス教会の設計を担当することになった(その前に松山のロシア人捕虜収容所の聖堂や大阪修善寺の聖堂も設計している)。その頃までは日本におけるロシア正教会の聖堂建築は完成の域にあって、河村伊蔵も京都と大阪の聖堂を参考にしたと言われている。
 その後続けざまに福島の白川聖堂と函館の聖堂を完成させている。函館は正教会発祥の地ということで力が入ったのだろう。立派なレンガ造りの聖堂で、あちらは国の重要文化財にも指定されている。豊橋は木製で、県の文化財指定にとどまる。この違いは何なんだとちょっと思う。古い木造だし、これはこれで価値が高そうなのに。
 聖堂は、八角形の鐘塔を持つ木造3階建てで、屋根はパステルグリーンの銅板葺きになっている。ドーム状の塔も正教会のシンボルだ。
 白ペンキ塗りは日本特有のものだそうだ。京都の聖堂はグリーンに塗られているし、ニコライ堂の屋根も緑だったから、イメージカラーはグリーンなのだろう。本場ロシアの聖堂はもっときらびやかな感じのものが多い。

 ロシア正教会については、以前ニコライ堂を紹介したときに書いたから、繰り返すのはやめておく。
 日本における正教会の歴史は、江戸の末期1861年にニコライが函館に降り立ったときから始まった。やがて布教活動は全国に広がり、豊橋へは明治8年(1875年)にやって来た。それから信者は少しずつ増え、苦労の末に聖堂を完成させたのは38年後の大正2年(1913年)のことだった。
 本国ロシアでは、日露戦争、第一次世界大戦、ロシア革命と混乱が続き、その影響は日本の正教会にも及んだ。それでこちらまで資金が回ってこなくて教会も苦労したようだ。1922年にはロシアは社会主義国のソビエト連邦となり、宗教は否定されてしまう。日本のロシア正教の人たちはさぞや困ったことだろう。
 豊橋のハリストス教会は、幸いにも第二次大戦では焼けずに残り、昭和20年(1945年)の三河地震でも倒れなかった。戦時中、鐘は軍に持っていかれたものの、昭和31年(1956年)には新しいものをつけることができ、屋根もブリキ板から銅板になり、昭和35年(1960年)に現在の姿となった。
 教会には古い文献や美術品なども残っていて、山下りんの「主の昇天」や「ハリストスの降誕」などもあるという。

豊橋ハリストス教会-4

 十字架の上にカラスがとまっていた。それを喜んで撮る私たち。教会の十字架にカラスって、シュールな絵で少し笑えた。
 正教会の十字架はカトリックなどでお馴染みのものとは違う形をしている。ロシア正教会特有のもので、八端の十字架と呼ばれている。上の短い横棒はキリストがはりつけにされたとき頭に打ち付けられた罪状の板を表していて、右下がりになった下の横棒は足台を意味しているらしい。
 ロシア正教では十字の切り方もカトリックとは違っている。カトリックの場合は上下左右という順番なのに対して、ロシア正教は左右が逆になり、上下右左となる。指も三本指で切る。三本というのは父と子と聖霊の三位一体と表しているという。右から始めるのは右を神聖視しているからで、信者は結婚指輪も右手の薬指にはめるそうだ。

豊橋ハリストス教会-5

 道を隔てた向かい側にある豊橋公園をうろついて戻ってきたら、空が急に晴れて青空が戻った。やっぱり教会は青空がよく似合う。白い色もよく映える。今にも鐘の音が響いてきそうだった。
 内部は見られなかったけど、この姿を見られたから満足した。

豊橋ハリストス教会-6

 光があふれる教会の様子をもう一枚。灰色の曇り空を背景にしたときとはずいぶん感じが違う。教会というとなんとなく薄暗いようなイメージがあるかもしれないけど、本来は光を求めるものだから明るい日差しが当たっている方が似合うのだ。必ずしも重々しく荘厳である必要はない。

 正教会は全国に有名、無名なものがたくさんある。機会があれば他のところも行ってみよう。特に京都と函館のものは一度見てみたい。
 名古屋ハリストス教会というのもあるらしいけど、ここはかなり身内な感じが強そうで観光気分で行くところではないのかもしれない。
 教会自体も、神社仏閣同様、折に触れて巡っていきたい。名古屋最古の教会堂、主税町カトリック教会も行こうと思ってまだ行けずにいる。

伊良湖の帰りに豊橋で路面電車を撮る撮り鉄予備軍二人組

飛行機(Airplane)
豊橋路面電車-1

Canon EOS 20D+SIGMA 18-50mm f3.5-5.6



 路面電車には異国情緒のようなものがあって、私は路面電車を見るとそれだけでけっこう興奮してしまいがちだ。ただ電車が道路を走っているだけなのに。
 名古屋もその昔は市内を路面電車が走っていた。1973年まであったというから、私も幼い頃に見ているのかもしれない。まったく記憶にはないのだけど。
 現在、愛知県内では豊橋市に唯一残っている。天下の国道1号線を路面電車が走るのはこの豊橋だけだ。地元では単に「市電」と呼ばれることが多く、街のシンボルともなっている。正式名は、豊橋鉄道東田本線(あずまだほんせん)という。
 前から一度見てみたいと思っていたところへ伊良湖行きがあって、その帰りにせっかくだから見ていこうということになった。あれももう先月のことになる。
 あまり時間がなかったのでついでに少し写真を撮るというだけで、乗ったりはしなかった。今になってみると、一区間だけでも乗っておけばよかったかと少し悔やんでいる。来年、伊良湖へタカの渡りを見に行くことがあれば、そのときこそ乗ってみよう。
 全長わずか5.4キロ、20分と、日本で一番短い路面電車となっている。停留所は14。端から端まで乗っても150円。ちょっとした旅行気分を味わうにしても安上がりなもんだ。

豊橋路面電車-2

 豊橋の地理はまるで分からないのだけど、豊橋駅と東エリアの赤岩口、運動公園前をつなぐ路線にどれくらいの需要があるのだろう。東京の都電は大賑わいだったから、あれなら黒字というのは分かる。豊橋の場合は見ていた範囲では利用者は少なそうだった。朝夕の通勤通学時は混雑するにしても、昼間は乗客が少なそうだ。
 おそらく、単なる交通手段としてではなく、付加価値を持った存在としての意義を豊橋は見いだしているのだろう。この路線ならバスで充分まかなえる。
 豊橋路面電車のちょっと驚くことは、昭和57年(1982年)に600メートル延長して、更に平成10年(1998年)には150メートル延ばして豊橋駅まで乗り入れしたことだ。全国で次々に路面電車が姿が消していく中、時代に逆行して路面電車を延長するところなどめったにあるものではない。
 けど、経営はさすがに厳しいものがあるのか、電車はどれも動く広告塔になっている。最近はバスもこういう広告カーが増えた。カラフルになって見た目はいいのだけど、ときどき情緒がない。

豊橋路面電車-3

 見慣れてしまえばなんでもない光景も、よそ者の目には新鮮に映る。路面電車のある風景はやっぱりいいもんだ。古き良き時代が偲ばれる。
 生き急ぐ時代だからこそ、こういうのんびりした要素がアクセントとなって、人の心を和ませる。都電や江ノ電に人気が出るのもうなずける。あまり深くうなずくと電車の人となってしまうので、うなずきは小さめにしておきたい。

豊橋路面電車-4

 路面電車は交差点を大きくカーブしていく様子が絵になる。
 豊橋の路面電車の線路には日本一の急カーブがあるというのだけど、それはここのことだろうか。違うのか。
 豊橋にもかつてのカラーリングを再現したレトロ電車が導入されて走っているという。これがそうかと思ったら、ちょっと違った。カラーはこんな感じだ。

豊橋路面電車-5

 歩道橋を渡って反対側から狙ってみる。
 ここはちょうどおあつらえ向きに歩道橋がぐるりとつながっているから、電車を撮るには絶好のポイントだ。きっと電車の人たちが頻繁に出没する地点に違いない。一般の人からしたら、このときの私たちが電車の人に見えていたのだろう。

豊橋路面電車-6

 こうして見ると、やぱり路面電車がいかに無駄に多くのスペースを取っているのかがよく分かる。この部分を道路にしたら、どれだけ車の流れがよくなるか。車社会になって邪魔者にされて、次々に姿を消していったのも仕方がないことだった。
 荒川線の路面走行部分は車と共有していたけど、ここは独立していて車は進入できない。共有は事故の危険性も高まるし、あまり現実的ではないか。
 でも、やっぱりこの風景はいいなと思う。なつかしくて、むしろ新しい。近未来では、ここをチューブに入った電車が走っているかもしれない。

豊橋路面電車-7

 すれ違う電車。私は電車の人ではないから、何形とかそういうことは一切分からない。モ3100形とかモ3200形とかいろいろあるようで、その道の人は一目見たら分かるのだろう。
 調べてみると、ここを走っているのは、どこかしらからもらった車両が多い。名古屋市電から譲り受けたものがかつての主力だったり、岐阜などで廃線になった電車を引き取ったり、都電からももらっている。ほとんどもらいものだけで成り立っているようだ。車両に詳しい人なら、これはあそこで走ってたやつだとか分かって楽しいのだろう。それをいちいち説明されも、はぁとしか言えず困ってしまうのだけど。

豊橋路面電車-8

 豊橋は車のバックミラーにも路面電車がいる素敵な街だった。もっとじっくり時間をかけていろんな角度から撮ってみたかった。このあと都電でけっこう撮ったから余計にそう思う。また次の機会を作ろう。

 1930年代のピーク時は、全国65の都市で路面電車が走っていた。49都道府県だから、1県に1線以上あったということだ。
 戦後、車社会の発展と共に過去の邪魔者扱いされて、現在は全国で20都市ほどで走っているのみとなった(一部が路面電車だったり、路面を走っていても路面電車扱いになってないところなどもある)。岐阜市も、2005年の3月でとうとう廃止になってしまった。
 今後もますます減り続けるだろうと思いきや、世界をみると、実は逆に増える傾向にあるというのだ。世界では50以上の国の400都市で路面電車が走り、一度廃線になったものが近年復活した例が50都市以上もあるらしい。地球温暖化だ、環境破壊だなどと言われて久しい現代だからこそ、路面電車のよさが見直されつつあるのだろう。日本にもこの流れがやってこないとも限らない。地下を掘るばかりが脳じゃない。
 地方ではなかなか採算が取れないだろうけど、都市ならいけるはずだ。モノレールなんかを作るよりもよほど安いし、バスよりも安全でクリーンだ。ガソリンも高くなる一方だし、そろそろ脱車社会という方向に転換していってもいい時期なのかもしれない。
 21世紀型の路面電車というものある気がする。銀河鉄道999のように外観はレトロでも中身は最新鋭みたいなものが。
 またどこかの街へ路面電車に撮りに行こう。そうこうしてるうちに私も知らずしらず電車の人となっているかもしれない。寝言で「キハ……形」とか言い出したら、もう引き返せない。残り後半生は、撮り鉄として生涯を全うするしかあるまい。

秋から冬は河原へよく行って河原写真が増えるので河原シリーズ第一弾

海/川/水辺(Sea/rive/pond)
矢田川夕景-1

Canon EOS 20D+EF 75-300mm F3.5-5.6 IS



 秋になると河原へ行くことが多くなる。それは、北から渡り鳥たちが帰ってくるからだ。彼らを夕焼けと絡めて撮りたくて、短い時間でもちょくちょく川へ行っている。そんな写真がぼつぼつたまってきて行き場を失いつつあるから、少しずつ出していくことにした。
 今日はその第一弾として、矢田川の大森あたりで撮った写真を並べてみる。時間もないし(もう朝の7時!)、コメント少なめ写真中心に。

矢田川夕景-2

 コガモはいち早く飛んでくる。まだ羽が生えかわってなくて、オスとメスの区別が難しい。両方ともメスのようなごまだら模様をしている。

矢田川夕景-3

 アオサギさんの食事風景。
 速い流れでも踏ん張れる足と、この流れの中で魚が見えているのがすごい。

矢田川夕景-4

 わっ、飛んだ、とあわてて流し撮り。夕方で暗かったのでシャッタースピードが上がらずついていけなかった。でも写真としては面白いから使ってしまう。

矢田川夕景-5

 こちらはカルガモ。
 渡らないカルガモたちにとっては仲間が戻ってくる秋になった。内心は邪魔だな、早く帰ってしまえと思ってるかもしれない。

矢田川夕景-6

 人撮りが好きな私としては絶好のシャッターチャンスだった。
 こういう偶然があるから写真を撮りに行かなくちゃと思う。

矢田川夕景-7

 日没で車のヘッドライトがともり始めたら、もう河原の鳥撮りは終わり。時間切れだ。

 河原の夕景鳥撮りシリーズは不定期で連載予定です。

茶色い料理を作ってしまうのは名古屋人のDNAゆえなのかサンデー

料理(Cooking)
茶色サンデー

Nikon D100+VR Nikkor ED 24-120mm F3.5-5.6



 完成した自分の料理を見て、なんだか酒の肴みたいだなと思うことがある。今日は特にその傾向が強かった。全面的に茶色だし。
 今回こそ基本の和食を作ろうと心に決めて臨んだにもかかわらず、終わってみれば妙に腰の入った料理になってしまった。なんとか和食の範ちゅうにおさまってはいるものの、基本のラインナップとは言い難い。ひねきが効き過ぎている。
 それにしても見た目が上品さに欠ける。和食というのはうっかりしてると煮物とかで茶色になりがちなのだけど、ここまで茶色はいきすぎだ。でも馴染みがある色だなと思うのは、名古屋名物の多くが茶色だからか。味噌カツも、赤味噌の味噌汁も、ひつまぶしも、きしめんも、どて煮も、全部茶色だ。私の料理も知らずしらずのうちにそんな影響を受けてしまっているのかもしれない。
 ただ、言い訳が許されるなら、今日は全部美味しくできた。自分の食べたいものを自分の食べたい味付けで作ったから、食べた満足度は高かった。好きなものが3品揃えば、それは美味しいと思うに決まってる。店で食べてもなかなかそこまでピタリとくることはない。そういう意味では今日のサンデー料理は成功だったと言っていい。

 一番手前は、マグロと豆腐のカリカリサイコロステーキだ。
 マグロはサイコロ状に切って、塩、コショウ、酒をふりかけ、豆腐はレンジで加熱して水分を飛ばしたあとサイコロに切り分ける。タマネギも適当な大きさに切る。
 それを順番にビニール袋に入れて、カタクリ粉をまぶす。
 多めの油をフライパンに入れて、タマネギ、豆腐、マグロの順に揚げ焼きしていく。これでカリカリに焼き上がる。マグロは刺身用を使えば柔らかく仕上がる。
 最後に、しょう油、酒、みりん、砂糖、酢を混ぜ合わせたたれを振り入れて絡める。皿に盛って長ネギの刻みを乗せればできあがりだ。
 外はカリカリ、中はふんわりの食感に甘辛だれがよく合う。これは定番として定着させたい一品だ。

 右奥は写真からは何を作ったのかを当てるのは難しいと思う。茶色のぬめっとした感じのもは何かといえば、なめこ(滑子)だ。何かのキモみたいだけどそうじゃない。生のなめこを水洗いしたあと軽く下茹でして、フライパンに移してごま油で炒める。
 丸いのは里芋で、皮をむいたそのままではなく、いったんレンジで加熱してつぶして丸めている。こうすると食感が全然違ってぐっと美味しくなるから手間を惜しんではいけない。
 つぶした里芋は、塩、コショウ、しょう油、酒、みりんで下味を付けつつこねて丸める。そこに白ごま、カタクリ粉を全体にまぶす。
 味付けは和食の基本である、しょう油、酒、みりんだ。塩と砂糖も少し加えてある。
 ぬめりものがけっこう好きな私は、里芋となめこの組み合わせは嬉しい。このコンビならどんな味付けにしても美味しく思う。洋風に仕上げてもいい。

 左は大根の鮭とエビそぼろがけだ。
 大根はだし汁と鶏肉でじっくり煮込む。だしは濃いめにして、しっかり味を染みこませる。塩もやや多めに入れる。時間があれば、ある程度まで煮込んで、そこでいったん冷ます。その後食べる前に再加熱して仕上げる。鶏肉を入れて煮込むのも、大根の味をよくするためだ。
 そぼろは、鮭と海老を細かく切って作る。ここでも味付けの基本は、しょう油、酒、みりんとなる。和食のこの味付けは、たいていの日本人は好きだと思う。そぼろの味付けは、めんつゆがあればそれが一番簡単で失敗がない。今回はしょう油メインに自分で作った。
 そぼろはパサパサにならないように、大根を煮た煮汁を加えて、最後にカタクリ粉を入れてとろみをつけた。

 写真をあらためて見ると、やっぱり酒の肴みたいで酒が飲みたくなってくる。って、私、酒飲めないじゃん。この10年くらいビールさえも口にしていない。日本酒なんてものはほとんど飲んだことさえない。なのに、どうして作る料理はこうなってしまうのだろう。自分でも不思議だ。辛党ではなく甘党で、味付けもわりと薄味が好きなのに。これも名古屋人ゆえの悲しきサガなのか。
 毎度の事ながら、彩り不足という課題が今回も浮き彫りとなった。今日の場合は、ここに何を加えれば彩り豊かになるのだろう。まずそこからして分からない。もう少し見た目の上品さも欲しい。本当はもっと色白な感じの料理が作りたいのだ。こんなガングロみたいな料理はイヤだ。でも、自分にとっての美味しさを優先するとこうなってしまう。料理の腕を磨くよりも自分の味覚をなんとかした方が早いかもしれない。
 理想の料理への道のりは遠い。味付けはだいぶましになってきたから、今後は見た目の改善を進めていこう。食べたい料理と作りたい料理がもう一段高いところで融合すれば、趣味の料理人として中級者となる。多少料理が作れるようになったくらいで満足せずに、更に先を目指していきたい。家事ではなく趣味としてやってるのだから。

進むほどに深まる下町の昭和風情 都電荒川線<後編> 梶原~三ノ輪橋

東京(Tokyo)
都電荒川線沿線2-1

Canon EOS 20D+EF50mm F1.8 II



 都電荒川線小旅行の後半は夜になった。
 王子駅前の次に降り立ったのは梶原だった。察しのいい人ならピンと来ると思うけど、そう、都電もなかを買うための途中下車だ。停留所を降りて左の方に少し歩いたところに「都電もなか本舗 明美製菓」がある。都電みやげとしては、これを買わずに何を買うというほど有名なものだ。最近は「池袋三越」や「日本橋三越」などでも販売するようになったけど、やっぱり買うなら本店で買いたい。ありがたみが違う。
 梶原には他に何があるかといえば、たぶん、何もない。そんなことを言うと梶原に住んでいる人が怒ってくるかもしれない。梶原には梶原銀座商店街があるぞ、と。まあ、そういうようなところだ。都電は三ノ輪橋に近づくほどに昭和の色合いが濃くなっていき、三ノ輪橋でそれは極まる。

都電荒川線沿線2-2

 これが明美の店構えだ。想像したより立派な和菓子屋さんだった。昔ながらの駄菓子屋さんのようなところでおばあちゃんが細々とやっているような店をイメージしていたら違った。
 都電もなか以外にも30種類くらいの和菓子を置いているようだ。隣が工場になっていて、職人さんたちがせっせと作っていた。
 有名人もよく訪れるようで写真なども飾ってあった。

都電荒川線沿線2-3

 これが都電もなかの10個入りだ。ひとつ137円。都電の絵が描かれたパッケージに入っているのも人気の要因になっているのだろう。絵柄は4種類だったものがレトロタイプが加わって5種類になった。10個入りは車庫型の箱に入っている。もっと大入りのものは双六とサイコロが印刷されていて、食べ終わったら遊べるようになっているらしい。でも、そんなにたくさん都電もなかは食べたくない。中身はどれも一緒だから、2個も食べれば充分だ。
 味もけっこう美味しくて侮れない。粒餡の中にモチ(求肥)が入っていて、あっさりした甘みでしつこくない。これはおみやげにも喜ばれるだろう。話のネタとしても面白い。
 近々140円に値上がりするそうだ。

都電荒川線沿線2-4

 梶川から先は荒川区を横断するように進み、終点の三ノ輪橋に到着する。始発駅であり終着駅でもありながら、ここに車庫はない。車庫は途中の荒川車庫に設けられていて、そこで運転士の交代も行われる。三ノ輪橋まで行ったら、運転士は身の回りの道具一式を持って車両の反対側に移って、折り返し運転をする。それまた見たことのない光景でちょっと笑ってしまった。バスでも折り返し運転はあっても運転者が前から後ろに移動するなんてことはない。
 早稲田-三ノ輪橋間の約12キロを49分かけて都電は走る。平均時速は13キロというから、やっぱりのんびりしたもんだ。停留所から停留所までが短いからスピードを上げてる暇がない。ただ、乗ってると意外とスピードは出てるように感じる。途中区間では50キロとかそれくらい出てるのかもしれない。
 こんな都電荒川線だけど、実は毎年黒字経営をしている。年々乗客は減っているそうだけど、それでも1億円以上の黒字を出しているというからたいしたものだ。さすがに東京はどこでも人が多い。

都電荒川線沿線2-5

 三ノ輪橋で一番気になるところといえば、なんといってもジョイフル三ノ輪だろう。古き良き昭和のアーケード街の風情がそのまま残っている。これは本物だ。名古屋では少し前までの大須がこんな感じだったけど、大須でさえ最近はもう少し近代化が進んでいる。
 ジョイフルはびっくりするくらい活気があった。人も多かったし、一部閉まっている店はあったものの店舗数も多い。140店舗ほどが並んでいるそうだ。下町というのは今でもしっかり昔の姿のまま機能しているものなんだ。そういえばこのあたりは大きな商業施設のようなものが見あたらなかった。だから、こういう個人の店でもやっていけるのだろう。
 時間がなくて入り口から少し歩いたところで引き返してしまったけど、ここもじっくり歩けば見所満載に違いない。

都電荒川線沿線2-6

 駅のホーロー看板は、ちょっと作為的すぎる。こういうものは誰からも忘れ去られてそれまま朽ちるように残っているものじゃないと意味がない。いくら古い本物でも、こういう演出では素直に感動はできない。
 荒川線の車内広告も古かった。あれも演出のひとつだったのか。

都電荒川線沿線2-7

 端っこの三ノ輪橋まで行って旅の目的は果たしたけど、そこで終わりではなく、また戻ってこなくてはいけない。三ノ輪橋なんかで降ろされてもどうしょうもない。荒川線も両端がもう少し延びると便利になるだろうに、これ以上は無理なんだろうか。三ノ輪橋も位置的には上野駅から直線で2キロくらいだから、上野までつなげば格段に利用しやすくなる。早稲田の方は強引に新宿につなげないものか。
 それはともかくとして、荒川車庫でも途中下車してみた。ここで電車は休んでいる。全部を格納するスペースはあるのだろうか。
 この横には「都電おもいで広場」というのがあって、そこには5500形と7500形の古い車体が展示されている。このときは夕方でもう閉まっていて外からしか見られなかった。
 しかし、こんなところで写真を撮ってるなんて、完全に電車の人だ。嬉しそうに写真を撮っている私は、相当な電車好きに見えたことだろう。

都電荒川線沿線2-8

 ホームではボーイが携帯でレトロ号の写真を撮っていた。少年は電車が好きだ。彼の一家も私たちの前に都電もなかを買っていた。
 この車両は、今年2007年の5月に導入されたものだからごく最近のものだ。基本的に毎週日曜のみの運行というから、普段都電を利用してる人でもまだ乗ったことがない人も多いかもしれない。私たちもタイミングが合わずに乗ることができなかった。
「宝くじ号」と書かれているのは、都電の会社が宝くじに当たったとかではなく、日本宝くじ協会からの補助を受けて製造されたからだ。製造費は2億円だそうだ。

都電荒川線沿線2-9

 再び王子駅前で降りて、北とぴあ(ほくとぴあ)へ行った。
 ここは北区の建物で、各種ホールや会議室、音楽スタジオ、トレーニングルーム、結婚式場、レストラン、プラネタリウムなどが入っている。17階には展望ロビーがあって、マイナーな夜景タダスポットになっている。それなりに東京の夜景は見られるものの、撮影には向かない。ガラス面までが遠くて光の映り込みが多いから。

都電荒川線沿線2-10

 帰りは王子駅前の「とんかつ和幸」で季節限定「紅葉」を食べた。どんな店か知らなかったのだけど、ちょっとした行列ができていたから美味しいのだろうと判断して入ってみた。海老フライとカニコロッケ、ヒレカツ、味噌汁、茶碗蒸しのセットで1,095円は安い。しかもご飯と味噌汁とキャベツはおかわりし放題だ。衣サクサクで味も申し分なかった。これは人気が出るはずだ。
 帰ってきて調べたところ、全国展開のチェーン店だった。それは知らなかった。名古屋にもあるようだ。

 こうして4時間ほどの都電荒川線の旅は終わった。帰りは大塚で山手線に乗り換えて目白に戻った。面影橋と早稲田を省略したのは少し心残りだったけど、またあちらには行く機会もあるだろう。三ノ輪橋の方まではもう行くことはないかもしれない。
 次があるとすれば、今度は平日の空いているときに乗りたい。全停留所制覇なんてのは無理にしても、まだ気になっているところがいくつかあるから、そのあたりでも降りてみよう。
 撮ってよし、乗ってよしの都電荒川線は、お上りさんはもちろん、東京に住んでいる人にもオススメしたい魅力的な電車だ。電車の人でなくても撮るのは楽しいから、ぜひ恥ずかしがらずもじもじしないで思いっきり撮って欲しい。
 私たちの都電小旅行は楽しい旅だった。次はあなたがぜひ。

都電を端から端まで乗ってみよう企画<前編> 学習院下~王子駅前

東京(Tokyo)
都電荒川線沿線1-1

Canon EOS 20D+EF50mm F1.8 II



 今回の企画は、都電荒川線を端から端まで乗ってみようというものだった。お上りさんらしい潔い試みと言えよう。全線乗ったからといって何があるというわけではない。ただ乗ったという実績が残るだけだ。あるいは自己満足が。
 それにしても荒川線というやつは他の路線との連絡が悪い。両端の早稲田と三ノ輪橋の両方ともが他の線と離れすぎている。日比谷線三ノ輪駅からも遠いし、東西線の早稲田駅からは迷って行けないという話もある。JR山手線と連絡している大塚が一番便利なのだけど、ここから乗るとどちらへ行くにしても無駄になる。
 結局、学習院下から乗ることにした。東京での拠点が目白にあるということと、この日はちょうど学習院で学園祭をやっていて学習院のキャンパスを見つつ通り抜けていけばいいというのがあって。
 面倒だったし時間もなかったので、学習院下から早稲田方面の二つは省略することにした。この時点でもう最初の趣旨から外れてしまっていたのだけど、あまり深く考えてはいけない。要は都電に乗ればそれで満足だったのだ。
 都電はどこまで乗っても一律160円で、一日乗車券が400円なので、迷わずそれを買った。早稲田や三ノ輪橋まで行って買わなくても、乗ったとき車内で運転士さんから買えば早い。PASMOにチャージすることもできる。
 というわけで、私たちは都電の旅に出た。学習院下から、ぶらり途中下車を挟んで目指すは三ノ輪橋だ。って、三ノ輪橋ってどこよ?

都電荒川線沿線1-2

 前に一度学習院の門の前まで行って入りきれずに引き返したことがあった。昔なら大学くらいは無関係な一般人でもぶらっと入っていってとがめられることはなかったけど、最近は世の中も変わって一見して関係ない人間は入り口で止められる可能性がある。特にカメラなんかぶら下げていたらお上りさんの観光客ということが一目瞭然だ。学習院はキャンパスの中に幼稚園から高校まで一緒に入っているし、皇室関係の学生さんなどもいるから、普通の大学とはちょっと違う。だから、学際というのは合法的に堂々と入っていける千載一遇のチャンスだったのだ。ここで入らずいつ入る。
 中の様子は普通の学園祭と変わりはない。食べ物の屋台などがたち並び、学生たちが呼び込みをする。ステージではビールの早飲み競争なんてのが行われていた。河野太郎の講演ってのが渋い。学習院にお笑いタレントは似合わない。
 最初で最後になりそうな学習院大学のキャンパスを見つつ、何も買わず、裏門に向かって歩いていった。古い校舎などもあって、なかなか歴史もあった。

都電荒川線沿線1-3

 都電の本数はけっこう多くて、だいたい5~6分間隔ということになっている。正確なダイヤはあってないようなもので、10分待っても来ないこともあり、2、3分で続いてくることもある。混雑時でも一両編成を頑なに守る。連結はできない仕組みになっているのだろうか。
 しばらく待っていたらやって来たので、いよいよ乗り込んでみる。ポジションは一番後ろにした。一番前の運転士のすぐ後ろってのが電車野郎のポジションなんだろうけど、さすがにそこは恥ずかしすぎた。後ろでも計器があったり、線路風景が見られるから、ここはここでいいポジショニングだ。
 通称チンチン電車の名の通り、出発のときはベルがチンチンっと軽やかな音が鳴って発進する。

都電荒川線沿線1-4

 押しボタンがあってちょっとびっくりした。都電は電車でありながら多分にバスチックなところがある。ダイヤが適当ってのもバスっぽいし、押しボタンを押さないとドアが開かないのもバス同様だ。駅も駅とは呼ばずに停留所と呼ぶ。だから何々駅という名前は付いてない。
 一度押してみようかと思ったら、常に先取りされて一度も押せなかった。記念に一度くらい押しておくべきだったか。

都電荒川線沿線1-5

 最初の途中下車は、王子駅前にした。ここは南北線王子駅の乗り換えができるからたくさん人が乗り降りした。
 都電沿線はそれなりに見所がある。半日くらいは充分に楽しめるスポットが揃っているから、安上がりな観光にもいい。今回は夕方出発で時間もなかったので、まだ行ったことがないところに絞って巡ることにした。雑司ヶ谷や巣鴨方面は前に一度行っている。

都電荒川線沿線1-6

 飛鳥山と王子の間は路面走行になるところで撮影スポットにもなっている。道ばたで都電を待ちかまえて写真を撮っている私たちは、完全に電車の人たちと思われたに違いない。そうじゃないんですと言いたかったけど、もう仕方がない。にわかであろうとその場限りであろうと、電車を撮っていれば電車の人だ。言い逃れはできない。
 王子の坂は都電の中で最大の難所と言われているところで、雪が降ったりすると坂を上れずに運転見合わせになったりするらしい。途中で滑って後ろに戻っていったりしたら危ない。乗客は降りて、みんなで後ろから電車を押さなければいけなくなる。昔の田舎のバスみたいだ。

都電荒川線沿線1-7

 飛鳥山交差点にはおあつらえ向きな場所に歩道橋がある。ここは絶好の撮影ポイントだ。こりゃいいぞと大喜びで撮る私たち。ここならあまり人に見られることはない。
 みんなここで撮ってるんだろうなと思ったら、右側の階段の途中で白レンズを構えた青年がいた。やっぱりなと納得する。
 シチュエーションとしては、夕方で夕陽が当たるシーンなんかがよさそうだ。夜も面白いかもしれない。

都電荒川線沿線1-8

 レトロタイプの都電がやって来た。これはいいタイミングだった。もちろん、撮るべし。右にいた青年はこれが通る時間帯まで調べて構えていたのだろうか。これが行ってしまったら、そそくさとカメラをしまって帰ってしまったから。
 それにしても路面地区の都電は不思議な感じだ。車は平気で線路を横切り、線路の上を走っている。信号待ちで車の後ろに電車がついている姿というのはなんだかおかしい。構造上不可避ではあるのだけど、みんな当たり前のものとして共存している様子が面白かった。電車と車がぶつかったら、どっちが悪いことになるんだろう。
 路面電車用の信号機や矢印信号も初めて見た。その存在を思い出したのは自動車免許の学科試験以来だ。そういえば黄色だかオレンジだかの矢印信号ってあったよな。
 今回の撮影の一番の目的が飛鳥山の路面走行部分だったから、これでもう満足した。ここを撮りたかったのだ。
 飛鳥山公園に少し寄ってから、王子駅の方に歩いて戻ることにした。

都電荒川線沿線1-9

 飛鳥山公園の道を挟んで向かい側に音無親水公園がある。行ってみたらもう閉まっていた。まだ5時前だったのに、冬場は4時半くらいで終わってしまうのだろうか。
 残念と思っていたら猫がいた。それを撮っていたら、周りから2匹、3匹と猫が出てきた。なんだなんだと思ったら、猫おばちゃんが登場した。なるほどそういうことか。どこにでもいるノラ猫のお世話をする猫おばさんやおじさんたち。お世話をしたい側とされたい側の思惑が一致して、幸せな関係が成り立っている。必ずしも猫だけが恩恵を受けているわけではない。大げに言えば、ノラにエサをあげることが生き甲斐のようになっている人たちもいるのだ。
 公園の中には入れなくても横を通って駅の方に行くことはできる。次の目的地は「北とぴあ」だった。

都電荒川線沿線1-10

 王子駅前の隣に見えていたのはJRだったか、南北線だったか。夕暮れの駅ホームの風情に惹かれて一枚撮った。部活終わりの学生と仕事帰りの勤め人たちで、ホームはけだるい雰囲気に包まれる。朝のピリピリした感じとは全然違う。

都電荒川線沿線1-11

 乗ったは文化の日の祝日で土曜日の夕方ということもあって、都電はどの車両も混んでいた。一両編成で田舎のローカル線のようなイメージを持っていたけど、それはまったく破られることになった。ラッシュ時のバスのような混み具合だった。
 のんびりと楽しむなら、平日の昼前とか夕方前がいいかもしれない。それならゆったりと車内を眺めたり写真を撮ったりもできるだろう。

 ぶらり途中下車都電の旅は、ここで前半が終わり、明日の後編へと続く。お楽しみに(?)。

葛西臨海公園最後は夕焼けから夜にかけて、最後は観覧車で締めくくり

施設/公園(Park)
葛西臨海夕から夜-1

Canon EOS 20D+EF 75-300mm F3.5-5.6 IS / EF50mm F1.8 II



 葛西臨海公園シリーズ最終日は、夕焼けから夜にかけての写真となる。
 日が暮れてしまっては鳥撮りもできず、気持ちは風景へと切り替わる。夜景になってから最後に観覧車に乗ろうと決めていた。それまでの時間、しばらく海を眺めていた。沈む夕陽を見ながら。

葛西臨海夕から夜-2

 オレンジに染まる夕焼けとシルエットになった人の写真を撮ると、なんとなく「俺たちの旅」を思い出す。どういう連想でそうなるのか自分でもよく分からない。夕焼けとドラマが直接結びついていたのか、エンディング曲のときの映像が夕焼けとシルエットだったのか、今となっては上手く思い出せない。

葛西臨海夕から夜-3

 夕焼けをオーバー露出で撮ると、そのときのまぶしい感じがよみがえる。実際にまぶしいわけではないのに、目を細めてしまうのは反射神経だろうか。
 実際はこれほど焼けてはいなかったのだけど、写真で一部を切り取ると劇的な夕焼けだったように見える。写真は嘘つきだ。

葛西臨海夕から夜-4

 地上近くの夕陽はまぶしさを失いつつ、すーっと滑るように落ちていく。夏のようにいつまでもぐずぐずしていない。
 いったん雲に隠れた夕陽がもう一度顔を出して、また隠れた。水平線に沈む太陽を期待したけど、見る場所がよくなかった。

葛西臨海夕から夜-5

 太陽が沈むとあたりは急速に暗くなっていく。観覧車にも灯りがともった。園内を走る汽車型のバスもこれが最終便のようだった。
 それじゃあ、ぼちぼち観覧車に乗りに行くとするか。

葛西臨海夕から夜-6

 ゆがんだ観覧車は水面に映った姿だ。ちょっと面白くて、みんなしばし足を止めて見ていた。
 ここに池を配したのも計算だったのだろうか。

葛西臨海夕から夜-7

 休みの日ということと、日没直後ということで、ちょうど一番混み合う時間に行ってしまったらしい。ずいぶん並んで待たされた。45分くらい並んだだろうか。もう少しあとになったら空いたのだけど、ここは遊園地もなく観覧車だけしかないから、他に時間の使いようがないのだ。展望スペースも夕方5時で閉まってしまう。自然とみんな観覧車に集まることになる。
 花とダイヤの大観覧車とな名づけられたこの観覧車は、地上117メートル、17分で一周する。700円。
 晴れた日の昼間なら、遠く横浜や富士山もよく見えるそうだ。夜はお台場方面やディズニーランドなどが見える。
 イルミネーションは、照明デザインの第一人者、石井幹子が担当している。ラグーナ蒲郡の観覧車は監修という形であまり力が入ってないようだったけど、ここのはなかなか凝っていた。季節によっても照明パターンが変化するらしい。

葛西臨海夕から夜-8

 こちらは葛西臨海公園駅方面の夜景。道路を走る車の光がきれいだった。
 ここは一応東京23区の江戸川区ではあるけど、ほとんど千葉の隣なので高層ビルは見あたらない。ビル群が見たければ北や東ではなく西を向かなければならない。

葛西臨海夕から夜-9

 西を向けば、遠くに高いビル群が見える。右にちらっと見えているオレンジの光は東京タワーだろう。その左に見えているビルは六本木あたりなのか、もっと手前なのか。
 17分中、15分は写真を撮りまくりの私たちであった。じっくり夜景を鑑賞するなんて優雅な過ごし方ができない。

 こうして長いような短いような葛西臨海公園での一日が終わった。鳥を探して、海辺でランチを食べて、ガイドツアーに参加して、夕焼けを見て、観覧車に乗って、よく歩いた。かなり堪能したと言っていい。
 葛西臨海公園はなかなかに楽しめるところだ。ここでは登場してないけど、メインの施設として水族園もある。入園料700円というからそれほど本格的なものではないのだろうけど、そこを中心に行っても、一日ゆっくり過ごすことができるだろう。
 鳥撮りに関しては、一眼と望遠レンズの組み合わせではかなり厳しい。池にしろ海にしろ、鳥との距離が遠い。もし私が万が一私がデジスコを買ったならもう一度行きたいところだ。数千ミリの世界ともなればいろいろ撮りどころが出てくる。もう少し冬が進んでくると、森ゾーンの冬鳥たちの姿も捉えられるようになるだろう。
 鳥撮りの人もそうじゃない人も、葛西臨海公園はオススメしたい。

眠くてぼんやりした意識のまま葛西臨海公園風景の写真を並べるだけ

施設/公園(Park)
葛西臨海公園風景-1

Canon EOS 20D+EF 75-300mm F3.5-5.6 IS



 今日は葛西臨海公園の様子を簡単に紹介して終わりにする。
 何しろ眠たくていけない。
 明日あらためて書き加えるかもしれないけど、今日のところは写真だけ並べて、もう寝てしまう。

葛西臨海公園風景-2

 三脚につけたスコープを担ぐ人々。本物の鳥の人だ。デジカメは付けてなかったから観察するだけなのか、ポイントへ行ってからデジをセットするのか。
 やっぱり基本はリュックだな。大きなカメラバッグを肩から提げているカメラ屋さんとはスタイルが違う。

葛西臨海公園風景-3

 ウォッチングセンターから鳥見をする人々を激写。鳥目線からだとこうなる。鳥にしてみたら、なにを並んでのぞいてやがるんだって思ってることだろう。

葛西臨海公園風景-4

 海辺は憩いの場。座って海を眺めたり、散歩をしたり、釣りをしたり、みんなのんびり思いおもいに過ごしている。今はまだ海沿いでも寒くないから、海を見ながらぼーっとするにもいい。

葛西臨海公園風景-5

 左を見るとディズニーランドが見える。お金を使いたい人は向こうへ行き、安上がりに済ませたい人は葛西臨海公園で過ごす。

葛西臨海公園風景-6

 海を見ながらのランチは、明治村で買ってきたカステーラ。最近カステラを食べるということがほとんどなかったので懐かしい味がした。久しぶりに食べると美味しいものだ。

葛西臨海公園風景-7

 鳥撮りをしてる間に夕暮れ時間になった。夕焼けを期待しつつ、西の方へ移動する。
 できれば人工島の西なぎさまで行こうと思っていたら、あの島だけは夕方5時で閉めてしまって行けなかった。

葛西臨海公園風景-8

 焼け加減はもう一つ。水に映ったオレンジで夕焼け気分を味わう。

葛西臨海公園風景-9

 太陽は地上近くの雲の中に沈んでいってしまった。こうなるときれいな夕焼け空にはならない。今は秋で一年で一番夕焼けのいい季節なのに、残念。最近は、肝心なところで夕焼け運がない。

 明日はこの続き。日没から夜にかけての葛西臨海公園風景を紹介して最後としたい。けっこう引っ張ってしまった。
 本日はこれにて終了。眠気に負けた。

カワセミと猛禽の目標をクリアして、行って良かったと思えた葛西臨海鳥類園

野鳥(Wild bird)
葛西臨海の鳥たち2-1

Canon EOS 20D+EF 75-300mm F3.5-5.6 IS



 自分たちだけでの鳥探しに限界を感じた私たちは、午後からはボランティアガイドツアーに参加することにした。1時間程度で、鳥や自然について解説してくれて、双眼鏡も貸してくれるという。ここは素直に参加すべきだろう。その選択は正しかった。カワセミが見られたのもそのおかげだった。
 定点にしている木の枝にカワセミがとまって、魚を捕まえる実演までしてくれた。といってももちろん飼っているカワセミとかではなく、野生のものだ。ただ、この鳥類園で生まれたやつで人にはある程度慣れている。観察窓から大勢がのぞき見て少々しゃべったくらいでは逃げていかない。なかなかサービスのいいカワセミだ。まだ若いオスだという。
 やや距離があるのが残念なところではあったけど、久しぶりにカワセミを撮れて嬉しかった。3年前、春日井の八田川で初めてカワセミを見たことが私を鳥の方に強く引き寄せるきっかけになった。あれ以来、まともに撮れたのはこれで3度目か4度目だ。見てる回数はもっと多いけど、撮るとなるとなかなかに難しい。

葛西臨海の鳥たち2-2

 あ、飛んだっ、と思ってあわててシャッターを切ったらブレた。この距離、この暗さでは、手ぶれ補正付きのレンズでも止められない。流し撮りをするには被写体が小さすぎてオートフォーカスが追い切れない。
 しかしやっぱり、カワセミは飛んでいる姿が美しい。背中のメタリックブルーが日本にいる野生の鳥とは思えない色合いをしている。飛ぶ青い宝石という比喩も大げさなものではない。
 カワセミを狙う人共通の願いは、ホバリングしているところと、魚を捕るために水中にダイビングするシーンを撮ることだろう。私はまだその可能性すら感じられない。運も根気も必要だし、レンズもある程度のものが必要だ。

葛西臨海の鳥たち2-3

 ガイドツアー中、上空に現れたこいつはチュウヒだそうだ。おー、それは撮らねばと私はあわて、あたりも色めき立った。近くにいたデジスコ組も一斉にシャッターを切っていた。
 遠くてはっきり姿は見えなかったのだけど、チュウヒと聞いて喜んだ。やっぱり猛禽はいい。今回の葛西臨海行きの目標は猛禽とカワセミを撮ることだったから、それはクリアしたことになった。行ったかいがあったというものだ。ツアーにも参加しておいてよかった。自分たちだけなら、これがトンビなのかどんなタカなのかの判断がついてなかった。

 中空を飛ぶからチュウヒと名づけられたという。
 アシの湿原を生息域とするタカで、タカの中では珍しく地上で繁殖する(他のものはたいてい樹上)。
 日本へは冬鳥として飛来する。北海道では夏鳥で繁殖もするそうだ。
 羽をV字にして低空をヒラヒラしながら飛ぶのが特徴で、低空から急降下してネズミや鳥、魚などを捕らえて食べる。
 最近は環境の悪化などで数が減っているそうだ。

葛西臨海の鳥たち2-4

 これは昨日も登場したイソシギか何かだろうと思うけど、写真として好きだったので載せてみた。鳥の後ろ姿にも哀愁がある。正面の大写しもいいけど、風景の中の鳥写真が私は好きだ。
 シギについての勉強は進んでいない。

葛西臨海の鳥たち2-5

 海にプカプカ浮いていたのはスズガモだろうか。海は池以上に鳥との距離が遠くて手強い。海の場合は風景の中の鳥というよりも、アップでしっかり捉えたいところだ。となると、選択肢はデジスコしかない。一眼プラス望遠レンズでは限界がある。

葛西臨海の鳥たち2-6

 波に身をゆだねて浮かんでるだけかと思いきや、何かのきっかけで一斉に飛び立った。グループで固まっていて、誰かが飛び立つと全員で同じ方向に飛んでいく。集団行動が好きらしい。飛ぶ姿からしても、その行動パターンからしても、やっぱりスズガモでいいと思うけど、どうだろう。
 スズガモも渡り鳥で、冬になると北にいたやつらが南下してやって来る。暖かい日本で越冬して、春になると繁殖のために北へ帰って行く。
 東京湾は特にスズガモの越冬地として有名どころで、毎年数万から数十万羽が集まるという。この海には彼らが好きな貝なんかがたくさんあるのだろう。夕暮れから夜にかけて、海に潜ってエサを食べる。

葛西臨海の鳥たち2-7

 上空を見上げるとカモメのたぐいが飛んでいる。おそらくここでも何種類か飛んでいるのだろうけど、見分けはつかない。海の鳥は普段のフィールドじゃないからほとんど知らない。知っているのはユリカモメやウミネコくらいのものだ。これはなんだろう。
 海の鳥も今後の課題として残った。

葛西臨海の鳥たち2-8

 これもカモメの何か。ウミネコか、セグロカモメか、そのあたりか、違うか。

葛西臨海の鳥たち2-9

 人が立ち入れない離れ小島の「東なぎさ」は、鳥の群れがすごいことになっていた。何種類かの鳥が混じっていたのかもしれないけど、これだけの大群となると大部分がスズガモなんじゃないだろうか。
 東京湾というと汚染された海で生き物も少ないと思いがちだけど、実際は魚の種類も多い豊かな海なのだ。だから鳥も多くなる。
 それにしてもあの鳥の数は不気味なほどだった。

葛西臨海の鳥たち2-10

 海辺も夕暮れ。沈む夕陽が浅瀬を染める。
 これはイカルチドリでいいのか違うのか。
 海の鳥に関しては、まったくの知識不足だということが今回ではっきり分かった。なかなか行く機会がないけど、せめて図鑑でもう少し勉強しよう。鳥もまだまだ知らないものが多い。

 葛西臨海公園ネタはもう少し続きます。夕焼け編と公園施設編と、あと2回の予定。
 明治村シリーズも再開したいし、今はネタが在庫過多になっている。毎日二本立てにしなければいけないか!?

鳥の人たちに混じって鳥を撮った葛西臨海公園鳥類園 <その一>

施設/公園(Park)
葛西臨海の鳥たち1-1

Canon EOS 20D+EF 75-300mm F3.5-5.6 IS



 葛西臨海公園といえば、一般的には水族館や観覧車がある海辺の公園というイメージがあると思う。それと同時に野鳥の楽園であることはあまり知られていないかもしれない。淡水、海水、森林の野鳥が同時に集まる場所として、東京近郊の鳥の人にとっては超有名スポットであっても、一般的な知名度と鳥の人のフィールドは必ずしも一致はしない。
 休日の午前、JR京葉線の電車は大勢の乗客を乗せて葛西臨海公園駅に止まる。駅を降りて一般の人は右に曲がり、鳥の人は左に曲がる。見た目からして人種が違うのは一目瞭然だ。私とツレは迷いながら左へ進んだ。我々は鳥の人ではありませんという心の中で言い訳に耳を傾ける人はいない。すれ違う人はみな、三脚にスコープをつけたセットを肩から担いでいる。どうやら鳥の本場に足を踏み入れてしまったようだ。
 葛西臨海公園は、埋め立てによって人工に作られた公園だ。かつては大きな干潟もあって、野鳥や生き物たちの楽園だったこの地も、近代の開発の中で自然は壊滅的に破壊されてしまった。その反省のもとに作り出されたのが人工の自然環境というわけだ。
 開園は1989年というからそろそろ20年近くなる。関係者たちの努力によってようやく自然環境に近づいてきて、生き物たちも定着してきたという。完全に元に戻ることはなくても、こういうささやかな抵抗は必要なことだ。それさえも放棄してしまったら、利益追求によって自然環境などあっという間に消滅してしまう。

 今日はそんな葛西臨海公園の鳥類園(ちょうるいえん)で出会った鳥たちの写真を紹介したいと思う。大収穫とまではいかなかったけど、それなりに収穫はあった。
 ただ、思っていた以上に鳥との距離が遠かった。鳥たちにとってすみやすい環境優先ということで、写真を撮るには厳しい状況になっている。デジタル一眼の300mm望遠レンズくらいでは大写しにできるものはごく限られる。ここはデジスコ一派の独壇場だ。
 上の写真は、淡水池にいたカワウとサギの黒白コントラスととなった。遠くてコサギかダイサギかの区別もつかない。
 それぞれマイ杭を持っていて、多いときは一本に一羽くらいの確率でとまっている。その様子がなんとなくおかしくて笑えた。こういう杭や植えられている草も人の手によって作られたものだ。

葛西臨海の鳥たち1-2

 東京にも渡りのカモたちがたくさんも戻ってきていた。ここではホシハジロ、ヒドリガモ、キンクロハジロ、コガモなどが多いようだ。バンやカイツブリなどもいた。
 それにしてもやっぱり距離が遠い。はっきり大きく見たければ観察センターに備え付けてあるスコープでのぞくのがいい。写真には撮れないけど大きくは見られる。

葛西臨海の鳥たち1-3

 池は淡水の「上の池」と海の水が入り込む汽水の「下の池」の二つがある。上は汽水の方だ。浅瀬にはシギ類が多く、サギも何羽かいた。
 お馴染みのダイサギは街中の川でもよく見かけるのだけど、全般的に鳥との距離が遠い葛西臨海では体が大きくてありがたい被写体となる。ここからしばらくサギ写真がつづく。

葛西臨海の鳥たち1-4

 小魚をとらえたダイサギ。けっこう大きな魚でも上手に丸呑みしてしまう。横に挟んだ魚を一瞬の早業で縦にくわえ直してコクンと飲み込む。けっこう次から次へととらえて食べていた。魚の放流も自然環境作りの一環として行われているようだ。ここではあくまでも野鳥が優先順位の先頭に来る。

葛西臨海の鳥たち1-5

 コサギを追いかけ回して追い払うダイサギ。素知らぬ顔でエサを探るコサギ。
 横に並ぶと体の大きさの違いがはっきり分かる。大きいからダイサギで小さいからコサギとは安易なネーミングだけど、納得はできる。
 中間の大きさのチュウサギというのもいるけど、これは珍しいやつなのでめったに見かけない。見てもダイサギとの区別がつきにくいので見ていても見逃している可能性がある。

葛西臨海の鳥たち1-6

 飛び立つダイサギ。羽を広げるとかなり大きい。

葛西臨海の鳥たち1-7

 ダイサギ飛翔その一。
 足は後ろにピーンと伸ばして行儀がいい。

葛西臨海の鳥たち1-8

 ダイサギ飛翔その二。
 飛んでる姿を下から見ると、翼の大きさに対して体の容積が小さいことが分かる。だからサギは助走なしに飛び上がれて、着地するときもふわりと降り立つことができる。
 カモなどは翼の割に体が大きくて重いから、飛び立つときには助走が必要だし、着水も羽をばたつかせながら腹打ちするようにバシャバシャっと降り立つことしかできない。
 人間が飛べないのは体が重すぎるからだ。この体を浮かせるために巨大な翼をつけると、今度は筋肉がまったく足りない。

葛西臨海の鳥たち1-9

 シギ類はまったく馴染みがないから区別がさっぱりつかない。これはイソシギでいいのだろうか。キアシシギというのもいるし、アオアシシギというのもいる。ソリハシシギなんてのもいて、シギはけっこうややこしい。これから勉強していかないといけない。

葛西臨海の鳥たち1-10

 夕暮れ海岸浅瀬の鳥たち。ただでさえ分からないのに暗いからますます分からない。これもシギだろうか、チドリだろうか。イカルチドリかもしれない。

 今日は眠たいのでここまで。これ以上の更新作業は続行不能。手直しはまた明日。
 明日も葛西臨海の鳥編の続きになる予定。

(追記)
 一応手直しはした。これ以上書き足すのはやめて、翌日分として今日あらためて鳥ネタを書こうと思う。

掛川花鳥園番外編 ---また会う日までしばしのお別れ

動物園(Zoo)
花鳥園番外編-1

Nikon D100+VR Nikkor ED 24-120mm F3.5-5.6



 東京から名古屋に戻って、ふと気が向いて花鳥園写真で更新してみる。
 撮ってきた写真を整理しようとしたら、まだ花鳥園の写真が残っていて、ここで載せておかないとお蔵入りになってしまいそうだったから、というのがその理由だ。中途半端に時間が空いたせいもある。
 ということで、掛川花鳥園最終は番外編として、鳥たちのアップ写真で締めくくる。

 まずはエミューから。
 エミューさんは見た目で凶暴と思われがちだけど、ホントは心優しくて穏やかなやつだ。ダチョウのように荒っぽい性格ではない。顔は凛々しくもあり、愛らしくもある。
 しかし、こうしてあらためて間近から見ると、こいつは恐竜だと思う。鳥は恐竜から進化した生き物だという説に共感できる。実際にそうだったんじゃないかと私は思っている。

花鳥園番外編-2

 エミューが気のいいやつらと分かってはいても、こうして一斉に迫られると出した手もおびえがちになる。グエーという感じで口を開けて近づいてくると腰が引けそうになる。でも、クチバシは全然痛くない。小鳥につつかれる方がよほど痛いくらいだ。
 こうして見てるとまたエミューさんたちに会いに行きたくなる。行くなら平日の朝一だ。鳥たちがおなかを空かしていて食いつきがいいから。

花鳥園番外編-3

 足元を見ればその人が分かるというけど、鳥も足を見れば凶暴さの度合いが分かる。ミミズクの足は間違いなく猛禽のそれだ。こんな足でガシっと捕まれたら小動物たちは逃れようがない。人間の頭だって割れてしまいそうだ。モモもがっしりしている。

花鳥園番外編-4

 ホオジロカンムリヅルのトサカと足。
 足の指はやっぱり4本だ。前が3本で後ろが1本。後ろは短くてあまり役に立っていないようだけど、実際は重要な役割があるのだろう。トサカの役割は定かではない。
 こいつは地面をつついてびっくりして出てきた虫を食べてるそうだ。だからこのときも一心不乱に土をつついていた。でも、こんなところに虫はいるのだろうか。いてもせいぜいアリくらいだと思うのだけど。

花鳥園番外編-5

 フラミンゴの足は合成着色料のピンク色。
 フラミンゴは地面を歩くか、水の中でも浅瀬しか歩かないイメージがあるけど、水かきがついている。泳ぐなら必要だろうけど、歩くにも不可欠なんだろうか。
 面白いのは彼らの足の関節が人間とは逆方向に曲がるところだ。というよりも、人間のヒザに当たるように見えている部分が足首で、その先は長い足の甲のようなものだから、これでいいのだ。足を前に折り曲げて休んでいる姿はかなり違和感があるけど。

花鳥園番外編-6

 クジャクの舞台裏。裏までは派手はでになっていないところが逆に凝っている。別に表と同じ柄でもよかったのに、あえて裏は地味にしてあるところに神の意志のようなものを感じる。偶然出来上がったものではないように思えて。

花鳥園番外編-7

 花鳥園が笑えるのは、見上げると普通はそこにいない鳥がいて、普段は木の上にいる鳥が地面を歩いているところだ。クジャクを真下から見上げる機会というのはなかなかない。金網越しでもなく、手が触れられそうなところにいる。
 逆にインコなんかは足下をトコトコ歩いている。1時間もいるとそんな世界にも慣れてしまう人間の感覚というのもまたおかしなものだ。帰ってきて写真を見ると、やっぱり変な世界だとあらためて思う。

 これで本当に掛川花鳥園シリーズは終わりとなる。もうめぼしい写真も残ってない。
 また来年、新たな掛川花鳥園シリーズでお会いしましょう。それまで待ちきれない方はぜひ、自分で足を運んでめくるめく鳥体験をしてみてください。楽しいですよー。

深まる秋の気配 ---明治村で撮る<第三回>

施設/公園(Park)
明治村の秋-1

PENTAX K100D+smc Takumar 50mm f1.4



 朝っぱらから秋の明治村写真を並べて、東京に出発。
 週末は東京の端っこで鳥を見てます。
 日曜日は更新を休みます。
 ちょっと、いってきます。

明治村の秋-2



明治村の秋-3



明治村の秋-4



明治村の秋-5



明治村の秋-6



明治村の秋-7



明治村の秋-8



明治村の秋-9



シリーズ第7回 ---掛川花鳥園の園内紹介にて花鳥園シリーズは完結

施設/公園(Park)
花鳥園紹介-1

Nikon D100+VR Nikkor ED 24-120mm F3.5-5.6



 掛川花鳥園もちょっと長くなった。いや、だいぶか。そろそろこのあたりで終わりとしたい。今回が7回目ということでちょうど一週間だ。そういえば花鳥園へ行ったのは先週の金曜のことだった。一週間という時間以上に遠く感じる。7回というのはキリがいい。
 最後は花鳥園の園内紹介でしめくくることにしよう。掛川花鳥園は、その名の通り、花と鳥の園だ。鳥専門動物園ではない。たくさんの花が溢れかえる花の楽園でもある。ただ、あまりにも鳥の魅力にやられてしまった我々は、花などそっちのけで鳥を追いかけるだけで終わってしまった。花なんて見てやしない。珍しい品種の花などもあったそうなのだけど、写真もほとんど撮ってない。
 上の写真は一番最後、帰る間際に撮った一枚だ。そういえば花も撮っておかないとと思い出すようにして撮った。
 ここは食堂のテーブル兼休憩所となっていて、持ち込みの弁当を食べたりもできる。食事処ではそばなどがあるようだった。私たちはソフトクリームをここで食べた。
 花はいいけど、上から間断なく花びらやら葉っぱやら何かの実やらが落ちてくるので油断はできない。頭の上に固いものが落ちてきてビクッとした。鳥のフンでも落ちてきたのかと思って。でもこのスペースには鳥はないからそういう心配はない。ここまで鳥がいたら、人の食べてるものに襲いかかってきて大変なことになってしまう。

花鳥園紹介-3

 ランチは花鳥園とはまったく無関係な伊良湖と姫路のおみやげを食べる我々。当然飲み物も持ち込みだ。お金は入園料とエサ代でしっかり払ったので、ここは勘弁してもらおう。
 おみやげはミルフィーユと生チョコ。最近は観光地のみやげ物も美味しくなった。ご当地ものにこだわらない方が美味しいものに当たる。ただ、土地柄とまったく縁のないおみやげも増えて、それはちょっとどうかと思う。
 赤福は今度いつ食べられるようになるだろう。夏にお伊勢参りに行って赤福氷を食べておいてよかった。この冬は赤福汁粉を食べようと思っていたのに、その願いは叶いそうにない。どこかで闇赤福とか売ってないかな。

花鳥園紹介-2

 入り口兼おみやげ物売り場兼フクロウ小屋のあるところ。フクロウは右側にずらっと並んでいる。ちらっと写っているのが見えるだろうか。
 おみやげ物はだいたい想像通りのものだ。すごくインパクトが強いようなものはなかった。金色のフクロウとかもいなかったし、原寸大のオオハシさんの木彫りとかもなかった。
 今回は「白ふくろうまんじゅう」というのを買った。これはひよ子のまんじゅうとそっくりで美味しかった。黒あんの黒ふくろうまんじゅうもあったから、次はあれにしよう。
 個人的にはここの鳥の写真と種類を乗せたパンフレットを売ればいいと思う。写真集のような大げさなものではなく、映画のパンフレットのようなものを500円くらいで売ればけっこう売れるんじゃないか。無料で配布しているカラーパンフレットの出来がよくてあれがタダなら500円でもっと立派なのが作れるはずだ。

花鳥園紹介-4

 温室のスイレン池では色とりどりのスイレンが咲いていた。スイレン好きなら楽しめるに違いない。温室だから一年中咲いているのだろう。
 私たちは花ではなく上を見上げて鳥ばかり見ていた。多くの人がそうだろうと思う。

花鳥園紹介-5

 一枚くらい撮っておくかと撮ったスイレン。結局、スイレンのアップ写真はこの一枚しか撮ってない。スイレンを撮影する目的で訪れても相当楽しめる感じだったけど、そんなものを愛でている心の余裕はなかった。池には金魚や他の魚などもいたようだ。

花鳥園紹介-6

 私はやっぱりこっちだ。飛んでいるコガネメキシコインコの方に気を取られてしまう。
 この日は雨が降っていて温室の中も明るさが足りなかった。シャッタースピードが上がらず鳥の速さについていってない。流し撮りもしてみたけど苦しかった。今度行ったら飛んでいる鳥写真ももっと撮ってみたい。

花鳥園紹介-7

 最後にもう一度ヨウムのアンソニーくんに挨拶してから帰ることにした。ここは彼の止まり木じゃないのに飛んできて木をかじりまくっていた。止まっている木の板はもうボロボロだ。見ている間にも1センチくらいかじってはがしていた。アンソニーくん、いらだち気味だったのか。顔を見ると非常にとぼけた表情をしている。目が点だし。
 温室にもヨウムは放し飼いになっていたけど、アンソニーくんは特別待遇だった。きっと彼は個性が際だっているのだろう。
 だいぶ長く彼のところにいたから、もしかしたら私たちのことを覚えてくれたかもしれない。次に行ったら、また来たかこいつらとか思ってくれるかな。

花鳥園紹介-8

 日没で小雨模様となっては掛川城も遠くから撮るだけにとどまった。時間があれば天守にも登ってみたかったけど、花鳥園で目一杯粘ったからそれは実現しなかった。戦後初の木造再建天守ということだから、また機会があれば行ってみたい。
 それよりやっぱり花鳥園再びが先だ。今年は厳しいからまた来年、春間で待てばベビーラッシュもあるだろうけど、そこまで待てるかどうか。1月になったら早々に行ってしまいそうな気もする。基本的に温室だから寒くても平気は平気だ。ただ、寒い中でも外でファルコンショーは行われるんだろうか。

 とまあ、こんな掛川花鳥園なのです。その魅力についてはもはや語り尽くした感がある。写真もたくさん紹介した。あとは自ら行ってめくるめく鳥体験をしてくださいと言うだけだ。鳥なんて別に好きじゃないしって人でも、あそこへ行けば楽しさにまいってしまうと思う。はまればもう笑いが止まらない。帰ってきて3日くらいは思い出し笑いをしてしまうくらいだ。
 行ってきたら教えてください。ぜひ花鳥園トークをしましょう。増やせ、花鳥園仲間の輪。
 花鳥園本編おしまい(番外編があるかも)。

人もまた明治村の風景の一部 ---明治村で撮る<第二回>

施設/公園(Park)
明治村に来た人-1

PENTAX K100D+smc Takumar 50mm f1.4



 ひとり明治村の秋。それもまたよし。
 明治村は建物だけでなく訪れる人もまた被写体となる。だから私はここが好きなのだ。何度行っても撮るものに事欠かない。
 今日は人がいる明治村風景の写真を集めてみた。ここに来て写真を撮ると、自分がどういう写真を撮りたいのかが確認できる。今日並べた写真が私の撮りたいものなんだと思う。

明治村に来た人-2

 ひとりで訪れている女の人が意外といるのが明治村だ。ここではそれがけっこう絵になる。違和感はない。動物園にひとりで来ている女性を見るとおおっと思うけど、明治村だとそんなことはない。一眼を持った女性もよく似合う。
 明治の古い建物を集めた野外博物館というのは人を選ぶ。友達でもつき合ってくれない可能性はある。だからひとりで訪れている人がけっこういるんだろうか。好きな人にとってはこんなに楽しいところはないのだけど。

明治村に来た人-3

 上品なおばさまふたり連れを見たとき、私はしまった、失敗したと思った。明治村には明治村にふさわしい格好があるということに気づいたから。
 長袖Tシャツにコットンパンツという自分の服装を反省した。これではいけない。全然明治らしくない。明治村に行くなら、自分もまた風景の一部としての責任を持たなくてはいけない。自ら演出を壊すのは無粋というものだ。
 次回はきちんとした格好で行こう。ハットをかぶってつけ髭を付けてステッキを振り回しながら写真を撮っている男がいたら、それは私かもしれない。ヘアースタイルはもちろん、ざん切り頭だ。見つけたらとりあえず頭をたたいてみてください。文明開化! と言ったらそれは当たりです。何をするんだコラ! とか怒ったらハズレです。

明治村に来た人-4

 明治村の敷地面積は約100万平方メートル。その中に70近い建物が移築展示されている。上の写真のようにわりと点々としてるから、一日で全部回るのはけっこう大変だ。今回はちょっと急ぎ足で写真を撮って回って4時間かかった。これはひとりで回ったときの所要時間だから、ふたり以上になるともっと時間はかかることになる。ひとりならトントン回っていける。
 デートにも悪くない。女の人が嫌じゃなければ楽しめると思う。落ち着いた感じのカップルが多くて、チャラチャラしたギャルとかは見かけない。ただ、コスプレイヤーなんかがけっこう訪れているそうで、ゴスロリとかの撮影会になって問題を起こしているという話も聞く。

明治村に来た人-5

 この日は小学生の遠足か社会見学かでちびっ子が大挙して押し寄せていた。一つの小学校ではなく、何グループも重なったようで、帝国ホテルの前などは小学校の運動場のような様相を呈していた。小学生人口が爆発。こんな明治村の風景を初めて見たので新鮮だった。そしてなんか笑えてしょうがなかった。こんなに大勢の小学生の中に中に紛れ込んだのは、自分が小学生のとき以来かもしれない。
 しかしちびっこって元気だ。意味もなく走り回っている。子供と大人の違いは、無駄に走るか走らないかの違いと言ってもいい。大人になると意味もなく走ることがなくなる。

明治村に来た人-6

 こちらのチビちゃんたちは真面目に建物見学をしているグループのようだった。無駄口も叩かず整然と歩きながら建物を見て回っていた。黄色い帽子をみんなかぶって同じ格好をしてるから、これが遠足時の正装なのか。私立の小学生だったかもしれない。
 私は上の写真の側だった。社会見学でリトルワールドに行ったときも、見学などせずに広場でずっと野球をやっていた。子供の頃からこんな昔の建築物に興味を持つなんてかえっておかしい。趣味として渋すぎる。でも、こういうことでもきちんと取り組んで、しっかりレポートを書く小学生もいるのだ。どっちがいい大人になって人生を楽しめるかは分からない。私としては、そのときどきで自分がやりたいことをやるのが一番だと思ってはいるけど、それが正解かどうかは分からない。

明治村に来た人-7

 若い夫婦とその子供のスリーショット。親としては若すぎて軽い感じがするんだけど、こういう風景も私は好きだ。若いくせにかっこいいと思う。
 このあと、子供がカメラを持って若い両親を撮っていた。それを見て、そういえば自分が子供の頃はそういう発想ってなかったなと思った。旅行に行って自分が両親を撮った写真というのは記憶にない。今は子供でもデジカメや携帯で日常的に写真を撮る時代だ。子供は撮られる専門というのは昔の話となったらしい。

明治村に来た人-8

 歳を取っても一緒に明治村へ行ける女友達がいるということは素敵なことだ。どこへ行ってもおばさま連れやグループは多くて、おじさんは少ない。おじさんは仕事で疲れていて暇もないと言うかもしれないけど、女の人の方がずっといろんなものを見て体験して吸収しようという向上心がある。おじさんだって気持ちさえあればどこへだって出向いていけるのだ。おじさんの友達が連れ立って明治村へ行くなんてことがあってもいい。

明治村に来た人-9

 和小物の店を見て回るカップル。ちょっといい感じ。
 私は食い気優先で明治村特製カステーラをおみやげに買って帰った。

明治村に来た人-10

 親子ほど年の離れたふたり連れが気になった。というのも、私が回っていたコースのすぐ先を行っていて、行くところいくところで出会ってしまったから。
 歳はかなり離れていたけど親子という感じはなかったからカップルだったのか。それとも仲良し父娘だったのだろうか。

明治村に来た人-11

 いいシーンに出会えた。京都市電を撮ろうとしたら記念撮影をする先客がいて、ちょうどいいやとそれも含めて撮ってみた。写真に入ってしまってすみませんねと謝られたけど、いえいえむしろ入ってもらって喜んだ私なのです。おかげでお気に入りの写真になりました。
 写真にはこういう幸運な偶然が必要不可欠だと私は思っている。テクニックも大事だし、計算された写真もいいのだけど、自分ひとりの力だけではいい写真にはならない。いろんな要素が幸運にも集まったとき、そこでいい写真が生まれる。協力してくれた要素に感謝する気持ちが大切だ。
 自分が好きな写真といい写真は必ずしもイコールではなくて、たいてはいい写真を撮ろうとやっきになりすぎるか、言い訳をするように自分の好きな写真に逃げ込むかどちらかになりがちだ。でも、両立させる道も必ずあるはずなのだ。自分が気に入って人にも喜ばれる写真というのが確かにある。そういう写真を目指すことが誠意なんじゃないかと今の私は思っている。自分のためだけでなく、人を感心させるためだけでもない、自分も人もいい気分にさせるような写真が撮りたい。
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