
Canon EOS Kiss Digital+EF-S 18-55mm(f3.5-5.6), f8.0, 1/80s(絞り優先)
今年の春から、なんとなく習わしのように月に一度は海上の森へ行っている。前回が8月の終わりだったから、あれからまたひと月経った。森の様相は一ヶ月も経つと大きく変わる。季節の変わり目は特にだ。
9月終盤の海上の森は、秋といえば秋だけど、夏の延長戦という様相を色濃く残していた。今日は特に暑くて、歩いていたら汗をかいたし、遠くでツクツクボウシが鳴き、写真を撮るためにじっとしていたら、半袖の右腕を狙われて4ヶ所も蚊に刺されてしまった。
それでも、写真のように田んぼは稲刈りが進み、集落のコスモスも咲き揃っていた。夏の野草は終わり、虫の姿もめっきり少なくなっていた。見かけたのはチャバネセセリやキチョウくらいで、トンボも残りわずかとなっていた。
野草もそろそろ秋シーズン開幕だろう。夏の間少なくなっていた花たちがまた戻ってくる。ただ、今日は四つ沢から集落、大正池と一般的なコースしか歩かなかったからお馴染みのものしか見かけなかった。ミズヒキ、キンミズヒキ、ハッカ、キツネノマゴ、ヒヨドリバナなど。ちょっと変わったところでは、ヤブマメや、アキノチョウジくらい。野草目当てで湿地の方のコースを歩けば、センニンソウやアケボノソウ、ヤマジノホトトギスなんかが咲いていただろう。アキノギンリョウソウはどのあたりに咲いてるんだろう。
冬鳥のシーズンにはまだ少し早い。森の野鳥としては今が一番寂しい時期かもしれない。
大正池はの水量がすごいことになっていた。散策路近くまで水辺が迫ってきていて驚く。去年の同じ時期はもっと水が引いていたし、他の時期でもあんなに水がたくさん入っている大正池は見たことがない。今年は雨が多かったからだろうか。
今日は、夏の名残と秋のはざまのそんな海上の森歩きだった。

Canon EOS Kiss Digital+TAMRON SP 90mm(f2.8), f5.0, 1/40s(絞り優先)
ここにも少しだけヒガンバナが咲いていた。ヒガンバナにはキツネがよく似合うと思うのは、やっぱり「ごんぎつね」の影響なのだろう。他にキツネとヒガンバナを結びつけるものは思いつかないから。
「ごんぎつねの里」である半田の矢勝川へは今年は行けそうにない。この前知多の海へ行ったときタイミング合えばそっちも寄っていこうと思ったのだけど、あのときはまだ早すぎた。今年はどうやら遅れていて、見頃は月末か来月のはじめになりそうだということだ。
彼岸の頃に咲くから彼岸花。実に単純明快で分かりやすい。ただし、ヒガンバナの出所や人との関わりに関してはそれほど単純というわけではない。まず、いつ頃日本にやって来たのかがはっきりしない。原産地は中国の揚子江中域に間違いなさそうだけど、いつどうやって入ってきたかはいくつかの説がある。
大昔に海を渡ってやって来たとか、稲と同じ時期に持ち込まれた帰化植物だとか、いやもっとずっと後になって人為的に導入されたのだとか、いろいろ言われている。個人的な予想としては、ヒガンバナはかなり目新しい花だと思う。「万葉集」に一首も詠まれてないし、江戸時代以前の文献にまったく登場してないということは、一般的にはなかったものに違いない。万葉集に出てくる「壱師(いちし)」がヒガンバナのことではないかという説にはうなずけない。良くも悪くもこれだけ存在感のある目立つ花なのだから、咲いていれば必ず誰かが詠っているだろうし、文献にも登場してるはずだ。かつて大昔に入って来たことはあったにしても、今のように一般の人が目にするようになったのは江戸時代あたりからではないだろうか。少なくとも室町時代以降だと思う。
別名の曼珠沙華(まんじゅしゃげ)は、江戸時代以降に使われるようになった呼び名だ。仏教言葉で、天上に咲くという意味の古代インドの梵語「マンジュサカ」が転じてマンジュシャゲになったという。
その他ヒガンバナには別名がたくさんある。日本全国で1,000以上もあるんだとか。中でもシニビトバナ(死人花)やユウレイバナ(幽霊花)など、マイナスイメージのものも多い。見た目からの連想や、毒を持っているというところから付いたのだろうけど、ヒガンバナ自体が持つ負のオーラみたいなものは確かに感じる。
そもそもの導入動機としては、飢餓のときにこれを食べて飢えを凌ぐためだった。球根(鱗茎・りんけい)にはデンプンが多く含まれているので食用になった。だから、田んぼのあぜ道に咲いているものが多い。ただし、かなり強いアルカロイド系の毒がある。なのでダイレクトにかじるのはとっても危険だ。長いこと水に浸けて毒を抜かないと食べられない。動物はこの毒をよく分かっているから、かつて土葬だった時代はお墓の周りとかにもよく植えられた。
ヒガンバナは道ばたなどでもよく咲いているから自生してると思いがちだけど、完全な自生のヒガンバナというのは存在しない。必ず誰かが植えたものだ。もっと言えば、現在日本全国で咲いているすべてのヒガンバナは、中国から持ち込まれたひと株のクローンなのだという。これは、日本のヒガンバナが二倍体ではなく三倍体で雌雄の別がなく、種子ができず、自ら増えることはないためだ(稀に種子ができることがあってもそれは育たないという)。ソメイヨシノとクローン仲間だったとは面白くもあり、不思議な話でもある。
種子ができないので球根で増える。だから遠くへ飛んでいって落ちたところで咲くなんてこともない。山でヒガンバナを見ないのはそのためだ。いつでも人が暮らす近くで咲いているからよく目にする気がするのだ。ただ、種ができなくても蜜は出す。アゲハなどがよく密を吸っている。あれはただのサービスなんだろうか?
花言葉の「悲しい思い出」、「あなたひとりを思う」、「また逢う日を楽しみに」というのはどうなんだろう。なんとなく私が持っているヒガンバナのイメージとは合わない。
それにしてもこの花は撮るのが難しい。去年切実に感じたその思いを今年も打ち消せずにいる。たくさん咲いている群生を撮ると赤色がベタッとしてしまうし、行儀よく並んで咲き揃ってるところもなんとなく絵にならない。ポイントとしては、花をどれくらい入れてどこに置いて、背景をどうするかだろう。近づきすぎない方がよさそうだ。今まで見たヒガンバナの写真の中で一番ぐっときたのは、土手の斜面一面に咲き揃った彼岸花を真っ赤に染まる空を背景に写した写真だった。赤色にあえて赤色をぶつけるというのは気づいてみれば効果抜群だ。私もそういうのを撮ってみたいけど、シチュエーションと時間帯が限られる。もし、そういうシーンに当たったらぜひそうやって撮ってみてください。私の分まで。
半田の矢勝川を歩きながら、どうやって撮ったものか悩んで首をかしげながら「♪赤い花なら曼珠沙華 阿蘭陀屋敷に雨が降る 濡れて泣いてた ジャガタラお春 未練の出船に ああ雨が降る ああ雨が降る♪」と小さな声で歌っている私を見かけたら、おまえはいくつだ! と突っ込んでみてください。って、この歌、みんな知ってるかなぁ。