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    Canon EOS 10D+TAMRON SP 90mm(f2.8), f4.0, 1/200s(絞り優先) トケイソウをじっと見ていると、カチカチとかすかな音がして、中央の仕掛けが部分が動いてきそうな気がする。カチカチカチ。もちろん、そんなふうに動いたりはしないけど、夜明けとともにゆっくり花を開き、日暮れとともに静かに閉じる一日花という意味では、しっかりと時を刻んでいると言えるだろう。トケイソウは一日の長さを知っている。 この花を初めて見た多...

    2006/08/01

    花/植物(Flower/plant)

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トケイソウは音も立てずに時を刻み、一日の長さを知る

花/植物(Flower/plant)
トケイソウも時を刻む

Canon EOS 10D+TAMRON SP 90mm(f2.8), f4.0, 1/200s(絞り優先)



 トケイソウをじっと見ていると、カチカチとかすかな音がして、中央の仕掛けが部分が動いてきそうな気がする。カチカチカチ。もちろん、そんなふうに動いたりはしないけど、夜明けとともにゆっくり花を開き、日暮れとともに静かに閉じる一日花という意味では、しっかりと時を刻んでいると言えるだろう。トケイソウは一日の長さを知っている。

 この花を初めて見た多くの人は、名前を知らなくても、これって時計に似てるよねと思うんじゃないだろうか。
 日本にこの花が初めてやって来たのは江戸時代の中期(1723年)と言われている。その頃はまだ時計というものがさほど一般的なものではなかったにもかかわらず、時計草と名づけられた。江戸時代の人もこれを見て、こいつぁ時計とやらにちげぇねぇ、てやんでぇ、こちとら江戸っ子でぇ、と思ったのだろう。
 誰が名付け親かは伝わってないけど、知識と教養のあった植物学者か何かだったのだろう。当時はまだ一刻とか明け六つのような数え方をしていたから、一般庶民はあまり時計のことは知らなかったはずだ。時計を見ても、文字盤に丑三つ時とか書いてないし。
 時計そのものは戦国時代、宣教師たちによって持ち込まれて、信長、秀吉、家康や各地のお殿様に献上されている。西洋の新しいものが好きだった信長はきっと一目見て意味を理解したことだろう。地球儀でさえ分かったというから。
 昔も今も、これを見て、名前を知って納得する日本人の私たちであった。
 なのに外国人ときたらこの花からキリストのはりつけを連想するというから文化の違いというのはある意味恐ろしい。南米を回っていたスペイン人宣教師が、花の姿にキリストの受難the Passionを見て、Passionflower(ラテン語ではPassiflora)と名づけた。周辺にある白と紫のヒラヒラ(副花冠)をイバラの冠(または後光)に、紫の3本が打ち付けられたクギで、黄緑色の5つの部分がキリストらしい。かなり無理があると思うけど、キリスト教徒にはそう見えたのだろう。日本に伝わったときも、パッションフラワーとして伝わってきていたのだけど、江戸時代の人には今ひとつ理解できないまま見た目で時計草になったようだ。それで正解だと思う。

 原産地は南米のブラジルやペルー。つる性で巻き付きながら伸びていく。朝咲いて夜しぼむつる性ということで朝顔に似ている。花の形は、ホトトギス(鳥じゃなく花の方)にも似ている。種としてはどちらも遠いけど。
 トケイソウの仲間はアメリカ大陸を中心に500種類くらいあるそうだ。一部、アジアやオーストラリアにもあるという。奄美大島にも自生種があるらしい。いずれにしても暑いところに咲く花だ。日本では6月から8月くらいにかけてと、比較的花期は長い。
 園芸品種としても多く出回っていて、育てるのは比較的簡単だそうなので、庭で咲かせてみるのも楽しそうだ。
 写真のものは一般的なタイプで、セルレアということになるんだろうか。他にも、インセンス、キトリナ、コンスタンスエリオット、ジャネット、サンギノレンタ、デカイスネアナ、プラ・ヴィダレッド、ムルクヤ、レディーマーガレットなどがある。植物園の温室で育てられていることも多い。
 花の大きさは直径10センチくらい。糸状のものは副花冠で、その外側の白い部分の5枚が花弁、5枚がガク片になっている。雄しべ、雌しべの形といい、かなり凝った作りだ。自然はときに複雑なものを作り出す。きっとそれぞれの必要に迫られてなんだろうけど。
 秋になると黄色い実がなる。ジュースや果物として食べるパッションフルーツというのは、これとは別の種類のクダモノトケイソウの実だ。あれを情熱のジュースだと思っている人が多いかもしれないけど、実はキリストの受難の名を持つトケイソウの実から作られたジュースなのだ。でも、パッション屋良はトケイソウとは関係ない。

 トケイソウが時計のように動き出すことはなくても、季節は確実に時を刻んでいる。音も立てず、とどまることなく。
 繰り返される四季の中で私たちは、どれだけ多くの花と出会い、どれだけたくさんのことを感じられるだろう。花は人を喜ばせるために咲いているわけじゃない。でも、私たちは花を見て喜ぶことができる心を持っている。それもまた、進化の果てに獲得された素晴らしい能力のひとつであり、心を持つということは、過去を生きたすべての生き物たちにとっての夢だったはずだ。
 だから私たちは、滅んでいったすべての生き物たちのためにも、花を愛でよう。巡る季節の中に立ち、時の移ろいを感じながら。
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