カテゴリ:神社仏閣(Shrines and temples)

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  • 高龗社参拝で13年かかって尾張旭神社巡りが完結

     尾張旭市桜が丘町西に高龗社(たかおかみしゃ)という小さな神社がある(地図)。 社は小さくささやかなものながら鳥居は標準サイズの立派なものだ。 与えられた境内地はわりと広めで、民家が二軒は建つくらいの敷地だ。 場所を言葉で説明するのがちょっと難しい。 名鉄瀬戸線印場駅(地図)の北に良福寺というお寺がある。その良福寺の東の道を北へ進み、自転車で行くとかなりしんどい坂道を上がると行き止まりになる。そこ...

    2020/09/02

    神社仏閣(Shrines and temples)

  • きらッコノートさんをご紹介します

     きらッコノートさん(web)に東谷山の尾張戸神社の記事を紹介していただきましたのでお知らせします。「日本の文化に触れられる場所といえば!介護士さんも足を運びたくなる城&神社特集」 神社や城についてのブログ記事がたくさん紹介されていますので、ご覧ください。  ...

    2020/02/28

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  • 各務原の村神神社(村上神社)を訪ねる

     岐阜県各務原市の神社巡りをしたのは去年2019年の10月のことだった。 苧ヶ瀬池(おがせいけ/地図)から始まり、村国神社、手力雄神社などを回って、最後に訪れたのが村神神社(地図)だった。 この日は一日中雨降りで、もう日没も近かったのだけど、手力雄神社から歩いてすぐのところだったので寄っていくことにした。 最初、村国神社のつもりで、第三の村国神社と思っていたら村神神社だった。 いや、実は村上神社が現在の...

    2020/01/10

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  • 今年も初詣は森孝八劔神社にしておいた

     少し遅くなったけど6日に初詣へ行ってきた。 去年もそうだっただろうか、近所の森孝八劔神社(地図)にしておいた。 産土神といえば生まれた松阪のどこかなんだろうし、物心つく前に引っ越した大森八劔神社の方が初詣にはふさわしいのかもしれないけど、一番近所の神社といえばここになる。 遠くの有名神社より近くの神社の方がいざというとき助けてくれるかもしれない。 神社は800社以上回っているから、もうどこが味方でど...

    2020/01/08

    神社仏閣(Shrines and temples)

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高龗社参拝で13年かかって尾張旭神社巡りが完結

神社仏閣(Shrines and temples)
高龗社

 尾張旭市桜が丘町西に高龗社(たかおかみしゃ)という小さな神社がある(地図)。
 社は小さくささやかなものながら鳥居は標準サイズの立派なものだ。
 与えられた境内地はわりと広めで、民家が二軒は建つくらいの敷地だ。
 場所を言葉で説明するのがちょっと難しい。
 名鉄瀬戸線印場駅(地図)の北に良福寺というお寺がある。その良福寺の東の道を北へ進み、自転車で行くとかなりしんどい坂道を上がると行き止まりになる。そこを右に折れ、すぐを左に折れた左手に神社はある。
 駐車場はないものの、短時間なら路上駐車しておけるスペースはある。
 今でこそこのあたりは住宅地になっているものの、明治時代くらいまではほとんど民家のない丘陵地だっただろう。社は小山の山頂と呼べるような場所に祀られ、八竜社と称していた。

『寛文村々覚書』(1670年頃)の印場村の項に「八龍社 前々除」とあることから、1608年の備前検地以前からあったことが分かる。祀られたのは少なくとも江戸時代以前に遡るということだ。
 丘陵地で作物を作るにはあまり適さなかっただろうことは現地に赴いてみれば明らかで、今昔マップ(Web)の明治中頃(1888-1898年)を見ると、たくさんのため池があったことが見て取れる。
 龍神は雨を降らせる神とされていたから、村人たちが雨乞いのために龍神を祀ったのが始まりだったろう。一説では丹生川上神社から勧請したというのだけど、そこまで大げさなことではなく単に村人が雨乞いのために龍神を祀ったと考えた方が自然だ。
 八龍というと、すぐ西の大森村にも八龍神社があった。大森八龍という町名が今も残り、八竜緑地の中に八龍神社は現存している。
 八龍神というのが具体的に特定の神のことをいっているのか、そうではないのかはよく分からない。名古屋にも八龍と名のつく神社は何社かあって、それらはある共通の概念を持っていたのかもしれない。
 尾張地方にとって”八”というのは重要なキーワードで、それとも関係しているかもしれない。八剣、八雲、八幡、八重、八坂など、八は明らかに何かを示している。

 社名が高龗社になったのは明治以降ではないかと思う。明治の神仏分離令を受けて神仏習合を廃して高龗社としたのだろう。
 小さな規模ながら神社本庁に所属している。現在は印場にある澁川神社(Web)の境外末社という扱いになっている。
 高龗(たかおかみ)というのもよく分からない神様で、『日本書紀』の一書ではイザナミが火の神カグツチを生んだのが原因で死んでしまったことに怒ったイザナギがカグツチを斬り殺したとき化成した神の一柱として登場する。
『古事記』や『日本書紀』の別の一書では闇龗(くらおかみ)の名が出てくる。
 高龗は京都の貴船神社(Web)の祭神としてよく知られている他、丹生川上神社上社(Web)でも主祭神として祀られる。
 龗は龍の古語とされ、闇龗を谷、高龗を山として対の関係で祀る場合もある。



高龗社全景

 全景はこんな感じ。住宅地の中でけっこうな違和感がある。
 まだ全体に新しさが残っているから、ここ十年くらいの間に作り直されたものだろう。
 桜ヶ丘の住宅地が作られたのはもちろん戦後のことで、町名は桜が丘町西ながら住宅としてはつつじヶ丘団地となっている。
 坂道が厳しすぎて自転車乗りには厳しいところだ。



高龗社近景




高龗社馬の塔説明

 古くは雨乞いのためにここまで馬を上げて祈願したそうで、それが簡略化されて飾り馬を奉納する祭祀を行っていた。この地方では”おまんと”(馬の塔)と呼ばれ、あちことで行われていた。
 昭和初期まで続いていたようだけど、今は途切れてしまった。
 5月と9月の第一日曜日に例祭が行われている。



高龗社後ろから

 もう少し木を植えて囲った方がいいと思う。今は晒され感が強い。



高龗社社号表

 社号表の裏に平成十九年の日付があるから、これが改築された年かもしれない。

 2007年から始まった尾張旭市の神社巡りが13年かかってようやく完結した。あまりにも長くかかってしまったのだけど、その間に廃社などなくてよかった。
 澁川神社は一度火事で焼けて再建された。真新しい社殿を見たときは新鮮だった。
 その後、名古屋の神社巡りを本格的に初めて、名古屋神社ガイドという形になった。そちらの完結は近いようで遠い。
 まだまだ神社巡りは続く。

 急な思いつきで始まった尾張旭神社仏閣巡りの旅第一弾は渋川神社

 忘れた頃にやって来る尾張旭の神社巡り第二弾は一之御前と直會神社

 井田八幡神社へ行って八幡神のことを少し知る ---尾張旭神社巡り第三弾

 又太郎良春さんはアマツヒコネがお好き? ---尾張旭神社巡り第四弾

 こんなところにあったのか本地ヶ原神社 ---尾張旭神社巡り第五弾

 尾張旭神社巡り第六弾で9つ制覇するもまだ完結に至らず

 超復活した渋川神社再訪で尾張旭神社シリーズは完結<第7弾>

 渋川神社へ

 尾張旭市の一之御前神社を再訪する
 
 

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きらッコノート

 きらッコノートさん(web)に東谷山の尾張戸神社の記事を紹介していただきましたのでお知らせします。

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各務原の村神神社(村上神社)を訪ねる

神社仏閣(Shrines and temples)
村神神社入り口鳥居

 岐阜県各務原市の神社巡りをしたのは去年2019年の10月のことだった。
 苧ヶ瀬池(おがせいけ/地図)から始まり、村国神社、手力雄神社などを回って、最後に訪れたのが村神神社(地図)だった。
 この日は一日中雨降りで、もう日没も近かったのだけど、手力雄神社から歩いてすぐのところだったので寄っていくことにした。
 最初、村国神社のつもりで、第三の村国神社と思っていたら村神神社だった。
 いや、実は村上神社が現在の正式な社名のようなので、ちょっとややこしい。
 社号標には村神神社とあり、地図でも村神神社となっているのだけど、鳥居の額には村上神社とあり、岐阜県神社庁のサイト(web)でも村上神社となっているから、神社本庁の登録名は村上神社なのだろう。かつては村神神社といっていたのではないかと思う。

 雨の苧ヶ瀬池を訪ねる
 村国神社を訪ね、村国氏とは何者かを考える
 各務原の手力雄神社と和解した



村上神社扁額

 岐阜県神社本庁のサイトによると、祭神は石長比女神(イワナガヒメ)だそうだ。これはなかなか珍しい。
 天孫降臨したニニギがコノハナサクヤヒメに出会って求婚したら、父親のオオヤマツミが姉のイワナガヒメも一緒にもらってほしいと送り届けたところ、イワナガヒメは醜いからいらないとニニギが送り返し、オオヤマツミは怒って天孫の寿命は短くなるだろうと呪いの言葉を吐いたという、あのイワナガヒメだ。
『日本書紀』では磐長姫と表記するように、岩のように長い生命力を象徴する名前とされる。
 全国の浅間神社でコノハナサクヤヒメと一緒に祀られている例はそれなりにあるものの、イワナガヒメを単独で祀っているところはごく少ない。
 この村神神社が最初からイワナガヒメを祀っていたかどうかは分からない。江戸時代までは権現様と呼ばれていたというから、明治になってからイワナガヒメを祭神としたのかもしれない。
 ただ、それにしてもどうしてイワナガヒメとしたのかは気になるところだ。
 気になるといえば、村社に列格したのが昭和9年(1934年)というのも気になる。社号標に村社とあるから明治に村社になったのだろうと思ったら違っていて、無格社だったものを昭和に入ってから神社が願い出て村社に列したという経緯だったようだ。
 だとすると、すぐ近くの手力雄神社が明治に郷社になったときや、明治末の神社合祀政策のときに手力雄神社に移されなかったのは何故だろう。手力雄神社からは160メートルほどしか離れていない。
 そもそもどうして村神神社だったのだろう。文字通り村の神を祀る社だったということか。
 村上神社となったのが昭和以降のことだとすると、村上天皇は関係がないということになる。



村上神社拝殿と本社横から

 境内は未整備状態というか、何やら混沌としている。
 一部は削られているだろうか、東も南も民家が建っていて、参道といったものはあるようでない。
 少し西に境川と岩地川の合流点がある。



村上神社拝殿から本社

 それにしても非常に雰囲気のある神社だ。手力雄神社とは全然違った古くささが感じられる。ある種ここは異空間になっている。
 個人的には決して嫌いではない。
 ただ、訪れる人は少ないだろうと思った。



村上神社拝殿上の御輿

 拝殿の梁の上に何か乗っている。どうやら古い御輿のようだ。
 こんなところに保管しているのは初めて見た。
 これほど素朴で古い御輿も今はなかなか残っていない。



村上神社棒の飾り

 拝殿の隅に無造作に積まれていたこれは何だろう。お祭りで使うものだろうか。これも初めて見るものだ。



村上神社南鳥居

 正式には南鳥居から入った方がいいかもしれない。
 ただ、南には民家があって、西側からしか入れない、



村上神社南鳥居から

 とりあえず南鳥居から入り直してみた。
 ここも雰囲気がある。
 よく分からないけどすごい神社だ。



村上神社拝殿横から

 住所は那加長塚町で、かつての那加村だったところだ。
 長塚というからおそらく長い塚、つまりは古墳からつけられた地名だろう。
 手力雄神社の裏手にも古墳があったけど、この神社は古墳の上に乗っているんじゃないだろうか。境内地は全体にこんもりしている。けっこう大きい古墳かもしれない。
 古めかしい空気感は神社の古さというよりも古墳が発しているものではないだろうか。
 村神という社名も、古墳の被葬者がこの地の首長と考えると納得できる。



村上神社秋葉神社

 境内社の秋葉神社。



村上神社磐

 御嶽っぽいけど違うかもしれない。



村上神社切り株

 手力雄神社を訪ねた際には、よかったらこの神社も寄ってやってください。

【アクセス】
 ・名鉄各務原線「新加納駅」から徒歩約30分
 ・岐阜バスコミュニティ岐阜各務原線 JR岐阜駅バスターミナル(岐阜駅北)13番のりば、「各務西町営業所」行き、または名鉄岐阜のりば(名鉄岐阜駅西)6番のりば、「各務西町営業所」行きに乗り、「手力雄神社前」バス停下車、徒歩5分
 ・各務原市ふれあいバス西部・鵜沼線「山後町公民館前」バス停下車、徒歩約8分
 ・駐車場 なし
 
 


 

今年も初詣は森孝八劔神社にしておいた

神社仏閣(Shrines and temples)
森孝八劔神社入り口

 少し遅くなったけど6日に初詣へ行ってきた。
 去年もそうだっただろうか、近所の森孝八劔神社地図)にしておいた。
 産土神といえば生まれた松阪のどこかなんだろうし、物心つく前に引っ越した大森八劔神社の方が初詣にはふさわしいのかもしれないけど、一番近所の神社といえばここになる。
 遠くの有名神社より近くの神社の方がいざというとき助けてくれるかもしれない。
 神社は800社以上回っているから、もうどこが味方でどこがそうじゃないのか分からないというのが実情なのだけど。



森孝八劔神社二の鳥居と拝殿

 何年か前に拝殿がコンクリート造で建て直された以外はあまり変わっていない。
 昔はもっと鬱蒼とした森だった気もするけど、古い印象なので当てにならない。
 創建はおそらく江戸時代中期以降だろうから、それほど歴史のある神社というわけではない。大森の八劔神社はかなり古い。奈良時代かそれ以前までさかのぼるかもしれない。
 八劔だから草薙剣の神霊もしくはヤマトタケルが本来の祭神ということになるだろうか。草薙剣を形代とする天照大神の神霊というのはピンと来ない。
 現在は須佐之男命も一緒に祀られている。



森孝八劔神社鳥居と榊

 榊はまだ新しさを保っていた。
 古い神札などを返す場所が設けられていた。
 左義長は14日と書いてあったと思う。



森孝八劔神社本社

 本社はけっこう古い。江戸時代ということはないだろうけど、このあたりは空襲では焼けていないので戦前のものではないかと思う。
 もしくは戦後に建て直したものだろうか。



森孝八劔神社隣の弘法堂

 道を挟んで隣にある弘法堂の建物が新しくなっていて驚いた。どなたか住んでみえるのだろうか。

【アクセス】
 ・名鉄瀬戸線「大森・金城学院前駅」から徒歩約40分
 ・地下鉄東山線「藤が丘駅」から徒歩約40分
 ・名鉄バス「三軒家停留所」から徒歩約7分
 ・駐車場 なし
  
 
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