- 現身日和 【うつせみびより】

中島新田村に譲ってもらった? 港区船頭場の白山社

船頭場白山社

 港区船頭場にある白山社(地図)。
 神社の由緒書きによると、729年に荒子村の観音寺を泰澄が建てたときに鎮守として白山権現を祀ったのが始まりで、荒子村の出郷だった中島新田村にあったものを1804年に東福田新田の船頭場集落が譲ってもらったのだという。
 そのまま信じていいのかどうかはちょっと分からないのだけど、中島新田村にあったものを譲り受けたというのは本当ではないかと思う。
 ただし、『尾張志』(1844年)にも『尾張徇行記』にも福田新田の神社として白山社が出てこないのは気になる。
 そのあたりのもう少し詳しいことは神社サイトの白山社(船頭場)のページに書いた。



船頭場白山社参道と松の木




船頭場白山社拝殿力神




船頭場白山社拝殿内




船頭場白山社社殿横から




船頭場白山社社殿順光




船頭場白山社由緒碑

【アクセス】
 ・あおなみ線「中島駅」から徒歩約65分
 ・「日ノ出橋バス停留所」から徒歩約14分
 ・駐車場 なし(鳥居前に1台分スペース)
 

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小賀須の氏神は最初から秋葉社だったのか

小賀須秋葉社

 港区小賀須にある秋葉社(地図)。
 東福田新田の小賀須(こがす)集落の氏神には違いないのだけど、もともと秋葉社だったかというと違うような気もする。
『尾張志』(1844年)の福田新田村の項にあるのは「神明ノ社三社 山神ノ社 熱田大明神ノ社二所」の6社で、この中に秋葉社はない。
 東福田新田が開発されたのは1640年から1643年にかけてで、それぞれの集落ができたのはその後ということになるだろうけど、集落の氏神として秋葉社がふさわしいかどうかは何とも言えない。
 明治9年に村社に列格していて、そのときは秋葉社だっただろうと思う。遅くとも明治初めには秋葉社になっていたはずだ。
 その他、歴史などについては神社サイトの秋葉社(小賀須)のページに書いた。



小賀須秋葉社参道から二の鳥居へ




小賀須秋葉社拝殿前




小賀須秋葉社拝殿額




小賀須秋葉社境内の風景




小賀須秋葉社本社

【アクセス】
 ・あおなみ線「名古屋競馬場前駅」から徒歩約60分
 ・「日ノ出橋バス停留所」から徒歩約5分
 ・駐車場 なし
 

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歴史の湿り気がある東茶屋神明社

東茶屋神明社

 港区東茶屋にある神明社(地図)。
 道一本隔てて八幡社(男山八幡宮)と隣接している。これだけ近い距離に神社が並んでいる例は珍しい。
 江戸時代半ばから明治にかけて二社は合併していたというのだけど、その経緯に関して少し分からない部分がある。そのあたりは神社サイトの神明社(東茶屋)のページに書いた。
 並んでいるからといって比較する必要はないのだけど、全然空気が違っている。神明社の方が古びていて重たい。湿っている感じだ。そして、何かがいる気配がある。それは茶屋新田を開発した茶屋家の誰かかもしれないし、別の何者かかもしれない。全然嫌な感じではなくても、むしろ心地いい。なかなか気に入った。



東茶屋神明社二の鳥居




東茶屋神明社蕃塀




東茶屋神明社拝殿前




東茶屋神明社拝殿力神と彫り物




東茶屋神明社拝殿内




東茶屋神明社社殿横から




東茶屋神明社境内社




東茶屋神明社境内社2




東茶屋神明社御嶽社




東茶屋神明社霊神碑




東茶屋神明社境内社3

【アクセス】
 ・あおなみ線「名古屋競馬場前駅」から徒歩約60分
 ・「日ノ出橋バス停留所」から徒歩約15分
 ・駐車場 なし
 

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