私が見た奈良らしい風景と紅葉写真 <奈良シリーズ第三回> - 現身日和 【うつせみびより】

私が見た奈良らしい風景と紅葉写真 <奈良シリーズ第三回>

奈良紅葉風景-1

PENTAX K100D+SIGMA 17-35mm f2.8-4



 奈良と京都は、あらゆる意味で違った街だ。どちらも歴史のある古都でありながら、観光地としての性格はまるで違っている。良くも悪くも京都は都会で奈良は田舎だ。
 私はいつまでも変わらず垢抜けない奈良が好きだ。京都には惹かれる気持ちと反発心と両方を持っているけど、奈良には好感しか抱いていない。奈良には古き良き昭和の観光地の面影が色濃い。それがとても居心地がよくて、気持ちが落ち着くのだ。
 今日は私が奈良らしいと感じた光景と紅葉の写真をお送りしたいと思う。京都ほど華やかでもないし洗練もされてないけど、奈良には奈良のよさがたくさんあった。この日は青空と光も手助けしてくれて自分の好きな写真を撮ることができた。こちらの気持ちに向こうが応えてくれるという相性の良さも感じたのだった。

奈良紅葉風景-2

 春日大社裏のおみやげ屋通りは、昭和を再現したセットのようだ。昔とほとんど変わってないんじゃないだろうか。このままそっくり昭和50年代に運んでいってもほとんど違和感がない。さすがにペナントは売ってないようだったけど、並んでいるおみやげ物は懐かしい感じのものが多くて、ちょっと笑えた。外国人向けの怪しいジャパニーズグッズも置いてある。とても売れそうにない気がしたけど、面白がって買っていく人もいるのだろう。

奈良紅葉風景-3

 鷺池に張り出した浮見堂。六角形のお堂で、水上の休憩所となっている。
 最初に作られたのがいつだったのか調べがつかなかったのだけど、平成3年から6年にかけて修復されて、かつての姿がよみがえったのだそうだ。それもまた10年以上が経って少し古びてきている。
 撮影ポイントは左の岸からだったようだ。ネットを見るとそこから撮られた写真が多い。奈良の大文字送り火のときは、これを手前に入れつつ送り火を写すというのが定番になっている。
 夜は通年ライトアップされていて、その姿も美しい。池の水がきれいじゃないだけに、夜の方が雰囲気がよさそうだ。

奈良紅葉風景-4

 春日大社の裏手あたりにあった祈願所。七五三はもう過ぎたはずだけど、それっぽい親子の姿が目立った。
 こんもり盛り上がる絵馬の数に圧倒される。親の我が子に対する願いは、自分自身の願望や恋愛なんかよりもずっと強くて切実だ。けれど、このときは健康に育ってくれさえすればいいというささやかな希望も、やがては恋愛もお金も成功もとだんだんずうずうしく欲深くなっていく。それもまた愛すべき人間の性というべきか。

奈良紅葉風景-5

 春日大社の廻廊。
 斜めに差し込む明るい木漏れ日に照らされる朱色が鮮やかだった。
 本物の寺社が持つ朱色は私の心に強く訴えかけてきて、深い部分で共感するものがある。この色を見ると、ふと我に返る。単純にきれいだと思うのではなく、自分の感覚をニュートラルに戻してくれるような感じがある。都会暮らしのあとで田舎の実家に帰るとこんなふうに感じるのかもしれない。
 創建時の春日大社もっと質素なたたずまいだったようで、今のような姿になったのは平安時代になってからだそうだ。春日大社についてはあらためて詳しく書きたいと思っている。

奈良紅葉風景-6

 奈良公園周辺には大きく景観を壊すような建物も少なく、民家も風景の中にさりげなく溶け込んでいる。
 志賀直哉は奈良公園のはずれに居を構えて10年間暮らした。現在は旧宅として公開されている。何年か前に奈良を訪れたときは、こんなところに住むなんて志賀直哉は相当変わり者だなと思ったのを覚えている。けど、今はその気持ちが分かるようになってきた。だんだん歳を取るということはそういうことなのだろう。
 京都から奈良に移ったあと、志賀直哉は鎌倉へと移り住んだ。

奈良紅葉風景-7

 東大寺裏の紅葉並木。
 奈良は紅葉の名所といいながら、ここという決まったポイントがない。イチョウの黄葉でいえば正倉院周辺ということになるのだろうけど、もみじの紅葉は一応奈良公園全体がそうなるのだろう。
 いくつかポイントがある中で、ここはなかなかよかった。染まり具合がまばらでまだ少し早かったけど、今週末あたりは見頃になるはずだ。夕方になると光が当たらなくなるから、太陽の高い内の方がよさそうだ。

奈良紅葉風景-8

 これは東大寺南大門の南あたりだったろうか。
 赤い葉を西日が更に赤く染めて、後ろの白塀とのコントラストが鮮やかだった。

奈良紅葉風景-9

 紅葉とお茶屋さんと若いカップル。注文を聞きに来た店員さんと対峙した一瞬が、あ、絵になると思って慌てて撮った。後ろのおばさまたちがちょっと邪魔だった。惜しい。
 でも、これは今回奈良で撮った写真の中でお気に入りの一枚となった。

奈良紅葉風景-10

 老若男女、誰もがデジタル写真を撮る光景が当たり前となった。一眼にしろコンパクトにしろ携帯にしろ、デジタル派が圧倒的に多数になったのは、ほんのここ数年のことだ。10年前を思い返してみると、デジカメを持っていた人間などほとんどいなかった。5年前、デジタル一眼を使っていた人間もごく限られた人たちだった。今では子連れの若いお母さんもデジイチで写真を撮っている。
 おそらく、世界の中で今一番多くの写真を撮っているは日本人に違いない。この先の未来の写真事情はどんなふうになっていくのだろう。

奈良紅葉風景-11

 日没が近づいて、写真時間はほぼ終わりとなる。晴れのち曇りの天気予報を覆して、最後まで晴れ続けていてくれたことは幸運だった。夕焼けは見られなかったけど、光に関してはまずは申し分ない条件だった。
 転落して壊れたのがレンズフードだけだったというのも、考えてみると非常な幸運だった。前半でカメラが壊れていたら、後半は楽しめない奈良となっていた。奈良の神が守ってくれたのだろう。鹿にたくさんご飯を食べさせたお礼だったかもしれない。どうせならコケる前に助けて欲しかったとも思うけど、それをいっちゃあ、ありがたみが感じられないというものだ。奈良の関係者の人たち、どうもありがとう。

 奈良の写真はまだやっと3分の2くらいが現像できたところで、使いたい写真はまだまだたくさんある。
 明日以降の奈良シリーズは、そろそろ寺社編に入っていく予定でいる。調べて勉強もしないといけない。また長編になりそうだ。
 つづく。

スポンサーリンク

関連記事ページ
コメント
非公開コメント

トラックバック

http://utusemibiyori.com/tb.php/802-141ad635