いつか鳥たちが空を飛べる動物園ができることを願って - 現身日和 【うつせみびより】

いつか鳥たちが空を飛べる動物園ができることを願って

東山の鳥たち-1

PENTAX K100D+Super Takumar 300mm(f4), f5.6 1/100s(絞り優先)



 動物園と鳥というのはイメージとしてあまり結びつかないものだけど、実は動物園にはたくさんの鳥がいる。東山にも、外国の珍しいものから日本でお馴染みのもの、大きいやつから小さいやつまで、数十種類の鳥が飼育展示されている。今日はそんな鳥たちの中から、たまたま目について撮った写真を紹介しようと思う。
 今回は300mmの単焦点望遠レンズということで、必然的に顔のアップが多くなっている。ズームレンズじゃないと動物園では扱いづらいのだけど、不自由さが普段と違う写真を撮らせてくれることもあるから、これはこれで楽しかった。ただ、Takumarのミニバズーカ砲300mm F4は、最短焦点距離が5.5メートルという致命的ともいえる難点があって、これはやっかいだった。鳥舎などはゲージの近くまで寄れるから、なるべく近づいて撮るのが普通なのに、私の場合は5.5メートル離れなければならない。バックオーライ、バックオーラと下がっていって、しまいには通路を隔てた反対側で撮らなければならないなんてこともあった。鳥かごから5.5メートル離れたところからバズーカ砲で鳥を狙ってる男ってヘンだ。当然の道行く人はそんな私をけげんそうに見ながら過ぎていった。私としては、このレンズは5.5メートル離れないと撮れないんですよ、てへへ、などといちいち説明したかったのだけど、そんなことを言われた方も困ってしまうから、ここはぐっと我慢して好奇の視線に耐えた。これらの写真はそんな苦労の結晶なのだ(大げさな)。

 最初は、ベニイロフラミンゴ。鮮やかな赤い体色が、光と影のコントラストに中に浮かび上がっていた。みんな揃って身繕いに夢中だ。
 子供の頃、うちの近所に「喫茶フラミンゴ」というのがあって、よく父親に連れていってもらった。窓から中庭で飼っているフラミンゴが見える店で、私のお気に入りだったのだ。そこでいつも飲んでいた緑色をしたクリームソーダを今でもよく覚えている。東山でフラミンゴを見ると、あのときの味がよみがえる。

東山の鳥たち-2

 タンチョウといえば、ドラマ「池中玄太80キロ」だ。西田敏行演じるカメラマンが丹頂鶴に魅せられて、北海道の鶴居村でタンチョウの求愛ダンスを夢中で撮りまくるというシーンが出てきた。あれはいいドラマだったし、タンチョウの撮影シーンも感動的で、強く印象に残っている。
 動物園でのタンチョウは、狭いカゴの中ですっかり精彩を失っている。本当は大空を飛び、真冬のもやの中でダンスを踊り、夕陽を浴びているはずなのに。
 動物園でしか見られないような鳥もたくさんいて、見られるのはいいことなのだけど、カゴの中の鳥というのは現実的にも象徴的にも、見ていて少しつらいものがある。鳥は空を飛んでこそ鳥だから。
 オシドリなんてのは、おしどり夫婦とは名ばかりで、実際は毎年相手を変える浮気性の鳥だけど、おしどり夫婦という言葉はこのタンチョウにこそふさわしい。タンチョウは一度決めた相手と生涯寄り添って生きる。決して別れない。だからきっと、愛の求愛ダンスがあんなにも美しいのだ。

東山の鳥たち-3

 この顔を見て、死神博士の天本英世を思い出した。ハゲた頭に長い白髪、血走った目は、どこから見ても悪の親玉面だ。
 アネハヅル(姉羽鶴)は、世界で最も高い空を飛ぶ鳥の一つで、アジアで繁殖をして、冬になるとヒマラヤ山脈を越えてインドやアフリカに渡る。時々日本にも迷い込んできてニュースになる。
 ツルの中では最小で、普通のツルの半分くらいの大きさしかない。そんな小さな体で8,000メートルの山々を越えるというからすごいもんだ。
 じっと遠くを見ていたのは、ヒマラヤの上を飛んでいるところを思い出していたんだろうか。

東山の鳥たち-4

 ハクトウワシを神聖化していたアメリカの先住民が動物園に来たら、この姿を見て嘆くことだろう。神様の使いを檻に閉じこめて何事かと。
 現代のアメリカ人のハクトウワシに対する思い入れはどの程度なんだろう。アメリカの国鳥になっていることさえ知らない人が多いのかもしれない。日本の国鳥がキジだということを意識しながら暮らしている日本人だってほとんどいないから、アメリカも同じようなものなんだろう。
 当のハクトウワシは長い動物園生活でも眼光の鋭さは失っていない。これが野生の誇りというものか。

東山の鳥たち-5

 こいつは確か、コサンケイというやつだったと思う。ベトナムの森林にすむ、キジの仲間だ。
 ベトナム戦争で多くの森林が燃えて、数を大きく減らしてしまい、野生のものは絶滅の危機に瀕している。遠くを見つめるまなざしは、故郷の仲間たちを心配しているようにも見えた。

東山の鳥たち-6

 8月2日に東山動物園で一つの事故があった。1日に新しくキリン舎の担当になった女性飼育員がダチョウに蹴られて頭蓋骨骨折の大けがをしてしまったのだ。
 キリン舎の広い運動場には6頭のキリンの他に、2頭のダチョウも放し飼いにされている。飼育員が掃除をしていると、ダチョウが突っ込んできて慌てて逃げようとしたところ、尻餅をついてしまい、そこへダチョウキックが頭に炸裂したのだという。ナガブチばりのキックだったのだろう。
 その張本人はこいつかもしれない。2頭は何事もなかったかのように、今日も元気に走り回っていた。

東山の鳥たち-7

 飛べない鳥ペンギンは、空の代わりに海で飛ぶことにした。水中で泳ぐ姿はまさに飛んでいるという形容がふさわしい。地上のヨタヨタ歩きも、海で飛ぶことを思えば苦にならない。
 しかし、自然というのはすごいものだ。海から進化して地上に出てきた生き物がまた海へ戻っていくという進化さえも見せるのだから。
 ペンギンは触りたいと思う。私はそれほど触りたがり屋ではないのだけど、ペンギンだけは触ってみたいという思いが強い。「志摩マリンランド」でペンギンタッチという夏季限定のイベントがあるそうだけど、9月2日までということで今年は無理そうだ。いつかどこかでペンギンにお触りしてみたい。

東山の鳥たち-8

 空を自由に飛べる野生の鳥にとっては、動物園というのは魅力的な場所で自ら飛び込んでくる。カゴの中の鳥は外へ出たがりカゴの外の鳥は中に入りたがると結婚をたとえて言ったのは誰だったか、あれと同じだ。
 チリーフラミンゴがいる古代池あたりには、カルガモやらカラスやらカワウやらハトやらが入り乱れていて雑然としていた。本来の住人であるモモイロペリカンなんかは隅っこの方に追いやられていて気の毒なほどだ。
 仲間がいる気安さと、エサがあるから、好きこのんでやって来るのだろう。冬場になると渡りのカモたちでますます賑わうことになる。

東山の鳥たち-9

 東山動物園のボートに乗ったカップルは必ず別れるという都市伝説を知らない名古屋人はたぶんいない。昔から言われ続けている話だ。けど、ここのボートに乗るカップルといえば、たいていは中学生か高校生くらいのもので、そこで知り合ったカップルが結婚までいく確率は相当低いわけで、結果的に分かれるというのは当たり前の話だ。だから、名古屋の若者たちは恐れずにデートで乗ってもらいたいと思う。じゃあ、おまえが乗ってみろよとあなたは言うだろうか。いやいや、私は乗らないですよ。私はチャレンジャーじゃないし、若者でもないから。

 幸せな動物園の形というものを考えてみる。そんなものは存在し得ないかもしれないけど、理想のないところに幸せの実現はないのだから、考えてみることは無駄じゃない。
 たとえばサファリパークというのは一つの理想の形だろう。けど、あれは規模が大きくなりすぎて、街中では実現が難しい。
 私が考えるに、まず全体を透明なドーム場にするところから始める。そして、飼育している動物を人間が見るのではなく、動物の暮らすところに人間が観察するための通路やスペースを作る。まず動物のための生息環境を作って、人間をゲストにするわけだ。
 旭山動物園の成功はそこにあわったわけだし、日本モンキーパークなんかでもある程度できている。今ある動物園を手直しするくらいでは無理な話だけど、近いうちに大改修することが決まっている東山動物園には期待をしたい。一から発想を変えて設計し直せば、ある程度は動物主体の動物園にできるんじゃないだろうか。
 生き物たちがいかに野生の姿を垣間見せてくれるかが、子供たちにとっても大切な教育にもなる。寝ているだけのライオンを見たらライオンってあんなものかと思ってしまうし、飛べない鳥が感動を与えることはない。動物園というのは命を閉じこめておくところではなく、命が輝くところであって欲しいと私は願っている。

スポンサーリンク

関連記事ページ
コメント
非公開コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2007-08-18 07:40 | from -

トラックバック

http://utusemibiyori.com/tb.php/698-6da98fc0