芳野社宮司神社は本当に竹腰家が建てたものなのか - 現身日和 【うつせみびより】

芳野社宮司神社は本当に竹腰家が建てたものなのか

芳野社宮司社

 東区芳野にある社宮司神社(地図)。
 1684年に竹腰屋敷の守護のため鬼門に伊斯許理度賣命(イシコリドメ)を祀ったのが始まりというネット情報があるのだけど、史料などによる裏付けが取れないため、その情報が正しいのかどうか判断がつかない。
 尾張藩附家老の竹越正信がこの場所に屋敷を構えたのは確かなようだけど、1684年というのと伊斯許理度賣命を祀ったというのに違和感を覚える。
 そのあたりについては神社サイトの社宮司神社(芳野)のページに書いた。
 現在は民家の庭に祀られていて勝手に入っていっていいのかどうか迷う。立ち入り禁止とは書いてない。
 明治になって竹腰家が名古屋を引き払って、残った家臣の家で引き継いだという話も本当なのかどうか分からない。
 手っ取り早いのはこのお宅の方に話をうかがうことなのだけど。



芳野社宮司社入り口

 入り口にこのお宅の車が停まっていると神社の存在そのものに気づかない可能性がある。車がないと社号標が見えるので分かるはずだ。鳥居はない。

 

芳野社宮司社の社前




芳野社宮司社雨の社




芳野社宮司社伊藤萬蔵の寄進

【アクセス】
 ・名鉄瀬戸線「尼ヶ坂駅」から徒歩約9分
 ・駐車場 なし
 

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