桜田八幡社は桜田勝景と桜田貝塚の歴史を伝える役割を持っている - 現身日和 【うつせみびより】

桜田八幡社は桜田勝景と桜田貝塚の歴史を伝える役割を持っている

桜田八幡社入り口

 名古屋市南区にある桜田八幡社(地図)。
 大正時代に選定された名古屋十名所のひとつ、桜田勝景はこのあたりのことを指す。名古屋にそんな桜名所があったかなと思いきや、桜の花とはまったく関係がなかった。
 狭い(さく)や谷(くら)を意味する地形が桜村の名前の由来だという。作良とも表記した。
 桜田というのは、その桜村の田んぼのことで、あゆち潟と桜田を見下ろす風景を名所としていたものだった。
 海は遠くになり、干潟は埋め立てられ、街になり、かつての風景はすっかり失われてしまった。わずかな面影すら残っていない。
 神社だけが昔の歴史を語り継いでいる。
 詳しいことは神社サイトの桜田八幡社のページで。



桜田八幡社鳥居前




桜田八幡社拝殿

 朱塗りというより赤い。鮮やかな赤だ。
 この八幡社に関しては創建などの詳しいことはよく分からない。



桜田八幡社拝殿額




桜田八幡社狛犬




桜田八幡社秋葉社




桜田八幡社境内の木と太陽




桜田勝景の碑

 桜田勝景の碑。



高市黒人歌碑

『万葉集』に収められた高市黒人の歌碑が建っている。
「桜田(さくらだ)へ 鶴(たづ)鳴き渡る 年魚市潟(あゆちがた) 潮干にけらし 鶴(たづ)鳴き渡る」
 古くから知られた景勝地だったようだ。
 年魚市潟(あゆちがた)は、笠寺台地西にあった遠浅の海のことで、「あゆち」は愛知の地名の由来となったとされている。



桜田貝塚の碑

 境内から弥生時代の貝塚が見つかっている。
 少し南の見晴台遺跡は、弥生時代の集落があった場所で、このあたりは古くから人が暮らしていた土地だったことが分かる。

 熱田神宮名古屋城、笠寺観音、闇ノ森榎ノ権現、櫻田勝景、圓頓寺久屋金刀比羅山田元大将之社、天理教々務支庁の名古屋十名所も、残すところ天理教々務支庁だけとなった。これは見にいく必要があるのだろうか。笠寺観音は何度か行っているし、このブログでも以前紹介したつもりなのだけど見つからないところを見るとブログを始める前だったかもしれない。
 新・名古屋十名所をそのうち勝手に選定して紹介することにしよう。観光地はあっても名所となると意外とないもので、10ヶ所挙げるだけでも難しい。

【アクセス】
 ・地下鉄桜通線「鶴里駅」から徒歩約11分
 ・名鉄名古屋本線「桜駅」から徒歩約19分
 ・駐車場 あり
 

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