成願寺六所神社もやっぱり分からない神社だった - 現身日和 【うつせみびより】

成願寺六所神社もやっぱり分からない神社だった

成願寺六所神社外観

 名古屋市北区の成願寺六所神社を訪ねた。
 住所でいうと安井2丁目になる。
 近くにある成願寺から名付けられた成願寺町は、現在矢田川や河川敷、庄内川ゴルフ倶楽部などになっている。
 昭和5年(1930年)に始まる矢田川の付け替え工事に伴って、昭和6年(1931年)に六所神社は現在地に移されてきた(成願寺ものちに移転)。
 六所神社というと正体不明でやっかいな神社という印象が強い。この成願寺六所神社もそうだった。ここは特に分からない。
 江戸時代前期の1689年に社殿を再興したという覚書があるくらいで、その他のことはほぼ分からないに等しい。いつ誰が創建したのかも、もともとの祭神が何だったのかも不明とされる。
 現在の祭神は、イザナギ、イザナミ、アマテラス、ツクヨミ、スサノオ、ヒルコと、イザナギ・ファミリー6人衆となっている。これはおそらく後付けで、本来の祭神はまったく別だった可能性が高い。しかしながら、いつの時代に創建したのかさえ分からないのでは推測のしようもない。最初から六所社だったのか、それともまったく別の神社だったのか。
 昭和20年の空襲で焼けたというけど、それ以前に記録が残っていれば当然由緒なども伝わっているはずなのに、そのあたりのこともまったく分からない。とにかく分からないことづくしというのがこの六所神社だ。

 六所神社とは何かということは、以前、矢田の六所神社のことを紹介したときに少し書いた。
 矢田の六所神社はどうして六所なのか
 名古屋神社ガイドでももう少し考察してみたので、興味のある方は読んでみてください。
 成願寺六所神社
 何にしても六所神社についてはよく分からないというのが現状で、結論はまたしても先送りとなった。



六所神社鳥居と拝殿

 神社の両隣には団地が建ち並び、南側は公園と接している。
 なかなかユニークなロケーションにこの神社はある。



六所神社拝殿

 社殿は空襲で焼けて昭和44年(1969年)に再建された。



六所神社額




六所神社本殿

 本殿はコンクリート造になっている。
 社殿建築の千木(ちぎ)や鰹木(かつおぎ)なんかも少しは勉強した方がいいんだろうなと思いつつ、興味がないので二度、三度と意味などを読んでも全然覚えられない。



六所神社本殿と太陽




成願寺六所社石碑




六所神社狛犬と太陽




六所神社境内

 公園には小さな子供連れのお母さんがいたりして賑やかだった。
 創建のいきさつがどうであれ、今は団地の守り神として地域の人たちに守られているのが見てとれる。神社のありようも時代と共に変化していく。きっとそれでいいのだろう。
 
【アクセス】
 ・地下鉄上飯田線「上飯田駅」から徒歩約34分。
 ・駐車場 なし
 ・拝観時間 終日
 

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