獅子舞を舞いながら唐獅子牡丹を歌う獅子に多めのご祝儀を - 現身日和 【うつせみびより】

獅子舞を舞いながら唐獅子牡丹を歌う獅子に多めのご祝儀を

丹生の獅子舞

OLYMPUS E-1+SIGMA 18-50mm DC(f3.5-5.6), f6.3, 1/200s(絞り優先)



 うちの田舎の丹生(三重県)では、今でも正月にちびっ子たちの獅子舞が村の一軒いっけんを回って、笛や太鼓の獅子舞を披露してお小遣いをもらう風習が残っている。もちろん、単独でゲリラ的にやっているのではなく、村ぐるみで行っているお祭り行事だ。ひと組で全部回っているものとばかり思っていたら、3組もいて驚いた。もしかしたらもっといるかもしれない。
 村の民家の数は少ないし、一軒で1,000円くらいしかもらえないから、あまり儲かりそうにない。それでも、子供たちが嫌がらずにちゃんと参加してるのは偉いと思う。街の子供たちなら強制されても出てこないんじゃないだろうか。
 獅子舞は何のためにするかといえば、お小遣い稼ぎのためではない(そりゃそうだ)。その家をお祓いするために行っている。お正月にするところからみて、縁起物でもある。獅子が舞っているときの笛太鼓の音をフトンの中で聞いている私の厄も祓ってもらえるのだろうか。

 獅子舞の起源はインドにあった。中国という言われ方をするのは、中国で伝統芸能として発達したという意味でだろう。かつてインドの遊牧民たちが神とあがめるライオンを偶像化して舞い踊っていたのが始まりとされている。その後、チベットから中国、東南アジア、日本へと伝わっていった。
 日本に最初にやって来たのは奈良時代で、中国、朝鮮半島、東南アジアなど複数のルートから同時に入ってきたようだ。これが一般的なものとなったのは16世紀のはじめ頃のことで、伊勢で起こった飢饉の元凶を追い払うために獅子舞をしたことがきっかけとなったとされている。
 各家庭を回って厄払いをするスタイルが確立されたのは江戸時代に入ってからだった。宗教儀式でもあり、縁起物でもあり、芸能でもある獅子舞は、微妙な位置で日本の風土の中に溶け込んでいった。現在は、民俗芸能の一ジャンルである「神楽(かぐら)」に分類される。
 日本における獅子舞は、中国大陸から伝わってきた伎楽系(ぎがくけい)と、日本古来の風流系の二派に分かれる。伎楽系は中部以西の西日本に多く、頭(かしら)部分の担当と、体を担当する人間(1人)という複数で一体を舞う。それに対して関東・東北の風流系は一人で一体となる。立ち獅子で胸に太鼓をつけて踊る。
 使われている楽器は、太鼓、小太鼓、笛、鐘で、地方や流派によってもいろいろ違ってくる。獅子舞の種類や形式も各地さまざまなので、どれが正統という言い方はできないようだ。ただ、関西のも見慣れている人が関東のものを見るとなんだか違うと思うだろうし、その逆もあるだろう。三重県は関西系のチーム獅子舞だ。
 中国の獅子舞は、中華街の祭りなどでよく行われているので実際に見たことがある人も、テレビなどで見た人もたくさんいると思う。昔のジャッキー・チェンの映画とかにもよく出てきていたような気がする。中国でも、南方獅子舞と北方獅子舞の二種類あるそうだ。
 
丹生の猫

 獅子の写真が欲しかったのだけどすぐには撮りに行けなかったので、田舎にいた猫で代用してみた(代用にはならないだろう)。
 獅子はライオンの別名であり、伝説上の生き物でもある。獅子舞の獅子はやはり実在しない方なのだろう。狛犬やシーサーなんかに近いものがある。
 獅子のルーツを辿っていくとエジプトなどの古代文明に辿り着く。ライオンがすんでいた地域では、ライオンの圧倒的な力と存在感を畏怖して神のように祀ったのだろう。やがてそれが元の姿から一歩進んで伝説の生き物となっていった。
 インドに獅子舞のルーツがあったというのも、インドにはインドライオンがいたからだ。中国にはライオンはいなかった。だから中国で想像上の霊獣に変化していったというのがあるのだろう。いわゆる唐獅子と呼ばれるものだ。それが日本に伝わったとき更に変化して狛犬となった。中国から持ち帰ったのは弘法大師だったという話もある。
 獅子は悪い霊を食べるということになっている。口をパクパクさせているのは、脅しているわけでも、人を食べてしまおうとしてるわけでもなく、悪霊を食べている仕草なのだ。秋田のなまはげとは似てるようで違う。

 獅子舞もこうして見てくると、思った以上に奥行きと広がりがあるものだということが分かってくる。歴史もある。流派や種類も多く、獅子舞を追いかけて西へ東へという人がいるのも納得できる。全国の獅子舞写真を撮って写真集を作れば、獅子舞マニアが喜んで飛びつくに違いない。問題は、熱狂的な獅子舞好きの人が何人いるかということだ。たぶん、全員かき集めても10万人はいないから、ベストセラーになるのは夢のまた夢ということになる。
 私もいつか機会があったら獅子舞の中に入って華麗な舞いを披露したいと思う。優雅に舞いながら、義~理と~人情~を~ 秤~に~かけりゃ~ 義~理~が~重た~い~ 男の~世界~、という歌声が聞こえたら、その獅子には私が入っている可能性があります。お小遣いは多めに包んでください。でも、背中(せな)で唐獅子牡丹は吠えていませんので安心してくださいね。

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