守山瓢箪山古墳訪問と歴史の里のこと - 現身日和 【うつせみびより】

守山瓢箪山古墳訪問と歴史の里のこと

瓢箪山古墳

OLYMPUS E-M5 + OLYMPUS 9-18mm



 決して古墳好きとかではないけれど、気づくとけっこうな数の古墳を巡っている。
 東海地方最大とされる熱田の断夫山古墳(だんぷさんこふん)や、ヤマトタケルが眠るという伝説のある白鳥古墳。鶴舞公園近くにある八幡山古墳に、春日井の味美古墳群の中心、二子山古墳などなど。犬山にある復元された青塚古墳は印象に残っている。
 名古屋市守山区も古墳の多いところだ。特に志段味は志段味古墳群と呼ばれほど古墳が集まっている。東谷山の山頂にある尾張部神社は古墳の上に建っているとされていて、中腹にもいくつかの古墳が築かれている。勝手社も勝手塚古墳の上にある神社だ。
 それとは別に、小幡近辺にも古墳がけっこうある。小幡白山神社も、市場白山神社も、古墳の上の神社というパターンだ。
 守山区の古墳は4世紀から6世紀にかけて作られたものという。200年以上の間、このあたりは有力豪族の拠点のひとつだったと考えてよさそうだ。当時は今よりも海岸線がだいぶ内陸寄りにあったはずで、北には庄内川、南には矢田川が流れ、台地の上という地理的な条件が生活するのに適していたのだろう。
 断夫山古墳は6世紀前半とされている。とすると、拠点はだんだん南へ下がっていったと考えていいだろうか。
 これらの古墳を尾張氏との関係を抜きに語ることはできないのだけど、この時代の尾張氏に関して分かっていることはそれほど多くない。名古屋の古墳で埋葬者が断定されているものはひとつもない。

 今回紹介するのは瓢箪山古墳(ひょうたんやまこふん)だ。名鉄瀬戸線の瓢箪山駅の北300メートルほどのところにある。瓢箪山の地名や駅名はここから来ている。古墳の名前の由来は、横から見たときひょうたんを半分にしたような形からだろう。全国にいくつか同じ前の古墳があるようだ。
 木々が生い茂っていて古墳の姿としては確認できないものの、保存状態は良好という。住宅地の中ということを考えるとよく残った方だろう。戦後まで周囲に幅10メートルほどの濠も残っていたそうだ。
 前方後円墳で、全長約63メートル、高さ4メートルの二段築成。小幡台地の縁に沿って作られ、北西を向いている。
 発掘調査で大型円筒埴輪や水鳥形埴輪などが見つかっており、5世紀末から6世紀初頭に築かれたとされる。
 大きさからしても、この地方の首長クラスの人物のものと推定される。



瓢箪山古墳全景

 ぐるっと周囲を回ってみたのだけど、全体像を確認することはできなかった。訪れたのが初夏の6月ということもあって、草木がぼうぼうだった。



ひょうたん山公園

 古墳を囲うように広場になっていて、ひょうたん山公園と名付けられている。ブランコなどの遊具もある。古墳のすぐ隣は守山小学校だから、小学生たちが遊びに来たりするのだろうか。



歴史の里

 来年、平成30年、守山区志段味地区に、歴史の里という古墳のテーマパークができるらしい。それを知ったときはちょっと笑ったけど、計画を読んでみるとかなり真面目で本格的なものになるようだ。個人的にはレゴランドよりこっちの方が楽しみだ。
 出土品の展示にとどまらず、埴輪造りや発掘調査のお手伝い、古代の衣装レンタルや、市民による古墳の再現まであるという。最近は古墳女子という言葉も生まれるほど古墳がちょっとしたブームになっているというし、発売予定の古墳グッズは女子にも人気が出るかもしれない。オープン記念にはぜひ、古墳にコーフン協会会長であり古墳シンガーであるまりこふんさんをお招きしてテープカットでもしてもらわなければなるまい。
 実際、完成したら行ってみたいと思う。一基くらいは前方後円墳の完全再現もしてもらいたいところだ。守山古墳めぐりスタンプラリーとかやっても面白い。
 私はといえば、まだ行っていない古墳をぼちぼち巡っていこうかと考えている。
 
【アクセス】
 ・名鉄瀬戸線「瓢箪山駅」から徒歩約8分。
 ・駐車場 なし
 
 名古屋市歴史の里
 

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