ダビデ、ミケランジェロ、フィレンツェ、ビビデダビデブー 2006年12月28日(木) - 現身日和 【うつせみびより】

ダビデ、ミケランジェロ、フィレンツェ、ビビデダビデブー 2006年12月28日(木)

ダビデ像

PENTAX istDS+Super Takumar 50mm(f1.4), f1.8, 1/15s(絞り優先)



 イタリア村にあるダビデ像のレプリカ。真っ裸なのであえて遠くから撮ってみた。見るときは部屋を明るくして画面に近づきすぎないよう注意してください。
 ダビデ像の作者は言わずと知れたミケランジェロ。英語読みすると、マイケルアンジョロとなってしまってちょっと間が抜けた感じになる、イタリアルのネサンス期を代表する芸術家だ。一般的に、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエロと並んで三大巨匠と呼ばれている。個人的には断然レオナルド・ダ・ヴィンチ派なので、対立するマイケル君は必然的に敵方ということになる。セナを応援していたときのプロストのような存在とでも言おうか。決して嫌いとかそういうことではない。
 ミケランジェロやダ・ヴィンチというと、巨匠ということで老年のイメージが強いかもしれない。けど、当然二人にも若くて血気盛んだった時期があった。特にミケランジェロは時々ラテンの血が騒ぐ人間だったようで、若い頃にケンカをしてぶん殴られて鼻が曲がってしまったというエピソードがある。
 ダビデ像も、1504年、ミケランジェロが26歳のときにフィレンツェ政府から依頼されて作ったものだ。若き天才、そんな言葉がミケランジェロにはよく似合う。この頃すでに老齢にさしかかっていたダ・ヴィンチがこの才能に嫉妬したのも無理はない。口では酷評しながら、こっそりこの像のスケッチをしたりしている。
 4年の歳月を費やして作られたダヴィデ像は、434センチという巨大なものとなった。足もとに立って見上げるとその大きさを実感する。頭が大きいのは、下から見たときにバランスが良いためなんだとか。
 ミケランジェロの彫り方は人とは違っている。通常はまず大まかに形を掘り出して、それから細部を仕上げていくのに対して、いきなり一番出っ張っている部分から細かく掘っていくというやり方をした。その行程を見ていると、まるで大きな石の中から完成した像が掘り出されていくようだったという。ミケランジェロは言う。石をじっと観察していると、石がこう彫ってくれと語りかけてくるような気がする、と。頭の中から完成している音楽を取り出して書き間違えることなく楽譜に書き付けていったモーツァルトと同じタイプの天才だったようだ。習字で何も考えず書き始めたらスペースが足りなくなって最後の文字がちっちゃくなってしまう凡人とは違うのだ。
 出来上がった像をどこに置くかでひと悶着あった。ミケランジェロとしては最初から外に置くことをイメージして作っていたので、シニョリーア広場に置くと言ってきかない。対して設置委員会のひとりだったダ・ヴィンチは、貴重なものだから美術館の中に設置すべきだと主張した。この二人、たいてい子供のケンカのようになる。結局は制作者であったミケランジェロの意見が通って外に置くことになるのだが、雨風に晒されたり暴徒に腕を砕かれたりして痛みが激しくなったので、19世紀になってアカデミア美術館を作ってそこに置かれることとなった。現在、シニョリーア広場にあるものはレプリカだ。仏作って魂入れず。コピーがどれだけ精巧だとしても、本物とはまったくの別物だ。もちろん、イタリア村のものも感じるものはない。
 ダビデ像はミケランジェロの他にも、ドナテルロとヴェロッキオが作ったものが残っている。それらはかなりイメージが違う。そもそもハダカじゃなく服を着てるし。ミケランジェロはとにかくハダカ好きで、絵も必要以上にハダカを描いていたりする。
 ダビデというのは、紀元前1,000年頃の古代イスラエルの2代目王とされている人物で、全イスラエルを統一した国王だ。王の規範ともされていて、救世主(メシア)はダビデの系統から生まれるとされ、イエス・キリストもダビデの子孫ということになっている。ミケランジェロのダビデ像は、ゴリアテ軍との対決のときの様子を彫ったものだ。だから考えてみるとハダカというのはすごく不自然だ。決戦の前だったか後だったかの論議があったりしつつ。
 ユダヤ教の象徴であり、イスラエル国旗にも入っている六芒星(ヘキサグラム)のマークは、ダビデの星と呼ばれている。

 1475年3月6日、ミケランジェロ・ブオナローティは、トスカーナ地方のカプレーゼ村で次男坊として生まれた。父親はフィレンツェ政府から村に派遣された役人だった。
 母親が病弱だったため、1歳で石工の家に預けられることになる(母親は6歳のときに亡くなる)。小さい頃から絵を描くのが好きで、学校では勉強もせずにいつも何かを描いていたそうだ。
 13歳のとき、父親の反対を押し切って美術の道に進むために工房に入った。すぐに才能を認められ、当時フィレンツェを支配していたメディチ家に呼ばれ、屋敷に住むことになる。
 そから先は、89歳で死ぬまで、常に芸術と共にあった。いろいろなことがあって、苦労もしただろうし、時代も移り変わっていたけど、ミケランジェロの一生は幸せなものだったと思う。いつも誰かに乞われ、注文を受けて仕事をする人生だった。何もかもひとりでやらないと気が済まないという性格が孤独に追い込んだとしても、才能を認められ、好きなことを一生続けることができた人生に文句を言ったら罰が当たる。ダ・ヴィンチは67歳で死に、ラファエロは37歳で死に、ミケランジェロは生き残った。
 絵画としては、天井画の「最後の審判」や「アダムの創造」などのフラスコ画を残している。ただ、本人はあくまでも彫刻家という自覚があったようだ。絵画と彫刻とどっちが上かというダ・ヴィンチとの論争でも彫刻こそが芸術の頂点だと言っている。ダ・ヴィンチ程度の絵ならうちの使用人でももっと上手く描けるとも。
 その他、サン・ロレンツォ教会図書館、サン・ピエトロ大聖堂、ファルネーゼ宮増築の建築家でもあった。彫刻としては、死んだイエスを抱きかかえながら嘆くマリアの像「ピエタ」をいくつも彫っている。

 ミケランジェロ広場に立つと、フィレンツェの市街地を一望することができるという。そこからは、サンタ・マリア・デル・フィオーレも見えるはずだ。フィレンツェのドゥオーモは恋人たちのドゥオーモ。そう、映画『冷静と情熱のあいだ』に出てきたあのドゥオーモのクーポラだ。つきあい始めて間もなかった大学生の順正とあおいは、10年後のあおいの誕生日にクーポラで再会を約束する。その後二人は別れ、そして10年の歳月が流れる。私は誰が何を言おうとあの映画が大好きだ。あの作品に関しては個人的な思い入れが強すぎて、あまり人と話したくないくらいに。
 もし、自分の命が残り3日だと分かったら、私はきっとあそこへ行くだろう。ドゥオーモのクーポラから見下ろす夕暮れ時のフィレンツェの街並みは、最後に目に焼き付ける景色にふさわしい。できることなら愛する人と、462段の階段を自力で上れるくらい元気な間に、ケリー・チャン似の人なんて贅沢は言わないから、竹野内豊気分で行きたい。
 いや待て、考えたら何も死ぬ3日前じゃなくてもいいではないか、なんなら明日だっていい。そうなんだ、それは言える。それじゃあ、まずは格安チケットと宿を探さねばなるまい。デジとレンズは何を持っていこうか。って、そうなると、とたんにロマンチックじゃなくなくなるからイヤだ。やっぱりフィレンツェのドゥオーモは死ぬ前に限る。あの世からのお迎えは3日前に知らせてもらえるようお願いしたい。

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コメント
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ドゥオーモ

日記読ませて頂きました!コメント書きたくなってしまったので失礼します。
私も「冷静と情熱のあいだ」の映画は思い入れが強いんです。強すぎます( -_-)
まだ私は行った事がないのですが、私なりに覚悟が決まった時に行こうと思っています。一人もしくはあの人と…
フィレンツェは憧れの街です。
絶対行きたいです!
私も自分の寿命が分かったら最後に目にしたい街ですね!

2007-11-02 01:24 | from ねこ

冷静には語れないあの映画

★ねこさん

 はじめまして、こんにちは。

 ねこさんも『冷静と情熱のあいだ』好きでしたか。それはよかった。
 あれをけなされると冷静ではいられなくなる私です(笑)。
 映画のあとで小説を読んだけどピンとこなかったから、やっぱり私は映画版が好きのようです。
 印象的なシーンはたくさんあるけど、チェロのシーンがよかった。最初のときも、二度目のときも。

 フィレンツェのドゥオーモは、一生の内一回でいいから行きたいですね。
 観光旅行ではなく、行くならここぞってときがいいな。
 また映画が観たくなりました。

2007-11-02 06:04 | from オオタ | Edit

ありがとうございます!

チェロのシーンいいですよね!私も何度見ても鳥肌がたちます(*^_^*)
この映画は見すぎて台詞もわかっちゃうくらいです!            私は空からのフィレンツェがとても綺麗で、一度肉眼で見てみたいです!色が全然違うんでしょうね!あと、マーウ″とあおいの家のお風呂に憧れてます☆

ほんと、観光旅行ではなくゆっくりと街を歩いてゆったりフィレンツェを感じたいですね!

なんだか、同じく感じている方とこのような、お話ができて嬉しかったです(^-^)コメントのお返事ありがとうございました!

2007-11-04 02:41 | from ねこ

いつかが明日になるかもしれない

★ねこさん

 こんばんは。
 フィレンツェを上空から見るってのは贅沢でいいですねー。
 ドゥオーモから見下ろす街並みとはまた違った感動でしょうね。

 いいシーンというと、やっぱりチェロのところは印象的でしたね。
 あとはやっぱりラストかな。
 私は意外性のあるハッピーエンディングの映画が好きで、あの作品はその点でも最高の一本でした。
 ヨーロッパのお風呂は、似合う人が限定されそうですね(笑)。

 フィレンツェかぁ。行きたいと思ってるところはいつか行けそうな気がするから、その思いをずっとなくさないようにしたいですね。

2007-11-07 00:34 | from オオタ | Edit

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