行けば分かる、行かなければ分からない屋久島の魅力 2006年12月22日(金) - 現身日和 【うつせみびより】

行けば分かる、行かなければ分からない屋久島の魅力 2006年12月22日(金)

縄文杉レプリカ

OLYMPUS E-1+ZD 14-45mm(f3.5-5.6), f4.5, 1/125s(絞り優先)



 世の中にはどうしてこんなものがここにあるんだろうというものがたくさんある。東山植物園の縄文杉レプリカもそのひとつだ。唐突すぎるぞ。どうしてここにコンクリート作りの縄文杉レプリカを置く必要があったのだ? もしかすると、そこには深遠な理由があるのかもしれないし、ないのかもしれない。ただ単に園長の思いつきだったりする可能性もある。
 それは入口から入ってすぐの右側に立っている。おそらく来園者の多くが最初に撮る被写体だろう。なんか知らないけどとりあえず撮っておくか的な感じで。私もまた例外ではなかった。
 大きさは伝わる。杉とは思えない幹の太さと背の高さ。長い歳月を感じさせる幹の様子も上手くできていると思う。寄生樹は本物に似せて植えてあるそうだ。なかなか芸も細かい。ただ、所詮作り物は作り物、感動とかそういったたぐいのものは伝わってこない。本物を見たことがないから分からないのだけど、迫力はこんなもんじゃないと思う。等身大にデカければいいってもんじゃない。ただ、これを見て、本物も見てみたいと思うきっかけにはなるかもしれない。それが最初からの狙いだとしたら、これも無駄じゃないということだ。私はまんまと作戦に引っかかろうとしているのか?

 縄文杉が見つかったのは、実はそんなに昔のことではない。昭和41年に役場の観光課長だった岩川貞次という人が見つけるまで誰も知らなかった。標高1,300メートルの高地に人知れず時を刻んでいた。発見したときの感動があまりにも大きかったようで、こんな立派な杉は見たこともないからきっと数千年前のものに違いないという興奮から縄文杉と名づけられた(取材した新聞記者が縄文土器の火焔土器に似ているからそう呼んだという話もある。)。
 その後の調査で7,200年前ということも言われて、ますます知名度を上げた。しかし科学的な根拠としては2,170年とも言われ、あるいは中が空洞になっているから少なくとも3,000年から4,000年くらいだという説もあってはっきりしたことは分かっていない。7,000年というのは屋久島の火山活動から見てもあり得ない数字のようだ。それでも樹高25.3メートル、周囲16.4メートルは、現在のところ見つかっている中で一番大きな杉であることに変わりはない。縄文杉というネーミングがその後の屋久島ブームを作ったと言っても言い過ぎではないだろう。当初は発見者の名前から大岩杉と呼ばれていたそうだけど、その名前ではここまで有名にはならなかったはずだ。
 日本での杉の南限である屋久島には他にもたくさんの巨木がある。弥生杉、大王杉、翁杉、紀元杉、夫婦杉、ひげ長老、八本杉など。標高600メートルから1,300mくらいの所に多いから、見に行くまでには登山が必要になる。縄文杉を見ようと思ったら、登山口から往復8時間から9時間歩かなければならない。腰が曲がってしまってからは見ることができないから、なるべく若いうちに行った方がよさそうだ。ただ残念なことに、現在は観光客が増えすぎたこともあって、縄文杉の近くまでは行けないようになっている。雨と風で土が流れて根が露出してしまっているため保護しなければならなくなった。今は少し離れた高台から拝む格好になっている。抱きつけない縄文杉に会うために9時間はきついものがある。

 屋久杉といっても何も特別な杉ではない。ただの杉だ。しかし、通常杉は300年から500年が寿命と言われている中、屋久島の杉だけは数千年も生きるというところに価値がある。これは屋久島の特殊な環境によるものだ。月に35日雨が降ると言われるほど雨が多く、年間雨量は4,000mmから10,000mmにもなることがひとつ。もうひとつは、土台が花崗岩でできていて栄養分が少ないため、杉がゆっくりと成長するからだ。そうすると樹脂が通常の6倍にもなり、これが防腐・抗菌・防虫効果となり、木を守ることにつながる。年輪の幅が緻密になり、木材としては硬くなる。工芸品として使われるときには密度の濃さと樹脂で独特の深いツヤが出る。
 通常、1,000年以上のものだけを屋久杉と呼び、100年以下のものは小杉として区別される。現在でも新しい杉が生まれ、屋久杉は育ち、森は行き続けている。古い杉ばかりの止まったような世界ではない。
 江戸時代以前、屋久島の杉は御神木として伐採されることはなかった。江戸時代に屋久島の儒学者泊如竹(とまりじょちく)が薩摩藩主の島津久光に屋久杉っていういい木がありますお殿様と耳打ちしたところから屋久杉の悲劇が始まる。泊如竹め。そりゃあ木材としては最高級に決まってる。たちまちじゃんじゃん切られるようになり、屋久杉の平木は年貢として薩摩藩に納められるようになった。
 二度目の悲劇は高度経済成長時代、この時代も大量に伐採された。そんな中、縄文杉などの古木が切られずに残ったのは、幹がごつごつしてくねっているから木材としての利用価値がないという理由からだった。当時は貴重なものだから残そうという観念はまったくなかった。これだけは不幸中の幸いだった。
 現在、屋久杉の伐採は全面的に禁止されている。それでもたくさんの屋久杉グッズが出回っているのは、かつて切られたものが残っているのと、倒れた木や切り株があるからだ。屋久杉グッズは欲しいけど、なんとなく罪悪感があって買えないという人もいるかもしれないけど、そういうことはないので私に屋久杉工芸品を貢いでくれても全然かまわないです。

 屋久島はかつて交通の便も悪く、とてもマイナーな島だった。縄文杉が見つかる前は、島に観光客の姿などほとんどいなかったそうだ。縄文杉以降は少しずつ知名度が上がったとはいえ、あえて行こうという人はそれほど多くなかった。やはり一気に観光客が増えたのは、1993年に世界遺産に登録されてからだ。現在では年間20万人の人が訪れるという。
 なんとなく南の島というのは分かっていても地図上ではどこに位置しているのか知らない人も多いかもしれない。沖縄とかあっちではなく、九州の南にあって、住所は鹿児島県になる。左上には今話題の硫黄島があり、右上には鉄砲伝来の種子島がある。
 島としては日本で9番目の大きさで(東京23区くらい)、周囲は約130キロ、東西南北それぞれ28キロ、24キロと、ほぼ円形をしている。車で島を一周すると3時間くらいだそうだ。
 海抜ゼロメートルから標高2,000メートルまであり、島だけで日本列島のすべての気候が存在しているという特殊な環境にある。下界は南国なのに山へ行くと北海道になってしまうので、1月や2月などに行くと、山頂は大雪が積もっていて縄文杉が見られないなんてこともある。
 魅力は屋久杉だけではない。動植物の固有種も多く、苔好きにもたまらない魅力的な島でもある。600種類の苔が生えているというから苔マニアとしては屋久杉なんてそっちのけで、嬉しくて地面をはいつくばってしまうだろうだろう。
 ヤクザル、ヤクジカなどが特に有名で、ウミガメの産卵地としても知られている。日本の上陸総数の3分の1は屋久島なんだとか。ピークは6月から7月にかけてというから、生き物のことを考えてもこの時期が一番多彩で楽しそうだ。
 その他にもたくさんの温泉や海、森や川や滝など、見どころは多い。
 すごく遠いイメージのある屋久島も、思ったより近い。東京から飛行機に乗って鹿児島まで2時間、待ち時間や乗り換えがあったとしても1時間、鹿児島から船で40分だから、4時間かからない。
 ネット情報のツワモノの話では、青春18切符を駆使すれば6泊7日で片道2万円で行けるということだ。ものすごくハードな旅で、屋久島に着いたときには燃え尽きてそうだけど。
 現地でのいろいろな見どころを考えると、2泊3日では回りきれないところが出てくるから3泊4日は欲しいという意見が多い。一週間はちょっと長い。一生に一度しか行けないようなところでも、多少心残りがあるくらいがちょうどいいのではないだろうか。その方が心に引っかかり続けるから。

 イメージを膨らませるだけ膨らませて向かった屋久島で、その思いがプシューっと音を立ててしぼんでいった、という経験をした人も少なくないかもしれない。縄文杉といっても、それ自体は大きな杉だし、観光地化された今、深閑とした太古の森の中でひとり目を閉じて悠久の時を感じるなんてことはなかなかできそうにない。それでも、やはり行ってみなければ何も始まらない。そこに待っているのが感動なのか失望なのかを自分で確かめるために。行けばそこに何が待っているのか? その答えは猪木が知っている。
 迷わず行けよ 行けば分かるさ
 まさにその通り。行けば分かる、行かなければ分からない。行けば必ず感じるものがあるだろう。失望の代わりに手に入る感動もきっとある。私が行くなら6月くらいがいいかなと思う。たくさんの花や蝶や生き物たちと出会えそうだから。
 けど、9時間の山歩きに耐えられるだろうか? 屋久杉に会いに行く行程だけで2泊3日とかになりそうだ。途中の山道で死んだように倒れてる私を踏んでいかないでください。寝てるだけですから。

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