お地蔵さんは毎日がサンタクロース状態で駆け回る 2006年12月19日(火) - 現身日和 【うつせみびより】

お地蔵さんは毎日がサンタクロース状態で駆け回る 2006年12月19日(火)

地蔵さんの後ろ姿

PENTAX istDS+Super Takumar 50mm(f1.4), f1.8, 1/6s(絞り優先)



 子供の頃、クラスメイトにお地蔵さんというあだ名を付けたり付けられたりした記憶がある人も多いと思う。しかし、私たちは意外なことにお地蔵さんについて知ってるようで知らない。呼び名からして親しみは感じてるものの、それが侮りとまではいかなくても少し軽く見てしまっているところがある。けれど本当のお地蔵さんというのは、実はとっても偉い神様なのだ。今日はそのことについて語ろうと思う。これを読めば、もう、えなりかずきがお地蔵さんに見えることはなくなるだろう。地蔵は、だってしょうがないじゃないか、なんてことは決して言わない。

 ネパール生まれのゴータマ・シッダールタは、裕福な王子としての暮らしに疑問を感じ、29歳で妻子を残して出家し、35歳で悟りを開き、80歳で死んだ。釈迦牟尼仏陀、のちに仏陀(ブッダ)あるいはお釈迦様と呼ばれる仏教の開祖だ。キリスト教も仏教も、考えてみればひとりの人間から生まれ、人間を神として祭っている。
 そのお釈迦さんが次に地上に戻ってくるのは56億7000万年後。どこからこういう数字が出てきたのかは分からないのだけど、とにかく長期間不在になる地上を私がなんとかしましょうと名乗り出たのがお地蔵さんこと地蔵菩薩だった。
 仏教におけるこの世界というのは、地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人道・天道の6つに分かれていて、人間はそのどこかに転生して、最終的には解脱を目指すという基本的な考えがある。地蔵さんは、本来なら仏になれるのに、それを無期限延期して、あえてその六道を自らの足で歩き回って苦しんでいる人たちを救うと決めた。いうなれば庶民のヒーローなのだ。その割にはあまり敬われていないようなところもある。そのことについて地蔵さんは文句を言ったりはしないだろうけど。
 地蔵菩薩の像がよく6体並べて作られているのは、この六道輪廻の思想が元になっている。6体でそれぞれの世界に赴いて人々を救済しようというわけだ。救っても救ってもきりがないから、早くお釈迦様戻ってこないかなと、ときどきは思ってるかもしれない。

 地蔵菩薩は、サンスクリット語でKsiti-garbhaで、これは大地と胎内を意味する。そこから地蔵という呼び名が生まれた。
 日本に伝わってきたのは奈良時代で、中国を経由して入ってきた。最初はほとんど信仰の対象になるようなことはなかったようだ。平安時代に入って多少は知られるようになったものの、本格的に信仰対象となったのは平安末期だった。当時、悪いことをした人間は必ず地獄に堕ちるという思想が広まって、地獄で仏とばかりにみんな一斉にお地蔵さんにすがるようになった。その後ブームのようになり、この時期にたくさんの地蔵仏が作られた。奈良の法隆寺や徳島の鶴林寺にある国宝の他、奈良の東大寺、橘寺、京都の広隆寺などに国の重要文化財の地蔵仏がある。
 地蔵菩薩を本尊としている寺もけっこうある。京都の壬生寺や、鎌倉の建長寺などもそうだ。
 足利尊氏はお地蔵さんが大好きで、地蔵の絵を描いてみんなに配り歩いていたそうだ。会社の上司や社長にそんなことをされても困ってしまうだろうけど、尊氏の描いた地蔵の絵なら欲しがった人は多かっただろう。今持っていたらお宝中のお宝となっていた。
 鎌倉時代から室町時代にかけて、地蔵信仰は貴族から庶民の間まですっかり定着して、様々な性格を帯びるようになる。戦の神でもあり、農耕の神でもあり、子供を救う神ともなった。
 更に多様化したのは江戸時代だ。すっかり庶民の味方としてお馴染みとなり、道ばたなどにもたくさんの石仏が置かれるようになる。延命地蔵、子育地蔵、片目地蔵、とげぬき地蔵、水子地蔵などの身代り地蔵が流行り、お地蔵さんは一年中毎日がサンタクロースのように大忙しになってしまった。
 各地に地蔵講が作られ、月の24日を地蔵の縁日として祈るようになり、8月24日は盂蘭盆(うらぼん)にも当たるということで地蔵盆と呼ばれ、かつては一大イベントだった。現在は関西地方で名残を残しつつ、全国的にはあまり一般的なものではなくなっている。
 地蔵菩薩というだけに最初は地蔵さんも凛々しい菩薩の格好をしていた。今は丸っこくてコミカルな石仏のイメージが強くなっている。立ち姿のものは、たいてい僧侶のような格好をして宝珠(ほうじゅ)と錫杖(しょくじょう)を持っている。これも後年になって作られたイメージだ。
 宝珠というのは、願い事を叶えてくれたり苦難を取り除いたりしてくれるもので、錫杖はじゃらじゃらと音がする杖だ。仏の功徳の本質的なもので、実際的には僧侶が歩くときに鈴を鳴らして毒蛇除けなどに使った。
 現在の地蔵石仏は、写真のように毛糸の帽子をかぶせられたり、前掛けをかけられたりしてることが多い。ちょっと子供扱い。本当は偉い立派な神様なのに。

 どうだろう、こうして表面的にでも地蔵さんのことを知ってみると、けっこうイメージが変わったんじゃないだろうか。少なくとも、えなりかずきは地蔵っぽくはないことが分かったと思う。あんなにいちいちプリプリしてたら地蔵の仕事は勤まらない。昨日出てきた、江原啓之は地蔵とイメージが重なる部分がある。
 私はちょっと地蔵にはなれそうにない。いきなり、あなたは128代地蔵に選ばれました。うちの組長になっておくんなさい、などと言われても困ってしまう。結局誰も救えずに一人取り残された星泉ちゃんのようになるだろうし。そもそもセーラー服も着られないし、機関銃では世界は救えない。
 お地蔵さんを救う方法がひとつだけある。それは、この世界の全員が自らを救って、解脱することだ。理屈で言えば、そうなればお地蔵さんの仕事はなくなって、心置きなく仏になることができる。けれどそれは、少なくとも56億7000万年後なんだろう。お釈迦さんが戻ってくるそのとき、果たして人類はどうなっているんだろう。その頃までに私も解脱できているだろうか。
 生前に一度でもお地蔵さんに手を合わせれば、たとえ地獄に堕ちたとしてもお地蔵さんが救ってくれるという。そんなことなら簡単だと思うかもしれないけど、実際に地蔵さんにきちんと手を合わせたことがある人がどれくらいいるだろう。地獄へ行く予定がなくても、一度だけでも手を合わせておいた方がいい。保険のつもりで。ただし、あの世でも最近はなかなか保険が下りなくなっているかもしれないので、手を合わせるときによくよく契約内容を確認しておいた方がいいだろう。お地蔵さんとは事前の細かい打ち合わせが必要だ。
 お地蔵さんを喜ばしたければ、手を合わせるよりも手をわずらわせないことだ。自分で自分で救えればそれが一番いい。いいところも悪いところも、全部お釈迦様が見てくれている。

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山川草木悉皆成仏

オオタさん

こんばんみmagnoliaです。

京都の鈴虫寺で願掛けすると、お地蔵さんが願いを叶えにきてくれるそうですよ。
友人が、空からタライが落ちてくるような出来事が続く私のために、鈴虫寺で
お守りを買ってきてくれました。
草鞋をはいたお地蔵さんは家に来てくれるのでしょうか。
もしかしたら、今ここにある危機は、私が経験して学ばなければならない出来事
で、私が気づくまで暖かく見守ってくれているのかもしれません。
もう充分分かりました。傲慢でした。意地悪でした。皮肉が日常語で嫌味には
エッジが利いていますが、根は人々の心の平安を願って止みまないエンジェルです。
ごめんなさい。
これでダメでしょうか。ダメですか、そうですか。
剃髪して仏門に入るための修行と思い、日々精進いたします。
仏に手を合わせるのではなく、手を合わせるのは自分の中の仏性なのだとあるお寺の住職に伺いましたがそのとおりでございますねえ。

2006-12-21 00:25 | from - | Edit

巡っても巡ってもなお

★magnoliaさん

 今晩明。
 ……。

 鈴虫寺は大変なことになってますよね。鈴虫の数が尋常じゃない。
 あそこは鈴虫屋になった方がいいと思う。
 けど、説法が人気のようで。
 もしかして、magnoliaさん、聞きに行ったことがあるとか?
 お地蔵さんの願掛けでも有名なんですね。それは知らなかった。
 いつか行ってみよう、鈴虫のエサを持って。
 勝手にキュウリとかやってたら叱られそうだな。変なもん食わすんじゃない、喝! とか言われて。

 magnoliaさんは鈴虫寺のお守り持ってるんですか。
 じゃあ、もう頭に金タライが落ちてくることはないですね。
 もしかしてく、鈴虫臭くなってないでしょうね?
 街を歩いていて鈴虫のニオイがしたらmagnoliaさんってことですね(決めつける)。

 なんにしてもすべての経験には意味があるってことで、お地蔵さんが救いに来てくれるのはもっとずっと先になることでしょう。
 しかし、こんだけ神社仏閣巡っていてそれでも運が悪いとしたら相当なもんですね(笑)。
 私に不運をうつすのだけはやめてください。私の善良パワーではmagnoliaさんの不運パワーに負けてしまいそうだから。

2006-12-21 03:45 | from オオタ | Edit

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