舞阪から弁天島へ <後> - 現身日和 【うつせみびより】

舞阪から弁天島へ <後>

舞阪漁港

OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4 / OLYMPUS 9-18mm



 前回の続きで、今日は舞阪から弁天島の後編をお送りします。
 舞阪駅から弁天島までは、旧東海道を行けば2.5キロほどなので、ゆっくり歩いて45分くらいだ。私は遠回りして歩いたから4キロくらいだった。写真を撮りながらでも1時間半はかからなかったと思う。
 上の写真は舞阪漁港だ。向こうに見えているのが今切口にかかる浜名大橋。橋の向こうは遠州灘で海とつながっているのだけど、港の船はたぶん浜名湖で漁をする船だろう。
 浜名湖は湾だったり、淡水だったり、海とつながったりと、過去に大きな変化があった湖だ。室町時代の地震で湖水面が下がって海とつながったとされている。大津波の影響もあるという。
 現在はかなり塩分濃度が高いようで、汽水というより塩湖に近いのだとか。なめる気はしないけどなめたらたぶんしょっぱいはずだ。



港町の風情





水神宮




弁天島の夕陽




弁天島夕焼け風景




常夜灯




北雁木

 舞阪宿から次の新居宿(あらいしゅく)までは船で渡していた。最初1里(4キロ)だったのが地震や津波などで1里半になった。
 舞阪宿には3つの渡し場があって、ここは北雁木(きたがんぎ)と呼ばれていた。主に大名や幕府の役人が利用したところということで、幅十間(約18メートル)の石畳が敷かれていた。現在のものはたぶん復元ではないかと思われる。



自転車のふたり




弁天島に夕陽が沈む

 弁天島海水浴場。
 この日はまだ夏休み期間ということで家族連れなどそこそこ人が訪れていた。
 もともと弁天島の他、全部で4つの小島があり、昭和に入ってから埋め立てで造成して観光地とした。
 見えている鳥居は神社のものではなく、観光用のシンボルタワーだ。
 弁天島あたりには縄文時代から人が住んでいたという。現在、島全体で3,000人ほどが暮らしているのだとか。



弁天島ブルーモーメント




弁天島鳥居ライトアップ

 今回の浜松の旅はここでおしまいとなった。
 

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