神宮外苑のイチョウ並木を初めて見た日のことを忘れない 2006年12月9日(土) - 現身日和 【うつせみびより】

神宮外苑のイチョウ並木を初めて見た日のことを忘れない 2006年12月9日(土)

誰もいないいちょう並木

PENTAX istDS+TAMRON 28-200mm XR(f3.8-5.6), f4.5, 1/13s(絞り優先)



 青山一丁目のHondaウェルカムプラザを横目で見つつ青山通りを少し進むと、その黄色は突然目の前に現れる。
 神宮外苑イチョウ並木。秋の東京を代表する風景であり、地方の人間にとってはドラマなどでよく目にする憧れの地だ。
 朝の7時すぎ、東京の街はとっくに活動を始めてはいても、ここに観光客の姿はまだほとんど見られない。
 イチョウ並木の入口に立ってしばらく見とれたあと、わぁ、すごいなぁ、というありふれた感想が口をついて出る。自分の持っている言葉が目の前にある風景に勝てないと脳が判断したとき、人は言葉を探すのをやめてしまうらしい。ありふれたたとえをするなら、それはまるで絵のようであった。
 いつもは人がいる写真が好きな私だから、このときも入れようと思ってやめた。だってここは東京なんだぜ、こんなに人がいない東京はむしろ貴重じゃないかと思い直して。どこへ行っても人が多い東京でも、ふとした瞬間、ある空間で、人の姿がふっと消えてなくなることがある。このときはちょうど、そんな幸福な空白の一瞬だった。
 こうしてここ神宮外苑のイチョウ並木から私の東京見物が始まった。すでに歩行時間は2時間以上で、まだ午前8時。この先恐ろしいほどの距離と時間歩くことになることを、このときの私はまだ知らない。

 外苑「いちょう並木」は、300メートルの道路脇に4列、全部で146本植わっている。うち雄木が44本で雌木が102本。雌木にしかならないギンナンもたくさん落ちているから拾い放題で茶碗蒸しにも入れ放題。
 ここのイチョウは、もともと新宿御苑にあったものを明治神宮の内苑に植え替えて、そこで栽培したものなんだそうだ。1923年(大正12年)にこの場所に植えられた。手前から高い順に並べてあり、並木が尽きた先に見える絵画館を大きく見せる遠近法の仕掛けがほどこされていたりもする。
 毎年11月の下旬から12月のはじめにかけて「神宮外苑いちょう祭」が開催されている。今年は12月3日までだったのに、黄葉が遅れたために12月8日のこの日もまだ見頃が続いていた。イチョウの場合は落ち葉とセットの方が美しいから、来週いっぱいは楽しめそうだ。日曜祝日は自動車が入ってこられないようになるからいいと思いきや、人が多すぎてかえって大変になる。写真を撮るなら、日の出の6時半から8時くらいまでがよさそうだ。

絵画館

 明治神宮外苑は、名前の通り明治神宮の一部だ。そして洋風庭園でもある。帰ってきてから勉強して、今さらながら知った私。もしかしたら東京に住んでる人でもそのあたりのことは曖昧なのかもしれない。明治神宮の詳しい成り立ちなど、自分で調べようとしなければ誰も教えてはくれない。毎年明治神宮に初詣に行ってるという人も、明治神宮とはナンデスカ? とパキスタン人に訊かれたら困るはずだ(それはたいていの人が困る)。今回、私が身代わりになって勉強したので、簡単に説明しよう。これさえ読めばあなたも明日から明治神宮についてはちょっと詳しい人になれるはずだ。

 明治45年(1912年)、明治天皇が崩御して、その2年後に皇后の昭憲皇太后が亡くなる。そのふたりを祀るための神社が明治神宮だ。大正4年に作られることが決まり、あちこち候補地が上がった末の大正9年(1920年)、代々木に造られた。
 その後、明治という時代に多くの業績を残した明治天皇のことを後世に伝えようという趣旨で明治神宮外苑が作られることになる。青山練兵場跡地に1926年に作られた当初は、いちょう並木や絵画館のある洋風庭園だった。今でも呼ばれる「神宮の杜」というのは、このときの名残が強い。
 スポーツの盛り上がりと国民の健康向上ということで各種スポーツ施設が敷地内に増えていき、明治神宮球場、秩父宮ラグビー場、国立霞ヶ丘競技場、軟式野球場、スケート場、テニスクラブ、明治記念館などがある。現在の姿としてほぼ完成したのは、昭和39年の東京オリンピックのときだった。
 マラソンの円谷幸吉がアベベから遅れて2位で戻ってきて、トラックでヒートリーに抜かれて3位になったのも国立競技場は見ている。毎年1月15日だったラグビー日本選手権が別の日に移ってスタンドに振り袖姿の新成人が見られなくなったことを秩父宮ラグビーは寂しく思ってるんじゃないか。ジャズバー「ピーターキャット」を奥さんと経営していた29歳の村上春樹は、デーゲーム「ヤクルト対広島戦」でヒルトンがツーベースを打ったとき、僕は小説が書ける、と突然悟る。それはまだ春早い神宮球場の外野席だった。
 写真右奥に写っているのが聖徳記念絵画館で、単に絵画館と呼ばれることが多い。1926年に建てられたこの建物は花崗岩で作られている。明治天皇にまつわる80枚の絵画が年代順に並べられているそうだ。

イチョウ並木と勤め人

 イチョウは東京都の木に指定されていて、都バスや都営地下鉄、東京都が出している刊行物にはイチョウの葉のマークが描かれている。カラスが大嫌いな石原都知事もイチョウは大好きだ(まったくの当てずっぽう)。
 イチョウというのは街路樹によく使われているように、環境の悪い場所にも負けない丈夫な木だ。生きた化石と呼ばれるほど、大昔から世界中に生えていた。誕生したのは1億年以上前、大きな恐竜が暴れ回っていた中生代ジュラ紀の頃だとされている。それが氷河期によってイチョウ科17種類のうち1種類だけが中国で生き延びることになる。
 日本には平安時代に中国から入ってきた。この木はとても長生きなので、1,000年くらいの古木が今でも日本の各地に残っている。40メートルを超えるようなものが東北などにあるという。
 イチョウは漢字で書くと銀杏になる。けど、イチョウの実のギンナンも銀杏なのでややこしい。区別するために木の方を公孫樹とすることもある。
 イチョウの名前の由来は、葉の形がカモの足に似てるから中国語のカモ(鴨)を指す「ヤーチャウ」が転じたものだという話がある。本当のところはよく分かってない。
 実のギンナンは茶碗蒸しや酒のつまみにして食べることが多い。ただ、薬用効果がある一方、あまり一度にたくさん食べると危ないとも言われている。だいたい一日4粒くらいが限度だそうだ。それ以上食べるとどうなるかを知りたい人は、自分で実験して確かめてみるしかない。そしてその結果を私に知らせてください。おそらく、下痢、嘔吐、けいれんくらいで済むとは思うけど。
 イチョウの葉には血液の流れをよくする効果が知られている。お茶にして飲むと、老化予防、脳の活性化、コレステロール改善、ボケや記憶力アップなどに効果があるらしい。

 1963年、日本にやってきていたドイツ人医師のケンペルが、帰国する際にイチョウの種子を持ち帰った。ヨーロッパでは見たこともない黄色い美しい木があることを知らせるために。その種から育って増えたイチョウは、やがてヨーロッパ中に広がっていった。ヨーロッパのイチョウはほとんどがその日本の種が元になっているということになる。
 ドイツの詩人ゲーテは、イチョウの葉を二枚添えて自分より25歳若い恋人ロジーネ・シュテーデルに詩を送った。ゲーテ66歳のときだ。
 これはもともと一枚の葉が二つに分かれたのでしょうか?
 それとも二枚の葉が互いに相手をみつけて一つになったのでしょうか?

 言われてみれば、イチョウの葉は二つの葉がくっついたような姿をしている。ドイツでイチョウは愛の象徴とされているそうだ。ドイツ人はゲーテの恋を笑ったりからかったりしない。太宰治も、少し年を取るとゲーテの偉さが分かるようになると言っている。イチョウのこの黄色を、ゲーテイエローともいう。
 この秋もまた、神宮外苑のイチョウ並木の下で、たくさんのドラマがあったのだろう。大きなものや目に見えないような小さなもの、もしかしたら一生を決めるようなドラマチックな出来事が人知れずあったかもしれない。
 ドラマはなくとも、落葉のイチョウ並木はそれ自体で美しい。行ける人はぜひ自分の目で見てみてほしい。行けない人はこの写真でちょっとだけ行ったような気分になってもらえたら嬉しいです。私もいつかもう一度、イチョウの葉を二枚拾いに行こうと思う。いや、あの葉は別々だった二つの葉が再び出会って一つになったものだと信じるのなら、拾う葉は一枚でいいのかもしれない。

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コメント
非公開コメント

おかえりなさい。銀杏並木が見れたんですね、いいな~私は今年の忘れ物は銀杏の紅葉を見ていないことなんですよ。

2006-12-10 07:21 | from kattyan

無事に戻られたようですね。お疲れさまでした。東京見物第一弾は神宮外苑ですね。私も一度は行ってみたいと思いつつ近場なのと見頃が12月になってしまうことから、まだ一度も行ったことはありません。来週あたりでも見頃とのことですので是非なんとか予定を立てて行ってみたいものです。それにしても相変わらずの蘊蓄博士ぶりには頭が下がります。銀杏並木のことやゲーテの恋まで、毎度勉強させてもらってます。
さて次の話題はなんでしょう。いつもの話題も楽しませてもらってますが、やっぱり身近な話題のほうが断然興味が湧いてしまいます(笑)

2006-12-10 09:20 | from tomy

尻を鍛えて出直し

★kattyanさん

 こんにちは。
 無事戻ってきました。
 夜行バスは、もう一度自分を鍛え直さないと厳しいことを知りました。
 尻を鍛えるにはどんなエクササイズをすればいいんだろう?(笑)

 イチョウ並木は、私もこちらでは見てなかったので、よかったです。
 しかし、あれだけいいもんを見てしまうと、他で感動できなくなってしまうかもしれない。
 名古屋なら桜通にイチョウ並木があるんですけどね。

2006-12-11 05:51 | from オオタ | Edit

王道すぎて新鮮

★tomyさん

 こんにちは。
 はい、ただいまです。そして、ちょっとそちらにお邪魔してました。
 全然疲れてませんよ。と、強がりを言ってみる。はは。

 tomyさんは神宮外苑のイチョウ並木見たことなかったですか。
 確かにあそこは都民にとっては微妙な距離感のある場所なのかもしれないですね。特に今の時期。
 地元の人間のためのスポットのようであり、観光客がたくさん訪れる場所でもあり。
 あらためて行こうと思うと照れくさかったりするのかも(笑)。
 でも、時間が取れたらぜひちらっとでも。

 来週は東京特集になりそうです。
 王道がほとんどなんで、tomyさんにとってはかえって新鮮かもしれないですね。
 今日書いた東京駅のことなんて特に。

2006-12-11 05:57 | from オオタ | Edit

ここのイチョウ並木はCDの歌詞カードとか
なんかの写真に良く使われたりしている場所なんだろうなぁ。
と勝手に想像。
てかイチョウの歴史ってのは凄いんですね。
いつもこの手の話が聞けるのが楽しみです。

2006-12-14 01:45 | from ビアンキ

書きながら感心

★ビアンキさん

 こんにちは。
 神宮外苑のいちょう並木は、王道なんでかえって避ける人も多いんだろうけど、地方から行って初めて見ると、新鮮な感動がありました。
 できすぎた光景と言えなくもないにしても、他には代わるところがないから、やっぱりいいなと思ったのでした。
 気をつけてると、テレビやドラマでもけっこう使われてそうですね。

 イチョウが大昔の木だったというのは、私も書く前に勉強するまで知らなかったのです。
 私も読んでくれてる人たちと同じように書きながら感心してたりするんですよ(笑)。

2006-12-14 03:53 | from オオタ | Edit

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