盗難除けの雲興寺にお願いして泥棒から身を守ろう - 現身日和 【うつせみびより】

盗難除けの雲興寺にお願いして泥棒から身を守ろう

雲興寺入り口前




 ここは瀬戸の雲興寺(うんこうじ)。一般的な知名度はあまり高くないかもしれない。ただ、愛知県や近郊でウォーキングや低山ハイクをしてる人たちには馴染みのある場所だと思う。境内が東海自然歩道の一部になっていて、ここから東に行けば猿投山(さなげやま)、西に行けば岩屋堂岩巣山と、ハイキング・コースの中間地点のようになっている。ここを待ち合わせ場所や出発点としてる人もいるだろう。駐車場が広くて、とめるところには困らないし、トイレもある。ただし、公共交通機関の便は致命的に悪い。土、日祝日に一日一往復のみ。午前中に名鉄瀬戸線の尾張瀬戸駅前から出たバスは、ここに客を降ろして帰っていき、それっきり5時間ほど戻ってこない。こんなところにポツンと取り残されて5時間も何をすればいいというのか。逆に、岩屋堂などを往復したとして、5時間で戻ってこられなかった場合、どうすればいいのか途方に暮れてしまう。
 そんな雲興寺も、紅葉の時期になるとちょっとした賑わいを見せる。すごく紅葉が素晴らしいというほどでもないのだけど、参道や境内の紅葉はまずまず見るものがある。私も小原村の四季桜を見に行ったとき、少しだけ立ち寄ったことがある。今回訪れるのは3回目ということで、お馴染みの場所になりつつある。



雲興寺本堂

 本堂の前に出て、まず目に付くのは屋根だ。ん? なんだ、これ? と最初は違和感を覚える。お寺らしくない瓦葺きだ。それも普通の瓦とは違う。瀬戸は昔から瀬戸物の街ということで、この瓦は釉薬(うわぐすり/ゆうやく)をかけた赤津焼でできているのだそうだ。
 釉薬というのは、長石(ちょうせき)という天然石を粉にしたものに、石炭や木炭なんかを混ぜてたもので、これを塗ることで表面にツヤを付けたり、いろいろな色を出したりする。水が染みないようにする効果もある。何を混ぜればどんな色やツヤが出るかは陶芸家の知識と経験がものをいう。

 大龍山雲興寺は、歴史と由緒のあるお寺だ。開山は室町時代前期の1384年で、曹洞宗の天鷹和尚によって創建された。足利義輝から織田信長、豊臣秀吉、徳川家康もこの寺を大事にしたという。幕末には寺領300石になっていた。
 本尊は釈迦牟尼如来。そしてなんといってもここの一番の特徴は、盗難除けのお寺だということだ。ドロボウに遭わないことを御利益として前面に押し出しているところは珍しいじゃないだろうか。確かにドロボウはできれば避けたいところだけど、それだけをお願いに行くということはあまり考えられない。あるいはお金持ちにとっては切実な願いということになるだろうか。
 近所で暴れ回っていた夜叉に和尚が説教したら悔い改めて、これからはここの守り神になると言って性空山神(しょうくうさんしん)となったというエピソードが伝わっている。山門の前には「盗難除性窯神」と彫られた石柱が建っている。
 夜叉改心日が4月25日だったとかで、毎年4月の24、25日は御性空祭りが開催される。この日ばかりは大勢の人が訪れるというから、そのときは臨時バスも出ているのだろうか。

 泥棒といえば、石川五右衛門と鼠小僧次郎吉のことを思い出す。どちらも歌舞伎や戯曲、小説などで有名だから、架空の人物と思っている人もいるかもしれないけど、両者ともに実在した人物だ。共通点としては、どちらも最後は捕まって処刑されているというのがある。同じ37歳のときだった。違う点としては、まず時代が違う。石川五右衛門は安土桃山時代で、鼠小僧次郎吉は江戸時代末期だ。
 石川五右衛門は天下の大泥棒という豪快なイメージが強い。一説によると2メートル10センチもあったとか。
 忍者の百地三太夫の弟子になり、その奥さんといい仲になって駆け落ちして、その女も殺して金を奪って京都へ逃げ込むことになる。その金も使い果たしてしまい、習い覚えた忍術を使って散々盗みを働き、石田三成の屋敷からもあれこれかっぱらった。だんだんエスカレートして、しまいには伏見城に忍び込んで、秀吉のお宝「千鳥の香炉」を盗み出そうとして失敗(秀吉の命を狙っていたという話もある)。秀吉の前に引き出されたとき、「てめえこそ天下を盗んだ大泥棒じゃねえか」と言ったとかなんとか。どこまでホントか、全部ウソか、実際のところは分からない。
 最後に捕まったときは、どうしてそんなに盗みばかり働くのだという尋問に対して、配下のものを養うためと答えたらしい。その頃までには泥棒の棟梁のようになっていて、手下の者も数十人からいたという。
 三条河原での公開処刑は、釜ゆでというより、煮立った油の中に入れられたと伝えられる。
「石川や 濱の真砂は尽きるとも 世に盗人の 種は尽きまじ」という辞世の句も、やはり後年の作り話なんだろうか。
 歌舞伎などでは、京都の南禅寺山門に立って、
「絶景かな、絶景かな。春の眺めは値千金とはちいせえ、ちいせえ~」という決めのシーンは有名だ。
 一方の鼠小僧次郎吉は背も小さく、スケールも案外小さい。何しろ鼠だし、小僧だ。泥棒になったきっかけは、バクチで負けて大借金を作ったからというありがちなものだった。鳶職人(または建具職人)だったらしい。
 大名屋敷を専門にしていたのは、警戒の厳しい町家を避けただけで、別に庶民に金をばらまくためではない。もちろん、ばらまいてもいない。稼いだ金はまたバクチや女にすっかり使ってしまう。大名屋敷の場合は、盗まれたことが分かっても恥だったりいろいろ面倒なことになることを恐れて届け出なかったということもあった。被害届が出てないんだから、捕まえても咎めることができない。
 鼠小僧がのちに義賊のようになったのは、ひとり働きだったのと、盗みはしても人を傷つけたりしなかったことからだ。何事にも連帯責任が基本だったこの時代にもかかわらず、処刑されたときも一族郎党家族のつながりがなくて、ひとりきりだった。
 最後は屋敷に忍び込んだところを現行犯逮捕。被害届は出てないものの、白状させたところによると、盗みに入った数は400回以上。現在のお金に換算すると10億円以上をいただいていたというからすごい。これだけ使い切ったのもすごいけど。最後は鈴ヶ森の刑場で磔にされた。
 墓は両国の回向院にあって、いつからかその墓石を削り取って持っているとバクチに負けないとか受験に合格するとかのウワサが流れて、今では丸い形になっているという。



雲興寺境内の紅葉

 私自身はあまりものを盗まれた経験がないのだけど、泥棒から身を守りたい方はこちらにお詣りにいくといいと思う。
 境内の紅葉を撮るならやはり早朝がよさそうだ。
 
【アクセス】
 ・名鉄瀬戸線「尾張瀬戸駅」下車。駅前バス停から赤津行きバスに乗り、終点「赤津」で下車。徒歩約15分。
 ・無料駐車場 あり
 

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コメント
非公開コメント

前半と後半の話のギャップがwww
最近、歳を取ったのか派手な遊び場よりも
こういうところに行ってマターリと風情を満喫したい。

あと石川五右衛門と東の鼠小僧次郎吉が想像と違ってビックリしました。
まぁ現実はそんなもんでしょうけど。
鼠小僧は金ばら撒いてないのかよwって感じでしたね。



2006-12-05 12:28 | from ビアンキ

郊外へ

★ビアンキさん

 こんにちは。
 私は郊外に住んでるので、昔から中心地にはあんまり出て行かなかったんだけど、最近はますますその傾向が強くなってます。
 出向く方向は郊外へ郊外へ。
 それで、神社仏閣が増えてしまうわけです。(^^;
 お城も好きなんだけど。
 最近ちょっと山はお休みです。
 海ももっと行きたいなぁ。

 伝説の人の実際は知らない方が幸せだったりするんだけど、石川五右衛門と鼠小僧次郎吉もそうですよね。実物はあまり夢がない。(^^;
 考えてみると、ふたりを主人公にしたドラマや映画って最近はまったくないですよね。昔はちょくちょくあったのに。
 間違ってもNHKの大河ドラマになることはないでしょう(笑)。

2006-12-06 03:58 | from オオタ | Edit

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