千手観音に千の願い事をできる人間になるために 2006年12月2日(土) - 現身日和 【うつせみびより】

千手観音に千の願い事をできる人間になるために 2006年12月2日(土)

寂光院の千手観音

PENTAX istDS+Super Takumar 50mm(f1.4), f1.8, 1/15s(絞り優先)



 犬山の寂光院で参拝してふと顔を上げると、本堂の扉が開いていて千手観音さんと目があった。あ、どうもこんにちは。お元気ですか? こっちは元気です。と、当たり障りのない挨拶をしつつ、ものすごいきらびやかさに圧倒された。派手だなぁこれ、と思う。そういえばここの扉が開いてるのは初めてだ。せっかくなので記念写真を一枚撮らせてもらった。ちょっと失礼しますよと遠慮がちに。バチを当てないでくださいね。100円は願い事代じゃなく撮影代ということで。
 家に帰ってきて見てみたら、なんだか社会の教科書に載ってる写真みたいになっていて、ちょっとおかしかった。笑うところじゃないけど笑えた。しかし、このきらびやかさ。一体いくらかかってるんだろうなどと考えてしまう私は、仏への道のりはまだまだ遠い。
 それにしても、この千手観音像が日本武尊の作という話はどうなんだろう。本当だとしたらすごい。ヤマトタケルノミコトは草薙の剣を振り回してるだけじゃなかったんだ。彫刻刀使いまで名人級だったのか。でも、やっぱりちょっと信じられない思いが残る。いや、疑ってはいけない。小学生のとき、家庭科の宿題でぞうきんを縫っていったら、これは上手すぎるからお母さんにやってもらったんだろうと疑われて悲しい思いをしたことがある私ではないか。いや、お母さんは性格的にこんなに上手くできない、これは手先が器用な私がやったんですとホントのことを言っても信じてもらえなかったときのことを思い出せ、私。
 ヤマトタケルの実在に関しては、私は信じている。いろいろと話が大げさになったり尾ひれが付いたりはしてるにしても、核となる小碓命(おうすのみこと)の存在はあったのだと思う。ただ、ヤマトタケルが千手観音を彫ってる姿というのはちょっと想像ができない。戦につぐ戦で忙しかっただろうし。それとも、戦場で戦の合間にヒマを見つけてはコツコツと仕上げていったのだろうか。作業の途中で敵が攻め込んできて、ああー、今大事なところだったのに! とか、うわっ、腕がもげたぁ! とか、人に言えない苦労も合ったかもしれない。だとしたら、せめて国の重要文化財にして欲しいと思ったりもする。寂光院の千手観音は、文化財的にはどんな扱いになっているんだろう。

祈る親子

 祈る親子。家族の願いはたいてい単純で分かりやすくていい。自分のためだけの身勝手なものじゃないから、観音様も聞き入れやすいだろう。千手観音となれば、千本の手であらゆる願いは受け止められるというものだ。多少イレギュラーな願い事でも取りこぼすことはあるまい。
 とはいえ、千手観音像の実際の手の本数はたいてい42本と相場が決まっている。前で合わせている手が2本と、後ろにワラワラワラと生えている手が左右で40本。これは、仏師が1,000本も腕を作るのが大変すぎるから、という現実的な問題がけっこう大きいのだと思う。1,000本生やすことが物理的に難しいというのもあるだろう。奈良・唐招提寺金堂像や大阪・葛井寺本尊像など数体だけが千手を持つ例外となっている。40本というのは、一本の手で25本分(仏教でいうところの「三界二十五有」、つまり25の世界)を担当してあわせて1,000だ、ということになっている。
 千手観音は、千の手それぞれに目を持っていることから、千手千眼(せんじゅせんげん)観音とも呼ばれている。または、十一面千手観音、十一面千手千眼観音とも言う。
 千手観音を祀っている有名な寺としては、清水寺や三十三間堂などがある。清水寺の本尊像は、33年に一度しか開帳されないので機会があれば一度見てみたい。前回が2000年だったから、次を逃すとその次はない。三十三間堂は、国宝の本尊像の他に、有名な1,001体の千手観音像がある。中学の修学旅行のときに見たのだろうか。まったく覚えてないということは見てないのか。写真を見ると、1,000体並んだ千手観音像に圧倒される。大阪の葛井寺にあるものが日本最古の千手観音像と言われている(8世紀)。

 千手観音は、仏教の信仰対象となる菩薩のひとつで、六観音(一般的に聖観音、千手観音、十一面観音、如意輪観音、馬頭観音、准胝観音)のひとつでもある。
 インドに入ったときにヒンドゥー教の影響を受けて、観音菩薩が変化した変化身(へんげしん)で、インドでは知られておらず、中国で一部信仰されている他は、日本のオリジナルといっていいような存在だ。サンスクリット語では、サハスラ・ブジャといい、これは千の手を意味している。
 日本では古くから信仰されていて、奈良時代にはすでに千手観音像が作られていた。かつては奈良の東大寺にもあったそうだ。広く信仰されるようになったのは平安時代以降で、平安の後期にはそれまで主役だった十一面観音に代わって信仰対象として中心的存在となった。
 手にはそれぞれ、鉾、日輪、化佛、宝珠、輪宝、水瓶、数珠などを持っていて、あらゆる道具と方法をもって慈悲の心で人を救済する。特にこじれた男女の仲を修復するのが得意らしい。千本の手であやとりをするようにもつれた心の糸を解きほぐしてくれることだろう。私の場合は、大事な糸がどこかで切れてる可能性があるので、それを見つけて結んで欲しいと思う。けど、千本の手で結んだら、あちこちでこんがらがってしまって大変なことになりそうでもある。頼む人選を間違えたか!?
 千の願い事って、自分にはあるだろうかと考えてみる。小さなものも思いつく限りノートに書いていったらどうだろう。50あるか、欲張って100を超えるか。私は人よりも欲浅い人間かもしれないけど、それにしても人は言うほど欲深くはないようにも思う。身勝手でわがままだけど、千の願いさえ思いつかないのだから。もし、千の願い事がスラスラと出てくるという人がいたら、それだけでもう観音レベルと言っていいかもしれない。それくらい目的意識や願望が明確ということは素晴らしいことだ。人生を超前向きに生きている証拠でもある。
 私も今度願いを書いてみようか、デスノートに。って、それはノートが違うだろう。そもそも、殺したいほど憎い人なんてひとりもいない私ではないか。あんなノート拾っても困るぞ。
 それにしても、私ももう少したくさん願い事のある人間になりたいと思う。自分の利益のための願いはよくないとしても、この世界や人を思いやる願望なら悪いことはちっともないから。たとえば、千人の友達がいれば、千の願いはすぐに思いつくということだ。小学一年のとき、友達100人できなかった私は、もしかしてそのあたりからやり直さなければいけないのか?
 近い将来、あなたは三十三間堂でランドセルを背負った大人が千手観音の前で一心不乱に祈っている姿を見かけることになるかもしれない。

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コメント
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はじめまして。ビアンキと申します。
引き寄せられてやってきました。
素晴らしい写真の数々ですね。私は多忙すぎて
旅行に行ったり、じっくりと風景を見る余裕もなく心は荒むばかりです。
ちょくちょく寄らしてもらいますね。

2006-12-03 06:01 | from ビアンキ

小学生のとき、すでにおかあさまの性格を把握していたオオタさん

素敵ですw

2006-12-03 08:31 | from ただとき

12/2の断層日記、全面的に同意します

(あちらはコメント入れられないのでこちらに失礼いたします、どうしても伝えたかったので)

2006-12-03 08:34 | from ただとき

スイマセン、ダンソウの字が間違えてました

普通の変換じゃ出ませんものねw

2006-12-03 08:35 | from ただとき

このブログを見ていると修学旅行で京都・奈良に行った気分になります。

ところで、「願い事をノートに書く」というのは、潜在意識の成功哲学などの分野で
薦めているブログがいくつかありまして、
自分も欲しい物ややりたいことを書いています。

2006-12-03 14:27 | from しゅう

勝ち負けじゃないけれど

★ビアンキさん

 はじめまして、こんにちは。
 ようこそいらっしゃいませ。(^^)

 写真で少しでもなごんでもらえれば嬉しいです。
 慌ただしい日々の暮らしの中で疲れている人にこそ、このブログはあると思ってるので。(^^)
 何かの写真を見て、自分もたまには出かけてみるかと思ってもらえれば、私の勝ちです。いや、勝ち負けじゃないんですけどね(笑)。
 またいつでもフラッと遊びに来てください。歓迎しますので。

2006-12-04 04:10 | from オオタ | Edit

断想は変換しない

★ただときさん

 こんにちは。
 うちの母親はB型なんだけど、けっこうガサツというか、細かい性格の人間ではないなということは小学生のときすでに気づいてました(笑)。
 私がひとつひとつ丁寧に縫ったようには決して縫えなかったことでしょう。
 細かい性格はA型の父親譲りで。
 でもときどきB型のムラが出てしまう私はAB型。(^^;

 断想日記は、変換できないんですよね。
 断想って言葉は、大辞林とか大きな辞書に出てるから、日本語としてはあるんだけど。
 自分の使う言葉だから、単語登録してます。そりゃそうですね。

 お互い、クラシックカーをいたわるように自分をいたわって生きていきましょうね(笑)。

2006-12-04 04:15 | from オオタ | Edit

遅ればせの勉強中

★しゅうさん

 こんにちは。
 最近、修学旅行っぽくなってますよね、このブログ。
 それはいいことでもあるんだけど、元々私は歴史なんて特に興味のない人間だったのですよ。(^^;
 神社仏閣巡りも、ほんのここ2年くらいのことだし。
 でも、調べてみると面白いことが分かって、それ以来、これまでの遅れを取り戻すべく勉強してるところです。
 実際の修学旅行なんて見学もそこそこに友達としゃべったり遊んでただけだからなぁ。京都、奈良なんて、友達が美人のバスガイドに見とれてたらはぐれてしまったことくらいしか思い出ないし。

 願い事をノートに書くってのは、そういう方法があるみたいですね。心理学的にもいいのかな。
 左に願いを書いて、右に実現したことを書くとかなんとか。
 具体的になりすぎると、なんだか心であたためていたものが白々しくなりそうってのがあって、私はできずにいます。
 でも、ホントに実現するつもりならやっぱり書き出すべきなんでしょうね。

2006-12-04 04:20 | from オオタ | Edit

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