長久手の御旗山富士社を訪れる - 現身日和 【うつせみびより】

長久手の御旗山富士社を訪れる

富士社入り口

OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4



 ご近所神社めぐりシリーズ、今回は長久手市の富士社(富士浅間神社)を紹介します。
 前回紹介した景行天皇社からごく近い場所にある。あちらから見て東北約400メートルほどしか離れていない。ただ、両者に関係はなく、成り立ちも全然違っている。富士山に関係あるといえばあるしないといえばない。
 神社の建つ小高い丘を御旗山(みはたやま)と呼ぶ。小牧長久手の戦いのとき、家康がこの小山に陣取り、金扇の馬標を山頂に立てたことから後年そう呼ばれるようになった。
 関ヶ原の戦いのあと、江戸時代に入った1617年、青山重太夫という人物が富士浅間神社から勧請して建てたのが、この御旗山富士社だ。どうして浅間神社だったのかはよく分からない。いつも疑問に思うのだけど、当時、神社を建てようと思いついて神様を選ぶとき、みんなどんな基準で神様を決めていたのだろう。戦いの神、農耕の神、水の神、アマテラス、土地の神、山の神、いろいろいて、分かりやすいパターンもあるけど、不思議に思うこともある。わりと適当に決めていたのか、それとも譲れない確かな理由があったのか、そのあたりの事情は今となっては知るすべもない。
 小牧長久手の戦いについては以前書いたので、興味のある方はそちらをお読みください。

 マイナー城シリーズ ~岩崎城編
 何もない長久手古戦場を歩きながら平和のありがたみを思う



富士社二の鳥居




拝殿

 浅間神社ということで祭神は木花開耶姫命(コノハナノサクヤビメ)。
 小山の上はさほど広いわけではなく、神社の社殿もこぢんまりしている。
 家康軍が陣を敷いたといっても、そんなに大人数が陣取れたとは思えない。通りかかった秀吉軍からも山頂の旗が見えたというから、当時は木が生い茂っておらず、見晴らしもきいたのだろう。



手水舎の手ぬぐい




拝殿と参拝者




御旗山跡石碑




長久手の街を見下ろす




参道の石段




学校帰りの小学生たち

 長久手の神社めぐりシリーズはこれで終わりかなと思う。とりこぼしや再訪があったら、また紹介することにしろう。
 

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