川嶋神社に初参拝 - 現身日和 【うつせみびより】

川嶋神社に初参拝

川嶋神社外観

OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4



 今回訪れた神社は、名古屋市守山区の川嶋神社だった。
 守山区の式内社はとっくに回り尽くしたと思っていたら、こんなところに見落としがあった。ただ、この神社が本当に「延喜式」にある「尾張国山田郡川嶋神社」かどうかは意見が分かれているようだ。
 場所があちこち移っていて定かではないのだけど、庄内川のこのあたりが山田郡なのかどうか、やや疑問に感じるところもある。
 まあ、なにはともあれ、今まで訪れていなかったのが不思議なほど馴染みのある場所でもあり、なかなか立派な神社でもあった。
 ゆとりーとラインの川宮と川村のちょうど中間あたり、ゆとりーとラインの高架がある道のすぐ南にその神社はある。

 社伝によると、平安時代初期の807年、尾張国連沖津世襲(おきつよそ)が創建とある。
 連(むらじ)というのは、ヤマト王権時代の姓(かばね)のひとつで、朝廷と近い関係にあった氏族に与えられた姓のことだ。有名なところでは、物部氏や中臣、大伴などがある。
 勧請したというのだけど、どこの神社からのものなのか、調べがつなかった。
 祭神は、大苫辺命(オオトマベ)という馴染みのない神だ。
「日本書紀」でいうところの11柱7代の神(神世七代)のひとりで、5代目に当たり、大戸之道尊(オオトノジ)とペアになっている女の神様だ。
 オオトマベを主祭神として祀っている神社は全国でもかなり珍しいようで、徳島県徳島市の宅宮神社くらいしかないという。
 どうしてこんな古い神様を持ち出してきて尾張の片隅で祀ることになったのか、そのあたりの経緯はまったく分からない。平安時代創建というから、それほど古い神社でもない。
 場所についていうと、元宮とされる場所がここから西1キロほどのところにあり、もともとはここから東の白沢川新堀割の落口近くにあったという。白沢川というと、今の白沢渓谷(城土公園)が思い浮かぶ。旧地はもっと東の小幡緑地があるあたりだろうか。
 このあたり一帯は古墳がたくさんあったところなので、早くから人が住み始めた土地だったことが分かる。

 その他の祭神として、伊耶那美命(イザナミ)と誉田別天皇(ホムタワケ)が祀られている。
 江戸時代から明治前期までは熊野神社や熊野大権現、熊野十二所権現などと呼ばれていたそうだ。
 イザナミは熊野でも祀られている女神で、イザナミが行くことになった黄泉の国の入り口が熊野にあって、葬られた場所に建っているとされるのが花の巌神社(はなのいわやじんじゃ)だ。
 どうしてイザナミを追加で勧請することになったのか、そのあたりのいきさつも分からない。境内には御嶽社らしきものもあり、神仏習合の痕跡も見られるから、オオトマベとの女神つながりということもあったのだろうか。
 ホムタワケは応神天皇と同一視される八幡神社の神だ。これはおそらく江戸時代の勧請ではないだろうか。

 どうしてあちこち場所を移ったのかとか、どうしてオオトマベだったのかとか、本当に「延喜式」の山田郡川嶋神社なのかとか、いろいろ分からないことが多い神社ではある。




拝殿

 社殿は戦後のコンクリート造。




本殿

 もともとの社殿は戦中も残っていたのかどうか。
 新しく再建したものは本来の姿を踏襲したものなのかどうか、そのあたりも調べる手段がない。




もうひとつの拝殿





瓦屋根





屋根の形





境内社

 境内社として、神明社、秋葉社、金刀比羅社、津島社、山神社、御嶽社がある。




杜





御嶽社





拝殿と西日





干支の羊

 なんとなく釈然としないもやもや感が残ったのだけど、訪れておいてよかったと思った。この神社はけっこういい。
 今はまだはっきりしないことも、いつかどこかで別の何かにつながっていくことがある。
 

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コメント
非公開コメント

この神社、僕も参拝したことあります。
何処に車を停めたらいいのか分からず、ぐるぐる回った覚えがあります。

2016-01-14 17:02 | from 名無し

川嶋神社



 こんにちは。
 川嶋神社、行ったことがありましたか。
 私はまったくノーマークで、ごく最近その存在を知ったのでした。
 車はどうなんでしょうね。短時間なら神社の前にとめておいても大丈夫そうではあるかな。
 車通りは少ないところだし。
 横にある砂利の空き地にとめて参拝していた人もいたような。

2016-01-15 00:00 | from オオタ | Edit

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