写真ノート<1> ---ピントについて - 現身日和 【うつせみびより】

写真ノート<1> ---ピントについて

瞳に映る世界

OLYMPUS E-M5 + OLYMPUS 60mm F2.8 MACRO



 今回からあらたに、「写真ノート」というシリーズを始めることにした。
 写真について語れば語るほど、その本人が撮っている写真の説得力が失われるというジレンマに陥りがちだけど---偉そうに言うほどたいした写真撮ってないじゃんと思われがちだし自分も思いがち---前々からずっと考えてきたことを、ここらで一度まとめてみたいと思うようになった。
 写真とはこういうものだ、などと上から語るつもりはないのだけど、自分のための覚え書きも兼ねつつ、写真を撮っている人たちのための何かヒントになればいいと願っている。
 きちんとした写真論にはならないだろうし、断片的なメモ書き程度になるかもしれない。ただ、撮影の教則本やカメラ雑誌などにはあまり書かれていないようなことを少しでも書けたらいいなと思っている。

 第一回目の今回は、ピントについて書いてみたい。
 オートフォーカスのカメラが当たり前になって以来、ピントを合わせることはカメラの仕事と思っている人が多いかもしれない。それは半分正解で、半分正しくない。
 ピントというのは、自分の意志を表す行為だということを日頃から意識してい撮っている人がどれくらいいるだろう。
 写真においてピントが大事というのはよく言われることだ。それは単にピントが合っているとか外れているとかそういうことではない。自分の意志を写真に中に示すことがすなわちピントを合わせるということだ。
 それは、告白とでもいうべき行為であり、告白ははっきり伝えなければならない。

 ピントの問題は、ボケとも関わってくる。
 レンズの絞りとボケについて、よく理解しないまま曖昧に絞り値を決めている人がけっこう多いような気がする。何故、絞りを変えるのか、どうしてその絞りでなければならないのかを正しく理解して撮影をしているだろうか。
 絞りはシャッタースピードや解像感を左右するものではあるけど、それだけではない。
 ピントが合っている範囲とボケ量は、レンズの画角、被写体との距離、絞り値によって決まる。一般的なことをいえば、広角であるほど焦点範囲は広くなり、望遠側ほど焦点範囲は狭くなる。
 絞りを開けるほどボケ量は大きくなるけど、被写体との距離によっても変わってくる。近づくほどボケは大きくなり、遠ざかるほどピントの合う範囲は広くなる。
 マクロ撮影ならF2.8、風景ならF8、スナップならF5.6で撮ればいいといったような単純な話ではない。
 絞り値を決めるということは、どこからどこまでピントを合わせて、どこからぼかすのか決めるためになされるべきものであって、それはピントを合わせるのと同様、明確な意志を持って決定する必要がある。

 たとえば教室の中に30人の生徒がいて、好きな子がひとりいるとする。
 そういうときは、好きな子しか目に入らない。意識の中でその子にピントを合わせていて、他はぼかしている。
 写真も同じことだ。30人全員に向かってなんとなくピントを合わせて撮ってしまえば、誰を写したかったのが写真を見る人間には伝わない。

 ピントとボケは、構図にも関わってくる。
 ピントを合わせた被写体をどこに持ってくるかを決定することが構図を決めるということだ。
 極端に言えば、構図というのはある状況において一点にしか正解がない。それ以上動かしようのない構図といったものが存在する。
 正しい構図が先にあるのではない。意志が必然的に構図を決定するのだ。

 ぼんやりした意識で撮られた写真は、鑑賞者の視線がさまよってしまう。それは散漫で印象の弱い写真として捉えられてしまう。
 写真は自分が伝えたいことの半分も伝わらないものだから、少々明確すぎるくらいでちょうどいい。
 個人的にビュー・キャッチポイントと名付けているのだけど、撮られているものに対する予備知識がない状態の鑑賞者がパッと写真を見たとき、最初に目がいくポイントをどこかに作っておかなければならない。視点の着地点と言ってもいい。
 それがすなわち、ピントの位置だ。
 何が撮りたかったのか、何を表現したいのか、何を伝えたいのか、それはピントしか手段がない。ピントが決める構図が写真のすべてだ。だからこそ、ピントは大事なのだ。

 技術的な部分で少し補足すると、ピントは点ではなく面だということを意識しておいた方がいい。
 写真は平面ではなく立方体であるということはいずれ書きたいと思っているけど、ピントを面として捉えていると、様々な場面で有利に活用することができる。
 1メートルの距離にピントを置いた場合、それは正面に限らない。左でも、右でも、上でも、下でも、斜めでも、1メートルの距離のどこにでもピントは合う。あるいは自分の真後ろでも。
 オートフォーカスに頼り切っているとその感覚を持てないから、ときどきはマニュアルフォーカスを使った方がいい。
 置きピンというのは単にテクニックだけの話ではなくて、ピントを正しく認識するための方法論でもある。

 感覚的に写真を撮っていると、上手く撮れたときの再現性が低くなる。理屈が分かった上で正しく撮れれば、理論上は何度でも再現できるということになる。もちろん、実際に同じ条件というのはほぼないから、いつも上手くいくわけではないのだけれど。
 ピントや絞りについて曖昧なまま撮っているような人が多いような気がして、今回はこんな話をしてみた。作例やデータを交えながら説明するともっと分かりやすくなるはずだから、機会があればもう少しこの続きもしてみたいと思っている。
 もともと美的センスがあって感覚的にいい写真が撮れてしまう人もけっこういる。ただ、それでもピントの重要性と意味だけは知っておいた方がいい。
 ピントはカメラが決めるんじゃない、自分の意志が決めるのだということを。
 

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コメント
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No title

このシリーズは期待できる。

2016-01-03 07:07 | from keiichi_w

週一くらいで

>keiichi_wさん

 こんにちは。
 読んでいただいたようでありがとうございます。
 今のところ、週一くらいのペースでやっていこうと考えてます。
 毎週土曜日とか。

2016-01-03 23:06 | from オオタ | Edit

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