味鋺神社に立ち寄る - 現身日和 【うつせみびより】

味鋺神社に立ち寄る

OLYMPUS E-M5 + Panasonic LEICA 25mm F1.4



 名古屋市守山区から庄内川を渡ればそこはもう春日井市というイメージがある。しかし実際は、名古屋空港があるあたりまで北区として名古屋はぐっと入り込んでいる。
 味鋺は春日井市だとずっと思っていた。北区ということを知ったのはつい最近のことだ。
 これは「あじま」と読む。少し北へ行くと味美で、これは春日井市だ。読み方は「あじよし」となる。
 このあたりはあまり土地勘がなくてよく知らなかったのだけど、最近、庄内川の夕景を撮るためにちょくちょく出向いていて、少し馴染みになった。
 自転車で走っているとき、少し入ったところに神社が見えたので寄ってみると、味鋺神社とある。式内社ということで、これは挨拶しておかないといけないとなった。
 隣にも立派な寺があって気になった。




味鋺-2

 案内板を読むと、物部氏ゆかりの神社とある。
 ついこの前、尾張氏ゆかりの尾張戸神社で初詣をしてきたばかりなのに、こんなところで物部氏の神社に参ることになるとは思わなかった。
 尾張地方における尾張氏と物部氏はライバルのような関係で、ともに古くからこの地を治めていた有力な豪族だった。そのへんの話をすると長くなるので、今回は省略したい。簡単にいえば、発展した尾張氏と没落した物部氏ということになるのだけど、話はそう単純でもない。
 ライバルといっても必ずしも敵対していたわけではないので、物部氏の痕跡も打ち消されたりせず残っている。代表的なのが 高牟神社や東区の物部神社などだ。熱田神宮は尾張氏にゆかりの深い神社だけど、摂社の高座結御子神社は物部氏の神を祀っている。
 それと、味美にある二子山古墳などの古墳群は物部氏のものだったといわれている。味鋺にもかつてたくさんの古墳があったことが知られている。
 ついでに書くと、庄内川や矢田川を挟んだ南エリアに、羊神社や別小江神社、綿神社とった式内社が集まっている。
 犬山の青塚古墳のときにもちらっと触れたけど、古墳時代は今よりも海岸線がぐっと内陸の方にあったので、今の名古屋よりも北エリア周辺に中心部があったようだ。熱田地区に下っていったのは、あとになってからだろう。
 尾張氏、物部氏についてはまたそのうちに。




味鋺-3





味鋺-4





味鋺-5

 味鋺神社の創建年は伝わっていない。
 主祭神は、物部氏の始祖とされるウマシマジ(宇摩志麻遅命)。「日本書紀」では可美真手命(ウマシマデ)、「先代旧事本紀」では味間見命(ウマシマミ)と表記される神だ。
 ウマシマジを祀った有名な神社といえば、島根県大田市の物部神社がある。奈良県天理市の石上神宮でも配神として祀っている。
 いずれにしても、味鋺、味美あたりが尾張物部氏の中心地だった時期があったと考えてよさそうだ。




味鋺-6

 隣接する味鏡山護国院。
 奈良時代の745年頃、行基が創建したと伝えられる古刹だ。創建当時は、薬師寺だったという。
 かつては味鋺神社の神宮寺だったと考えられる。




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味鋺-8





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味鋺-11





味鋺-12

 こうなると、流れで羊神社や別小江神社も行っておかないといけないような気分になってきた。12年に一度の羊神社フィーバーもそろそろ収まった頃だろう。

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