夏に生き夏に死すセミたちは今最後の命を燃やす 2006年9月4日(月) - 現身日和 【うつせみびより】

夏に生き夏に死すセミたちは今最後の命を燃やす 2006年9月4日(月)

遅れてきたニイニイ?

PENTAX SP+Super Takumar 55mm(f1.8)+Kodak ULTRA COLOR 400UC



 小幡緑地を歩いていると、ツクツクボウシとアブラゼミとヒグラシの合唱が頭の上から降りそそいでくる。行く夏を惜しむかのように精一杯命を燃やして鳴いているのだろう。夏よ行かないでという気持ちは私たちよりも彼らの方がずっと強くて切実なものだ。
 鳴き声を聞きながら、そういえば最近ツクツクボウシを見てないなと思う。写真に撮ってるのもアブラゼミとクマゼミだけだ。ここはひとつ、夏の最後の撮っておこうと、ツクツクホーシ、ツクツクホーシと鳴く声の方に静かに近づいて撮ったのがこの一枚だ。でも、ちょっと待ってくださいよ、これってツクツクですか? ニイニイゼミじゃないですかい? このまだら模様の茶色い翅はニイニイっぽい。けど、ニイニイゼミはハルゼミに続いて夏一番で鳴き始めるセミのはず。9月まで鳴いてるものだろうか。遅刻ニイニイなのか? なんとなく模様もニイニイゼミじゃないような気もする。とはいえ、名古屋市内で普通にいるセミとしては、アブラゼミ、クマゼミ、ミンミンゼミ、ヒグラシ、ニイニイゼミくらいなものだから、となると消去法でニイニイということになる。一応そういうことにしておこう。

 子供の頃はたくさんいたニイニイゼミも、いつの間にかめっきり少なくなった。セミ獲りに行くとアブラゼミの次によく見つかって、アブラゼミに次いで人気がなかったやつだった。その地味な翅と小さい体が子供には受けが悪かった。クマゼミなどの大きくて翅が透明なやつほど大物としてもてはやされたものだ。今となってはかえって希少価値に思える。
 体の大きさは3-4センチほどと、セミの中ではかなり小さい。頭と体は少し緑がかった灰褐色で、腹は黒い。翅は焦げ茶のまだらなので、木の幹にとまっていると溶け込んでしまってなかなか見つけることができない。好んでとまる桜の木の色とは特に似ている。
 北海道から沖縄まで広く分布していて、沖縄のものは少し種類が違うようだ。朝鮮半島などにもいるらしい。世界的にみると、ニイニイゼミ属がセミの中で一番広く分布するというから、日本のニイニイゼミも暑さ寒さには強い方なのだろう。警戒心の弱さからすると耐性が高いというよりも鈍いとも考えられる。
 枯れ枝などに産みつけられた卵はひと月半ほどでかえる。他のセミが孵化までに1年くらいかかるのに対してニイニイはやけに早い。幼虫は地面にポトリと落ちて、もごもごと土の中に潜っていき、地下で7年の時を過ごす。その時間はセミにとって長いのか短いのか。
 幼虫は何を食べて生きてるだろうと不思議に思ったことはないだろうか。実はやつら、土の中で木の汁を吸っている。大人のセミが何を食べているのか知らない人もけっこういるかもしれない。彼らは尖った口を木の幹に突き刺して、樹液を吸っている。だから、捕まえてきたセミをスイカに乗せておいても育てることはできないのだ。
 ニイニイゼミの抜け殻を見たことがある人は多いと思う。地面から低い位置で羽化するということもあるけど、ニイニイだけが抜け殻に土が付いているから他のものと区別することができるというのもあるだろう。なんでニイニイだけあんなに土まみれなのかはよく分かってないらしい。湿った土を好むからという話もあるのだけど、それだけでは説明できないようにも思う。単に殻の材質が汚れやすいものというだけの理由かもしれない。

 鳴き声は、チチッ、チ、チーーーーーーーーー、シーーーーーーーーという感じで、地味だ。ツクツクボウシやミンミンゼミのようにムキになって鳴いてない。けど、このチーーーーーーーという鳴き声があったからこそ、芭蕉の「閑さや岩にしみいる蝉の声」という句が生まれたに違いない。
 かつて、あれはアブラゼミだ、そうじゃないニイニイゼミだという論争があった。なんだその子供のケンカみたいなのはと思うかもしれないけど、片方のアブラゼミ派が歌人の斎藤茂吉だったというからちょっと面白い。それに対するニイニイゼミ派は国文学者の小宮豊隆で、しまいには現地まで行って確かめようじゃないか、いいですともそうしましょうということになって、実際に出向いているというのも楽しいエピソードだ。行ってみるとアブラゼミもニイニイゼミも両方鳴いてた、というオチで終わったかに思えたが、芭蕉が訪ねた7月13日(新暦)にもう一度確かめに行ったら、やっぱりニイニイしか鳴いてなくて、斎藤茂吉がまいったということになり、それ以来あれはニイニイゼミだということで落ち着いた。感覚的にいっても、岩にしみいるのニイニイの鳴き声だと私も思う。
 でも、ニイニイゼミの名前の由来が鳴き声だというのには納得できない。どう頑張って聞いてもニイニイと鳴いてるとは思えない。

ツクツクボウシのシルエット

 こちらは鳴き声の発信源ということを確認して撮ったから、ツクツクボウシに間違いない。大きさは4-5センチほどで、日本全国の山林から都市部周辺まで幅広く生息している。アブラゼミほど都会派ではないけれど。国外では朝鮮半島、中国、台湾あたりにもいるそうだ。
 透明な翅と黒っぽいスマートな体が特徴で、抜け殻も薄茶色でほっそりしている。
 警戒心は強い方で、近づくとすぐに飛んで逃げていく。アイもアブラゼミやクマゼミはよく生け捕りにして持ち帰ってくるけど、ツクツクボウシはない。それだけすばしっこいということだろう。
 これはオスメスの区別がつけやすい。メスは腹の先端に産卵管があるので細く伸びている。オスは写真のようにつるんとしている。
 鳴き始めるのは7月の下旬からなのに、なんとなく夏休みの終わりを告げるセミのように感じるのは、その時期になると他のうるさいセミたちの鳴き声が静かになるからだ。ツクツクはそのまま9月の終わりから10月の始めくらいまで鳴き続ける。

 ところでツクツクボウシの鳴き声を訊かれたとき、あなたはどう表現して説明するだろうか?
 私は単純に、ツクツクボーシ、またはツクツクホーシと鳴くものだとずっと思っていた。物心ついて30年以上疑ったことさえない。ところが、辞典や図鑑によると、「オーシーツクツク」と鳴いているというのだ。ホントかよ。そんな話、聞いたことなかったぞ。でも、それが一般的な学説でもあるというからびっくり。今日、初めて知った驚愕の真実(そんな大げさな)。なんだか信じられない。
 ツクツクツクツクと前奏を入れてから、オーシーツクツク、オーシーツクツクと鳴いてるらしい。そして、最後にジィィィィィーーーで締めくくる。近いうちにもう一度よく耳をすませて確かめてみよう。行く夏が、惜しいつくづく、惜しいつくづく、と鳴いているというのが本当かどうか。

 気がつけば街中でセミの鳴き声を耳にすることがほとんどなくなった。夜にはもう虫の音が聞こえる。暑さは居座っていても季節はもうどうしようもなく秋に入っていっている。
 夏はいつも、終わってしまうとあっけない。長いと思っていた夏休みが物足りないまま終わってしまうような感覚は、大人になっても変わるものではない。たぶん、この先もずっと。
 9月になったとたん、人はまるで夢から覚めたように浮かれ気分から正気に戻り、平常の生活へと戻っていく。海の家も、もう畳まれたことだろう。
 蝶やトンボも近頃はぐっと少なくなり、いよいよ写真の被写体も秋へと移り変わっていく。秋には秋に撮りたいものがたくさんあるから、それは悲しいことではないけれど、やっぱり夏の終わりを惜しむ気持ちは抑えようがない。夏の出来事は、なんだかすべてが夢のようでさえある。
 夏は行くけど、私たちには次の季節がある。その次も、またその次も。セミは暑い夏しか知ることが出来ない。日本には秋の紅葉も、春の桜も、冬の雪景色もあるのに。彼らは地面の下でそんな季節の巡りを感じているのだろうか。もしセミが、自らの意志で夏を生の最後として選んでいるのだとしたら、それは実に潔い生き様だ。夏に生き、夏に死す。短く生きるには、夏という季節はもっとも適した季節に違いない。

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