北九州にて <4> - 現身日和 【うつせみびより】

北九州にて <4>

北九州4-1

SONY α55 + SONY 35mm f1.8



 ノーフォーク広場に着いた。門司港駅からまっすぐ歩けば30分ちょっとの距離ながら、あちこちふらついていたからすでに1時間半ほど経っていた。
 フォークがノーとはどういうことかと思いきや、姉妹都市のアメリカ、バージニア州ノーフォーク市にちなんで名付けられたんだそうだ。
 ここから山の方に登っていた上にある門司城は、1185年に平知盛が家臣に命じて築城させたもので、戦国時代には何度も戦の舞台となり、江戸時代前期に廃城となっている。
 戦といえば、目の前の海は、壇ノ浦の戦いの舞台となったところだ。




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 国際航路となっている関門橋は、大小の船がひっきりなしに行き交っている。
 そういえば、名古屋港で見送った日本丸の次の寄港地が門司港だったから、ここを通ったはずだ。




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 和布刈神社(めかりじんじゃ)の鳥居。
 和布刈というのは、ワカメを刈るという意味だそうだ。地名が先だったのか、神社が先だったのか、よく知らない。
 かなり古くからある神社のようで、社伝によると創建は200年だとか。
 足利尊氏他、この地を支配した大内義弘や、小倉城を築城した細川忠興、小倉藩主の小笠原忠聡などが社殿の再建や灯篭の寄進を行ったという記録が残っている。




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 海のもしもが118番などということは、海から離れたところに暮らしていると、まったく認識がない。日常生活において、海のもしもが起きることの可能性を考えたことさえない。




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 潮の流れは複雑で、渦を巻いている。
 これが安徳天皇や平家一門を飲み込んだ海だ。




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 門司崎をぐるりと回り、門司港レトロ観光線の終着駅、関門海峡めかり駅のある広場にたどり着いた。
 帰りも元来た道をたどるとなるとちょっとしんどいので、帰りは観光トロッコ列車に乗って帰ることにした。




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 列車の時間まで少しあったので、もう少し先まで歩いてみる。
 この先は工場と、工場関係の線路くらいしかなさそうだった。




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 門司港周辺の散策はこれでおしまいとした。
 鹿児島本線に再び乗り込み、小倉駅まで戻った。

 小倉の街歩き編につづく。

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