美濃太田を歩く <3> - 現身日和 【うつせみびより】

美濃太田を歩く <3>

美濃太田3-1

SONY α55 + SONY 35mm f1.8



 太田小学校の一角に、逍遙公園がある。
 ここ美濃太田は、坪内逍遙が生まれたところだ。父親は尾張藩士で、太田宿の代官所の手代をつとめていた。
 その後一家は実家のある名古屋の笹島に移り住み、逍遙は旭丘高校(当時は愛知外国語学校)、一高、東大と進むことになる。
 今は『小説神髄』や『当世書生気質』などを読む人は少なくなっただろうけど、シェイクスピアの翻訳でも知られているし、早稲田の教授もしていたから、そのあたりの関係者にとっては馴染み深い存在であり続けているのかもしれない。
 そんなわけで、ここに逍遙公園が作られているのだった。近くには逍遙ゆかりのムクノキなどもあった。




美濃太田3-2





美濃太田3-3





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 たくさん丸ポストが残っている町だった。




美濃太田3-11





美濃太田3-12

 次回が最終回。
 つづく。

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