失いかけたところで気づくことができた蛍の大切さ - 現身日和 【うつせみびより】

失いかけたところで気づくことができた蛍の大切さ

光らないオバボタル

Canon EOS 10D+TAMRON SP 90mm(f2.8), f3.2, 1/25s(絞り優先)



 今年は蛍とすれ違った。相生山緑地に見に行ったヒメボタルはタイミングが悪くて1匹しか見られず、定光寺や小幡緑地のゲンジボタルはとうとう行けずじまいだった。去年たくさん見たけどまた来年は見に行こう。そんなことを思いながら海上の森を歩いていると、目の前を小さな黒い虫がふ~っと飛んだ。あ、純。じゃなくて、蛍。独特のゆるやかな飛行ですぐに分かった。とまったところにそっと近づいて見てみると、やはり蛍に間違いない。でも、ちょっと待て。キミは誰? ゲンジでもなくヘイケでもない。もちろんヒメでもない。蛍には違いないんだけど、何かが違う。雰囲気というか、背中の質感が。なんとなく釈然としないまま家に帰ってきた。
 帰宅後、調べてみると、オバボタルと判明。やっぱり蛍だったんだ。しかし、光らないと分かって評価は激減。光らない蛍はただの虫だ、と森山周一郎の声で言ってやりたくなった私であった。

 オバボタルのオバは、沖縄のおばぁとは関係なく、姥で、老女の顔をかたどった能面から来ているらしい。何故、姥蛍と呼ばれるのかはよく分からない。能面とは似てない。
 体長は1センチ前後で、前胸に2つの赤い斑点があって、尾の部分にもちょんと赤い点がある。一見ヘイケボタルに似ているけど、触角が違う。光る蛍の触角が退化して小さくなっているのに対して、光らない蛍は触角が大きく長く発達している。これは、光の代わりにフェロモンでメス、オスが呼び合うためにそうなった。メスは飛ばずに匂いを発し、オスは発達した触角でそれを探し当てて飛んでいく。だから、メスは飛ばない。羽が退化して飛べなくなっているのだ。私が見たこいつはオスということになる。
 一応発光器を持っているらしいのだけど、光らずに匂いで行動するそうだ。これは退化ではなくむしろ進化だという。確かに光るというのは自分の身を危険にさらすことになるし、確実性も低い。現代社会には即さない生き方と言えるだろう。
 本州から九州、朝鮮半島に生息していて、昼間活動している。街の公園などにはいないけど、森や林ではさほど珍しい蛍ではないようだ。
 幼虫は陸生で、雑木林の朽ち木や石の下で生活し、小さなミミズや虫を食べて育つ。成虫が見られるのは6月の終わりから7月にかけてだ。

 日本の代表的な蛍としては、ゲンジボタルとヘイケボタルがすぐに思い浮かぶ。光る蛍ということでは、ヒメボタルなどがいるけど、光る蛍というのは圧倒的少数で、大部分の蛍は光らない虫なのだ。昼間活動するものは光ってみても仕方がないとも言える。世界にいる蛍は約2,000種類。日本では45種類ほどいて、その中で一応光るのは14種類だそうだ。メスだけ光るやつもいるらしい。
 それから、蛍というと水辺にいるものというイメージが強いけど、世界で水生の蛍は5種類しかない。その中の4種類が日本いるというのもちょっと驚きだ。ゲンジとヘイケの他に、クメジマボタルとイリオモテボタルがいる。
 川沿いや田んぼで、光る蛍の乱舞が見られるのは世界の中で日本だけと言ってもいいかもしれない。
 一般的に見られるのは、ゲンジボタル、ヘイケボタル、ヒメボタルの3種類くらいだろうと思う。見られるシーズンは、ヒメボタルが5月の中旬から下旬にかけて、ゲンジボタルが6月中旬から7月上旬、ヘイケボタルが7月から8月にかけてとなる。夏休みに田舎で蛍を見たなんていうときは、たいていヘイケボタルだ。見分け方は、背中の黒い部分が十字なのがゲンジで、縦一本ならヘイケだ。

 蛍の名前の由来は、「星垂」と「火垂」のふたつの説があるようだ。光る様子を星に見立てたのか、火に見立てたのか。すでに「日本書紀」に登場してることから、星垂の方が有力だそうだ。
 ゲンジとヘイケを区別するようになったのは江戸時代あたりからではないかと言われている。ゲンジは「源氏物語」の中に出てくる「源氏 蛍の光を借りて玉かずらの容姿を示す」から来ていて、それに対して体の小さい蛍を平家になぞらえたのではないかということだ。

ホタルガ

 これは特別参加のホタルガ。黒い羽と赤い顔のカラーリングからそう名づけられたのだろう。でも一番目立つのは白い線だ。それと、立派な触角。格好いいというか、不気味というか。
 こいつも昼間活動する蛾で、ヒラヒラと頼りなげに林などで飛んでいる。捕まえると死んだフリをするらしい。しかも食べると不味いらしく、鳥も相手にしないんだとか。
 不味くて不気味な格好をしてるということが、自然界では最強かもしれない。食べられることもなく、人間に捕まることもないのが一番だから。

 蛍のシーズンは、まだもう少し続く。これからはヘイケボタルが見られるだろう。ただし、ゲンジボタルは小学生が池に放したり、町ぐるみで蛍の飛ぶ里にしようという試みをしていたりしているのに対して、ヘイケボタルを飼育、放流してるというのはあまり聞かない。見られるところでは普通にいるんだろうけど、それが具体的にどこなのかは現地の住人などの情報を聞かないと分からないところだ。ネットでも確実な情報を得るのは難しい。
 いつまでも蛍が見られる日本であって欲しいと願うのはセンチメンタルというもの。どんな生き物もやがては消える。ただ、ギリギリのところで踏みとどまって、わずかでも蛍が残るといいなと思う。当たり前に見られるようになんて贅沢なことは言わないから。

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