大野町散策 <2> - 現身日和 【うつせみびより】

大野町散策 <2>

大野町2-1

SONY α55 + MINOLTA 50mm f1.4 / 170-500mm



 新舞子から大野町へ向かう途中、大草城跡にも立ち寄っていった。
 遠くの山の上に見えているのは、このあとに行った大野城の模擬天守だ。直線で1.5キロくらいの距離だ。


大野町2-2

 大草城の模擬天守というか、展望台。
 そもそも大草城は未完成のまま廃城になったので、天守閣は建てられなかったと思われる。
 このあたりの土地は当時、佐治家の支配下にあり、1574年に佐治信方が長島一向一揆で命を落とし、息子の佐治一成が跡を継いでいた。
 NHK大河「江」を観ていた人なら分かると思うけど、佐治一成はお江が最初に嫁いだ人物だ。
 1582年の本能寺の変のあと、お市の方は三姉妹を連れて、越前国北之庄の柴田勝家と再婚するも、翌年、賤ヶ岳の戦いで柴田勝家が敗れると、三姉妹は秀吉の元に引き取られることになる。
 お江が佐治一成と結婚したのは、その翌年、1584年のこととされている。まだ11歳とか12歳の頃だ。
 本能寺の変のあと、秀吉は信長の弟・織田長益を送り込み、知多の支配を任せた。
 長益はのちに有楽斎を名乗る織田有楽斎のことで、茶人として成功することになる人物だ。犬山にある国宝の茶室・如庵でもお馴染みとなっている。
 最初、織田長益は大野城に入るも、大草に新しい城を築くことにした。
 しかし、築城途中に起こった小牧・長久手の戦いで状況が変わり、織田長益は摂津に所領替えとなり、城は未完のまま廃城となってしまったのだった。
 ただ、廃城になったのちも、防衛上の理由から江戸時代になっても守られたため、現在でも遺構がかなり残されている。


大野町2-3

 展望台から見る風景。さほど遠くないところに伊勢湾が見えている。かつての海岸線は、もっと近かったものと思われる。
 町並みは大きく変わったけど、ここから見る海はそれほど変わっていないかもしれない。


大野町2-4

 土塁や堀などが残っている。


大野町2-5

 三方を水堀が囲んでいる。
 小さな城跡でここまで水堀が残っているのは珍しい。


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 大草城をあとにして、大野城に向かった。


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 行ったのは10月のことだから、NHK大河はまだ続いていた頃だ。
 あちこちにお江絡みののぼりがあって、観光客を呼び込もうという姿勢は見られた。


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 大野城の模擬天守。これも展望台。
 大野城の歴史は古く、鎌倉時代までさかのぼる。築城年や築城者ははっきりしていないようだ。一色氏あたりが建てたのだろうとされている。
 のちに尾張守護の土岐氏が取って代わり、その家臣の佐治宗貞が近江国甲賀から移ってきたという流れらしい。
 佐治一成は4代目で、父親の佐治信方は信長の妹のお犬の方を正室にしていた。なので、一成は信長の妹を母に持ち、姪を嫁にしたということになる。
 一成は小牧・長久手の戦いで信雄・家康の方についたため、戦いのあと所領没収され追放となった。
 お江とはこのとき秀吉によって離縁させられている。お茶々病気の偽手紙でお江が呼び戻されたというエピソードがドラマで描かれていたけど、本当かどうかは分からない。


大野町2-11

 展望台から眺めると、眼下に伊勢湾が広がっている。
 ちょうど西向きだから、海に沈む夕日がよく見えるはずだ。
 幼き日のお江も、ここから海を眺めたのだろうか。


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 大小様々な船が行き交う。


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 パノラマの風景。


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 佐治氏を祀る佐治神社が建てられている。


大野町2-14

 知多の大草、大野というのは、そんな歴史のある町なのだった。

 つづく。

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