車がスポーツを目指した時代 <トヨタ博物館・第4回> - 現身日和 【うつせみびより】

車がスポーツを目指した時代 <トヨタ博物館・第4回>

トヨタ博物館4-1

PENTAX K-7+TAMRON 28-78mm f2.8



 トヨタ2000GTを抜きにトヨタ自動車は語れない。トヨタはもう、トヨタ2000GTを超える車は作れないだろう。これは生まれたときから伝説となることを宿命づけられた車だった。
 発売は1967年。生産終了までの3年間で、337台が生産された。
 発売当時の価格は238万円。現在の価格に換算すると2,000万円程度とされる。しかし、何しろ生産台数が少なかったから手に入れるのは難しかったことだろう。
 私はスーパーパーブームのときに、走っているのを何度か見たことがある。現在は何台くらい動ける状態で現存しているのだろう。
 今でも間近で見ると、胸の高鳴りを感じる。こんなに見ているだけでワクワクさせてくれる車はめったにあるものじゃない。ただカッコイイとか速いとか、それだけでは語り尽くせない。何か持っているというやつだ。
 これだけ高額な販売価格だったにもかかわらず、トヨタは作れば作るほど赤字だったという。当時の最先端技術を惜しみなくつぎ込み、最高の素材を使って、手間暇かけて作ったことで、まったくコストに見合わないものとなった。社名を高めるための宣伝費と考えれば安かったかもしれない。
 実はこの車、実質的にはヤマハ発動機が作った。トヨタはボディのデザインと販売をしたくらいで、エンジンもシャーシも内装も、組み立てまでもヤマハでやっていた。このときのトヨタは、スポーツカーに関するノウハウをほとんど持っていなかったのだ。ヤマハはオートバイで培った技術に加えて、楽器作りの知識や技術まで導入して、こいつを作り上げた。
 ヤマハはそれだけの技術力を持ちながら、何故か自動車業界に進出することはなかった。F1などにエンジン提供をしていたのに、自動車メーカーになろうとはしなかった。トヨタ2000GTは、ヤマハが作った最初で最後の最高傑作という言い方もできるかもしれない。
 もし、トヨタ2000GTの試乗会が行われるとなったら、全国からたくさんのおじさんたちが押し寄せることになるだろう。

トヨタ博物館4-2

 三菱 コルト ギャラン GTO-MR型。1971年。
 パッと見、セリカかと思ってよく見ると、コルトギャランだ。
 なかなか硬派な車で、昔も今も根強い人気がある。
 三菱は自分も周囲も縁がなかったけど、なかなか渋い車を作っている。

トヨタ博物館4-3

 いすゞ 117クーペ PA90型。1970年。
 いすゞといえば117クーペという時代が長く続いた。全盛期は1970年代だったろうけど、90年代に入ってもけっこうよく見かけた。販売に関しても息の長い車だった。
 かなり独特のデザインで、当時も異彩を放っていたけど、今見てもそれは変わらない。好きな人にはたまらないよさがあったのだろう。

トヨタ博物館4-4

 ダットサン フェアレディ SP310型。1963年。
 その後のフェアレディZの元になったスポーツカーだ。第1回日本グランプリ1300~2500ccクラスの優勝がこの車だった。
 1960年代に入ると、人々は車に利便性や快適性だけでなく、スポーツの要素も強く望むようになっていった。日本車もレースに参加するようになり、一般向けの車もスポーツカーというジャンルが確立されていった。

トヨタ博物館4-5

 ホンダ S500 AS280型。1964年。
 ホンダ初の四輪自動車は、チャレンジャーのホンダらしく小型スポーツカーだった。
 販売期間は1963年10月から12月にかけてと、きわめて短いものだったにもかかわらず、ホンダ初期の代表作として長く語られてきた。
 バイクの技術を流用した左右別チェーン駆動というちょっと驚きのデザインで、走行中にチェーンが切れると恐ろしいことになるらしい。
 こんな車をセカンドカーとして所有していると、カーライフは楽しくなりそうだ。

トヨタ博物館4-6

 トヨタ7。1970年。
 いきなり時代が飛んだかと思わせて、実はこの車、1968年に開発されたものだ。
 トヨタ2000GTではレースに勝てないということになり、レース専用の車として開発されたのが、このトヨタ7だった。このときもやはりヤマハの力を全面的に借りている。
 1968年製とは思えないほど外観の完成度は高い。今のレースで走っていてもあまり違和感がないような気がする。

トヨタ博物館4-7

 プリンス R380-I。1966年。
 プリンス自動車工業が開発した日本初のプロトタイプレーシングカー。
 元々、スカイラインやグロリアを持っていたのはプリンスで、その後ニッサンに吸収合併されて、日産プリンスとなった。この車も、のちにニッサンプリンスR380と改められた。
 レースにおいてポルシェを破るなど、日本レーシング界初期を代表する車だ。

トヨタ博物館4-8

 ニッサンプリンス スカイライン 2000GT-B S54型。1967年。
 日本で初めての本格的なグランド・ツーリングカー(GT)で、スカG神話はここから始まった。
 これも元はプリンスが開発した車だ。
 この後、ハコスカ、ケンメリ、鉄仮面、R31、R32 GT-Rへとつながっていくことになる。

トヨタ博物館4-9

 MR2になってしまうと、完全にオンタイムだから懐かしさはない。今でもごくたまに見ることがある。
 日本初の量産型ミッドシップスポーツカーで、当時の走り屋には人気が高かった。走りは楽しいという評判だった。
 完全な2シーターと思われがちだけど、無理すれば後部に乗ることもできる。車内はエンジン音がかなりうるさくて、落ち着いた会話ができなかった記憶がある。マフラー交換なんかしてると余計に。
 それにしても、最近のトヨタはこういう面白い車を作らなくなってしまった。ホンダもそうだ。若者が買えるスポーティーカーの需要はあると思うのだけど。

トヨタ博物館4-10

 愛・地球博にトヨタが出展したi-unit。
 立った状態の低速走行と、寝た状態の高速走行ができる。
 近い将来、車は乗るものではなく着るものになるというのが、トヨタが出した一つの答えだ。
 子供の頃は、自分が大人になったときには、車は空に浮かぶ透明のチューブに入って走っていると思っていた。未来は思ったよりもやってこないものだ。

 次回は最終回で、新館編をお送りします。
 つづく。

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コメント
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117クーペって

117クーペってジウジアーロがデザインしたんでしたっけ?

2000GTはバッチが七宝焼きで出来ているんですよね
ヨタハチとともに、トヨタの代表作でしょうね

一時、本気でヨタハチに乗ろうかと考えた時があります
あの車って、ヒーターが特殊なのか?
なんかガソリンの通り道と近かったのか?
うろ覚えですがそれがちょっと「後一歩」踏み出せない理由でした。

2011-01-16 12:29 | from ただとき | Edit

車好きは親父の影響

こんにちは。トヨタ博物館は何年か前に一度行っています。

2000GTはいいですね~ さすがはボンドカーに選ばれるくらいの
美しさです。トヨタも現社長はモータースポーツ好きなので、
今後の開発にはちょっと期待したいですね。
117クーペは親父が欲しかった車だそうです。その時は経済的に車を
買える余裕がなく、とても残念だったと言ってました。
自分的には国産では初代カローラ・レビン(今でも欲しい)と2代目RX-7、
外車だったらフォードGT40(ルマン24時間 4連覇した)が好きな車です。

ホンダもS2000が生産中止、F1撤退でスポーツカーとのかかわりが
なくなったので、社内ではハイブリッドNSXの開発をしようかという
動きが出ているそうです。

2011-01-16 13:08 | from mihopapa | Edit

ジウジアーロ

>ただときさん

 こんにちは。
 わー、ジウジアーロって、懐かしい響きだ。
 ジェミニとか、いろいろ日本車のデザインもしてたんですよね。
 あのフォルムは独特でした。

 2000GTのバッチが七宝焼きって知らなかったです。
 七宝焼きって、この地方の特産だったような。

 トヨタスポーツ800もありましたね。
 今乗ると、メンテナンスが大変そう。(^^;

2011-01-17 01:22 | from オオタ | Edit

やはり外せない

>mihopapaさん

 こんにちは。
 乗り物好きのmihopapaさんとしては、やっぱりトヨタ博物館は行ってましたか。
 一度行ったら充分と思ってたけど、撮りこぼしたものもあるし、何か面白い企画展のときにもう一度行きたいと思ってます。

 親父さんは職人で趣味人だったんですね。
 mihopapaさんはその影響だったんですか。
 みほちゃんはどうなんだろう。

 ホンダは、CR-Zであっち方面に行ってしまいましたね。
 もっと気軽に楽しめるライトウェイトスポーツカーは、もう発売されないのかな。
 いまでもたまにハチロクを見かけるけど、ああいう車がまた出てきたら楽しいだろうに。

2011-01-17 01:27 | from オオタ | Edit

No title

博物館を設置して,往年の名車をいつでも観られるのはいいと思いますヨ。だけど,『それでおしまい』という人が大半じゃないでしょうか?なんかこう,『そこのあなた,良い構想お持ちならぜひ提案してください。具現化お手伝いしますよ』という宣伝は全くないし。特に募集はしない,企画・設計は会社スタッフのみ…興味を惹かれる機会も人も減る一方だと思います。極めつけは,『子供にデザイン画を描いてもらい…』一見柔軟な姿勢に見えますが,採用なんかまず『ない』。『何がやりたかったのか』と思います。技術面では多機能で信頼性研がれてるでしょうが,『前とそう変わらない内装・外観』という印象ばかり受けます。ワクワクできないというのは,クルマの存在価値にとって,致命的な問題点だと思います。

2016-07-16 11:46 | from CHOCOMAKA

車の未来

>CHOCOMAKAさん

 こんにちは。
 トヨタ博物館は、すべて動態保存というのがなかなかすごいと思います。いつでも走れるようにメンテナンスをしているとか。
 いろいろ展示に工夫もして、定期的にイベントもやってはいるものの、何回も行きたいところではないかもしれません。イベントなどは行けば楽しめると思うのだけど。

 私自身、車から離れてもう5年くらいになりますが、なければないでなんとかなってしまうものです。
 次に車を買うとしたら、どうしても必要に迫られるか、絶対乗ってみたいと思わせる車が出るか。
 昔は確かに車を所有することも、運転することもわくわくとドキドキがあったのに、いつの間にかなくなってしまったのは寂しいことです。
 自動運転ではますますドライビングする楽しみから遠ざかりますね。

2016-07-16 22:13 | from オオタ | Edit

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