飛鳥で開放感を味わう <第四回> - 現身日和 【うつせみびより】

飛鳥で開放感を味わう <第四回>

飛鳥4-1

PENTAX K-7+PENTAX DA 16-45mm f4



 飛鳥坐神社をあとにした頃、ようやく雨があがった。
 飛鳥の地は、山に囲まれているものの、空間的な広がりを感じる。高い建物がなく、民家も密集していない。田んぼも多く、何もないような土地も広がっていて、心地よい開放感がある。久しぶりに建物の圧迫感がない自由さを感じた。
 サイクリングの効率性も捨て難いけど、やはり飛鳥は歩きが合っているように思う。時間をかけてゆっくり歩いていると、飛鳥時間とでもいうべきのんびりしたリズムに少しずつ体が馴染んでいく。
 初めて訪れたのが、冬の雨の日だったというのは、かえって幸運だったかもしれない。良い季節の晴れた日に訪れていたら、自転車で回っただろうから、今回感じたようなことを知らずに終わっただろう。
 飛鳥の旅も、ここから終盤に入る。

飛鳥4-2

 歩いている途中で、水落遺跡の案内標識があったので、ちょっと足を伸ばして寄っていくことにした。
 660年に、中大兄皇子が日本で初めての水時計(漏剋)を作ったとされる場所だ。日本書紀に記述があり、場所が書かれていなかったものが、1981年に飛鳥寺の北西で見つかった。
 飛鳥川から水路で引いてきた水を吸い上げ、段々に流れ落ちる装置から水を流して時間を知るというものだ。
 時計台も備えられており、鐘や太鼓で都の人々に時を知らせたようだ。
 日本が律令国家となっていくために、時を支配することもまた必要なことだった。人々が日々の暮らしの中で時間に縛られるようになったのは、このあたりの時代からだ。

飛鳥4-3

 飛鳥寺の北あたりは少し民家が集まっている。寺町っぽい路地もあり、風情が感じられる。

飛鳥4-4

 酒屋さんが簡易郵便局を兼ねている。
 飛鳥の遺跡が点在しているエリアには、便利な店や娯楽施設のようなものはほとんどない。歩いた道では喫茶店さえ見かけなかったような気がする。
 明日香村には規制があるのかもしれない。村境を超えて町に入ると、がらりと様相が変る。普通の住宅地になり、店もある。近鉄の駅前は、他の地方都市と変わりはない。

飛鳥4-5

 飛鳥川の流れ。昔はもっと川幅や水量があったのではないかと思う。

飛鳥4-6

 甘樫丘(あまかしのおか)を登っていく途中に、桜がわっと咲いていて、一瞬目を疑った。
 フユザクラやジュウガツザクラはよく見るけど、こんなにたくさんの花をつけない。
 木にかけられたプレートを見ると、ひまらや桜とある。帰ってから調べたら、ネパールの皇太子から贈られた桜ということで、ヒマラヤザクラと名付けられたそうだ。
 この時期に咲くのは間違いではなくて、12月が最盛期らしい。

飛鳥4-8

 甘樫丘から飛鳥の地を見渡す。
 標高148メートルほどの小山で、この丘の麓と中腹に、蘇我蝦夷、入鹿親子の邸があったとされている。どうやら東の麓だったようで、邸の一部と見られる遺跡も発掘されている。

飛鳥4-7

 甘樫丘からは、香具山(かぐやま)、畝傍山(うねびやま)、耳成山(みみなしやま)の大和三山が見える。
 上の写真に写っているのは、畝傍山のはずだ。
 百人一首の「春過ぎて 夏来たるらし白たへの 衣干したり天の香具山」という持統天皇の歌を覚えている人も多いと思う。
 飛鳥行きは、これまで教科書や歴史書の中にだけ出てくる縁遠かった人たちを、身近に感じさせてくれる旅となった。

飛鳥4-9

 もしかしたら雨上がりの夕焼け空が見られるのではないかと期待したのだけど、そこまではいかなかった。もう一度、飛鳥の地と空を見渡して、これでもう帰ることにした。

飛鳥4-10

 上の写真は、帰り道の途中、どこかの池で撮ったものだ。水没した鳥居に十字架が乗っているように見えた。
 甘樫丘から橿原神宮前駅までの道のりは遠く感じた。道に迷ったこともあって、1時間近くかかってしまった。途中に見所らしいものはなかった。
 時間があれば橿原神宮も寄る予定だったけど、日没で断念した。
 今回はあえてすべて回らず、もう一度行きたくなるように、ある程度残した。
 一番見たいのは、秋の飛鳥だ。稲が黄金色に輝き、彼岸花が咲く田んぼ風景というのが、自分の中の飛鳥風景としてある。もう一度飛鳥は自分を呼んでくれるだろうか。
 終わり。

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