金にまつわる信長と神社の話 <岐阜旅第二弾・その3> - 現身日和 【うつせみびより】

金にまつわる信長と神社の話 <岐阜旅第二弾・その3>

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PENTAX K-7+PENTAX DA 16-45mm f4



 岐阜駅前に、金ピカの信長像が建っている。去年できた。
 甲冑を身につけ、マントを羽織り、手には西洋風のカブトと火縄銃を持っている。評判はあまり芳しくないようだけど、話題にはなった。
 背後の高層ビルは、シティタワー45だ。展望台に登ろうかと思っていたのだけど、結局行けなかった。
 この地は、もともと、井ノ口と呼ばれていた。斉藤氏の稲葉山城を攻略して、信長がここを拠点としたとき、岐阜と改められた。天下布武の印を使うようになったのは、そのときからだ。
 駅前の信長像は、岐阜市制120周年記念として作られたものだ。3,000万円もかかったらしい。

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 訪れたのは11月の終わりということで、駅前はイルミネーションの準備中だった。
 クリスマスは終わってしまったけど、2月14日までのロングランということで、まだ続いている。

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 岐阜の神社巡りは金神社から始まった。
 のつもりだったのだけど、場所を間違えて、違う神社に着いてしまった。これは近くの八幡神社だったと思う。
 落ち葉がワッと舞って、ちょっといいシーンだった。

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 賽銭箱に挟まった折り鶴が一つ。
 お願い事をするのに、必ずしも現金でなくてもいいのかもしれないと思った。

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 金神社はこちらだった。
 金(こがね)神社と読む。お金好きの人がお願いに来そうな名前だ。
 岐阜市内で一番大きな神社は、伊奈波神社で、美濃三宮とされている(美濃一宮は垂井の南宮大社)。
 金神社、橿森神社、伊奈波神社はなにやら深い関係がありそうで、3つセットで回る必要があった。

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 東の鳥居から入ったものの、なんとなくしっくりこないので、いったん出て、南の鳥居から入り直した。やはりこちらから入るのが筋だろう。

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 なかなか立派な神社で、神職さんだけでなく、巫女衣装の女の人も常駐している。

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 主祭神は、金大神(こがねのおおかみ)。他に渟熨斗姫命(ぬのしひめのみこと)、市隼雄命(いちはやおのみこと)、五十瓊敷入彦命(いにしきいりびこのみこと)、日葉酢姫命(ひばすひめのみこと)の4柱を祀っている。
 どの神様も聞き覚えがない。金大神というのはどんな神様だろう。
 それぞれの関係性がややこしくて覚えられそうにないのだけど、一応説明するとこういうことだ。
 伊奈波神社の祭神が五十瓊敷入彦命で、橿森神社の祭神が市隼雄命、日葉酢媛命は垂仁天皇の皇后で、景行天皇を産んだ。渟熨斗姫命は景行天皇の皇女で、垂仁天皇の第一皇子である五十瓊敷入彦命の妃となり、市隼雄命を産んでいる。
 そんなわけで、関係者をまとめて祭神にしているのだけど、じゃあ金大神はそれら4柱とどんな関係かというと、よく分からない。これら4柱の総称的な呼び名という話もある。
 朝廷の命令で奥州を平定した五十瓊敷入彦命は、ねたみからこの地で討たれてしまい、それを嘆いた妃の渟熨斗姫命がここへやって来て、五十瓊敷入彦命の霊を慰めつつ、私財をなげうってこの土地の発展に寄与したことから、のちに金大神として祀られるようになり、国府が定められたときに社殿が創建されたという。
 古い社殿は明治24年の濃尾地震で焼け落ち、昭和20年の岐阜大空襲でも焼け、昭和33年に再建された。現在のものは昭和63年に建て替えられたものだ。 

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 近くには商店街や公園があり、周囲が賑やかだ。深閑とした感じの神社ではない。

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 道を隔てたところにある金公園に、古い路面電車の車両(D51470)が静態保存されている。

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 続いて橿森神社(かしもりじんじゃ)へとやって来た。
 懐かしの紅葉風景だ。

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 主祭神は市隼雄命で、先ほども書いたように五十瓊敷入彦命と淳熨斗媛命の間の子供だ。
 だから夫婦和合、子供の守り神として古くから信仰されてきた。
 裏は上加納山(水道山)で、神社はその南端近くの麓に建っている。
 鳥居の後ろにあるのは、駒の爪岩と名付けられた大きな岩だ。神が駒に乗ってこの地に降り立ったという伝説から名付けられたという。

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 金神社とはだいぶ趣が違って、こぢんまりとした静かな神社だった。
 隣には公園があって、神社の裏が上加納山の登山口になっている。
 入り口に少し違和感があると思ったら、鳥居が建っていなかったからだ。平成10年の台風で鳥居が倒壊したまま今に至っているらしい。写真を見ると朱塗りの両部鳥居だったようだ。建て直すとなると、けっこうなお金がかかりそうだ。金神社にお願いしないといけない。

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 境内には信長を祀った建勲神社(岐阜信長神社)がある。
 神社を出てすぐのところに御園の榎と名付けられた木がある。信長が楽市楽座を開いたときに市神をその榎の元に祀ったと伝わっている(現在のものは三代目)。そんな関係もあっても、ここに信長神社が建てられたのだろう。

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 途中でちょっとお寺などに寄りつつ、伊奈波神社を目指した。

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 圓龍寺の大イチョウ。
 もうだいぶ葉を落としていた。

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 岐阜にも東別院があった。
 正確には真宗大谷派岐阜別院で、西本願寺別院の本願寺岐阜別院もあるようだ。それは見なかった。

 伊奈波神社はちょっと別格なので、次回あらためて紹介することにしたい。
 つづく。

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