大工事中の八幡神社と答志の浜辺 <答志島・第6回> - 現身日和 【うつせみびより】

大工事中の八幡神社と答志の浜辺 <答志島・第6回>

答志島6-1

PENTAX K10D+PENTAX DA 16-45mm f4



 答志島の守護神は八幡神社だ。それは答志地区の南東の離れ小島にある。八幡鼻と呼ばれる突端のすぐ目の前にあり、島とは30メートルほどの八幡橋によってつながっている。ずっと昔は、橋もかかってなくて、舟で行き来をしていたのだろう。
 マルハチマークは、この神社から来ている。だいぶ後回しになってしまったけど、答志島を訪れたなら、ここだけは挨拶をしておかなければいけないといった神社だ。

答志島6-2

 朱塗りの橋のたもとに咲く花。
 島の上空にはたくさんのトンビが輪を描くように飛んでいる。

答志島6-3

 八幡神社の入り口。
 鳥居の前に柿本人麻呂の歌碑が建っているようだけど、見逃した。
 持統天皇が伊勢を訪れたとき、奈良の都にいる柿本人麻呂は、持統天皇のことを思いながら答志島のことを詠んでいる。
「釧著く 手節の崎に今日もかも 大宮人の玉藻刈るらむ」(万葉集 第一巻)
 釧(くしろ)は、古代の腕飾りのこと。手節(たふし)は答志を指し、大宮人は宮中に仕える人たち。玉藻刈るは海草を刈り取る様子から海辺の地名にかかる枕詞として使われる。
 直訳すれば、美しい答志の浜で宮中の人たちが海草を刈っていることだろう、といったところか。イメージとしては、きれいな浜辺で高貴な人たちが優雅に戯れているといったものだろう。
 柿本人麻呂が答志島を訪れたという記録はない。想像しながら詠んだに違いない。それだけ古代から答志島というのは美しい島として遠くまで知られていたということになる。

答志島6-4

 鳥居をくぐって先に進むと石段がある。
 なんだこりゃ? 石段全体に土嚢が積まれている。崩れた石段の補修工事でもしてるのかと思ったけど、どうもそうではなさそうだ。
 不審に思いながらも石段を上がっていった。しかし、歩きづらくてしょうがない。

答志島6-5

 うわっ、なんだ、なんだ。
 境内だったと思われる場所が工事現場になっている。
 真新しい小屋があるものの、神社としてあるべき社殿が何もない。場所を間違えたかと思った。
 どうやら全面的に神社を建て直してる最中だったようだ。それにしても、建物が跡形もない。
 これではお参りどこではなく、早々にこの場をあとにするしかなかった。
 階段を下りながら、重機をどうやってあそこまで上げたんだろうと考えて、はたと思いついた。なるほど、石段に土嚢を積んで重機を登らせたのか。よくひっくり返らずに登れたものだ。

 八幡神社がいつ創建されたのかは分からない。調べがつかなかった。
 この島は戦国時代、信長の水軍大将だった九鬼嘉隆の拠点地だったから、戦の神である八幡神社というのはふさわしい。九鬼氏が勧請して建てたものなのか、それ以前からあったものなのか。
 答志島の歴史は古く、数々の古墳が見つかっているだけでなく、縄文時代から人が住んでいた痕跡も発見されている。
 古代には志摩国の国衙があったという話もある。地理的に見ても、伊勢神宮との関わりも深い。
 答志島の歴史に関しては、もっと調査、研究される余地がある。

答志島6-6

 八幡神社のある島の南は、堤防を兼ねた道路によって答志島本島とつながっている。囲まれた湾は穏やかで、船がたくさんつながれている。

答志島6-7

 港でのんびり仕事をする島の漁師さんたち。
 魚を捕ることを漁をするといい、農民が作業することを農作業という。漁師が陸でする作業をどう呼べばいいんだろう。漁作業という言葉は聞かない。

答志島6-8

 地元の人が犬を連れて港に散歩にやってきた。犬はためらうことなく海に飛び込み、バシャバシャと走り回っていた。

答志島6-9

 まだ使われていそうな井戸と、向こうに並んでいるネットは海産物を干すためのものだろう。
 ちりめんじゃこも答志島の名産の一つだから、そのあたりだろうか。ひじき干しにも使われるのだろう。

答志島6-10

 答志小学校の横に、大間の浜という海水浴場がある。そこへ行くには小学校の横を通っていくしかない。
 海水浴シーズンの間は夏休みだから、特に問題はないか。

答志島6-11

 砂浜はなかなかきれいで、海も空も青い。ただ、防波堤で波の勢いはない。安全重視は分かるけど、波が浜辺でちゃぷちゃぷしてるだけの海は、雰囲が出ない。

答志島6-12

 NDフィルターとレリーズケーブルで長時間露光。
 このあと訪れる二見浦を撮るための練習をする。
 ここでは波が穏やかすぎて面白い絵にはならない。

答志島6-13

 答志地区の散策はこれで終わって、このあとは最後に残った和具地区へ移動することになる。
 断続的に続いた答志島シリーズも、残り2回となった。
 つづく。

スポンサーリンク

関連記事ページ
コメント
非公開コメント

トラックバック

http://utusemibiyori.com/tb.php/1898-e00939dd