島の歴史に触れるためには山歩きが必要 <答志島・第4回> - 現身日和 【うつせみびより】

島の歴史に触れるためには山歩きが必要 <答志島・第4回>

美多羅志神社入り口

PENTAX K10D+PENTAX DA 16-45mm f4



 答志島4回目の今日は、和具と答志地区の間にある美多羅志神社(みたらしじんじゃ)からの再開となる。
 位置的には答志寄りではあるけど、答志には八幡神社があり、和具には他に神社がない。ということは、和具の神社ということになるのだろうか。
 創建は不明というから、なかなか古い神社のようだ。
 隣には潮音寺がある。そちらはあとから行くことにして、まずは美多羅志神社に挨拶に寄ることにした。



参道から境内へ

 島の地理的な事情か、東の鳥居から入り、参道を南西に進んだあと、直角に折れ曲がる。社殿は南東を向いている。昔からこうだったのか、改築などでこうなったのかはよく分からない。
 境内は神社らしい雰囲気を持っている。



屋根付き拝殿

 一応、これが拝殿ということになるのだろう。桃取の八幡神社と造りが似ている。公園などにある東屋みたいだ。伝統的なスタイルよりも、実用性を重視してこういう建物になったのだろうか。ここもわりと新しい。



本殿の姿

 本殿は小降りながら伝統的な神明造りで、けっこう古そうだ。この一角の空気感はいい。
 狛犬は江戸中期のものだそうだ。
 祭神は美多羅志神で、八王子神(五男三女の子)の親神らしいけど、初めて聞く名前だ。
 帯一族(たらしいちぞく)に由来する神というけど、よく知らない。
 子だくさんの神ということで、子宝に恵まれる御利益があるとして島では崇拝されているという。妊娠中にアワビをお供えすると目のきれいな子供が生まれるという言い伝えがあるんだとか。
 あと、浜から白石を12個拾ってお供えするといいことがあるらしい。
 正月には獅子舞神事が行われる。



潮音寺外観

 潮音寺は三門の外から挨拶だけしておいた。
 建立は834年というから歴史のある古刹だ。
 行基作と伝わる本尊の薬師瑠璃光如来座像の他、室町時代の仏像なども持っているそうだ。それを知っていれば参拝したけど、本堂の扉も閉まっていたから、たぶん本堂まではあがらなかっただろう。
 関ヶ原の戦いで敗れた九鬼嘉隆をかくまっていたのがこの寺だったらしい。



島の古墳

 せっかくだから島の主立った見所を巡ろうと決めていたので、古墳も見に行くことにした。
 山道を少し行ったところに、蟹穴古墳がある。
 7世紀頃に作られたものというから、古墳では末期のものだ。この島を治めていた豪族の墓なのだろう。
 直径11メートル、高さ1.5メートルの円墳で、天井の石はなくなっていて、現在は横穴式石室が残るだけになっている。
 発掘された須恵器(台付長頸壺)は奈良時代のもので、国の重要文化財に指定されて、今は東京国立博物館に収蔵されているそうだ。



山道の様子

 先へ進むと岩屋古墳があると案内にあったので、そちらも行くことにする。
 だんだん山道が険しくなり、島を歩いているんだか、山を登っているんだか、分からなくなる。
 スカイラインから始まり、ここでの山歩き、更には首塚と、島では半分くらい登りの道を歩いていた印象が残った。



モンキアゲハ

 島にはこのモンキアゲハがとてもたくさん飛んでいた。名古屋近郊ではあまり見かけないクロアゲハで、最初は物珍しく見ていたのだけど、あまりにも数が多いのですぐに見飽きたほどだ。島で大繁殖しているらしい。
 飛んでいるところを撮りたいとがんばったものの、けっこうすばしこくて、結局とまっているところしか撮れなかった。
 日本最大級のチョウということで、飛んでいてもとまっていても大きい。



蟷螂の子供

 道ではチビカマキリがこちらをにらんでいた。
 ハラビロカマキリの子供だろうか。
 たまたまかもしれないけど、トカゲの気配はあまり感じなかった。生息している生物にも偏りがありそうだ。



高台から見下ろす和具港

 和具の港が見渡せるくらい高いところまで登ってきていた。山歩きに来たわけじゃないのに、と思う。岩屋古墳までは、そこそこある。



岩屋古墳外観

 古墳は標高80メートルの山頂にあった。
 こちらは横穴式石室がほぼ完全な形で残っている。直径22メートル、高さ2.5メートルの円墳で、蟹穴古墳より大きくて、高い場所にあるということで、おそらく向こうよりも上の人物が葬られた古墳と推察できる。



古墳入り口

 少し前までは石室の中まで入っていくのが自由だったようだけど、現在は立ち入り禁止となっていた。
 副葬品は残っていないというから、誰かが持っていったのか。



入り口のロープ

 近づいて中をのぞきこんでみるも、暗くてよく見えなかった。
 下りていくためのロープは残っている。



竹林風景

 お寺の横手あたりだったか、竹林のいい風景があった。

 このあとは答志地区へ移動して、路地歩きをした。そのときのことはまた次回ということにしよう。

 つづく。

スポンサーリンク

関連記事ページ
コメント
非公開コメント

トラックバック

http://utusemibiyori.com/tb.php/1892-3384bb73