昔の面影を残す忍者の町 <伊賀上野・4回> - 現身日和 【うつせみびより】

昔の面影を残す忍者の町 <伊賀上野・4回>

伊賀上野2-1

PENTAX K10D+DA 16-45mm f4



 上野城を見たあとは、伊賀鉄道に乗って戻るため、南出口を目指した。
 上の写真は、上野西小学校の校舎だ。もともとの古い木造というわけではなさそうだけど、いい雰囲気を作り出している。
 伊賀上野の町は、全体としてのコンセプトがはっきりしていて、景観に統一感がある。城下町と忍者と芭蕉という売りに絞って、特化させた潔さが気持ちいい。

伊賀上野2-2

 木の外観と桜がよく似合う。コンクリートの冷たい校舎よりも、こんな校舎の方が小学生にとってもいい影響を与えそうだ。
 ここは小中高と学校が隣接している場所で、隣には上野高校、その横には崇廣中学が並んでいる。
 上野高校では三重県の有形文化財に指定されている明治時代の校舎が今も使われている。上野高校は公立の進学校で、卒業生に平井堅や椎名桔平、麻耶雄嵩などがいる。平井堅は高校時代からあんな濃い顔をしてこの高校に通っていたんだろうか。

伊賀上野2-3

 この日はちょうど入学式の日で、いいシーンに出会うことができた。
 今年は桜が長持ちして、満開の桜の中で入学式を迎えた。親子とも、印象深い一日になったんじゃないだろうか。

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 上野公園と学校の入口を兼ねた白鳳門。これも古いものではなく、平成9年に地元の建設会社が寄贈した模擬城門だ。

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 門の正面にある菓子店。学校前の一番いい位置にあるから、昔から学生たちが集まる店だったんじゃないだろうか。この日はシャッターが閉まっていた。まだ春休みということで休んでいたのか、それとももう廃業してしまったのか。

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 上野市駅は、線路を渡って、左に折れて、100メートルほど歩いたところにある。遅刻ギリギリのときはこの距離がもどがしいだろう。校門の前で、おーい、走れ-、と呼ぶ教師の声が聞こえそうだ。

伊賀上野2-7

 上野市駅前には、芭蕉の像が建っている。おくのほそ道のときの旅姿をイメージしているのだろうか。
 芭蕉が生まれたのは、1944年。関ヶ原の合戦から44年経って、世の中は平和な時代になっていた。
 芭蕉の父は、準武士待遇の農民である無足人で、芭蕉は次男だったから、家を出なければならなかった。母親は百地の出ということで、これも芭蕉忍者説の一つの根拠になっている。
 使用人をしているときに俳句の手ほどきを受けて俳句に目覚め、29歳のときに初めての句集『貝おほひ』を出す。
 俳諧師を目指して江戸に出たのが29歳。職業として俳諧師となったのが35歳だった。おくのほそ道の旅は、46から47歳のとき。享年は51歳。遺言通り、大津の義仲寺にある木曾義仲の墓の隣に葬られた。そういえば、義仲寺を訪れたのは去年の春だった。一年後に生まれ故郷を訪ねることになるとは、何か因縁があるのかもしれない。

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 昔ながらのそば屋の佇まいに惹かれるものがあった。子供の頃、母方の祖母がこんなうどん屋をやっていた。
 このときは気づかず、写真を見て気づいたのだけど、左下に忍者丼とある。忍者丼って、どんなものだろう。

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 駅前は昭和の面影をとどめるさびれっぷりで、今の時代はどの地方駅もこんなもんだよねと思う。
 地方が元気を取り戻す時代は二度と来ないのだろうか。

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 伊賀鉄道の伊賀線は、2007年に近鉄から引き継いだ独立の路線で、近鉄の子会社となっている。
 車両は近鉄時代のものがそのまま使われている。昔からの860系は近鉄から借りているもので、新しい200系は伊賀鉄道所有のものらしい。どれがそうなのかはよく分からない。写真の小豆色と白の車両は、近鉄カラーだ。奥の小豆色一色のも近鉄だろうか。

伊賀上野2-11

 伊賀鉄道の売りは、なんといってもこれ、忍者の絵が描かれた忍者列車だ。ジョークのようだけど、いたって真面目で、なんといっても銀河鉄道999でお馴染みの松本零士がデザインしている。13年も前から走っているというから、すっかり定着しているようだ。上のものはピンクのくのいち号だ。切れ長で長い睫毛は、メーテルを思わせる。
 でもやっぱり、実物を見ると笑える。

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 朝夕は学生や勤め人で混み合うのだろうけど、昼間はこんな感じ。
 JR関西本線の伊賀上野駅と、近鉄大阪線の伊賀神戸駅とを結んでいる。

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 伊賀上野駅は、JRと伊賀鉄道が共有していて、同じホームから別々の電車が出ている。
 青い車両は、JR普通列車の加茂行きだ。加茂というのはまったく馴染みがなくて、どのあたりなのかもイメージできない。
 地図を見ると、奈良に近い京都の南だ。一つ先には木津駅があって、何本か線が交わっているからそこまで行けばよさそうなのに、どうして何もないような加茂駅止まりなんだろう。と思って調べたら、木津から加茂まで電化されているのに、加茂からこちらが非電化だからという理由だった。詳しい事情は知らないけど、木津まで伸ばしてくれた方が乗り換えは便利に違いない。

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 伊賀上野シリーズはこれでおしまいとなった。
 このあと、名古屋方面に引き返す形で関に向かった。そのときの紹介は、また機会を改めてということにしたい。

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