神社レーダーが反応した五社神社 - 現身日和 【うつせみびより】

神社レーダーが反応した五社神社

五社神社-1

PENTAX K10D+DA 16-45mm f4



 これだけたくさん神社を巡っていると、神社レーダー探知機のようなものが脳内に内蔵されて、よさそうな神社が近くにあるとピピピと反応するようになる。自分の興味がある店は目に入るけど、興味がない店は見てても見えないのと同じような仕組みだろう。あるいは、神社の方があいつは神社好きだから呼んでやろうと気を利かせてくれるのかもしれない。
 浜松の五社神社もそうだった。浜松城に向かって歩いているとき、遠くに赤い鳥居が見えて、あそこは行っておいた方がよさそうだと感じたのだった。実際、ここは寄っておくべき神社だった。
 浜松の総鎮守で、三が日の初詣客は10万人を超えるというから、浜松市民にはお馴染みの神社だろう。このときも途切れることなく参拝客が訪れていた。
 石柱には、五社神社・諏訪神社と並んで彫られているけど、この時点ではどういうことか分かっていない。浜松の総鎮守ということも知らなかった。

五社神社-2

 消火栓のマンホール蓋が面白かったので撮ってみる。ご当地ものシリーズとは違う。本来こんなカラーリングを施す必要はないのに、とても趣味的で、クスッと笑えた。
 場所からして、神社の消火用だろうか。

五社神社-3

 手水舎の水に光が反射しているのがいい感じ。

五社神社-4

 昭和20年の浜松空襲で焼けるまで社殿は国宝だったそうだ。残念。是非国宝の社殿を見てみたかった。
 国宝の社殿は、1641年に家光の命で再建されたものだった。
 現在の社殿も立派なのだけど、昭和57年再建と新しい。
 社殿は燃えても神社としての格はあって、旧県社で、現在は別表神社となっている。

五社神社-5

 五社神社は、戦国時代の初期に、曳馬城の城主だった久野越中守が、城内に勧請したのが始まりとされている。
 祭神は、太玉命(ふとたまのみこと)と、春日神四柱の武雷命(たけみかづちのみこと)、斎主命(いわいぬしのみこと)、天児屋根命(あめのこやねのみこと)、姫大神(ひめのみこと)の五柱となっている。
 太玉命は、タカミムスビの子で、アマテラスの岩戸隠れのときに、アメノコヤネと共に鏡を差し出した神だ。ニニギノミコトの天孫降臨のときに付き添って天降っている。
 占いを司る神様らしいのだけど、どういう理由でこの神様を勧請したのか、よく分からない。
 全国に五社神社や五所神社というのがいくつかある。同じ系統かと思うとそうではない。5柱の神様を祀っていたり、5つの神社を統合して五社になってそう名づけられたりで、顔ぶれは共通ではない。
 ちなみに、神様は、一柱(はしら)、二柱というふうに数える。
 曳馬城を家康が攻略したのが1568年。浜松城として拡張したのが1570年以降で、このとき五社神社はどうなっていたのか、詳しいところまで調べがつかなかった。この時点ではまだ城内にはある。
 1579年に家康の三男でのちの二代将軍秀忠が生まれると、五社神社を産土神(うぶすながみ)として、翌年現在地に社殿を建てて移した。
 1634年には家光が上洛の際に参拝して、家康を合祀している。家光は1641年に社殿の造営を命じて、このときの建物がのちの国宝に指定された社殿だ。
 一方の諏訪神社はまた別もので、こちらの方が歴史がある。
 奈良時代末期の791年、坂上田村麻呂が東征するとき、敷智郡上中島村(今の浜松市天神町)に祀ったのが始まりといわれている。
 祭神は、建御名方命(たけみなかたのみこと)、八坂刀売命(やさかとめのみこと)、八重事代主命(やえことしろぬしのみこと)。
 建御名方命は、建御雷神、経津主神と共に日本三大軍神の一柱とされる神様だ。征夷大将軍の坂上田村麻呂が信仰したのもうなずける。
 大国主の子で、建御雷神が大国主に国譲りを迫ったときに反抗した神様といえば、あああれかと思う人もいるだろう。
 大国主は、息子の事代主がいいと言ったら譲るよと答えて、事代主はあっさり承諾するも、もう一人の息子である建御名方命はオレは納得できねえ、オレ様と力比べをして負かせてみろと言った。すると建御雷神は怒って襲いかかってきたもんだから、びっくりしてこりゃいけねえとあわてて逃げる建御名方命。とうとう追い詰められてまいった降参ですと拝み倒すように謝り、なんとか命だけは助けてもらった。その後、一切反抗しませんと約束させられて、自身は諏訪大社に祀られることになった。
 エピソードとしてはあまり軍神っぽくないけど、元々は強い神様だったらしい。
 諏訪神社は、1556年に一度場所を移り、家康が1579年に社殿を造営している。
 1615年に秀忠がもう一度別の場所に遷座して、最終的には1641年に家光が五社神社の隣に移して社殿を造営した。このときはまだ別々の社殿にそれぞれの神が祀られていたそうだ。両方とも国宝指定になっていた。
 1960年(昭和35年)に合祀されて、五社神社・諏訪神社となった。現在は一つの社殿となっている。神様も増えて、家康の他、応神天皇、菅原道真、素戔嗚命なども祀られている。

五社神社-6

 秀忠の産土神だったことで、子守り、子育てにご利益があることになっているようで、女性の参拝客が多かった。
 巫女さんも常駐しているようだ。
 なかなか歴史もあり、立派な神社で、いいところだった。

 浜松シリーズはこれでおしまいで、次回からは静岡の別エリアを紹介したい。

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